101 L 最終戦への序幕
セキエイ高原第4の間 Sideライト
ワタル「ライトさん、まさか“メガ進化”を使えるとは…、予想外でしたよ。私の[カイリュー]が手も足も出ないなんて…、何ヵ月かぶりですよ」
ライト「いえ、たまたま相性が良かっただけですよ」
…だって“メガ進化”した’ラフはドラゴン・フェアリータイプ。…そもそもオルトから“チルタリスナイト”をもらってなかったら成立しなかったよ。だから本当に、運が良かった。それが勝因かな?
氷・水タイプ使いのカンナさん、鋼タイプのシブキさん、レイちゃんのおじいちゃん、そしてさっき勝ったワタルさん…、四天王全員を破ったわたしは、その彼とバトル後の余韻に浸る。ワタルさんは「完敗」といった様子でわたしを過剰評価した。その彼は負けたにも関わらず、口調は軽く、清々しい表情をしていた。
一方のわたしはというと、緊張を解いて称賛する彼に若干戸惑いながらも、一応謙遜する。話始める寸前に、戦ってくれたラフをボールに戻すのに使っていた右手を前で左右に振り、その意思を身ぶりでも伝えた。
…ここまではショウタ君達から聞いてたから対策ができたけど、ここからはどうなるか分からない。おまけにリーグ戦最後のチャンピオン…。もちろんみんなもそうだけど、わたしの“トレーナー”としての実力が試されるね。だから、これまで以上に気を引き締めて挑まないと…。
ワタル「…久しぶりに熱い戦い…」
???「マジでいい戦いやったで。ライトさん、さすがやな! 」
わたしがワタルさんと話していると、彼の後ろ側…、戦闘前に使ったのとは反対側の扉から別の声が響いた。その声の主はさっきの戦いを観戦していたのか、その後に「いいものを見せてもらったよ」というニュアンスの言葉を付け加えていた。
…もしかしてこの声、あの人のじゃ…ないかな? でもあの人はここには居ないはずだよね? …確かにあの人はカントーリーグを制覇してるけど、本業はトレーナーじゃない。むしろユウキ君と同じ考古学者だからそんな時間ないはずだよね!?
突然現れた声の発言…、いや、その人の登場で、わたしは疑問の輪廻に囚われてしまう。問いただしては否定し、疑問をぶつけてはそれを自ら棄却する…。そのせいでその彼とワタルさんの会話の大半を聞き逃してしまった。
ワタル「…ィトさん、ライトさん! 」
ライト「はっ、はい! 」
ワタル「貴女の実力ならチャンピオンにも勝てるはずです。扉の外でチャンピオンが待ってます。全力で戦ってきてください」
ライト「あっ、はい」
…!!
わたしが考え込んでいる間に話が終わったのか、わたしの前にはワタルさんしかいなかった。その彼の呼び掛けでわたしはようやく我に帰り、その代償で頓狂な声をあげてしまった。ワタルさんはそんなわたしに構わず激励し、背を向けている扉をチラッと見る。視線だけでわたしの行く先を示し、言の葉で出来た道標で挑戦者を導いてくれた。
…あれは絶対に気のせいなんかじゃない。チャンピオンに挑戦するのもそうだけど、あの人がここにいる理由を訊くためにも、行かないと!
最後の関門を示す彼に、わたしはぺこりと一礼する。そして彼が案内した扉に向けて歩きだし、深くゆっくりと深呼吸した。
…ここからが本当の戦い。四天王戦で頑張ってくれたティル、テトラ、ラグナにラフ…。絶対に、勝とうね!
――――
リーグ 回廊 Sideライト
???「ライトさん、こうして話すのはあの時以来やな」
ワタルさんと戦った部屋から出ると、突如現れた声の主は親しげに話しかけてきた。その声には懐かしさが含まれていて、それを聞いていたわたしをも同じ気持ちにさせていた。
…えっ? 「焦らさないでその人が誰なのか早く教えてほしい」って? うん、わかったよ。じゃないと話が進まないもんね。
ライト「そうですよね。カエデさんとは“決戦”の時以来だから…、一年ぶりですね」
カエデ「そうやな。ユウキと知り合った頃やから、そのくらいやな」
…この彼の事、覚えてるかな? …そう。〜kizuna〜 で登場した、考古学者のカエデさん。忘れちゃった人のためにおさらいすると、彼は一年前、ユウキ君と一緒にホウエンの伝説を調査してたんだよ。シンオウ地方の出身で、その時は確か「1つ星のトレーナー」って言ってたかな? ジム巡りしてたから、今は少なくとも2つ星なのは間違いないね。
ううんと、大まかにはこんな感じかな?詳しく話すと長引いちゃうから、このくらいで勘弁してくれる? …じゃあ、そろそろ話に戻るよ?
ライト「…でも、なんでカエデさんがカントーのリーグにいるんですか?」
一年前の思出話を早々に切り上げ、わたしは話題を切り替える。見慣れない彼のスーツ姿に違和感を感じながらも、再開したときから抱いている疑問を直接ぶつけた。
カエデ「っん? ユウキから聞いとらんかったん?」
ライト「「ユウキ君から」って、何をですか!?」
カエデ「俺が今ここで何をしとるかやよ」
…ユウキ君から!? つい昨日まで会ってたけど、カエデさんの事はシルク達からも一言も聞いてないよ?
横にならんで歩き、話す彼に、わたしは声を荒げながらも何とか応じる。その彼もわたしの言葉に驚きを露にし、その内容を逆に問い詰めてきた。
その二つの声は長い回廊に幾多にも反響し、絶妙な音を辺りに響かせていた。
ライト「ここって…、リーグでですか!?」
カエデ「そうやよ」
ライト「昨日までマサラで会ってたけど、聞いてないですよ」
カエデ「一ヶ月前には会ってたらしいけど、それでもやな?」
ライト「はい。聞いたのは今ユウキ君が調べてる事と、シルクが化学者になったってことぐらいしか…」
…あと、わたしも直接関わったから、ユウキ君が入院してたって事ぐらい…。
矢継ぎ早に会話が展開され、回廊の壁を何回も振動させる…。言い合いにも似た掛け合いが続き、いつしか当事者達は“時間”という概念を忘れてしまっていた。
カエデ「ユウキにもそういう話がいっとったから言うと思っとったんやけど、忘れとったなんて意外やな…。しっかりしたシルクもいるはずやのに、珍しいな」
ライト「で、結局カエデさんは何をしてるんですか?」
他人の事は言えないけど、延々と真相を引き伸ばす彼にしびれを切らせ、わたしは無理やり話をもとに戻す…。話に夢中で気づかなかったけど、いつの間にかわたし達は
1つの扉の前に辿り着いていた。
…リーグにいるってことは、ここの役員にでもなったのかな…? でも、カエデさんはどちらかというとアウトドア派って感じ。だから、そうじゃないかも…。なら、何してるんだろう。
カエデ「それは…」
彼は話ながらも、そのドアのノブを手に取る…。わたしの方を向きながらノブを時計回りに回し…、
カエデ「…カントーリーグの頂点、リーグチャンピオンとして挑戦者の実力を試しとるんよ」
ライト「そっか。カエデさんってカントーのチャンピオンに…、
えっ!?リーグのチャンピオンになったんですか!?」
カエデ「そうやよ。二ヶ月前からリーグチャンピオンなんよ」
奥に開きながら…、はいっ?!
…リーグチャンピオンになったの!?
彼の思わぬ発言に、わたしは驚きから大声をあげてしまう。その声はわたしに、生まれてから一番の大きさであると錯覚させるほどだった。
そんなわたしの反応をある程度は予測していたのか、彼はそのまま話を続ける。
カエデ「本当はカロスリーグを突破してから、そこの宝具を調べようと思っとったんやけど、その時にリーグ協会から白羽の矢が立ったんよ。これは後から聞いた話なんやけど、先任のチャンピオンが退任したときに丁度俺が3つ星トレーナーになったから、シンオウのチャンピオンが推薦したらしい。…で、俺はそれを請けたって訳や。ちなみに、俺のチャンピオンとしての最初の相手はユウキやった。…去年は五分五分やったのに俺の完敗やったな。そんな訳で、俺がカントーのチャンピオンになったんや」
…そうなんだ。カエデさんはあの後、カロス地方に行ってたんだね。それからこうなって、最初の相手がユウキ君…、去年の調査中も結構意識してたみたいだから、ライバルって言ってもいいかもしれないね。
ライト「そうなんですね」
カエデ「そうやで。…一ヶ月前、ユウキからライトさんが「トレーナーになった」って聞いたときはホンマにビックリした。でも同時に「戦いたい」とも思った。…ライトさん、俺は今日という日を楽しみにしとったよ! 俺の初めての旅の地、カントーで何を見、何を感じたのか…、俺にぶつけて欲しい」
ライト「わたしだって、そのつもりですよ! トレーナーになって一ヶ月ぐらいしか経ってないけど、いろんな事があった…。一緒に旅をしてきた仲間、応援してくれてる友達のためにも、全力で戦います!」
カエデ「そうでないと闘い甲斐がないで!…さぁライトさん、そろそろはじめようか」
ライト「
はい!」
カエデ「
考古学者としてでなく、カントーリーグチャンピオンとして、知り合い相手だからといって手は抜かないからな!」
ライト「
わたしだって、ここまで頑張ってきたのに手加減したら許しませんからね!」
…カエデさん、絶対に負けませんよ!!
そうわたし達は互いにいい放ち、士気を高める…。全く同じタイミングで一番手のボールを手に取り、過酷な連戦の最終章が幕を開けた。
…ティル、テトラ、ラグナ、ラフ…、
絶対に勝つよ!!