95 L VS鋼鉄の衛り(心)
セキエイ高原 第二の間 Sideライト
先陣を切ってくれたラグナ、回復技を上手い具合に使ってくれたテトラの二匹のお蔭で初戦を突破したわたしは係りの人の案内で次の部屋に案内された。
…ラグナ、テトラ、一戦目ありがとね。まず初めにラグナ。昨日の夜に考えた作戦が上手くいったから予定通り無傷で勝ち抜けた。“通常攻撃”も休暇中にリーフ達から教わってたみたいだから完璧にできてたし、何よりそれを使った心理戦に展開を持って行けてたよ。相性の関係かもしれないけど相手も戦いづらそうだったから、さすがって感じだね。……次にテトラ。テトラには得意な補助技を中心に戦ってもらったって感じだね。元々補助技は攻撃技に比べて使うエネルギーが少なくて済む……。そんな中で疑似的に[瞑想]したから、効率も更に良くなってた。……本当は周りの音とか振動に意識を集中してるだけなんだけどね。でもそれが功を制して、見た感じでは[願い事]の回復量が底上げされてた。……1つ心配なのが、テトラの残りのエネルギー量。[ムーンフォース]もそれなりに使うけど、[ギガインパクト]も尋常じゃないくらい消費する……。テトラには4人目まで待機してもらう事になってるけど、それまででどこまで回復するか……、気になるのはそのくらいだね……。
A「審判から聞いたぜ?あんたはカンナさんをほぼ無傷で倒したそうじゃねーか」
と、広大なフィールドに1人残されたわたしに反対側の扉……、勝った時に使うと思われる出口から1人の男の人が入ってきた。その彼はさっきのバトルの様子を聴いていたらしく、研究所にいたグリーンさんと似たような言い回しで話しかけてきた。
その部屋はさっきのフィールドとは雰囲気が異なり、凍りつきそうな水色から重厚な黒銀色に変貌を遂げている……。一戦目とはまた違った冷たさを感じさせるフィールドが、挑戦者にその部屋の主がどの属性を使うのかハッキリと教えてくれた。
…床と壁が硬そうな鉄で覆われてるから、テトラには辛そうだね……。でも、二人目ではテトラは戦わない。だから何の関係もないね。
A「……だがこの俺、四天王のシブキの前ではそうはいかねーぜ?」
ライト「……はぁ……」
正直イラッとくる話し方で、彼は自分の事を名乗った。その彼の事をショウタ君から聞いていたわたしは、知っていても空返事しか出来なかった。
……グリーンさんはそうでもなかったけど、この人は相当だね……。喧嘩っ早い人が相手なら乱闘になってもおかしくないかも……。
シブキ「さぁ、そろそろ始めようか。この俺を楽しませてくれることを期待してるぜ」
わたしの反応を全く聞いていないのか、彼は有無を言わさずに一番手が控えるボールを手に取った。
ライト「あっ……、はい!」
その彼に遅れる事数秒、わたしも慌てて仲間が控えるモンスターボールを握る……。
……気を取り直して、この調子で二人目も勝ち抜くよ!!
――――
Sideラグナ
ライト・シブキ「ラグナ、二戦目もお願い!」「[クチート]、四天王としての実力を見せつけるんだ!」
ラグナ・クチート〈もちろんだ〉〈そんな事、言われなくても分かってるわ!〉
俺は一戦目に引き続いてボールから飛び出し、特性としての威圧と共に相手を睨みつけた。その直後に前脚からフィールドに降り立ち、爪を立てて床の状態を確かめた。
一方の対戦相手は〈当然〉とでも言いたそうに後ろに振りかえり、声を荒げながら俺の方に向き直った。
…この感じ、相手の特性も“威嚇”か……。[悪の波動]で攻めるにも相手は鋼・フェアリータイプ……。床が鉄板では爪が立たずに[穴を掘る]事さえままならない……。もし発動させたら自分の爪が折れるのがオチだな。ボールの中から聞いた限りではトレーナーがあんな感じだから話術も通用しそうにない……。せいぜい[威張る]が限界か。……となると、本当は使いたくなかったがあれしか無いな。
俺は出場した一瞬の間に相手のタイプを分析し、消去法で自分の戦法を絞り込んだ。
クチート〈あら?このワタシに悪タイプの貴方が挑もうなんて、いい度胸してるじゃない?いや、それともトレーナーの選抜ミスかしら?〉
ラグナ〈ああ。確かに俺にとってはこの状況は明らかに不利だ。……ここで負けるかもしれないな〉
…だが、そんなつもりは全くない。……むしろ、ある程度は方程式は完成している。
相手は俺の存在を確認すると腕を組み、見下すように言い放った。その分には挑発とも取れる意味合いが込められていた。
…トレーナーがトレーナーなら、メンバーもメンバーだな。
その彼女に俺はこくりと頷き、自信を無くしたかのように振る舞った。声のトーンも文末になる毎に徐々に落としていき、最後には聴き取れるか際どいレベルまでワザと小さくした。
…話術が効きにくいなりに、抗わせてもらうぞ!
クチート〈そんな状態では勝負するまでもないわね。[ムーンフォース]!〉
そう言い放ち、奴は走りながら技を発動させた。頭から延びる大顎の中に薄桃色のエネルギーを凝縮させ、身構える俺に迫る……。この時、相手との距離は約5m。
3m……。
クチート〈すぐに終わらせてあげるわ!〉
相手は頭を大きく振り回し、角とも言える大顎を前にまわす……。それと同時に中に溜めていた妖艶なエネルギー塊を打ち出した。
…大きさからして、十分に仕留められそうだな。…だが……。
1m……。
ラグナ〈[影分身]!〉
…逆にそれを利用させてもらうぞ!
俺は飛び退く同時に分身を1体創りだし、本体は右斜め前、分身はひだ……
クチート〈甘いわ![噛み砕く]!〉
ラグナ〈なっ……くっ!〉
りに……!?
何っ!?まさか[ムーンフォース]は囮!?
薄桃色の弾丸を右斜め前に跳んでかわした俺はそれに気が逸れていたために相手の大顎に噛まれてしまった。効果はいまひとつだが、不意を突かれた俺の急所を的確に捉えた。そのせいでせっかく作った分身への意識も途切れ、ぼやける様に雲散してしまった。
…これはやられたな……。だが、タダでは終わらせない!
クチート〈!?〉
ラグナ〈[影分身]、[悪の波動]!〉
…噛みつかれているという事は、裏を返せば相手との距離はゼロに等しい……。よってかわされる可能性も少ない!
俺は跳んだ勢いに身を任せて右前脚を構え、噛みつかれたまま相手の腰の辺りを思いっきり切り裂いた。俺の“通常攻撃”で相手の第二の口に入れる力が一瞬緩む……。その隙に体を捻って空間を作り、引っ掻いた反動を利用してそこから抜け出した。
解放された俺はすぐに分身を作り直し、それに圧縮した暗黒の波を撃ちださせた。
クチート〈そんな事したってワタシには勝てないわよ![じゃれつく]!〉
ラグナ(分身)〈くっ!〉
しかし技を発動し終える前に相手は対象に纏わりつき、しつこい位にその相手を撫でまわした。
もし本体に命中していたら効果は抜群……。創られたそれは登場してからものの数秒で空気へと還元されてしまった。
…分身をつくってもすぐに消されてしまう……。このままでは完全に俺の劣性……。流石、地方が誇る四天王のメンバーだな……。
分身が消滅している間に、俺自身は相手の正面に向きな……
ライト《ラグナ!一体がダメなら沢山創って!》
おり……ん?
向きを相手の正面に戻し、前脚から着地した俺の頭の中に若干の焦りが混ざったライトの声が響き渡った。その彼女の突然の指示に驚かされた俺は後ろ脚が鉄板につくのと同時に一瞬だけ振りかえった。
…ライトが焦るのも分かる気がするな……。かわすのと同時に創った分身をすぐに消されるっていうのもそうだが、相手が[クチート]の時点で予定が狂っている。まさか俺の弱点のフェアリータイプが来るとは夢にも思わなかったからな。……そうだろ?元々カントー地方には鋼タイプは少ない。数ある種族の中でピンポイントに弱点に巡り合うと思うか?……少なくとも、俺は思わなかったな。
……散々言い訳したが、今はそうは言ってられない。戦闘経験がいくら長いとはいえリーグに挑戦するのは今日が初めて……。……だが、メンバー内で最年長の俺がサドンデスで負ける訳にはいかない!
声に出さずに指示を出すライトの言葉によって、湧き出し始めたネガティブな思考が一瞬にして鎮まる……。そしてそれと入れ替わるように引くに退けない状況という事が俺の心情を満たしていった。
ライト「ラグナ、ここから巻き返すよ!連続で[影分身]!」
クチート〈数が増えたところで相性の壁は超えられないわよ!〉
ラグナ・クチート〈さぁ?それはどうかな?[影分身]!〉〈[アイアンヘッド]!!〉
俺が視線を送った事に気付き、ライトはフェイクの意味合いも込めて声をあげる。その波長が自身のメンバー心情と共鳴し、その対象の士気を一気に高めた。
ライトの指示で俺が同じ戦法で攻めるとでも思ったのか、奴は勝ち誇ったように声を荒げる。そして俺の挑発と重なるタイミングで頭から延びる大顎を硬質化させた。
対して俺はバックステップで距離をとりながら技を発動させた。すると着地した衝撃を逃がすのと同じタイミングで3体の分身が現れ、大顎を振り回す相手を睨みつけた。
クチート〈3体もろとも吹き飛ばしてあげるわ!〉
ラグナ〈そう余裕でいられるのも今のうちだ。[影分身]重ね掛け!……もう勝負はついたも同然だがな〉
相手は頭を低い位置で大きく振り回し、鉄板スレスレを薙ぎ払った。
その行動をある程度予想していた俺は分身を含めた4匹揃って垂直に跳んだ。縄跳びの要領でそれをかわすと俺達は自身の足元側に発生させる。それを踏み台にして1体は右、1体は左、もう一体は前方に……。そして俺自身は蹴った勢いでバック宙で後方へと進路を変更した。
…ここから一気に攻めさせてもらうぞ!
クチート〈一回かわしたくらいで〉
ラグナ・分身・クチート〈〈〈〈[影分身]!〉〉〉〉〈調子に乗るんじゃないわよ!![アイアンヘッド]!〉
相手を囲む様に飛び退いた俺達は降下しながらダメ押しで自分を量産する。1匹が2匹、2匹が4匹……。二次関数的に増殖していき、着地する頃にはたった4匹だった俺は32匹までその数を増やしていった。
……量産したせいでエネルギーを一気に消費したが、やむを得ないな……。だが折角舞い込んだチャンスだ、この機会を存分に利用させてもらうぞ。
……ん?「ただ分身を増やしただけでエネルギーを浪費しただけ」だと……?話術で戦う俺がそれだけで終わると思ったか?……そうだ、その通りだ。もう察しがついたと思うが、相手に気付かれないように[威張る]を発動させた。それも単発ではなく、分身を含めた4匹分だ。1回分だけでも怒りや苛立ちで物理の威力がかなり上がる……。そんな状態で狙いも定まらないまま暴れまわる事になる……。こうなればもう相手が倒れるのも時間の問題だな。
相手は俺のさり気ないトラップにまんまと引っかかり、一気に頭に血が昇った。そしてさっきまで発動させていた鋼鉄の大顎を振り回して闇雲に襲いかかってきた。
クチート〈くっ……ハズレ……。……またハズレ……。……腹立つ……わね!!〉
分身〈どうした?〉
〈さっきまでの威勢はどこへ行った?〉
〈ちっとも当たらないぞ?〉
〈悪タイプ相手にフェアリータイプのお前が苦戦するとは、情け……〉
クチート〈
うるさい……わね!!〉
煮えたぎる怒りを爆発させる相手に、分身達は更に揺さぶりをかける……。それと別の個体は右、左……あらゆる方向から跳びかかり、鋭い爪で切りかかる。
当然数が数なだけにかわし切る事が出来ず、相手は引っ掻かれる中振り払う事しかしない……。……いや、怒りのせいでまともな思考が働かず、大顎を力任せに打ちつける事しか出来なかった。
…こうなれば、もう時間の問題だな。分身にダメージを与えれば、その瞬間にそれは消滅する……。消えた事により攻撃の勢いは止まらず、それはフィールドのみを捉える。それを自制する事もできない心理状態で物理技の威力を底上げされ、実体のない敵を叩き続けると、どうなるか分かるよな?
相手の怒りのボルテージと反比例するかのように、分身は1体、また1体と数を減らしていった。
クチート〈っ………、どうして………当たらない………〉
数分経過し、ようやく我を取り戻した頃には既に相手は朦朧とした意識を辛うじて留める事しか出来なくなっていた。その時には31匹いた分身達は1匹残らず姿を消していた。
ラグナ〈簡単な事だ。お前が混乱状態に対して俺は[影分身]で回避率が底上げされている……。分身ばかりを狙っていて当たらないのは当然だろ?〉
クチート〈混………乱……〉
そして、奴は最後まで言い切る事も叶わず崩れ落ちた。
…とりあえず勝てたが、エネルギーを使いすぎたな。……だから次の出番までしばらく休ませてもらぞ。