33 サプライズ
翌朝 ギルドB1F sideティル
フライ「・・・。 このくらいかな」
ティル「ありがとう。 フライ君、何となくわかったよ」
壁に幾つもの張り紙がある、俺達以外に誰もいない部屋の中で俺は今まで聞いてきたことを整理しながら頷いた。
[マフォクシー]の俺と[フライゴン]の彼しかいないこのフロアには、下の階から聞こえてくる話し声と、屋外で降りしきる降水の音が細やかに響いていた。
…フライ君からある程度聴いていたけど、やっぱり元の時代とは違うんだね。
「人間がいない」っていうのもだけど、一番びっくりしたのは「バトルでは{技}以外に{道具}も使うって事だね……。
…昨日ライト達と別れてからフライ君に[海岸の洞窟]に連れてってもらったんだよ。
最初は「知りあいでもいるのかな?」って思っってたけど、違ったみたい……。
そこに住んでいるにポケモンに出逢った途端、急に襲ってきた。
フライ君が言うには、「ダンジョンに住むポケモンは{自我}というものが無いから、こうして襲ってくる」…らしい。
…{自我}が無いなんて……、聞いたことがないよ……。
…その相手、弱かったからどうって事なかったけど、流石に驚いたよ……。
…で、あとは道具の使い方とか効果を聞いてるうちに日が暮れてたって感じだな。
フライ「だから、これから行く[番人の洞窟]でも気を抜かないようにね」
ティル「うん」
…だって、[番……]何とかっていう所もダンジョンなんでしょ?
持ち慣れない鞄に悪戦苦闘する俺にフライ君は注意を促した。
ティル「フライ君も……」
シルク《ティル君、そろそろフライと降りてきてくれるかしら?》
「久しぶりなんでしょ?」
そう言いかけたちょうどその時、俺の頭の中にこの階にはいないシルクの声が響いた。
…実は俺達がここにいる事はまだここのひと達には伝えられてないみたいなんだよ。
……いわゆる、{サプライズ}っていうやつかな?
飛び入りで参加する事になったから、そうなるね。
ティル《うん。 じゃあ今から行くよ》
シルク《!? まっ……、待ってるわ》
…シルク、やっぱりビックリしてるね。
前に会った時はまだ使えなかったから、無理ないよね。
[テレパシー]によって聞こえてくる彼女の声には、言葉にならない驚きが含まれていた。
…ライトとシルクみたいに一度に沢山のひとには伝えられないけど、俺も[テレパシー]を使えるんだよ。
{武術}もそうだけど、これがこの一か月間の成果だよ。
フライ「…ティル君、聞いてたね」
ティル「うん。 …じゃあ、行こっか」
俺達は多くは語らず、声の主がいるフロア……、地下2階?に続く階段へと歩き始めた。
……窓の外に景色が見えるから、間違えそうだけど………。
…………
同刻 ギルドB2F Sideシルク
フラット「……では次に、シルクさんからお知らせがあるそうだ♪」
今回のプロジェクトの連絡をウォルタ君から引き継いだフラットさんは、その目の前の群衆の中にいる私を探しながら言葉を締めた。
ウォルタ「えっ!? シルクから?」
ブラウン「……という事は、もしかして……」
……きっと、誰の予想も外れてるわね。
フラットさんの言葉を聞いたメンバーは、一部を除いて急にしんみりとした空気となった。
そんな場の空気を物ともせず、全てを知っている私は立ち上がって前に出た。
…この反応からすると、ブラウンさん達はきっともう私達が元の時代に帰るのだと思ってるのかもしれないわね…。
シルク「いいえ、私達はまだ帰らないわ」
ギルドメンバー「「「えっ!?」」」
私の予想通り、去年の事を知っているメンバーは驚きの声をあげる。
…当然と言えば当然ね。
シルク「噂になっているかもしれないけど、あとふたり飛び入りで参加する事になったのよ」
私は思い通りになった事に密かに満足しながら、平然と言葉を紡いだ。
…ここまで言ったら、読者の皆さんは誰が参加するか分かったわよね?
シルク《ティル君、そろそろフライと降りてきてくれるかしら?》
私は上の階で控えるふたりに[テレパシー]で……
ティル《うん。 じゃあ今から行くよ》
シルク《!? まっ……、待ってるわ》
……!?
ティル君、いつの間に使えるようになってたの!?
いつもの調子で念じる私の声は、思いがけず響いた言の葉によって上ずってしまった。
その事を表情に出すまいと必死で押し留め、辛うじて平生を装った。
フレイ「2人? 2人って誰なんっすか?」
シルク「フレイ君とリル君はもう会ってるはずよ? ……あっ、来たわね」
……この音は、間違いないわね。
ざわつく雑音に紛れて1つの足音が羽ばたく音と共に響き始めた。
…みんなの驚く顔、楽しみだわ!
フライ「みなさん、久しぶりだね」
一同「「「!!? フライさん!?」」」
ティル「フライ君ってやっぱり有名なんだね」
上の階から降りてきた二つの陰のうち、[フライゴン]の彼は会釈しながら辺りを見渡し、2、3度羽ばたいてから着地した。
その後に続くもう一つの陰……、[マフォクシー]のティル君は何かを納得しながら螺旋階段を降りきった。
フライ「ただ知り合いが多いだけだよ」
……このセリフ、デジャヴなのは気のせいかしら……?
彼はティル君の言葉に首を横に振りながら答えた。
そしてそのまま視線を前に戻し、
フライ「…ええっと、もうボクの事は言わなくても分かりますよね?」
シャイン「もちろんですわー!」
フラット「フライさんの事を忘れる訳ないじゃないですか♪」
…どうやら、サプライズは成功したみたいね。
疑問に満ちた場の空気が、一気に弾けた。それはまるで降りしきる雨をも晴らすのではないかと錯覚させるほど明るく輝いているように感じられた。
フラット「…ところでシルクさん? そちらの[マフォクシー]は?」
…そうね、まだティル君の紹介が済んでなかったわね。
私は半ばフラットさんに促されるように思いd……
シルク「彼は……」
ティル「俺はティル。 よろしくな!」
ライト「ティルもわたし達と同じ2000年代の出身で、わたしのパートナーなんです」
シルク「……っと、そんな感じよ」
…先に言われちゃったわね。
でも、その方が良かったのかもしれないわね。
だってティル君はライトにとって、私達以外で初めてできた旅の仲間……、{人生}という長い旅の相棒だから……。……私にとってのユウキと同じ存在だもの。
…そもそも、私よりも一緒にいた時間が長いからライトのほうが多く知っているからね。
私の言葉を遮り、ティル君は揚々と声をあげ、自己紹介を始めた。