103 L 心に語る心理の第2 幕
セキエイ高原王者の間 Sideラグナ
「ラグナ、二番手はお願いね」
〈ああ。ここまでの戦いがどうだったかは分からないが、この様子だと順調のようだな〉
二戦目で[クチート]を倒して以来、控えだった俺は、エネルギー面でも体力面でも完全に回復していた。長時間休んで万全な状態となった俺は、ボールから飛び出すと前足から着地し、屈めることで衝撃を地面に受け流す。若干下に向けていた視線を正面を戻し、相手の存在を確認する。
「[ジュゴン]、引き続き頼んだで!」
〈All right! さっきのはbattleとは言えないから、思う存分enjoyするつもりさ!〉
…なるほどな。俺の相手は、あの英語混じりの[ジュゴン]か。去年から変わっていなければ、確かバランスタイプだったな。
相手を目視すると、それを少し上げ、思いっきり睨み付ける。“威嚇”の意味を込めて牙をむき出しにし、相手への警戒心を最高まで高めた。それと同時に、去年敵対した時の記憶と照らし合わせ、戦略の構築を開始した。
一方の相手はというと、先に出ていたために俺の出場を見守っていた。自信のトレーナーからの言葉を受けとると、英語混じりな文で揚々と答えた。
…言葉が伝わらないから仕方ないが、あいつは恐らく、メンバーの一匹が英語を話している事を知らないのだろうな。
〈あの時とは立場が違うが、お前と会うのは一年ぶりだな〉
〈Oh. do you know me ?〉
〈ああ。あの時はお前等の敵だったがな〉
一応顔見知りの彼に声をかけ、俺は相手の様子を探る。案の定相手は少し驚き、俺に対して英語で質問してきた。それを俺はうろ覚えながらも何とか翻訳し、すぐにそう答えた。
…第三者から見るとバトルはまだ始まっていないが、俺にとっては違う…。特性が“威嚇”、そして戦闘に言葉を使う俺は、ボールから出た瞬間からが勝負だ。雑談から相手の性格を読み取るため、この時間が勝敗を左右するといっても過言ではないな。
〈敵? Why?〉
〈Because.俺の元パートナーは去年まで密猟組織の幹部だったからな。お前等とはホウエンで戦ってるはずだ〉
…もちろん、俺は呆気なくやられたがな。…ライト側からの視点になるが、当時の「抗争が気になる」、「思い出したい」という奴は〜kizuna〜を読み返すといいだろう。
俺は懐かしさと共に、彼にそう答えた。見上げた感じでは、俺の発言に心当たりがあったらしく、奴は天井を見上げながら記憶をたどり始める。2〜3秒すると、思い出したのか、〈Oh!〉と声を上げ、背が低い俺に視線を落とした。
〈Youが何故ここにいるのかは分からない…。But.meがyouを倒すべきなのは、明らかだな!〉
奴は首をかしげ、疑問を自由に泳がせる。でもすぐに気持ちを切り替え、高らかに声を上げた。
〈嘗ては敵同士、今はチャンピオンと挑戦者…。要はそういう事だ!〉
売り言葉に買い言葉。戦闘体制になった相手に、俺も声を荒げる。そして、俺は右前足に力を入れ、徐々に駆け出す。相手も全く同じタイミングで両鰭を巧みに使うことで前進する。
〈立場が変わろうとも、Youにwinは譲れないな〉
〈トレーナーが変わった俺は、あの時とは違う…。ライトと仲間のためにも、
俺が勝たせてもらうぞ!〉
そして、両者の宣戦布告と共に、第二の関所の検問が幕を開けた。
…今の俺は組織にいた時とは違う…。だから、思いっきりいくぞ!
〈[氷のつぶて]!〉
〈定石の牽制か。だが無駄だ![影分身]!〉
…なるほどな。
バトルの幕が上がると、相手は即行で技を発動させる。口元にエネルギーを集中させ、それを氷属性に変換する。そして、一秒も経たないうちに氷の結晶を形成し、走り始めた俺に向けて発射してきた。
それに対し、俺は6割程度の速さで走り、相手の出方を伺う。ある程度は予想していたため、相手の先制攻撃にすぐ反応する事が出来た。直径3cmぐらいの結晶が5mまで迫った瞬間、俺は戦略の主軸である補助技を発動させた。すると、もうひとりの自分が1体現れ、分身は右、俺自身は左へと跳び退いた。そこを氷の塊が何事もなく通過し、誰もいなくなった空気を捉えた。
〈Great! [影分身]でかわすとは考えたな〉
〈補助技でステータスを強化するのは当然だろ? [影分身]〉
〈[アクアテール]! くっ〉
ふたりになった俺は、走る足を止めず、左右から相手を挟み込む。一言ずつ言葉を交わした後、ふたりが同じタイミングで分身をさらに創りだした。そしてそれらを踏み台にし、背の高い相手めがけて跳躍した。
それに奴もいち早く反応し、数が増えた俺を薙ぎ払おうと尾鰭に水を纏わせる。それを俺から見て右側から振りかざし、対象に思い一撃を与えた。
…だが、残念だな。
相手の技が命中すると、その対象は霧が晴れるように雲散する。それは技の失敗を意味していた。
斜め前方に跳び、相手の顔あたりの高さまできた俺は、空中で爪を立て、相手に狙いを定める。跳んだ勢いを利用して右前脚を無心で振りかざし、左右から斬撃を命中させた。
〈背中がFreeだぞ! [シグナルビーム]!〉
〈〈[悪の波動]!〉〉
…ただ当てるだけでは隙だらけになる。折角エネルギーを使わない“通常攻撃”をしたのだから、それを上手く利用しないとな。
俺は分身とすれ違ったタイミングで技のイメージを膨らませ、身体全体をそれで満たす。そしてそれを悪属性に変換し、左後ろに向けて解き放った。俺と同時に跳んだ1体の分身も黒い波動を放出し、防御態勢に入った。
背中を見せる俺に対し、相手は別の属性を溜める。そして本人から見て右側に通り過ぎた1体に向けて虹色の光線を発射した。
…流石はチャンピオンのメンバーだな。攻撃を受けてからの立ち直り、技の出だしが早い。これはティルでもかなわないかもしれないな。
超至近距離で放たれた2つの特殊技は、空気をかき分ける暇もなく衝突する。互いに威力を相殺し、衝撃音と共に打ち消し合った。
〈俺を混乱状態にさせようとしただろうが、失敗だったな〉
〈Youこそ、当たらなかったな〉
互いが互いを挑発し合い、言の葉を熱く燃え上がらせる。その炎が心なしか、フィールドの室温を僅かに上げた…、俺にはそう感じられた。
〈いや、そうとは限らないぞ〉
〈Why? 〉
…もちろん、[悪の波動]が打ち消されるのは想定内だ。そう見越して、前もって作戦を実行している…。
着地し、向き直ると、俺は眉を吊り上げて奴の言葉を否定する。当然相手は俺の言葉に首を傾げ、俺を問いただしてきた。
〈足元がガラ空きだぞ〉
〈足も…〉
〈[穴を掘る]!〉
〈!?〉
言うや否や、相手の足元に突然亀裂が入った。そこから俺の分身が突然姿を現し、対象に物理的ダメージを与えた。攻撃をし終えると、それはぶつかった衝撃で空気に還元された。
…さっき俺がした作戦を解説すると、踏み台になった分身のうちの1体を地中に潜らせる。その間に、潜らなかった方の分身に[アクアテール]が命中し、消滅する。当然その時は相手は跳びだした俺に意識が向いてるから、踏み台の存在を認識していない。その後、タイミングを見計らって、地下から相手に奇襲を仕掛ける…。
それ以外にも、俺が放った[悪の波動]は防御だけでなく囮としても使った…。この流れを簡単に要約すると、[悪の波動]はフェイク、そして本当の目的は、地中から[穴を掘る]を命中させる…」。こんな感じだ。
〈流石にお前でも分身の存在に気付かなかったようだな〉
〈くっ…〉
作戦が成功した俺は、相手にこう言い放った。
…これでバトルの主導権は完全に俺になったな。このまま、相手に考える余地を与えずに一気に攻め切ろうか。
言葉で攻撃する俺は、更なる行動を開始した。
〈…突然だが、ここで問題だ〉
相手を挑発する様に、俺は相手に問いかける。
〈第1問、去年ホウエンで活動していた組織の幹部の名前を全て答えよ〉
それに1体の分身が続き、言葉の罠を仕掛けた。
〈Quiz!? Nowはバトル中だ! そんな遊びには…〉
〈制限時間は10秒だ。[影分身]〉
有無を言わさず、俺自身は相手の発言を遮った。そして、すぐに新たな分身を3体作りだし、相手の周りを縦横無尽に走り始めた。
〈煩わしい!! [氷のつぶて]連射!〉
…作戦は、成功だな。
相手はイライラした様子で声を荒げ、闇雲に氷を乱射する。しかしそれは狙いが定まっていないために、たった1体しか消滅させることが出来なかった。
〈くっ!〉
〈残り5秒……、3、2、1…〉
苛立つ相手に、俺は更に追撃ちをかける。その間にも、相手の背後を狙い、攻撃を仕掛ける。ある者は跳びかかり、爪で力任せに引っ掻く。ある者は大口を上げ、対象の鰭に噛みつく。またある者は、翻弄されている相手に捨て身で突っ込み、消滅と引き換えに直接攻撃を食らわせた。
〈時間切れだ。正解は、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イータの5人だ。このくらいの問題も分からないとは、情けないな〉
〈
Shut Up!!〉
〈罰として分身を7体ずつ追加だ。[影分身]!〉
…ここまで来れば、もう時間の問題だな。
怒りが限界まで溜まりそうな相手に、俺は[威張]った態度を見せる。それが癪に障り、相手は俺に罵声を浴びせた。そんな相手には構わず、俺はそこそこ多めのエネルギーを使い、俺自身を含めた1体につき7…、合わせて21体の分身を一気に出現させた。
…お前には悪いが、ここから一気に決着をつけさせてもらうぞ!
〈っぐ…![アクアテール]!〉
〈[悪の波動]!〉
〈[穴を掘る]!〉
俺が密かに発動させた[威張る]のせいで、相手の照準は定まらない…。力任せに水の重撃を仕掛けても、それはただ硬い地面を捉えるだけだった。
一方の俺は、ありとあらゆる方向から相手に近づき、絶え間なく攻撃をヒットさせる。その大半を占める“通常攻撃”は的確に相手を捉え、じわじわと体力を削っていった。
〈第2問、Comment vous appelez-vous ?〉
…目には目を歯には歯を、だな。
俺は英語が混ざっている相手に対し、別の言語で相手に質問する。
〈pardon!?〉
当然相手には理解が出来ず、応える事が出来ない…、否、考える暇が無かった。連続攻撃に耐えながら、相手は何とか声を絞り出した。
…これは、昔アイツがスクールに通っていた時、必修科目だった外国語。どこで使われてるのかは知らないが、和訳すると〈あなたの名前は何ですか〉、らしい。
〈Comment vous appelez-vous ?〉
…知らないのも、当然だな。
〈全く…、意味が、分からない…〉
〈英訳すると、〈What's your name ?〉だ。
[悪の波動]!!〉
俺は適当なタイミングで答えを明かす。そして、全てのエネルギーを消費し、トドメの一撃を発動させた。本体を含め、24にんの俺は一斉に技を発動させる。消費量が多いせいで、俺は若干ふらつく…。だが、そこは気力で持ちこたえ、黒い波を思いっきり解き放った。それは発動者をも巻き込み、中心へと収束していく…。波は何重にも重なり、密度を確実に増幅させていった。
〈っ…!! [絶対…零度]…!〉
〈なっ、しまっ…!!〉
…!!嘘だろ?
俺の全エネルギーを使った渾身の一撃に、相手は辛うじて耐える事に成功した。そして、立ち込める砂煙、雲散する影で視界が遮られている俺に、起死回生の大技を発動させた。
まさかの奇襲に、俺は接近していたためにその技をかわすことが出来なかった。
全身の、ありとあらゆる部分が、瞬く間に、凍りついてゆく…。この現象に、俺はどうする事も出来なかった。
〈…ぐっ…! まさか…、あんな大技を、隠し持っていたとはな…〉
〈Youの方こそ…〉
次第に、俺の視界は歪み、意識が薄れてゆく…。
そして、鎬を削った両者は、ほぼ同時に崩れ落ちた。
…引き分け…か…。ラフの結果は分からないが、テトラ、ティル、あとは任せたぞ…。