25 出逢いのト音記号
昼 星屑の空洞 Sideシルク
……まさか罠を踏むなんて、不覚だわ……。
戦闘後の不注意によって作動させてしまったトラップによってダンジョン内のどこかに飛ばされてしまった私は、周りの外壁に目配りしながら自分の不用心さにため息をついた。
辺りの土壁はおそらく鉄分を含んでいるために赤茶けていて、所々に白・緑といった鉱物が申し訳程度に顔を覗かせている……。
私が声・物音をたてるたびに土壁がそれを反射させ、比較的明るい洞窟に反響させている…。
シルク「…途中で飛ばされたけど、ちゃんと伝わってるかしら……」
ここのダンジョンなら大丈夫だと思うけど、「奥地で待っててほしい」って事が伝わってるかが心配ね……。
私の呟きは誰の耳にも入ることがなく、ただ虚しく閉鎖された空間の空気を振動させるだけだった。
シルク「……そういえば、飛ばされてからは全然見かけないわね…」
……実は、私の周りには野生のポケモンだけでなくて、道具すら落ちてないのよ…。
少し離れた所で何かの物音が微かに響いてきてるぐらいで、不自然……。
……ここは通ってないはずなのに、まるでここを誰かが既に探索した……、そんな感じね……。
……いや、{感じ}、じゃないわ。
飛ばされた地点には無かったんだけど、歩き始めてから少しずつ戦った形跡がみられ始めてきたのよ…。
注意してみないと分からないけど、足元と小部屋の土が所々抉れている……。
…そして何より、電気タイプの技を使った後なのか、私の短毛が静電気で逆立っている……。
まだ帯電しているところから推測すると、まだ新しいわね……。
ダンジョンに住んでいる野生のポケモンが使ってきた技には電気タイプは無かったし私も[10万ボルト]はまだ使ってない…。
…とすると、私達以外の誰かがここに来ているのは確実ね。
私ははぐれたライトを目と耳で探しながら、鉄分を含んだ地面を………
A「
……[守る]!!」
シルク「……?」
…踏みしめながら……ん?
……[守る]……って聞こえたような……。
……気のせいかし……
A「
……くっ……! 強い……」
…ら……!!
いや、気のせいじゃないわ!!
迷宮のトラップによってバラバラになってしまった親友を捜す為に神経を尖らせていた私の聴覚が、その彼女とは別の声を感知した。
…私の耳で聞こえる範囲からすると、だいたい40m……?
……いや、壁に反射して遠くまで届いけるはずだから、最低でも50mぐらいね。
だとしたら、この声の主に危険が迫ってるのは間違いないわ!!
シルク「[サイコキネンシス]!!」
…誰かは知らないけど、助けないといけないわね!!
瞬時に思考を巡らせた私は「助ける」という結論に至り、一時的に止めていた歩みを再び進めた。
2〜3歩歩いた直後から四肢に力を入れ始め、「徒歩」から「走り」へとシフトさせていった。
…声からすると、恐らくまだ成人してない……。
息も上がっているみたいだから……、兎に角急がないと!!
細く入り組んだ通路を突き進む私の耳に、近くにいるはずの声の主の荒い呼吸が届き始めた。
……きっと、あの小部屋ね!
私の目算で、あと5m……。
シルク「[シャドーボール]、[目覚めるパワー]!!」
私は走るスピードを緩めずに、口元に霊と竜のエネルギーを蓄え始める……。
3m………。
蓄えた2色のエネルギーを、渦を巻くように混ぜ合わせて丸く成形する………。
1m…………。
暗い紺色に変色したエネルギー塊を維持していた超能力で拘束し、戦闘態勢に入った。
0m………。
A「!! 強いすぎるよ……!!」
シルク「! 発散!!」
見つけたわ!!
猛ダッシュで突入した小部屋の中で、私の予想通り戦闘が繰り広げられていた。
……でも、あの子が圧倒的に不利ね……。
この部屋は敵の数からしてモンスターハウス…。
おまけに防戦一方のあの子、声からして[イーブイ]の少年は狭いエリアの壁際に追い込まれている……。
[守る]で何とか防いではいるけど、緑のシールドには無数のヒビが入っている……。
……{四面楚歌}といった感じね……。
咄嗟に状況を判断した私は留めていたエネルギーを細かく分散させ、その全てを超能力で操った。
群れ「「「「!!?」」」」
それは的確に標的を捉え、彼のシールドが砕けた少し後で一斉に崩れ落ちた。
……何とか間に合ったわね…。
私はその結果を見届け、安堵と共に肩を撫で下ろした。
イーブイ「よかった…、助かった…。 ……!? 母さん!? ……じゃないよね……」
シルク「……兎に角、無事でよかったわ! 怪我はないかしら?」
……掠り傷がいくつかあるけど、見た感じ大きな怪我はなさそうね。
首に白銀色のスカーフを巻いた彼は一瞬だけ声を荒げたけど、すぐに平生を取り戻して首を傾げた。
……そういえばこの子、目が瑠璃色になってるわね……。
……遺伝、かしら……?
イーブイ「ううん、僕の目は生まれつきこうなんです」
シルク「!!?」
えっ!?
この子、私が考えてた事に答えた!!?
[テレパシー]使ってないのに!?
……もしかして、{読心術}!?
見た感じ12歳ぐらいだけど、この年で身につけるのには相当の努力が必要……、いや、ほぼ不可能だわ!!
…だとしたら、[チカラ]……?
{読心術}が[チカラ]に含まれる位置づけは知らないけど、そう考えるのが自然……。
…という事は、私が知らない伝説の当事者……?
イーブイ「伝説…? 何のこと?」
彼は正確に私の思考を読み取り、その事について首を傾げた。
シルク「…いいえ、なんでもないわ。 ……あなた、私の{心}が読めるのね?」
イーブイ「…! ………うん……」
……この事、訊いたらいけなかったかしら……?
私が彼に質問した瞬間、彼の表情が一瞬で暗くなり、私との間に分厚い壁が出来た気がし……
イーブイ「
……こんな能力、気持ち悪いよね………」
…た……、いや、確実にできた。
………申し訳ない事を訊いてしまったわね……。
彼は消え入りそうな声で呟くと俯いてしまった。
イーブイ「
[イーブイ]なのに、僕だけこんな身体だし………」
シルク「そんな事ないわ」
イーブイ「……えっ?」
私の言葉に、彼はハッと顔を上げた。
シルク「あなたはあなたの身体の事を気にしているみたいだけど、私はそうは思わないわ。 …{絆により……、我らを護り給へ}……。 例え目の色が違っても……、
他の誰にもない[チカラ]を持っていても…、あなたはあなた、私は私であることを他人は否定できない……。 ……そもそも、自分自身以外に自分の{容姿}、{生い立ち}を
貶す権利はない………。 ……だから、ねっ?」
……彼はきっと、自分の[チカラ]の事を悩んでいるのね……。
……{心}を閉ざしっちゃったみたいだし、話を聞いてもらうにはさらけ出すしかなさそうね……。
私は俯いている彼に優しく語り、意識を集中させながら目をゆっくりと閉じた。
そしてそのまま発動のきっかけとなる呪文めいた言葉を唱え、自身の[チカラ]を覚醒させた。
一種の興奮状態となった私は閉じていた瞼をゆっくりと開け、蒼くなった瞳で優しく語りかけた。
そして彼に「だから元気出して!」ってにっこりと笑顔を見せて宥めた。
イーブイ「……でも……」
シルク「それに私、見ただけでは分からないかもしれないけど、一発でも攻撃には耐えられない身体なのよ。 おまけに、私には血の繋がった親がいないのよ」
イーブイ「……父さんと母さんがいないの……?」
シルク「ええ」
…ちなみに、私はそれまで種族名で呼ばれてたから困らなかったけど、2年前まで名前が無かったのよ。
私は彼に自分の全ての弱みをさらけ出した。
………考えてることも伝わってるはずだから……、きっと……。
シルク「だから、私はあなた以上に弱い立場なのよ……」
イーブイ「…………」
……………。
しばらくの沈黙……。
辺りには遙か遠くから反響してきた微かな物音だけが申し訳程度に響いているだけだった。
イーブイ「………僕だけじゃ……なかったんだ……」
終始俯いていた彼はまるで自分に言い聞かせるように呟き、下を向いていた目線を徐々に上に向け始めた。
イーブイ「…僕だけじゃないんだね?」
シルク「ええ! 私以外にも、他人にはない能力を持った人を何人か見てきたわ。」
イーブイ「そっかー……」
……どうやら、分かってくれたみたいね?
彼の表情から徐々にだけど曇りが晴れていった気がした。
イーブイ「…僕だけじゃなかったんだ……。 ……うん、そうだよね! [エーフィ]さん、元気が出たよ!」
私の言葉で何かを悟った彼は、ついさっきとは様変わりして弾けんばかりの笑顔で答えた。
元気を出してもらえて私も嬉しいわ!
シルク「よかったわ! …そういえばあなたの名前、聞いてなかったわね? ここで会ったのも何かの縁ね。 教えてもらってもいいかしら?」
今気づいたけど、肝心の名前を聞いてなかったわね。
[絆]の名を持つ者として迂闊だったわ。
私は彼に種族名で呼ばれたことで、その事をハッと思い出した。
イーブイ「そうだったね。 僕はルアン・シリウス・エクセリクシー………ルアンって呼んで!」
シルク「ルアン君ね? 私はシルク。 これでも化学者なのよ」
ミドルネームとセカンドネームがあるって事は……、私の時代では外国、この時代では別の大陸の出身なのかしら?
ルアン「へぇー、何か伝説とかに詳しそうだったけど化学者だったんだー。」
シルク「…でも私も考古学者だった時もあるわ。 ……そういう事で、ルアン君、よろしくね!」
ルアン「うん! シルク、よろしくね!」
シルク「こちらこそ!」
もちろんよ!
[イーブイ]の彼、ルアン君はとびっきりの笑顔で私の笑顔に答えてくれた。
………そういえばルアン君の尻尾、6つに分かれてるわね…。
ルアン君の家系に[ロコン]でもいるのかしら……?
……でも{隔世遺伝}で種族特有の特徴までは引き継がれないはずだから、彼の尻尾はきっと[チカラ]の影響ね…。
彼の能力で筒抜けになってるけど、私は彼の尻尾について持ち合わせている知識と照らし合わせながら推測した。