106 L 光導く夢現の軌跡 終幕 第1節
リーグ 王者の間 Sideライト
〈…これで、決める! [フレア…ドライブ]…っ!〉
〈絶対に…負けたく…ない!! 一か八か…、[ギガインパクト]…!〉
大技を連発したせいでバテている[ウィンディ]は、残るエネルギーの全てをかき集め、燃え盛る炎を纏う。若干ふらつきながらも何とか堪え、炎の塊となって相手に突っ込んできた。
意識が遠のき始めているテトラも、歯を食いしばって立ち上がる。気力だけで力を蓄え、捨て身で対戦相手へと走り始めた。
〈ライトとみんなのためにも…、勝つんだ!〉
両者は正面から対峙し、薄れる意識の中で狙いを定める。テトラは2mまで迫った相手に、こうはき捨てた。
〈それは俺も…、同じだ!〉
彼も何とか声を絞り出し、気迫だけで押し返す。
…たぶんこの一発で決着がつくと思うけど、正直どうなるか分からないね。今のテトラの状態は、エネルギーはまだまだ残ってるけど、体力が残りわずか。[フラッシュ]で命中率を下げても、嗅覚が発達してる[ウィンディ]には意味が無い。それに対して、彼の方は、[フレアドライブ]の反動を耐える体力はあると思うけど、テトラの攻撃はどうなるか分からない。反動で動けなくなるテトラに追撃しようとしても、当の本人に技を発動させるだけのエネルギーは残されていない…。
テトラの言う通り、一か八かの賭け、だね。
「テトラ、耐えて!」
「ウィンディも、堪るんだ!」
私は終結しつつある戦闘に、祈りながら声をあげる。カエデさんも、どうなるか予想できないみたいで、最後の大技に全てを賭ける戦士に、大声でエールを送る。
そして…、
〈っぐ…!…まさか…、こんな大技を…、隠し持って、いたとはな…〉
〈あんたも…ね…〉
鈍い音が、フィールド一面に響き渡った。炎を纏って突撃したウィンディ、全身の力を爆発させたテトラ、その両方が逆方向に飛ばされた。まず始めに、テトラを炎が包み込み、熱と共に対象を弾き飛ばす。3秒ほど宙を舞い、直後に地面に叩き付けられた。次に相手のウィンディ、彼にはテトラの重撃と自分の反動の両方が襲いかかる。もちろん彼も耐え切れず、テトラとは真逆の方向に弾かれた。
そして、彼女達は、全く同じタイミングで崩れ落ちてしまった。
…もしかして、引き分け?
「…テトラ、お疲れ様」
「ウィンディも、よう頑張ったな」
第四戦目を引き分けで終えたテトラに、わたしは優しく声をかけてあげてから、ボールに戻す。彼も労いの言葉をかけ、控えへと戻した。
…テトラが負けちゃったから、今のわたし達は1勝1敗2分け。だから、ここまでだと引き分けだね…。でも、残ってるのは、あと一戦。ティルなら大丈夫だと思うけど、油断はできないね。
テトラをボールに戻してあげてから、わたしは自分の状況を確認する。そうする事で自分に言い聞かせ、気合を入れ直した。
「さすが、ライトさんやな。ここまで追い込まれたのは久しぶりやよ」
「って事は、他の人はもう少し強かったりするんですか」
メンバーを戻した彼は、一度わたしに向き直り、声をかける。その言葉には、称賛の意が含まれているような気がした。それにわたしは、声には出さないけど、謙遜しながら疑問を投げかけた。
「その逆やよ。俺が就任してルールを変えてから、難易度が上がったらしいんよ。…やから、いつもは四天王戦で終わるか、良くても俺がストレート勝ちするっていう感じやな」
…へぇ、やっぱり、そうだよね。ただでさえ難しい四天王戦なのに、途中で入れ替えが出来ないサドンデス。おまけに道具を使って回復してあげる事も出来ないから、尚更だよね、エネルギーも、温存できるか際どい位だと思うし…。
「これだけ難しいから、そうなるのも分かる気がしますよ。…でもカエデさん」
「ん? どうしたんや」
彼の言葉に、私は頷きながら納得する。でもわたしは、そんな彼に、こう続けた。当然カエデさんは、突然話題を切り替えたわたしに首を傾げる。
「ここまで頑張ってきたんだから、他の人と同じようにはいきませんよ!」
…もちろん、わたしはそんなつもりはないよ!
彼の問いかけに、わたしは自身と共に真っ直ぐ答えた。
「そうやないと戦い甲斐がないで! ライトさん、泣いても笑ってもこれが最後や! カントーでの旅で学んだこと、感じた事、全部俺にぶつけてくれよ!」
チャンピオンの彼は、挑戦者のわたしの宣戦布告を正面から受け止めてくれた。そして、それを威厳という名のラケットで対戦相手に打ち返した。
「もちろんです! カエデさんも、わたしが知りあいだからって、手を抜いたら許しませんからね!」
わたしも、ここまで戦ってきた想いを胸に、言い放つ。そして、挑戦者のわたし、チャンピオンのカエデさん、両方がほぼ同じタイミングで最後のボールを手に取った。
…わたしのメンバーはパートナーのティル、テトラ、ラグナそれからラフの4匹だけだから…。残ってるのは、炎・エスパータイプのティルだけ。…でもカエデさんは、去年から誰かが加わってなかったら、水タイプの[フローゼル]だけのはず…。パートナー同士の戦いだけど、相性的にはティルの方が不利…。でも、わたし達には、もうティルしか残ってない!
「ティル! これが最後だよ。だから、
絶対に勝つよ!」
「[フローゼル]、俺達のコンビネーション、魅せるで!」
それぞれが、一番一緒にいる時間が長いメンバーを、溢れる闘志と共に出場させた。
〈ライト、折角さっき温存したんだから、最初からそのつもりだよ!〉
わたしの相棒は、わたしの期待に快く答えてくれて、威勢よく言い放つ。
…ティル、あとはきみだけ…。だから…、
〈カエデ、ずっと僕の出番が無くて退屈だったんだ…。だから、僕も、全力で戦うよ!〉
彼のパートナーも、威勢よく飛び出した。
「ティル、まずは…」
「ちょっ、ちょっとライトさん! 待ってくれへんか」
何が何でも…、はい?!
彼のパートナーが使える技をある程度把握している私は、先手を取られまいとすぐに指示を出そうとする。しかしそれは、わたしの5番手を確認したカエデさんの慌てた声によって遮られてしまった。
「せっ…えっ? 待つって、何をですか?」
もちろんわたしは、その意味が分からずに彼に迫る…。ティルも、その言葉に慌てて静止した。
「その[マフォクシー]、[ライチュウ]の時のやろ」
「そうですけど」
「なら、別のポケモンやないとあかんな」
《俺じゃあダメなの!?》
〈残念だけど、それが決まりなんだよ〉
…でっ、でも、もうわたし達にはティルしかいないんだけど…。勝ち越しても負け越してもいないのに…。
わたしは、それに言葉を濁す…。
〈でもライト? もう俺しか残ってないんだよね?〉
「うん。ラフが負けちゃって、テトラとラグナは引き分け…。だから戦えるのはもうティルだけだよ…」
…この場合って、どうなるんだろう…? もう戦ってるティルは、出場できない。だから、メンバーがいないわたしは、普通ならここで負け…。でも、4戦中1勝1敗2分け。
〈なら、俺達の負け、だよね〉
「うん。そう…、そう、だよね。ティルが戦えないなら、そうなる、よね…」
…ティル、きみもそう思うんだね…。
パートナーと言葉を交わすうちに、わたしの脳裏に敗北の文字が浮き上がり始める。次第に声の調子も暗くなり、大きさも小さく…
「いや、ライトさん、まだ終わっとらんで」
「えっ、でも…」
なっていった。
そんなわたしに、彼はそのままのトーンで言葉をかける。
「ルールだと、もう戦えるメンバーが残って…」
「おるやろ」
〈…あっ、そっか! ライト、まだいるよ、戦える仲間が!〉
腕を組んで考えていたティルは、何かを思いついたらしく、溌剌とした様子で声を張り上げた。
…急に大声出してたから、ちょっとビックリしたけど…。
「その様子やと、マフォクシーは気付いたみたいやな」
…でも、どう考えてもいないよ、ティル以外に…。
「…つまりライトさん、ライトさん
が戦えばええって事やよ」
「わたしが、ですか」
〈だって、ライトさんもポケモンでしょ〉
…うん、確かに、わたしは[ラティアス]だよ?
「そうだけど、わたしは一応トレーナーって事になってるし…。そもそも、わたしって野生だから…」
「博士から了承もらっとるから、特別や」
「博士って、オーキド博士ですか?」
「そう言う事や」
…先代の[ラティアス]と関わりがあったみたいだけど、それとは話が違うよね、絶対に。
反論しても、カエデさんは一向に首を横に振らず、こう答える。
〈ライト、折角いいよ、って言ってくれてるんだから、そうしようよ〉
ついにティルまで、相手側に就いてしまった。
「でも…」
〈じゃないと、何のために勝ち抜いてきたの? 何のために特訓してきたの? …何のために、ここまで旅してきたの? もしここで負けを認めて戦わなかったら、この一か月間の努力が無駄になるよ〉
…確かに…。
〈一緒に戦ってきたテトラ、ラグナ、それにラフが頑張ってくれたのに、それも無かったことになる…。せっかくチャンスを貰ったのに使わなかったら、それが無かったことになる…。みんなの事を考えると…、俺にはできないよ、諦めるって事を…。
…ライト、パートナーとして言わせてもらうよ? 元々この地方にはいないはずの俺は、研究所で保護されてても、外に出ることは殆ど無かった。俺より先に、初心者用のメンバーとして旅立っていったひとを何匹も見てきた…。友達ができてもすぐに旅立っちゃってたから、表には出さなかったけど、寂しかった…。正直、諦めてたよ。…でもそんな時、ライトが来てくれた。ライトがこの地方でトレーナーになってくれたから、俺はライトと出逢えた。…本当に、嬉しかったよ!…だからライト、俺は戦ってほしい。俺を旅立たせて、パートナーになってくれたライトに、戦ってほしい。そして、勝ってほしい…。もちろん、ライトがポケモンでも、人間でも、この気持ちは変わらないよ。
俺は、ライトに喜んでほしい! だからライト、請けよ、この挑戦を〉
「ティル…」
彼は私の方に向き直り、真っ直ぐ目を見て語る…。想いが乗った暖かい彼の言葉が、わたしの心を優しく包み込んだ…。
…はじめて逢った時、ティルは本当に嬉しそうだった。バトルで初めて勝った時も、そう…。二ビシティで味わった、初めての敗北…、ティルと経験した、いろんなひと達との出逢い、事件……。どれも…。
彼との出逢い、思い出が、わたしの中を駆け巡っていく…。
「…うん、ティル、ありがとう。この挑戦、請けるよ! わたしは1人のトレーナーであってポケモンでもある…。 ここまで一緒に旅してきた仲間…、ティル、テトラ、ラグナ、ラフのために…。カエデさん、わたしは[ラティアス]として戦います!」
そして、わたしは遂に決心し、彼らの想いを受けながら、声を張り上げた。
「だからティル、もしもの時は、よろしくね」
〈ライトはこうじゃないと! うん、もちろんだよ〉
…ティル、みんなのためにも、全力で戦うよ。だから…。
励ましてくれた、わたしの大切なパートナーに、わたしは声をかける。それと同時に、目を閉じ、意識を集中させ、光を纏う…。
「カエデさん、お待たせしました」
《みんなの為にも、戦います!》
元の姿…、[ラティアス]のわたしは、彼に向けて言葉を念じ、士気を高めた。それと同時に、気持ちを戦闘に切り替え、真っ直ぐに対峙する相手を見据えた。
…カエデさんのフローゼルは一年前、“チカラ”が覚醒する前のシルクと互角の実力を持ってた。その時でもそのレベルだから、今はそれ以上…。当然、使える技の種類と使い方も、あの時とは違う…。
それは、わたしも同じ…。一年前のわたしは、守られるだけの、弱い[ラティアス]だった。でも今は違う。この一年で、わたしは守られる立場から、守る側になった。だから……、
カエデさん、覚悟してくださいよ!!