27 思惑のクレシェンド
昼過ぎ 星屑の空洞 Sideシルク
ルアン「……ねぇシルク? 聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
シルク「ん? 聞きたいこと?」
あれ以来一切の敵に遭遇せず順調に進む中、ちょっと変わった[イーブイ]のルアン君が徐に私の方を見上げながら訪ねてきた。
辺りはダンジョンとは思えないほど静まり返り、ただの洞窟と錯覚させるほど穏やかな時が流れている……。
……ルアン君と出逢ってから1時間ぐらいは歩いてるけど、この感じは異常ね…。
本来なら長くても20分経ったら新手が来るはず…。
ダンジョン独特の空気はまだあるのに、何故……?
私は無邪気な声で訊ねる彼の言葉を聞き入れながら首を傾げた。
ルアン「うん。 僕の尻尾、どう思う?」
シルク「尻尾……?」
…尻尾……ね……。
辺りの空気に違和感を感じながら歩く私は、変わらず明るい声で訊いてきた彼に視線を落とした。
……でもその彼の目だけは心情を表すかのように声とは別の表情を示していた。
私はこの時、壁に埋もれている鉱物の輝きが若干濁った気がした。
……思い悩む気持ちも分かるわ……。
ルアン君の能力の影響なのかもしれないけど、彼の尻尾は普通の[イーブイ]とは違って付け根から少し先の部分から6つに分かれている……。
彼の様子からすると、日常的に酷い目に遭ってきた可能性が高いわね………。
シルク「…私は………、凄く良いと思うわ」
ルアン「えっ!?」
シルク《ルアン君はマイナスな事って思ってるのかもしれないけど、私はそうは思わないわ》
彼の反応からして、予想だにしなかった私の言葉に彼はハッと振り向いた。
…この反応からして、ルアン君は私が否定的な言葉を言うって思ってたのかもしれないわね…。
心が読める彼に対して、私はあえて{テレパシー}でルアン君のそれに対する感想を伝えた。
シルク《ルアン君は尻尾6本ある事が{醜い}って思ってるみたいだけど、よく考えてみて! 見た目では
他人とは違うけど、{戦闘}っていう視点から見ると凄く有利なことなのよ》
ルアン「戦闘……? 何で?」
私の予想通り、彼は私の言葉が理解できず、頭の上にいくつもの疑問符が浮かんだ。
シルク《尻尾が6本あれば単純計算で相手への攻撃範囲が広くなる。 それと同時に命中率も格段に上がるわ!「》 他の人の心が読めるって事もそうよ。 別の人の心が読めるって事は、見方を変えると相手の思考……、つまり作戦を知ることが出来るって事なのよ。 そうなると相手の次の行動を先読みしやすくなって、いち早くそれに対応できるようになるわ」
……エスパータイプは勘がよく当たるって言われてるけど、流石に{読心術}には勝てないわ。
6本の尻尾を切なく揺らしているルアン君に、私は論理的に根拠を述べた。
シルク「それに6本の尻尾といえば、[ロコン]みたいで可愛いじゃない! だから私はルアン君の尻尾は好きよ!」
それだけを言うと私はにっこりと、彼に心の底からの笑顔を魅せた。
……もちろん、これは私の本心よ!!
だから{偽り}なんて微塵もないわ!
ルアン「…そうやって言ってくれたの、家族とはぐれた親友以外で初めてだよ……」
そう言った彼の瑠璃色の瞳からは、土壁から顔を覗かせている数色の宝石よりも煌めく星屑が流れ落ちた。
その光が濁っていた鉱物をも暖かく包み込み、霞んだ輝きをも浄化していく………。
私にはそう錯覚させるほど重みをもったように感じられた。
ルアン「……シルク、実は僕、このダンジョンにはその親友と一緒に来た………じゃなくて、飛ばされたんだよ」
シルク「………はい?!」
………えっ!?
今、何って言った?!
あまりに突然すぎる話題の変化に私はついていけず、微妙な時間差と共に声が裏返ってしまった。
ルアン「…何か急に光に包まれて、気付いたらこの洞窟にいたんだよ」
シルク「…光に…? その時周りに誰かいた?」
ルアン「ううん。 僕とその親友……、[ラクライ]しかいなかったよ」
………それなら、[テレポート]の光じゃないわね……。
何とか平生を取り戻した私は彼の言葉を元に思考を巡らせ、長年の知識を元に推論を展開した。
……技じゃないなら、私が知る限り考えられるのが[セレビィ]の{時渡り}………。
あるいは、[ディアルガ]の[チカラ]か、それと同等の種族の[能力]……。
………それぐらいしか思い当たらないわ……。
ルアン「…こんな洞窟、[真久村]の近くには無いし……」
シルク「[真久村]……? 聞いたことない地名ね……」
…この時代のでもほとんど知ってるつもりでいたけど、この地名は知らないわね……。
彼が呟いた言の葉が私を疑問の輪廻へと………
ルアン「えっ!? 知らないの!? [真久村]は[七確島]にある村の事で……」
シルク「待って!! [七確島]!? そういう名前の島、無いはずよ!!」
…読みからすると、その地名はおそらく{漢字}……。
{足型文字}を使ってる7000年代にあるはずがない……。
元の2000年代にもそんな場所はないわ!!
ルアン「!? 7000年代!? 2000年代!!? どういう事なの!?」
シルク「!!?」
……もう、訳が分からないわ!!
私がはまりかけていた輪廻の渦は急激に勢力を強め、同じく声を荒げるルアン君をも巻き込み始めた。
シルク「ちょっ……ちょっと、話を:整理させてくれないかしら!?」
ルアン「うん!! 僕も訳が分からないよ!! シルクが言ってる事も理解できないし、僕も確認させて!!」
シルク「ええ、分かったわ!」
……とにかく、それを真っ先にする必要があるわね!!
ある意味窮地に立たされた私達の考えがピッタリと一致した。
シルク「まずはルアン君のほうから話して!」
ルアン「うん! ええっと、僕は[真久村]に住んでて、急に光に包まれてここに飛ばされた…。 シルクは!? シルクの事も詳しく聞いてないし……」
……そういえば、言ってなかったわね。
シルク「わかったわ。 私は元々この時代じゃなくて2000年代の出身。 トレーナーと仲間と旅をしてるわ。 それで、知り合いの[セレビィ]の[チカラ]を借りて私は親友と5000年後の世界に来てるわ。 ……で、こっちに来てその親友とこのダンジョンで特訓中に、ルアン君と一緒で親友とはぐれた……。 私については……」
ルアン「待って!! {トレーナー}って[人間]の事だよね!?」
シルク「ええ、そうよ!」
!?
ルアン君、{トレーナー}の事、知ってたのね!?
ルアン「なら変だよ!! その2000年?……と近いはずなのに何で[人間]がいるの!?? [人間]って何百年も前に滅んだ……」
シルク「いいえ、そんなはずはないわ!! この時代での歴史では[人間]は5100年代末期に絶滅する事になっている……。 私の時代では[人間]と[ポケモン]は共存してるから、{2000代近くにはすでにいない}って事はあり得ないわ!!」
…もしルアン君がいう事が本当なら、私の知ってること全てが矛盾する事になるわ!!
もしいなかったらユウキに拾われた私は存在しない……、そもそも{[人間]がいない}って事は
絶対にあり得ないわ!!
ルアン「なら何で!!?」
私の知っている常識とルアン君が持っている常識………、{矛盾}という言葉では言い表せないぐらい違いすぎる!!
食い違う互いの常識で、私達は揃って声を荒げた。
……っという事は………、可能性は少ないけど、あの事しか考えられないわね………。
彼と議論を繰り広げるうちに、私は
ある仮説に辿りついた。
…それは………
シルク「………これは私の推測でしかないけど……、ルアン君が住む時代……、私が住む時代の流れにあるこの場所……、{次元}が違うのかもしれないわね……」
ルアン「……{じげん}……が………?」
シルク「ええ……」
……こういう事。
仮説を立てた私は、さっきとは違って冷静に唱えた。
……まだ会えてないけど、前に来た時に仲良くなった[セレビィ]のチェリーはこのパターン。
彼女は元々{星の停止}を阻止出来なかった7200年代の出身……。
だからこの{次元}の7000年代には存在しない事になるわ。
…そういう事を踏まえて考えると、ルアン君は何らかの原因で私達が住む{次元}に飛ばされた……。
こう仮定すると、私とルアン君の常識が合わない事の辻褄が合う……。
シルク「…私にはこれしか考え付かないわ……」
………{次元が違う}とは、文字通りこういう事なのかもしれないわね……。
{次元}レベルの話となると、流石にお手上げだわ………。
私は壁の鉱物とは正反対の明るさの声で呟いた。