28 盗難のフォルテッシモ
午後 星屑の空洞 奥地 Sideシルク
ルアン「………結局何も出てこなかったね」
シルク「確かにそうね……」
ダンジョン特有の空気が無くなり、明るさが増してきた洞窟内で6本の尻尾を持つルアン君は緊張を解きながら呟いた。
私は維持していた[サイコキネンシス]を解除し、ひたすら続く一本道を突き進みながら答えた。
…ルアン君と私の常識の矛盾は何となく結論は出たけど、やっぱりおかしいわね……。
ルアン君と話し合ってる時もそうだったけど、敵という敵が一切出てこない……。
……風や音を聞く限り私とライト、ルアン君と彼がはぐれたっていう[ラクライ]しかいないはずなのに、何故……?
最初はあった電気技の痕跡は、ない……。
それだけじゃなくて、戦った形跡すら見当たらない……。
シルク「それにルアン君がはぐれたっていう[ラクライ]が着いてないって事も踏まえると、私達以外の誰かがこの洞窟にいるっていうのは確かね……」
…他の可能性も考えたけど、それしか考えつかなかったわ……。
ルアン「うん。 ……シルク? [エーフィ]って明るいところだと敏感になるんでしょ? それでも分からないの?」
シルク「ええ……。 私の場合空気の対流に特に敏感になるんだけど、それらしいのは感じられなかったわ…」
…ひとによって変わるんだけど、個体によって敏感になる感覚が変わるのよ。
[ブラッキ―]も同じみたいで、ラテ君の場合聴覚が冴えるらしいわ。
私は鋭敏な感覚と共に首を横に振った。
ルアン「そっかー……。 シルクでも………」
A「[泥棒]!」
ルアン・シルク「うわっ!!」「!!?」
!?
何!!?
突然どこからか声が発せられ、それと同時に私の隣を歩いていたルアン君が前方に突き飛ばされた。
…私ならともかく、まだ12歳のルアン君を突き飛ばすなんて……、許せないわ!!
シルク「ルアン君! 怪我はない!?」
ルアン「うん……」
……よかったわ……、何ともなくて……。
私は倒れたルアン君に右前脚をさし出し、彼が起き上がるのを手伝ってあげた。
ルアン「…あっ!! 僕のスカーフがない!! 母さんから貰った大切な物なのに……」
シルク「えっ!? 嘘よね!?」
…スカーフが!!?
彼は声を荒げると大粒の涙を流して泣き出してしまった。
………ルアン君の………、いや、それ以前に人の物を盗むなんて、許せないわ!!
彼の様子を見た私からは熱い物がせり上がってきた。
…ルアン君が突き飛ばされてまだ全く時間が経ってない……。
それなら、犯人はまだこの近くにいるはず……。
…なら………、
シルク「{斬波玉}!!」
A「くっ!!」
…無理やりにでも引きずり出す!!
私は地についた右前脚を今度は鞄に突っ込み、目的の玉を取り出した。
私のオリジナルのそれは発動すると一瞬だけ光を放ち、治まるとすぐに半透明の棘が私達を中心とした周りに飛んでいった。
…これは私の専門分野、化学を応用したもの。
ちょっとした細工をして玉の中に閉じ込めた2つの物質を反応させる……。
化合させたそれを反応熱によって膨張した空気で押し出し、プラスチックを360°方向に12本飛ばす……。
…これが、私が開発した{斬波玉}の原理よ!
私の発動させた不思議玉の効果によって飛ばされた有機化合物の刃が命中し、10m程先から悲鳴があがった。
シルク「逃がさないわよ!! {氷結玉}!!」
すぐに次なる玉を作動させ、見えざる敵の動きを氷で封じた。
声が上がったと思われる場所に氷柱が出現し、消滅と共にその場所を私に伝えてくれた。
A「何っ!!?」
シルク「そこね!! [シャドーボール]!!」
A「くっ………! しまった……!」
ルアン「…凄い……」
瞬時に口元に霊属性のエネルギーを蓄え、暗青色の弾として放出した。
それは私の予想通りの場所に命中し、視覚では捉えることが出来なかった敵の姿を現した。
…この感じからすると、{ドロンの種}を使ったのね……。
これで、違和感の謎が解けたわ。
シルク「[マニューラ]のあなた! ひとの物を盗むなんて最低ね!!」
マニューラ「……ちっ………。 …盗賊が……物を盗んで……何が悪い……」
私の技によって姿を現したボロボロの犯人……、[マニューラ]は悔しそうに言の葉をはき捨てた。
シルク「あなた……、本当に最低な……」
マニューラ「………フッ……」
シルク「…何が可笑しいのよ!!」
……もう、我慢の限界だわ!!
強盗の言動が頭にきた私の怒りの溶岩がせり上がり、抑えきれずに大噴火を起こした。
マニューラ「…盗賊が……俺ひとり……だけかと……思ったか………?」
シルク「!?」
B「[トリック]!!」
シルク「!! しまった!!」
!!
…共犯者がいたの!!?
私は不覚にも背後からの接近に気付かず、その攻撃をくらってしまった。
B「姉ちゃんのスカーフ、いただいたぜ!!」
シルク・マニューラ「!!」「……でかした……!」
慌てて振り返ると、そこには勝ち誇ったように笑みを浮かべる[フーディン]が持ち主である私に水色のスカーフを見せびらかしていた。
フーディン・ルアン「姉ちゃんの強さはこのスカーフのお蔭だろぅ? ♀のお前には勿体ない代物だ。 姉ちゃんに代わってこの俺様が有難く使わせてもらうぜぇ!」「!! シルクまで!?」
シルク「………っ!!」
…くっ!!
頭が……っ!!
身につけていた水色のスカーフ……、[従者の証]を奪われた私は突然原因不明の頭痛に……襲われ始めた。
一方の強盗犯はというと……、そのスカーフを首に巻き、しっかりと結びつけた。
…………、
マニューラ「……これで………形勢逆転………だな………」
シルク「知らないのも当然だけど、よくそんな危険な事が……できるわね……」
ルアン・マニューラ・フーディン「シルク……大丈夫…?」「……フッ……、負け惜しみか……?」「!!? 何だ!!? …ぐっ………頭ガ……っ!!」
……………、
私は突如襲いかかってきた頭痛に表情を歪めながら…、何とか言葉を紡いだ……。
……でも、何かが……変だわ……。
シルク「……[フーディン]のあなたが…私から盗んだスカーフ………、{従者の証}は……{絆の従者}にしか……効果がない……。 …実例がないけど……、逆にそれ以外の者がそれを身につけたら……」
「大変な事になる!!」
私が何とか声を絞り出して…伝えようとしたその時、
フーディン「
グアアァァッ!!」
一同「「「!!?」」」
ルアン「何!!?」
マニューラ「……どうした……!!?」
突然あり得ない声量の雄叫びを…上げ始めた…。
その声の主の目は虚ろになり、焦点が合ってない……。
…一体何が!!?
シルク「…ルアン君…!! フー……」
ルアン「!!? あの人の考えてる事が分からない!! 何で!!?」
シルク「…ディ……!!? ルアン君!! 嘘よね!!?」
えっ!?
ルアン君でも分かららないの!!?
ルアン・マニューラ「うん!! 野生のひとみたいに全然つ・わってこ・いよ!!」「おい!! しっか・し……」
!!?
聞こえない!!
耳を通して伝わる…ありとあらゆる物音に……ノイズが入り始めた…。
…こんな事、今まで無かったのに……!
一体何が起こってるのよ!!!
シルク「っ!!」
フーディン「[炎・・ンチ]!!」
マニューラ「…!! 待・!! 俺j………ぐっ!!!」
何で!!?
視覚だけを頼りに……状況を……確認すると……、[フーディン]が……仲間であるはずの…[マニューラ]を……、炎を帯びた拳で……殴りつけた。
……意識も……
朦朧と……してきた……。
……まさか……私にも……影響が……?
シルク「ル・ン君!! 私、どうナ・・る!?」
…!!?
私の声まで聞こえない!!?
……もう、訳が…分からないわ!!
ルアン「シ・クの考えてることもちょっと途切れ・きてるよ!!」
シルク「…!!?」
シルク《……って事は、私も自我を失いかけてるって事!!?》
ルアン「・ん!! シルク!! どう……」
フーディン「[サイコ・ョック]!!」
シルク・ルアン「「!!!」[目覚める・ワー]!!/[守る]!!」
……という事は、あまり時間がないわね!!
「自我が無くなる」っという事は……つまり………。
私は…若干途切れて聞こえてくるルアン君の言葉で…、人生最大の危機を………悟った。
……もし私の{自我}が無くなったら……、止めれるひとが誰もいない……。
それ以前に、その事が意味するのは…「生きながらの死」……。
ライトと合流する事はもちろん、2000年代に帰る事も…出来なくなるわ!!!
視覚だけを頼りに狙いを定め、…口元に溜めた竜のエネルギーで見えない衝撃波を防いだ。
ルアン君も慌てて緑のシールドを張り、何とか身を守った。
シルク《ルアン君!! 私はあと何分保つ!?》
…私にはあまり時間が残されてない……。
一刻も早く……決着をつけないと……!
…ウォルタ君の話しでは……、{自我}を失いかけてる段階でその人を倒せば……、自我を取り戻す事が……できる!
ルアン「たぶん……3分ぐらい・・!」
……だから、この最悪なコンディションで……、ルアン君を守りながら…3分以内に決着をつけて、
自滅しなければならない!!シルク「[サイコ・・ンシス]、[シャドーボール]、[目覚めるパワー]!!」
……私はその事を…自分にキツく言い聞かせ、戦闘態勢に移った。
………失敗は………、許されない………。