21 LS 罪と償い
正午 お月見山出口付近 sideシルク
ラグナ〈………すまんな……。待たせたな……。〉
そびえ立つ[お月見山]を背にして歩く私達の横で、ラグナさんが沈んだ様子で呟いた。
…………私には経験がないけど、長年連れ添ったパートナーに裏切られるのは…………、辛い事………。
去年、敵対関係にあったとはいえ、[絆]の名を背負う私としては……、無視できないわ……。
お節介かもしれないけど……。
……あと、あまりの事にそっちの方に意識がいってたけど、ティル君が進化してなった種族、[テルーナ]って言うのね?
見たところ、もう一回進化するわね。
ラグナさんが自身の心を整理している間、私はティル君の手当てに徹したわ。
……手当てと言っても、[傷薬]の類を誰も持ってなかったから、私が自ら調合したわ。
[オレンの実]を使った回復薬は7000年代ならうまくいったけど、2000年代のでは効果が薄いのよ……。
だから、1から。
………簡単に説明すると、[オボンの実]、[オレンの実]、[ブリーの実]の果汁を3:2:5の割合で混ぜ合わせる。
その溶液に食塩を少量加える。
これは、非電解質を多く含む[ブリーの実]の果汁に電気を通しやすくするため。
溶液をガラス容器に移し替え、白金線を2本差し込む。
その線の両方を私自身の前脚で握り、[10万ボルト]で片方だけに電気を流す。
……つまり、電気分解をするのよ。
電気分解を行う事で、さっき加えた食塩の塩化物イオンが反応し、気体となって放出される。
残されたナトリウムイオンが、酒の原料として使われる[ブリーの実]に含まれるC
2H
5-OH………、エタノールと反応し、ナトリウムエトキシドが生成される……。
この、ナトリウムエトキシドが重要なのよ。
私が発見したことなんだけど、一定の割合で配合された[オレンの実]と[オボンの実]の混合物と反応すると自然回復力が高まる事が分かったのよ!
まだ申請をしてないんだけど……。
………その比率が、3:2なのよ。
話を戻すと、電気分解して塩素が除かれた溶液のpHを7に調整して、完成!
紺色の薬品を、ティル君に飲んでもらったわ。
……味のほうは、元々辛味、渋味、甘味、苦味、酸味の五大要素を多く含む木の実ばかり使ってるから、まろやかな味のはず。
……中性にしてあるのも、そういう理由よ。
………ティル君の状態だと、あと5分もすれば完全に回復すると思うわ。
………やっと、化学者らしい事が出来た……。
……つい、化学の話に熱が入ってわるいわね。
職業病……、だから許してくれるかしら?
だから、そろそろ話に戻らせてもらうわ。
ラグナさんは、決心したように、でも、沈んだまま呟いた。
ラグナ〈まずは、俺とあいつ……、[カトル]が[グリース]に入る前の事から話そうか……。〉
落ちついた様子で、ラグナさんは話した始めた。
ラグナ〈………昔のあいつは、情に厚くて話が分かる奴だった……。……10年以上前のある日、[ポチエナ]だった頃の俺は、あいつと旅をしている時、あるポケモンと出会った。〉
ショウタ〈ポケモン?〉
ラグナ〈ああ、そうだ。……その時、俺達は…………、ライト、お前は覚えてないかもしれないが、幼少の頃のお前と、一緒にいた[キュウコン]に会った……。〉
ライト〈えっ!? わたしと!? ………確かに、小さい頃に本島に連れてってもらった事はうっすらと覚えてるけど……、トレーナーと会ったのはのは覚えてないよ……。たぶん、その時はまだ4歳ぐらいだったと思うし………。〉
えっ!?
ライトとそんな接点が!?
……という事は、[キュウコン]はアオイさんね?(2作目参照)
ラグナ〈………その時からかな。……ライトに固執するようになったのは……。当日、{いつかあのポケモンを仲間にするんだ!!}って意気込んでいたからな……。……そんな中、ひょんな事から[グリース]に入団する事になった……。下っ端時代は{沢山のポケモンに会える}って言って楽しそうに任務をこなしてた……。……当時は俺もあいつも、組織の本当の顔を知らなかったが……。……そんなあいつを見て、俺は嬉しかった………。
………積極的に任務をこなしていたから、上層部から認められ、次々に出世していった………。………ただ、幹部として[ガンマ]というコードネームを与えられてからあいつの人格が変わっていった………。………情に厚かったあいつは、段々カネに目がなくなり、カネのため………、目的のためなら何でもするようになってしまった……。だから、俺達、ポケモンの事も全く考えなくなっていった……。
……決定的なのが、乱獲の任務……。特定の地域のポケモンを無差別に捕獲する………、それが任務だった……。……その頃から、俺はある疑問を感じ始めた………。{……この組織の真の目的はポケモンの密猟……、希少種の売買なのかもしれない……}と………。その任務を終えた時、俺は複雑な気分だった……。………だってそうだろ?人間に置き換えると、人身売買にあたるからな………。
それに、俺も一匹のポケモンである以上、想いを伝えられない……。そんなもどかしさと苛立ちが募って、俺も気が短く、キレやすくなっていた………。………俺もあいつも、自分を見失っていたという訳だ……。
………俺はまだマシだったが、[カトル]はすっかり[ガンマ]になり果ててしまっていた……。
………自分に迷走していたちょうどその頃、あの伝説をめぐって、[エーフィ]のお前達と敵対するようになった………。その少し前からかな……。また[ラティアス]のライトに固執するようになったのは………。
………お前達を一戦を交えるようになってから、目先の事しか見えなくなっていた俺に、やっとある変化が起きた……。……お前達の堅い[絆]と[信頼]、[信念]に触れるうちに、俺はある事を思い出したんだ………。…………仲間を想う、[ココロ]だ……。それがきっかけかな……。元のあいつ……、[カトル]に戻って欲しいと願うようになったのは……。
………決戦の後の話になるが、その時、あいつだけが闘わずに偉そうにしていたのは覚えているだろ?……あの態度が他の幹部、部下から反感を買って、組織から永久に追放となった……。その後の組織はどうなったか知らないがな………。
追放された後、俺はすぐに以前の自分を取り戻せた。カトルにも自分を取り戻して欲しいと思ったが、追放された反動でか、以前に増して自己願望が強くなってしまった…。………分かりやすく言うなら、目的のためなら、体力が尽きて闘えなくなった俺にでさえ、無理やり戦わせる有り様だ………。
…だが、俺は諦めなかった。いつかまたあの時のように楽しく旅が出来るようになると信じて、がむしゃらについてきた………。
………だが、どうだ……、俺の切なる願いは伝わらずにあの有り様……。おまけに[道具]呼ばわりされる始末……。…………長くなったが、そういう訳であいつに反抗し、[決別]したのだ………。もう、戻らないと結論づけられてしまったからな………。[ガンマ]の手で……。〉
ラグナさん…………。
敵だったとはいえ、そんな思いで、戦っていたのね………。
………ふと気がつくと、私の瞳からは自然と涙が溢れていた………。
みんなも、頷きながら、彼の話に聞き入った。
ラグナ〈……………。〉
ラグナさんも、複雑な表情で………、まるで涙を堪えるかのように、歯を食いしばった。
ライト「………そんな思いで……。」
辺りに、私達の心情を表すかのように、風が吹き抜け、草木が揺れる音だけが響いていた………。
ラグナ〈………あいつの粗相を許してもらえるとは思ってないが、[ガンマ]の代わりに謝らせてもらいたい……。〉
ラグナは、溢れる想いをとどめながら、ライトに向き合った。
ライト「……うん……。」
ラグナ〈長い間、つきまとって、すまなかった………。〉
彼は、自らに言い聞かせるように言い、深々と頭を下げた。
………ラグナ自身も、後悔しているのね………。
ライト「………ラグナは好きでやってたんじゃないから、仕方ないよ。………だから、ラグナは悪くないよ。」
ライトは、一度頷いて、チラッと笑顔を見せた。
ラグナ〈………という事は……〉
ライト「うん。ラグナの思いも分かったから……、君の事は………許すよ!」
そして、すっかり沈み込んでいるラグナさんを安心させるかのように、ライトはとびっきりの笑顔を見せた。
………彼女の気持ちを察したのか、ラグナの表情も、若干緩んだ気がした。
ラグナ〈……なら、無理な願いかもしれないが、今まで犯してきた[罪]を償わせてくれ!……でないと俺の気が済まない!〉
ライト「えっ!?」
!?
突然、ラグナさんは何かを決心したかのように、力強く訴えた。
……その目は、本気ね……。
ラグナ〈ボールを破壊して野生となった俺には、この異郷の地では頼れる人間もポケモンもいない…………。………頼れるのはお前達だけだ!!………頼まれた事は何でもする!!………だから、俺をメンバーに加えてくれないか?〉
……ライトの役に立つことで、罪を償おうと思っているのね?
ライト「……わたしはいいけど……、ティルにテトラは?」
ほぼ空気と化していたティル君とテトラちゃんに、ライトは真顔で伺った。
………メンバーの意志も、大切よね?
ティル〈……仲間が増えて、楽しいからいいんじゃない?〉
進化して少し低くなった声で、ティル君は元気良く頷いた。
……つまり、いいって事ね?
テトラ〈ついさっき知り合った私に、そのことについて言えそうな事は無いから、いいよ。……第一に、そう決めたのなら、私に拒否される筋合いは無いしね。〉
テトラちゃんも、いいのね?
私は…………という前に、私はライトのメンバーじゃないから、口出しする権限は無いわ。
……そもそも、ラグナさんが折角[絆]の架け橋を繋げようとしているから、私がそれを止めると理に反する事になるわ。
ラグナ〈……ティルに、テトラと言ったな……。俺の我が儘につき合わせてすまないな…。〉
テトラ〈ううん。私は迷惑だなんてちっとも思ってないから、気にしないで!〉
ティル〈それに、旅するなら、少しでもメンバーが多いほうが楽しいでしょ?〉
歓迎……という感じね?
ライト「ふたりもこう言ってくれてるから、みんな、歓迎するよ!」
ラグナ〈お前等………。〉
そしてとうとう、堪えきれずに一筋の光が駆け抜けた。
ライト「……だから、ラグナ、決心は出来てるね?」
ラグナ〈ああ、もちろんだ!〉
言いながら、ライトは例の物を取りだした。
それを見て、ラグナさんも大きく頷いた。
ライト「じゃあ、いくよ!」
ライトは、それをラグめがけてふわりと投擲した。
コツッ
軽い音が響き、たちまちラグナさんは赤い光に包まれた。
………私には、それが[和解]の光のように見えた。
ライト「………ラグナ、これからよろしくね。」
彼女は、周りに聞こえるように呟いた。
辺りには、彼女達の行く末を示すかのように、暖かな陽光が差し込んでいた。