102 L 戦場に響く歌声の第1幕
セキエイ高原王者の間 Sideラフ
「ラフ、絶対に勝つよ」
「[ピジョット]、一番手は任せたで」
〈
うん! エネルギーが保つかが心配だけど、頑張るよ〉
〈まさかいきなり“メガ進化”してくるとはね、予想外だよー〉
さっきの戦いで“メガ進化”したままの私は、広いフィールドに声を響かせながら揚々と降り立つ。その声には、自信以外にも不安が混ざり、微妙な不協和音を奏でていた。
一方のチャンピオンも自身の一番手を出場させ、信頼と共に声を張り上げる。呼びかけられた彼は2〜3度両翼を羽ばたかせて着地する。見た感じマイペースな彼はトレーナーの方に振りかえると、その彼と目線を合わせ、こくりと頷いた。その行動が、私には何かの合図であると感じさせた。
…相手が[ピジョット]なら、相性は五分五分…、いや6:4で私が勝ってるかな?だって相手の技がどれだけ強くても、私は“メガ進化”してるから耐久がかなり上がってる。その上で[コットンガード]を積めば、命中してもダメージは殆ど受けない。…ただ、1つ心配なのが残りのエネルギー。私の戦闘タイプは、オルト兄が言うには速度寄りの耐久型。だから四天王戦で予想以上に使っちゃった。そこはライ姉が何とかしてくれると思うけど…。
私は相手の種族からこう分析し、自分の状態と照らし合わせた。そこから大まかな攻め方を考え、始まる戦闘に備えた。
「やっぱり最初から[メガチルタリス]で来たな」
「わたしもやられる訳にはいかないから、当然です!」
私が最初に戦う事を予想していたのか、“メガ進化”してる私を見ても相手は全く動じない…。それが私をより一層不安にさせた。
私の心情とは異なり、ライ姉は確信と共に声を荒げた。
「やけど、俺もリーグチャンピオンとして負けられんでな! ピジョット、いくで!」
〈そうしないと、ぼくがまけるよー〉
チャンピオンはそう言うと、左腕に身につけている黒いブレスレットに手をかける。すると、私の気のせいかもしれないけど一瞬だけ光を放つ。次に彼はそれを天井に向けて掲げ、目を閉じてそれを作動させた。すると、相手のピジョットにある変化が現れた。
「まっ、まさかこの光って」
「そう言う事やで!」
翼をたたみ、地についていた彼は、突然白と空色の光に包まれはじめた。激しい閃光と共に形が変化し、次第に雲散していく…。光が治まり、姿を見せた彼は、ついさっきまでとは別の姿をしていた。
〈
もしかして、君も“メガ進化”できるの?〉
〈
そう言う事だよー。去年行ったカロスで継承したからねー〉
…えっ!?嘘でしょ? 相手にも“メガ進化”されたら折角高い耐久力も意味が無くなっちゃうよ!
私と同じく“メガ進化”した彼は、大きな翼を一杯に広げ、空中で体勢を維持する。微弱な風をも逃がさないその翼で、彼は浮遊同然の事を、私にやって見せた。
〈
さー、立ち話もこのくらいにして、そろそろ始めよーか〉
〈
あっ、うん! ライ姉、いくよ!〉
「うん! ラフ、絶対に勝つよ!」
〈
任せて!〉
…とにかく、戦わないと何も始まらないよね? もしかするとあっけなく終わるかもしれないし、もし負けそうになっても、あの技を使えば…。
私は彼の言葉で気持ちを切り替え、真っ直ぐ正面を見つめる。何を話してたのか分からないけど、ライ姉に背中で呼びかけ、志気を高めた。その彼女も私の言葉に答えてくれて、戦う私を激励してくれた。
「いつも通り、[コットンガード]で守りを固めて!」
〈
じゃないと負けちゃうよ! [コットンガード]!〉
そして、ライ姉の第一声と共に、栄光への最終関門が幕を開けた。
ライ姉から指示を受け取った私は、全身の綿の密度を上げ、相手の攻撃に対する守りを高める…。テト姉が言うには触り心地が良い翼は、技の効果によって隙間がある程度埋まり、空気抵抗が少なくなった。
〈
守りを上げても意味ないとおもうけどねー。[エアスラッシュ]ー!〉
私の行動に対し、相手は大きな翼にエネルギーを蓄え、技を発動させる。右、左の順番に翼で空気を叩くと、そこから透明な斬波が3発放出された。
…7mぐらい離れた所から発動させたから、あれはきっと牽制だね。
三日月型の刃の接近に反応した私は、すぐに両翼を羽ばたかせ、それをかわす。その間に相手はフィールドの空気を切り、真っ直ぐ私に接近してきた。
〈
チャンピオンのメンバーにしては考えが甘いんじゃないの? そんなところから使っても当たらないよ?〉
進む向きを変え、相手に向けて前進を始めた私は、対象のミスを指摘した。しかしその彼は、私の予想とは別の反応を示した。
〈
さー、それはどうかなー?〉
〈
えっ? くっ! 何で!?〉
…えっ!? 軌道が変わった!?
浮上したことによってかわしたと思われたそれは、弧を描いで私を追いかけてきた。そして驚き慌てる私を追撃し、余す事なくダメージを与えた。そのせいで私は若干怯み、すぐに行動に移すことが出来なかった。
…[ピジョット]の特性って、“鋭い目”と“千鳥足”、それから“鳩胸”のはずでしょ? エスパータイプの技も使えないはずなのに、何で進み方が変わったの?
行動できない私に、次々に疑問が襲いかかる…。
「もしかしてあの特性って…」
〈
悪いけど、容赦なくいかせてもらうよー。[燕返し]!〉
「らっ、ラフ! もう一度[コットン]ガード!」
〈
[コットンガード]〉
謎の現象に、ライ姉は何かを考え始めた。しかし相手は彼女を待ってはくれず、次の行動を開始した。彼は私との距離を詰めながら、翼に力を蓄える。種族特有の鋭い目つきで狙いを定め、目にも留まらぬ速さで接近してきた。
その行動に慌てたライ姉は咄嗟に指示を飛ばす。それに私は辛うじて答え、何とか守りを底上げする事に成功した。
この時点で、私を相手との距離は、地面と平行に2m、垂直に4m。
〈
思うようには、させない!〉
〈
なっ…!〉
ライ姉のお蔭で反応できた私は、相手の攻撃に抗うべく体勢を下に向ける。そして、迫る敵の翼に無心で自身のそれを叩きつけた。結果、私は何とか直撃を避ける事に成功した。だけど、無傷という訳にはいかず、逆方向に派手に弾き飛ばされてしまった。
…何とか急所だけは避けたけど、正直、危なかったかな…。あと2cmずれてたら、多分やられてた。…流石、だね。
「ラフ! 何で[エアスラッシュ]が当たったのか分かったよ」
〈
えっ? 今、何て言った?〉
と、そこに、閃きにも似たライ姉の歓声が幾多にも響き渡った。彼女の発言に、当然私は疑問を投げかける。
「相手の特性は“ノーガード”、戦いで使った技がどっちも必ず命中するんだよ」
〈
えっ、絶対に?〉
「そうだよ!」
しかし私には構わずに、ライ姉は事の真相を解き明かした。もちろん私は驚きと共に聞き返し、それが本当か、再び確認した。対戦相手と向き合ってるから見えないけど、多分ライ姉は声から想像すると、若干焦りながら私に返事した。
…どっちの技も必ず当たるなら、もしかすると、いけるかもしれない…。
私はライ姉の言葉で確信し勝機を見出した。
〈
ならライ姉、私の技も当たるって事だね〉
「えっ?」
〈
[チャームボイス]連射!〉
私はライ姉の指示を待たず、すぐに攻勢に移った。確実に大ダメージを与えるべく接近してきている相手を狙いながら、私は喉元にエネルギーを蓄える。距離が3mまで迫った時に、それを技に変換する。1m縮まった時点でそれを解き放ち、妖艶な音塊として一気に撃ちだした。
…絶対に当たるなら、回数で稼げば、いける!
〈
[燕…]…くっ…!〉
…おまけに、飛行タイプはみんな守りが弱いから、私の方が圧倒的に有利。もう勝ったも同然だね!
超至近距離で技を発動させようとした相手に、私の得意技が命中する。連続で撃った後続もヒットし、大ダメージを与える事に成功した。
…ここから、一気に攻めるよ!
〈
言っとくけど、私には君を一発で倒せる技があるから、あまり怒らせないほうがいいよ? [竜の伊吹]!〉
〈
っぐ…!〉
私に撃ち落とされ、相手は真っ逆さまに降下し始める。そこに私のブレスが襲いかかり、更にダメージを与えた。
相手の隙に私は更なる追撃を仕掛ける。口から放つブレスに追加でエネルギーを流し込み、継続して相手に照射する。
それに対し相手は翼を広げ、何とか回避しようとする。しかし、自身の特性が仇となり、ねじ曲がる暗青色のブレスをかわすことが出来なかった。
〈
…[暴…、風…]!〉
〈
うっ…、くっ…〉
…えっ!? あんな大技使えたの!?
私のブレスを食らい続ける相手は、何とか耐えながらエネルギーを全身に蓄える。痛みを堪えながら力を解放させ、力一杯両翼を羽ばたかせた。すると屋根をも吹き飛ばしそうな突風が発生し、私のブレスを押し返し始めた。
次第に暗青色は短くなり、私へと刻一刻と迫る。遂には完全に風が勝り、高威力の疾風が私に襲い掛かってきた。
……流石に、これは、キツいかも…。おまけに、ずっと[竜の伊吹]を発動させてたから、エネルギーがあとどれだけ残ってるか予想がつかない…。本音をいうと、ちょっとだけ目眩がしてきた…。…なら、本当は使いたくなかったけど、発動させるしかないのかな…。
今の状況を整理すると、私は命中率は低いけど高威力の[暴風]を食らい、危ない状況。それに対し、相手は[竜の伊吹]を受け続けたせいで、私にはどれだけ削れたのか分からない…。そんな状況で、私にはもうエネルギーがあまり残されていない…。
位置関係は、互いに地面に墜落している…。目算だと、その距離は大体4m…。
そんな中、私は苦肉の策とも言える秘策を思いついた。いや、意識が朦朧としかけてきた私には、こういう結論しか思い浮かばなかった。
〈
ライ姉…、耳、塞いで〉
「えっ? 〈耳を塞ぐ〉って…、まさか」
〈
うん…。もうエネルギーも殆ど残ってない…。だから…、これしか…〉
…これを使ったら、勝つことはできないけど、せめて引き分けにはもっていける…。
私は何とか声を絞り出し、彼女にこう伝えた。その言葉がどういう事を表しているのか、彼女に何とか理解してもらえた…、はず。その後で、私は残ったエネルギーを喉元にかき集め…、
〈
合見えしし両者“滅び”し時…、戦乱は終結するだろう…〉
禁断の詩歌を歌いあげた。もはや祈りにも似たその歌声が、広いバトルフィールドに響き渡る…。それは聞いた者に、最期の刻を知らせる事となった。
…私は、もう無理…。だから、みんな、あとは…
〈
この時を…、待ってたよ…。[とんぼ返り]…!〉
頼んだ…えっ? 嘘…でしょ?
[滅びの歌]を完全に歌いあげたその瞬間、私にだけ敗北の審判が下された。私と同じで身動きがとれない相手は、技を発動させることで何とか私に接近する。
〈
…くぅっ……!〉
何とかして回避しようとしても、体に力が入らない…。技で相手の軌道を逸らそうとしても、エネルギーが足りず、失敗する…。
まさに、万事休す……。
回避できない私に、相手の直接攻撃がヒットする。効果はいまひとつだけど、文字通り虫の息の私には効果は抜群だった。
技を成功した相手は、効果によって強制的にボールへと戻る…。
…そっか。サドンデスでは交代できないけど、これはあくまで技の効果…。だから、交代した事にはならない。…完璧に、やられちゃったな…。
〈
っく……! ライ姉…、ごめん。勝てなくて…〉
入れ替わるように次なる相手が出場した。しかし、私はその相手の種族を確認する事は出来なかった。
戦っていたピジョットがボールに収まった瞬間、私は突然の頭痛に襲われた。そして、私の意識はそこで途切れ、戦闘不能となってしまった。
……ラグ兄、テト姉、ティル兄、後は頼んだよ…。