30 安息の終止符
午後 星屑の空洞 奥地 Sideシルク
シルク「………」
ルアン「…あっ! シルクの意識戻ったよ!」
…………、……この声は……、……ルアン君…?
私はふと短毛を撫でる空気の対流を感じ、閉じられた瞳の中で何とか意識を取り戻した。
……ええっと、私ってどうなったんだっけ?
ライト「本当…?」
ルアン「うん!!」
…確か[フーディン]に{従者の証}を奪われて……、取り戻すための戦闘が始まったのよね…?
それからその彼が暴れだして………、
………ダメだ……、思い出せないわ……。
コスモ「ルアンが言うなら間違いないな!」
……体中が痛くて力が入らない事から推測すると……、戦いに負けたのね……私って……。
私はまだはっきりとしない意識の中で辛うじて自身の状態を整理した。
……それにしても、一緒に行動していたルアン君ならともかく、何故ライトがいるのか分からないわ……。
…途中ではぐれたはずなのに……。
ルアン「うーんと、…そうだね……。 ……聞こえてるよね? 戦い始めてからの事を言うと、戦ってる間に{自我}が無くなりかけちゃったんだよ」
………はい?!
「{自我}が無くなりかけた!!?
ルアン「頭も痛そうでふらついてたけど、あと一発ってところまで追い込んだんだよ…。 …その時にライトさんが来て、まだ{自我}が残ってるうちに{自滅}したんだ……。 ……あの技は確か……、[シャドーボール]…だったかな?」
ライト「………? ルアン君? 誰と話してるの?」
……どうりで…。
{証}が無くて威力が普通に戻ってるとはいえ、私はエスパータイプ……。
自分の技で効果も抜群だから、尚更ね……。
事の終始を知っているルアン君はまだ返事がない私に語りかけた。
おそらくルアン君の隣で浮遊しているライトは、きっとルアン君の言動の訳が分からずに首を傾げている………。
…そんな気がするわ……。
……確かルアン君は「他人の考えが分かる」って言ってたから、ここまで私の言葉が聞き取れているのは彼しかいないわね……。
……なら…、
シルク「
………私よ……」
…私が直接話すしかないわね……。
私はゆっくりと目を開けながら声を振り絞った。
……何とか、出せたわね……。
でも、[代償]の効果で回復が出来ない私の状態は、ほぼ意識を手放した時とほぼ等しい………。
だから、普段みたいにペラペラとは話せないわね………。
さっきよりは意識が鮮明になってきた私は弱々しい声で囁いた。
シルク《……でもまだまともに話せる状態じゃないから……》
「………[朝の日差し」……」
……ちゃんと話せるようになるためには、自力で回復するしかなわね……。
私は開けた目を再び閉じ、意識を失わないように注意しながら技に集中した。
…そしてそれをエネルギーに変換し、そのまま天へと祈りを捧げる………。
…壁の宝石の光のお蔭で、他の洞窟よりは効率がいいかもしれないわね…。
コスモ「本当に大丈夫なのか?」
ライト「うん。 今シルクが使ってる技……、[朝の日差し]は回復技。 …だから問題ないよ!」
すると、私を照らすようにどこからか光が差し込み、それが私の傷をある程度癒してくれた。
一方のライトは、終始訳が分からずに首を傾げている[ラクライ]の彼に優しく説明してくれた。
ルアン「回復技かー…」
シルク「…ふぅ……。 まだ完全な状態じゃないけど、これで普通に話せるわ」
…痛みもある程度は和らいだから、きっと大丈夫ね。
コスモ「でも、まだ完ぺきじゃないんだろ?」
シルク「ええ。 ルアン君には話したけど、[代償]の影響で守備力というものがない私にとっては日常茶飯事……。 …だからもう慣れたものだわ。 だから心配しないで!」
…道具と他のポケモンの技では回復出来ないから、仕方ないんだけど……。
私は心配そうに訊ねる[ラクライ]の彼……、コスモ君に心配させまいと白い瞳の私は笑顔で答えた。
ルアン「そういえばそんな事言ってたね」
ライト「シルクの[チカラ]って、凄く大きいもんね! ……あっ、そうだ! シルク、シルクの言うとりにちゃんと取り戻して首に結んでおいたよ」
シルク「えっ?」
…「結んでおいた」……?
……!!
すっかり忘れてたわ!!
……でもそんな事、頼んだかしら……?
ルアン「うん! 僕の{満月のリボン}を取り戻せたのも、あの[フーディン]を倒せたのも……、全部シルクが指示してくれたおかげなんだよ!」
ライト「あの時のシルク、何か喋り方が変だったけど、そうだよ」
シルク「……覚えてないわ……」
私はライトに言われるまで、首に着けている水色の{従者の証}の存在に気付かなかった。
…それに、自覚はないけど、{自我}を失うとその時の{記憶}も途切れてしまうのね……。
そもそも、{証}を適応者以外が着けた時に何が起きるのかも知らなかったし………。
……という事は、今回はそれを知れる良い機会になったのかもしれないわね……。
……危うく死にかけたけど……。
何か忘れてる気がするけど、明るく照らされている洞窟に穏やかな刻が流れ始めた。
………きっと気のせいね。