105 L 切なる願いと妖艶の第4幕
リーグ 王者の間 Sideテトラ
「テトラ、絶対に勝つよ」
〈ライト、そんなの、当たり前でしょ〉
ライトはそう言いながらボールを手に取り、私を出場させる。それが開くと、私は色違い特有の煌めきと共に舞台に降り立った。そして、前足を軽く曲げて着地の衝撃を逃がし、私は彼女の方に振りかえってこう答えた。
…みんなの結果は分からないけど、ライトの様子だと順調なのかな? そうじゃなくても、負けられないね。だってもし私が負けちゃったら、そこで挑戦が終わるかもしれないし、引き分けでもそうなる。退くに退けない状況だね。…でも、ここまでずっと特訓してきたんだから、きっと大丈夫だね。
「[ウィンディ]、ここが正念場やで」
〈4戦目が一番肝心だからな〉
相手のトレーナーも、一歩遅れてメンバーを登場させ、激励の言葉をかける。それに彼も背中で返答し、言い聞かせる事で士気を高めた。
…私の相手は[ウィンディ]かー…。純粋な炎タイプだから、フェアリータイプの私にはちょっと不利かな…。でも、出てきたときに“威嚇”されなかったから、特性は“貰い火”か“正義の心”。もしそうじゃなかったら、変化技中心の私には殆ど勝ち目は無かったかも。…そこは、救われたかな。
〈あんたはもしかすると、色違いに会うのは初めてなんじゃないかな〉
〈よくわかったな〉
〈十何年も色違いとして生きてるとね、顔を見ただけですぐ分かっちゃうんだよ〉
…私の種族にはじめて会うひとは別だけどね。
私を認識した相手は、珍しさから一瞬だけ驚いた表情になった。それを私は見逃さず、相手が言い出すよりも早く問いかけた。瞬間的に湧いた気持ちを見抜かれた彼は、今度は明らかに驚いた表情を見せる。でも必死にそれを隠してたけど、最初に見抜いた私にはムダな足掻きだった。
〈さすがと言うべきだな〉
〈いくら褒めても何も出ないよ〉
…このひとは多分、ラグナと似たような戦略だね。褒めちぎって私を舞い上がらせようとしても、意味ないよ?
〈なら、無理やり引き抜くだけだな! [神速]〉
〈えっ、[フラッ…]…くっ〉
…速いっ!
彼はそう言うと、何の前触れもなく技を発動させた。話している間に力を溜めていたのか、〈〜な〉と言い終えると同時に、前足に力を込める。8mぐらいあった距離を一気に駆け抜け…、いや飛び越して、私の目前に迫る。
完全に気が逸れていた私は、慌てて右側の触手にエネルギーを蓄える。しかし撃ちだす前に相手に接近され、思いっきり跳ね飛ばせれてしまった。
…これはやられちゃったな…。でも、[ニンフィア]っていう種族は守りが優れてる…。だから、このくらいではどうって事ないよ!
〈[フラッシュ]!〉
大きな相手に飛ばされた私は、空中でエネルギーを溜め直す。着地と同時に丸く形成し、追撃しようとする相手めがけて撃ちだした。それは3mほど走った相手の目前を捉え、閃光を辺りにまき散らした。
…たとえスピードがあっても、当たらなければ意味が無い! だから、思い通りには…
〈悪いが利用させてもらうぞ! [ソーラービーム]!〉
〈嘘でしょ!? むっ、[ムーンフォース]!〉
させ…えっ!? もしかして、はずれた?
相手は突然の閃光にも全く動じなかった。寧ろそれを体内に取り込み、別の属性に変換する。それを口元に集めて、3m先にいる私に向けて発射した。
まさか外れるとは思ってない私は、利用されたことに声を荒げる。光が治まり、口元に蓄えられたエネルギー塊を確認。慌てて自分のそこに妖艶な弾を造り、左に跳ぶのと同時に撃ちだした。
〈もう一発[ムーンフォース]!〉
〈なっ…! [ムーンフォース]を直接!?〉
光のエネルギーを得た光線と薄いピンク色の弾は、ちょうど中間地点でぶつかった。しかし使われた分量の優劣で後者が撃ち負け、前者にかき消されてしまった。
その間に私は4歩走り、相手から見て右側をとる。両方の触手にさっきと同じ技を創りだし、右、左の順番で叩きつけた。
大技を発射している最中の相手は、私の接近に気付いていても対処する事が出来なかった。特殊技を応用した打撃が右脇腹を捉え、若干のけ反った。
…連携はうまくいったけど、やっぱり相手が悪かったなー…。手ごたえはあったんだけど、平気そう。
〈[フラッシュ]!〉
〈くっ! 目が!〉
振り上げた右に光を蓄え、撃ちださずに発光させた。今度は確実に相手を捉え、目を晦ませることに成功した。ここで私は、更に左を無心で叩きつけ、跳び下がった。
〈どう? 流石に今のは反応出来なかったでしょ?〉
〈これは一本とられたな〉
…これで、私が少し有利になったはず。だから、ここから一気に攻め切らないと!
作戦が成功した私は、勝ち誇ったように声をかける。それに相手は、私の期待通りの反応を示した。
ここで私は、目を開けたまま天に祈り始める。
〈だが、まだまだだな! [熱風]!〉
〈えっ、また大ざ…くぅッ…!〉
…どっ…、どれだけ大技を、使えるの…?
〈参った〉と言いながらも、相手は言動とは正反対の行動をする。私が祈り終えたタイミングで、相手は膨大なエネルギーを体中から解き放つ。すると彼の後ろから、焼けつくような突風が発生した。それは無防備な私もろとも空気を押しのけ、遮られる事なく疾走した。
〈さすが…、だね〉
〈チャンピオンはバトルが仕事なんだ。多くの策を準備しているのは当然だろ〉
…やっぱり、そうだよね。このひと、私達とは比べ物にならないくらい戦闘経験積んでるはずだし、色んな状況も体験してるはずだもんね。
…でも、私だって負けてないんだから!!
私の声は思いがけず食らったダメージの影響で、途切れ途切れになってしまう。それでも何とか言葉を紡ぎ、辛うじて言い切った。
〈そうだよね…。でも、このまま、終わらせないよ!〉
それでも私は、力を振り絞って声を張り上げた。
…そろそろ、[願い事]の効果が、発動するはず。それに、今のところ相手が使った技は、炎タイプの[熱風]、草タイプの[ソーラービーム]、それからノーマルタイプの[神速]…。もう1つはまだ使ってないから分からないけど、どれも大技だからエネルギーの消費が多い。だから、私自身が耐えられるか分からないけど、[願い事]をしながら長期戦に持ち込めば、たぶん勝てる。やった事ないから、どうなるか分からないけど…。
すると、見計らったように私を淡い光が包み込み、すぐに雲散した。何事もなく消えた後、私の身体はある程度軽くなり、それなりの体力が回復した。
〈私にだって、まだまだ作戦はあるんだから! [フラッシュ]!〉
そう言い放つと、私は右、左の触手、口元の3ヶ所に消費量の少ない光の球体を生成する。それを、次の一撃をくらわそうと近づいてきている相手めがけて同時に撃ちだした。
…でも、一か月間特訓したんだから、
負ける訳にはいかない!! 〈[神速]!〉
〈もう同じ手は通用しないよ! [願い事]!〉
その間に相手は技を発動させ、私の4m手前まで接近していた。
私はもちろんそれにすぐ反応し、光が視界を独占している間に、両前足に力を込める。左に押し込むことで右に跳び、その場から避難する。前脚、後ろ脚が地面から離れたタイミングで体を時計回りに捻って、間一髪相手の進撃をかわした。
もちろんタダで交わすようなマネはせず、回転する勢いを利用して一発打撃を仕掛けた。半分回ってお腹が上にきた瞬間に右の触手を振り上げ、相手の左前脚を叩く。
〈何っ? かわされた!?〉
〈もう一発!〉
続いて左のそれも叩きつけ、今度は風に靡く尻尾に命中させた。回り切って衝撃を逃がすと、私の体力は再び回復した。
…これで、大ダメージをうける前の状態に戻ったかな?でも、あのまま何もしなかったら確実にやられてた。命中率を下げたはずなのに…。何で?
〈[フレアドライブ]!〉
〈[ムーンフォース]連射!〉
技をかわされた相手はすぐに向き直り、炎を纏う。超至近距離で跳びかかり、私に決定的な一撃を与えようとしてきた。
それに私はすぐに対応し、妖艶な弾丸を2発、発射する。3、4発目を触手に準備しながら、私は全力で斜め前に跳ぶ。
〈くっ!〉
〈熱っ! 背中がガラ空きだよ!〉
何とか私は相手の頭の位置まで跳びあがる。首を思いっきり振り下げることで勢いをつけ、一回転…。90度回ってから、維持している触手で炎の塊と化している相手の脳天を叩き、前方倒立回転跳びをした。
…そのせいで、ちょっとダメージをうけちゃったけど…。
〈ぅぐっ…!〉
私に頭を叩かれたせいで、相手の軌道が大幅に逸れる。勢いそのままに地面に思い切り突っ込み、大ダメージを被った。
〈[神…速]!〉
…そろそろ、バテてきた頃かな?
相手は無理やり体勢を起こし、大技を発動する。地面の振動から推測すると、全力で走りだし、本人から見て右回りに旋回し始めた。
…まわり込んで攻撃するつもりだね?…なら…。
私は着地と同時に一気に駆け出し、左回りで迂回する。前、後ろ、計4本の脚に全神経を集中させ、走りながら相手との距離を測り始めた。
…たぶんこの感じだと、相手とすれ違うのは3秒後…。
2秒前…、
〈そろそろ疲れてきたんじゃない?〉
大技しか使えないせいで息が切れてきた相手に、私は問いかける。
1秒前…、
〈ハァ…、そんな筈は…ない!〉
相手はそれを必死に隠しながら、私に突っ込んでくる。
一方の私は、両方の触手を前に伸ばし、狙いを定める。
0m…、
〈狙いが甘いよ?〉
〈!?〉
私は僅かな時間で相手の右前脚に、自分の触手を絡みつかせる。すぐに左に進路を変える事で相手を引っ張り、バランスを崩させた。結果、相手は派手に転び、思いがけずダメージを受けた。
〈それは、お前もな…![熱風]…!〉
〈しまっ…っくぅ…っ!〉
…!! そうだった…。範囲が広い[熱風]を使える事、すっかり忘れてた…。
相手に向き直ったその瞬間、突如あらゆるものを焼き尽くす疾風が襲いかかってきた。当然私は対処する事が出来ず、大ダメージと共に派手に吹っ飛ばされる。不意打ちを食らったせいで、すぐには立ち上がる事が出来なかった。
……、目の前が、霞んできた…。…でも、それはたぶん、相手も同じはず…。おまけに相手は結構技を使ってるから、もう殆ど残ってないはず…。
〈…これで、決める! [フレア…ドライブ]…っ!〉
〈絶対に…負けたく…ない!! 一か八か…、[ギガインパクト]…!〉
相手は残されたの力を振り絞り、炎の塊となって接近する…。
私も、最期の切り札とも言える大技を発動させた。技の効果を利用して、重くなった体を無理やり動かす…。それが、私には、自分の事なのに他人事のように感じられた。
…たぶん、もう自分の石意思で動かせるだけの体力は残ってない…。[願い事]を発動させたかったけど、それも叶わなかった…。だから、どうなるかは、もう、運次第…。
〈ライトとみんなのためにも…、か…〉
風前の灯火の両者は、互いの目の前まで接近する…。
私の言葉を遮り、辺りにはとてつもない衝撃音が響き渡った。
ここで、結果を見届ける事も叶わず、私の意識は途切れてしまった…。
…どうか、…私が…、勝っていますように…。