107 L 光導く夢現の軌跡 終幕 第2節
リーグ 王者の間 Sideライト
「カエデさん、お待たせしました」
《みんなの為にも、戦います!》
一度は躊躇ったけど、ついにわたしは自ら戦う事を決心した。肩から提げている鞄を足元に下すと、言い聞かせるように大声で宣言し、わたしはゆっくりと目を閉じる。本来の姿を強くイメージすると、わたしの身体は激しい光に包まれ始めた。
…慣れてるはずなのに、やっぱり緊張してきたよ…。
するとそれは大きく形を変え、空中に浮き始める。ものの数秒で光は弱くなり、弾けると、[ラティアス]としてのわたしが姿を現した。その直後に、言葉を念じる事で彼の頭の中に話しかけ、こう宣言した。
「やっぱそうこないとな。ライトさん、準備はええか」
《じゃないと、姿、変えてないですよ》
彼は「待ってました」と言わんばかりに声をあげる。それにわたしは、当然の様に頷いた。
…[フローゼル]は純粋な水タイプ。でも、彼は氷タイプの技も使える。それに対して、私はエスパー・ドラゴンタイプで、[10万ボルト]を使える。だから、相性だけで考えると、五分五分、だね。
〈ライト、頑張ってね〉
〈うん!〉
「フローゼル、去年よりも強くなっとるはずやから、気ぃ抜くなよ」
〈そんなの、当たり前でしょ〉
…何か、今日は立場が逆だね。
普段はわたしの立ち位置にいるティルは、戦闘に備えるわたしに声をかける。カエデさんだけには聞こえないけど、ポケモンのティルは、一応トレーナーのわたしに激励の言葉をかけてくれた。
その間にチャンピオンも、長年連れ添ってきたパートナーに注意を促していた。フローゼルは彼の呼びかけに一度振り返り、グーサインを出しながら大きく頷いた。
「じゃあ、いくで!」
《はい!》
そして、彼の一声で、長時間に及んだリーグ戦の最終章が幕を開けた。
…ここまでラフ、ラグナ、テトラ、それにティルが繋いでくれたバトンを、わたしが途切れ指す訳にはいかない…。連戦を勝ち抜いてきたトレーナーとして…、
一匹の[ラティアス]として…、勝つんだ、絶対に! 〈悪いけど、最初から全力でいかせてもらうよ!〉
〈わたしだって!〉
互いに声をあげ、最初の行動を始める。
…フローゼルはたぶん、[アクアジェット]で距離を詰めて、先制攻撃を仕掛けてくるはず。なら、わたしは、
〈[アクアジェット]!〉
〈[ミストボール]連射!〉
相手の進行の邪魔をする!
フローゼルは真っ先に水を纏い、一気に加速する。一秒にも満たない時間で、5mの距離を駆け抜けてきた。
技の効果で一歩遅れたけど、わたしはその場で急上昇しながら、手元にエネルギーを蓄積させる。直線距離で3mまで迫られた瞬間に3発……、右、左、右の順番で発射した。
〈もう一発〉
〈とっ、跳んだ!? くっ〉
彼はわたしの弾を難なくかわすと、丁度真下で技を解除する。すぐに右足で地面を蹴り、跳びあがると、再び技を発動させた。水の弾丸と化した彼は、意表を突かれた私のお腹を狙って突っ込んできた。
予想外の行動に反応が遅れたわたしは、慌てて後ろに飛び下がる。でも間に合いそうになかったから、咄嗟に右手の爪を振りかざし、それに対抗する。それは相手を捉えたけど、技を発動させてないせいで競り負けてしまった。1mほど弾かれたけど、辛うじてダメージを軽減する事に成功した。
…まさか[アクアジェット]で跳びあがってくるなんて、夢にも思ってなかったよ。でも、空中戦ならわたしの方が有利。だから、思い通りにはさせない!
〈地上だけが僕の行動範囲って思わないでほしいね。[冷凍ビーム]!〉
[アクアジェット]の勢いがまだ残ってる彼は、それに身を任せる。口元にわたしが苦手な冷気を集め、一直線に撃ちだしてきた。この時、光線の先端とわたしの距離は、だいたい5m。
4m、
〈去年ユウキ君達に鍛えてもらってたんだから、そんな事、分かってるよ!〉
わたしは体勢を立て直し、光線に向けて真っ直ぐ進行する。
3m、
〈そういえば、そうだったね〉
彼自身のスピードがゼロになり、降下し始める。
2m。
わたしは冷気までの距離を測り、タイミングを見極める。
1m、
〈でも、そのままだと、攻撃、食らうよ?〉
〈そのままなら、ね〉
冷気を吐き続ける彼は、不可解なわたしの行動に、疑問を投げかける。
一方のわたしは、次なる技の準備を始める。口元にエネルギーを集中させ、それを属性に変換する。
0m、
〈[竜の波動]!〉
わたしはスレスレで首を右に捻る。間一髪で軌道を逸らし、光線を背にし、その周りを飛び続ける。冷気を中心に渦を巻くように飛行しながら、竜属性のブレスを一気に放出した。それは薄い水色の柱を中心に、黒青色の螺旋を描いていった。
相手まで、およそ2m。
〈うっ、動けない!〉
〈[10万ボルト]!〉
水色を辿り、紺色は発生源を包囲する。そのせいで相手はダメージこそ受けなかったが、狼狽える事しか出来なかった。
…よし、成功した!
紺の後を追うわたしは、何回か回転した後で技を解除する。相手が目前に迫り、わたしの背中が地面と平行になった瞬間に、高圧の電気を一気に放出した。
…確か[フローゼル]っていう種族は、スピードと物理技の威力が高くて、守りが弱い。だから、相手の技をかわしながら、確実に命中させれば、いける!
〈これはやられた…くっ…〉
重力に引かれる事しか出来ない彼は、わたしのブレスで行く手を遮られてるせいで身動きがとれない。[アクアジェット]で軽減しようとしても逆効果になるから、彼はまともに電撃を受ける事になった。
〈もう一発!〉
〈なっ〉
さらにわたしは、追撃する。相手の真下をとったわたしは、背中を逸らす事で宙返りする。180度回ったところで、更に体を右斜めに捻じり、地面と垂直になる。そして、墜落しつつある相手めがけて急降下し、左の翼を思いっきり叩きつけた。
〈[鎌鼬]!〉
今度はタダでうけるようなことはせず、彼も反撃してきた。降下する時に発生する風を利用し、自身に空気の渦を纏わせる。ある程度纏わせると、彼は身体を反時計回りに捻る。2本ある尻尾の両方を使って、わたしの翼に対抗してきた。
〈〈くっ…〉〉
相手が発動させた空気の刃は、風をかき分ける事なくわたしの翼を捉える。その甲斐あって、彼はダメージを受けはしたが、わたしを弾く事に成功した。
…特殊技の[鎌鼬]を物理技として使うなんて…、さすがだよ。
〈かはッ…!〉
彼は受け身を取ることが出来ず、衝撃でむせ返る。わたしも無理やり進路を変えられたせいで、追撃ちをかける事が出来なかった。
〈流石、伝説の種族、だね…〉
〈きみこそ、[10万ボルト]食らっても耐えられるなんて、凄いよ〉
わたしは付いた勢いを逃がすために、身体を右に傾け、旋回する。地面から1m位を維持すると、減速して彼の様子を伺った。
彼は若干ふらつきながらも、立ち上がる。膝に手をついて息を整えながら、彼は3m先で浮遊するわたしに話しかけてきた。
…やっぱり、簡単には倒せないよね。電気タイプは弱点のはずなのに…、あの感じだと、まだ半分よりも少し少ない位しか削れてない。わたしもまだ半分以上残ってるけど、油断はできない。
技自体も、まだどうなるか分からない。相手がここまでで発動させた技は、水タイプの[アクアジェット]、氷タイプの[冷凍ビーム]、それからノーマルタイプの[鎌鼬]…。あと1つ使ってない技があるけど、たぶん[ハイドロポンプ]だと思う。それに対して、わたしが使える技は、[ミストボール]と[竜の波動]、[10万ボルト]。[癒しの波動]は補助技だから、実質この3つだけだね…。
それからもう1つ、分からない事があるんだよね。ここまでの4戦で使ってなかったけど、これだけの実力があるなら、“派生技”を使える可能性が高い。[鎌鼬]と[ハイドロポンプ]はもう最上級だから、たぶん大丈夫。問題なのは、[アクアジェット]と[冷凍ビーム]、どっちを派生させるか。もし[アクアジェット]だったら何とかなると思うけど、[冷凍ビーム]だったら…、耐えられないかもしれない。だから、使われる前に倒さないと!
〈でないとチャンピオンのパートナーは務まらないよ。[ハイドロポンプ]〉
〈[竜の波動]〉
一通り話し終えると、彼は次なる行動を開始した。口元に意識を集中させ、そこに水のエネルギーを蓄える。一秒ほど溜めると、地面から1m上を浮遊する私を狙って撃ちだしてきた。
…やっぱり、最後の技は[ハイドロポンプ]だったね。
一方のわたしはというと、すぐに反応して暗青色のブレスを放出する。それらは丁度中間でぶつかり合い、一本の直線となった。
勢いはほぼ互角、一方がもう一方を押し返すなく、釣り合った。
…威力で互角なら、勢いで…。
〈くっ…、まだまだ![冷凍ビーム]!〉
わたしは竜の息を吐きながら、相手との距離をゆっくりと詰める。それが功を制して、わたしの紺が相手の水を押し返し始めた。
もちろんこの状況に、相手も黙ってはいない。持続してるエネルギーを水から氷に変換し、技を切り替えた。すると光線の優劣が逆転し、後者が前者を圧倒し始めた。
…マズい、このままだと圧し負ける! 何とかしてわたしの流れに戻さないと!
わたしは技を維持したまま飛び下がり、距離を開ける。相変わらず冷気の先端との距離が3m位しかないけど、何とか対応できるだけの間隔を開ける事は出来た。
この時、わたしと相手との距離はだいたい8m。
〈[ミストボール]連射!〉
〈[アクアジェット]〉
先端まで2mと迫った瞬間に、わたしはブレスへの意識を遮断する。もちろんこのままだと大ダメージを食らうから、わたしはすぐに高度を2m位あげた。同時に手元に手元にエネルギーを蓄え、相手への牽制球を創りだした。
…普通に飛ばしても、もう当たりそうにない。なら、わたしも技の使い方を変えれば…。
手元に蓄えたエネルギーを元に、わたしは純白の弾丸を3発撃ちだした。1つは、さっきまで放っていた[竜の波動]に隠すように投げ、[冷凍ビーム]を打ち消すことに使う。2つ目は右手で捻りを加え、弧を描く様に投擲する。そして最後の3つ目は、口元で大きめに形成し、相手の動きに合わせて解き放った。
その間にも、相手は水を纏って跳び上がってきた。わたしに向けて斜めに飛び出し、技を見極める。
一発目はわたしの狙い通り、冷気の余波を打ち消し、ぶつかった衝撃と共に雲散する。光線を迂回するように放たれた2発目は、まるで[サイコキネシス]で操られているかのように相手に迫る。しかし、それを相手は身体を時計回りに捻る事で回避したため、空気を捉える事しか出来なかった。
…一発目は技の相殺、二発目は牽制。もちろん、」外れるのは想定内。本命はこの三発目だから、問題ない!
〈なっ、しまっ、…くぅッ!〉
〈これで最後![10万ボルト]!〉
…よし、当たった!
作戦が成功し、わたしが発動させた白の大玉は、寸分の狂いがなく水塊を捉えた。そのせいで相手の技は解除されダメージを被った。そこにはわしはすぐに相手に向けて滑空し、急降下する相手に接近する。帯電しながら距離を詰め、間隔が2mまで迫った瞬間に解き放った。
…相手に与えたダメージを計算すると、この[10万ボルト]さえ当てれば倒せるはず。もしそうじゃなくても、決定的な一撃にはなる!
〈そうは、させない! [冷凍ビーム]…、ぐぅッ…、…[吹雪]…!〉
〈えっ…〉
わたしの電撃は、余すことなく標的を捉える。しかし、それでも相手の体力を削り切る事は出来なかった。
相手はわたしの技が命中する直前に、[冷凍ビーム]への意識を強くする。途中で大ダメージを受けても、集中を途切らせない…。完全に技のイメージを別のモノに変換すると、それを一気に解き放った。
〈やっぱり派せ…くッッ…! …でも、負ける訳には…、…
いかないんだ!〉
…派生技、やっぱり使えたんだね…。しかも、一番きて欲しくなかった、[冷凍ビーム]からの[吹雪]。まさか、このタイミングで使われるとはね…。
1mにも満たない距離まで接近していたわたしは、当然対処する事が出来ない。相手が発生させた、起死回生とも言える暴風雪が、わたしに襲い掛かる。[10万ボルト]を発動させていたから軽減出来たけど、わたしは致命的な一撃を受けてしまった。
〈ぐッ…、くっ…〉
〈うッ…〉
制御を失い、わたし達は地面に叩きつけられる…。意識が薄れてきているせいで、受け身を取ることが出来なかった。
…結構マズい状況だけど、それはたぶんフローゼルも一緒。…でも、相手は派生技を発動させたから、もうエネルギーは殆ど残ってないはず。ギリギリ[冷凍ビーム]を発動させれるかさせれないか、際どいぐらい、かな? でも、わたしは、まだ残ってる。身体が重くて動かしにくいけど、一発…、あと一発かわせば…。でもその前に、わたしが、命中させれば…。
〈[竜の…波動]…〉
…なら、相手が動き出す前に、派生技を、発動させる!
わたしは消えそうな意識を辛うじて繋ぎ止め、技をイメージする。
〈…! 動…けない〉
それを次第に、莫大なエネルギーへと変化させていく。
〈こんな時に…、麻痺…、なんて〉
残りのエネルギーの三分の二を使ったイメージを、口元に凝縮させる。そして、
〈…[流星群]! 今度こそ、これで…、決める!〉
最後の力を振り絞り、天井に向けて打ち上げた。
…これで決まらなかったら、負ける…! 一発でいいから、当たって、お願いだから!
するとそれは、天井付近まで上がると、パンッ、と弾ける。直後、どこからともなく甲高い音を上げて大量の隕石が降り注ぎ始めた。
…これでとりあえず、技だけは、発動させれた。あとは、結果を見守るだけ。
〈嘘…、でしょ…? まさか、残りの技が、[流星群]、なんて…。 これは、やられたね…〉
わたしと同じく虫の息の彼は、痺れが全身を襲っているのか、動かない。負けを悟ったのか、彼は覚悟を決め、硬く目を閉じた。
〈ウゥッ…! 見事…、だよ…〉
天井から雨の様に降る大岩は、そのほとんどが地を捉えたけど、2〜3個が気絶寸前の相手を捉えた。そして、その彼は、一言つぶやくと、その意識を手放した。
〈…勝ったの…? わたしって…、勝てたの…?〉
相手が倒れたのを見たわたしは、ここまで何とか体勢を起こしていたけど、とうとう崩れ落ちた。
…本当に、勝てたのかな? 全然、実感が、湧かないよ…。
〈ライト!〉
と、そこに、トレーナーの立ち位置で見守っていたティルが駆け寄って来てくれた。
〈ティル、…わたしって、勝ったの?〉
〈うん! 結構危なかったけど、勝ったんだよ、俺達は〉
〈…本当に…?〉
〈本当だよ! フローゼルが麻痺状態で動けない時に、ライトの[流星群]が決まったんだよ!〉
〈そっか…、よかった…〉
…ティル、本当に、勝てたんだね、わたし達って…。
嬉しそうに駆け寄ってきたパートナーの言葉に、わたしはようやく肩を撫で下ろした。
〈勝ったん、だね…〉
〈ライト? ライト!しっかりし…〉
その彼の言葉に安心し、わたしの意識はとうとう暗転した。
…やったんだね、わたし達…。