93 L VS氷冷の競演(心)
朝 セキエイ高原付近上空 Sideライト
ラフ〈……ライ姉、いよいよだね〉
眼下に広がる広大な自然に思いを馳せ、吹き抜ける風に高まる感情を便乗させているラフは少し先にある目的の施設を見つめながら呟く。その声は彼女の背中に乗るわたしにもハッキリと伝わり、連戦への覚悟をより一層色濃くすることとなった。視線をどこまでも広がる大空に向けると、わたし達の感情とは裏腹に厚い雲が辺り一面を覆い、まるで直後に訪れる波乱の展開を遠まわしに示しているかのよう……。
ライト「うん。ラフ、昨日も言った通り[竜の波動]が使えなくても昨日の通りすれば何とかなるから自信を持ってね!」
ラフ〈うん!〉
分厚い雲と同じ色の想いに包まれている彼女を、わたしは激励という名の光で照らして不安の払拭を試みる……。それが功を制したのか、雲の切れ間から一筋の光が雄大な大自然に差し込んだ。
…本格的なバトルを初めてまだ3日目のラフにリーグ戦は荷が重すぎるけど、昨日の特訓で多少は実力は上がってるはずだから心配しないで!結局[竜の波動]は完成しなかったけど、その分“メガ進化”出来るようになったんだから自信をもって欲しいな!それにみんなから[通常攻撃]のし方も習ってるんだから、きっと大丈夫だよ!
……ええっと、カットされた部分の話をすると、ラフのあの後はひたすら“メガ進化”の練習……。それと“メガ進化”した後の姿での実践演習だね。ラフが言うには“メガ進化”した後はタイプだけじゃなくて移動のし方も変わるみたい……。言うまでもないかもしれないけど、する前はドラゴン・飛行タイプ。で、した後はドラゴンフェアリータイプ……。フェアリータイプになるからあのタイミングで“メガ進化”すれば一気に突破できるね。それから、した後は羽ばたかなくても浮遊できるらしい……。それはまだ慣れてないみたいだけど、[コットンガード]で守りを固めれは補えるね、きっと。
特訓が終わってからは、ティル、テトラ、ラグナとも合流して今日のための作戦会議……。チャンピオンは色んなタイプのメンバーがいるみたいだからあまり出来なかったけど、四天王の方はレイちゃんとショウタ君達から聞いていて知ってる……。だから誰が戦えば体力とエネルギーが温存できるか、その事についての相談……。チャンピオンについての情報が殆ど無いから、それまでは出来るだけ浪費を避けなければならない……。ショウタ君の話しだと普通に戦ってたら4人目でエネルギーが底を尽きるらしい。だから4匹とも[通常攻撃]を軸にして戦う事になったよ。
作戦についてはこんな感じかな?……じゃあ次の話しに入るよ?
わたしが今、自力じゃなくてラフに乗せてもらっている理由。これは言わなくても分かるよね?……そう、わたしはトレーナーって事になってるから元の姿で行く訳にはいかない……。そもそも、そうすると姿を変える瞬間を見られるから迂闊には出来ない……。他にも理由があるんだけど、当たり前の事だから省略するよ?
ラフ〈……ライ姉、絶対に勝とうね!〉
ライト「うん。ラフもここまでありがとね」
わたしがこうして説明している間に目的の高地に到着した。緑豊かな地に独り取り残されたように鎮座する施設……、カントーリーグ本部は挑戦者達を見測るように堂々とした出で立ちでわたし達を出迎える……。それは結果として、より一層訪問者に緊張感という重圧を正面から与える事となった。
その建造物の前に着陸したラフはわたしを降ろすと真っ直ぐ向き直り、ボールの中で控える3匹の分まで威勢よく言い放った。その声に共鳴するかのようにわたしも大きく頷き、一言感謝の言葉を述べてから彼女を赤と白の球体の中へと戻した。
ライト「……よし!」
彼女をボールに戻すと、わたしは一度空を見上げる……。
……今まで経験してきたことがここで試される……。チャンピオンに勝つまで回復は出来ないから、一度のミスも許されない……。それから、みんなの実力だけじゃなくてトレーナーとしての総合力も試される……。
ライト「行こう!」
そして、自分に言い聞かせるように頷き、様々な思いを胸に最後の関門の扉をたたいた。
…ティル、テトラ、ラグナにラフも、
絶対に勝ち抜こう!!――――
リーグ 第一の間 Sideライト
A「カントーリーグへようこそ」
建物の中に入り、係の人に案内されたわたしは、今まで見た事の無いような壮大なバトルフィールドに案内された。まず初めに目につくのがフロア一面の水……。その中央にメインともいえる大きな氷が流される事なく佇む……。その周りに幾つもの氷の足場が距離を置いて作られ、絶え間なく動く波によってゆらゆらと揺れている……。
そのステージの真ん中で挑戦者の到着を待ちわびていたメガネをかけた女の人が声をあげた。
A「私は四天王のカンナ、水・氷タイプの使い手よ」
…聴いてたから、知ってますよ。
彼女は落ち着いた様子で手短に紹介を済ませる……。
ライト「ええっと、ルールは3対3のサドンデスですよね?」
カンナ「そうよ。物わかりが良くて助かるわ」
…3対3だから、わたしが2勝すればいい……。
カンナ「……さぁライトさん、覚悟はいいわね?」
ライト「はい!」
試合前の雑談も早々に切り上げ、四天王のカンナさんは腰のボールの1つに手をかけた。わたしも彼女と同じようにメンバー控えるボールと手に取り……、
カンナ・ライト「いくわよ!!」「絶対に勝つよ!!」
激戦の第一幕の烽火が上がった。
……みんな、いくよ!!
――――
Sideラグナ
カンナ・ライト「[ヤドキング]、今日の一番手、お願いします!!」「ラグナ、作戦通りいくよ!!」
ヤドキング〈カンナよ、ワシに任せておきなさい〉〈当然だ!……だかもしもの時は頼んだぞ〉
ライト《うん!》
ライトの初陣を任された俺は、彼女の言葉に大きく頷くと対戦相手を思いっきり睨んだ。その相手は慣れた様子で氷のフィールドに降り立ち、胸を張って登場した。
…ライトの予想通り、相手はやはり水・エスパータイプの[ヤドキング]だったか。リーフから相手のメンバーを聞いておいて正解だったな。そのお蔭で相手への対策も十分、話術と[通常攻撃]を存分に使えば……問題ない!!
如何にも知識人という出で立ちの相手は俺の“威嚇”に一瞬怯んだがすぐに体勢を立て直す。一方の俺は氷の床に爪を立て、滑らないようにしっかりと踏み込んだ。
ヤドキング〈……ほぅ、“威嚇”とは考えたものだな。……じゃが攻撃力を下げてもワシにはムダじゃぞ?〉
ラグナ〈お前の定石もな〉
…なるほどな。物理の威力を下げても〈ムダ〉という事は、奴の戦略は特殊技を用いた遠距離戦だな。
俺の1つ目の罠に気付いた相手は持ち合わせた知識でそれを解除し、勝ち誇ったように挑発する……。だがそれによって墓穴を掘る事になり、俺の思惑通り自ら戦法を明かすこととなった。
…相手が遠距離なら、俺は近距離に持ち込むだけだ……。
対して俺は売り言葉に買い言葉でわざと相手の挑発に乗った。それと同時に爪を立てて走りだし、相手との距離を詰めはじめた。
ヤドキング〈正面から攻めるとは、経験者とは思えんな。……[水の波動]!〉
迫る俺に対し、相手は5mまで詰められた瞬間に技を発動させ、余裕の表情で音波の乗った水塊を放出した。
ラグナ〈さぁ、どうだろうな?〉
しかし俺は水まで2mの時点で前脚に力を込め、右斜め前に跳んでそれをかわした。この時、相手との直線距離は約4m……
ラグナ〈懐ががら空きだぞ?〉
着地と同時に左に向きを変え相手の腹を狙う……。それから追いついた後ろ脚で氷の地盤も思いっきり蹴った。
1m……、
技を放った直後で気が逸れている相手に向けて跳びかかる……。
0m……、
ヤドキング〈なっ!〉
俺は相手の左脇腹を終始立てている右前脚の爪で無心で切り裂いた。相手のすぐ足元で着地し、その衝撃を四肢をフルに使って衝撃を氷に逃がす……。
ラグナ〈今の攻撃は初級技の[引っ掻く]だ。初級でも極めさえすれば上級技を超える事が出来る……。四天王のメンバーなら覚えておくといい〉
相手の背後に回り込むと同時に、俺は次の一手に移る……。走ると同時にその事についての嘘を述べ、上から目線で相手を罵った。その態度が癪に障ったらしく、
ヤドキング〈初級技…?初級技とは四天王もなめられたものじゃな、[瓦割り]!〉
若干イラついた様子で振り返った。それと同時に左手に力を蓄え、背を向ける俺に振りかざしてきた。
…第一段階、突破だ。後ろを取られたが、これも想定内だ。
ラグナ〈[影分身]!〉
ヤドキング〈ちっ……〉
俺は即行で分身を1つ創りだし、俺自身はすぐに左に跳んだ。本体の身代わりとなった分身は作られてから1秒も経たないうちにチョップを浴びせられ、消滅してしまった。
結果的に氷を捉えた相手はその結果に舌打ちをする……。その間に俺は180°向きを変え……、
ラグナ〈今度は[噛みつく]だ〉
前かがみになっている相手の左腕に噛みついた。
…もちろん、さっきの引っ掻きもこの噛みつきも技ではなく、[通常攻撃だ]。[影分身]は技だが、作った数が1体だから消費量はほぼ無いに等しい……。
ヤドキング〈くっ……、もう一ぱ…っ!〉
負けじと相手は空いている右手にも発動させ、俺に弱点の格闘技で守りを下げようとする……。だが俺もすぐに次なる行動に移り、咥えている相手の左腕を力一杯に下に引っ張った。すると相手は仰向けに体勢を崩し、中途半端な状態で打ちつけられた。相手が肩から崩れると同時に腕を放し……
ラグナ〈たかが初級技にここまでやられるとは、リーグも大したことないな〉
そいつを鼻で笑いながら連続で切りかかった。
ヤドキング〈くっ……、[乱れ引っ掻き]か……〉
その技と思われる名前を吐き捨てながら、体勢を立て直そうとする……。しかし俺の斬撃に阻まれて通常よりも多く時間がかかってしまった。
ラグナ〈その通りだ。俺の使えるのは[引っ掻く]、[噛みつく]、[影分身]、[乱れ引っ掻き]だ。……フッ……、こんな技でやられるとは、お前ももう歳だな。年齢のせいで鈍ってるんじゃないか?〉
そして更に[威張]った素振りを見せ、相手への包囲網を築き上げる……。
ヤドキング〈……散々バカにしおって……、……若造のクセに威張り散らすんじゃない!!〉
俺の作戦にまんまと引っかかり、水宴の知識人は声を荒げながら感情を爆発させた。
ラグナ〈あまり怒らないほうがいいぞ?血圧上がるぞ?〉
ヤドキング〈
黙れ!![瓦割り]!!〉
…こうなれば、もう勝ったも同然だな。
相手は俺の技のせいで怒り狂い、力任せに殴りかかてきた。それに対して俺は狙いの定まらない攻撃を冷静にかわす……。怒りのせいで自身が混乱状態になってることにも気づかず、闇雲に襲いかかる……。
…今回の俺の作戦は、[通常攻撃]という名の初級技で相手に連続攻撃を与え、心理的に追い込む事……。苛立たせると同時に相手を混乱状態にすることで、その効果は何倍にも跳ね上がる……。言い換えれば、怒りで更に攻撃力が上がり、狙いも定まらなくなる……。その結果近接攻撃は地面を捉え、自身に蓄積する衝撃……、つまりダメージが右肩上がりに増えていく。
遠距離タイプの相手に無理やり接近戦をさせ、墓穴を掘らせたという訳だ。
ヤドキング〈くっ……、何故……ワシの攻撃が……当たらんのだ……〉
そうこうしているうちに相手は正気を取り戻し、息を切らせながら断片的に言葉を紡ぐ……。自らが与えたダメージのせいで意識が朦朧とする相手は〈訳が分からない〉といった様子で、事の元凶である対戦相手を問いただす……。
ラグナ〈教えてやろうか?〉
その疑問に、俺は勝ち誇った笑みと共に答える。
ラグナ〈お前は俺の策にはまり混乱状態にされ、挙句の果てに自らを傷めつけていた……。それが答えだ〉
両者の距離はおよそ1m……。にもかかわらず相手は攻撃を仕掛けない……。
ヤドキング〈混乱……じゃと?……じゃがおぬしは……既に4つの技を……使っておる……〉
ラグナ〈もう1つ教えてやろう……〉
ここで俺は、ある技のイメージを口元に凝縮させる……。
ラグナ〈俺が使える技は[影分身]、[威張る]、[穴を掘る]。……そして最後に……
[悪の波動]だ!!〉
ヤドキング〈!!〉
それを一気に放出し、密度の濃いそれをゼロ距離で命中させた。当然相手はかわす事が出来ず、湧き出した疑問を口にする事も叶わずに意識を手放した。
…解説すると、普通は前150°方向に放出するそれを30°にまで範囲を狭める……。それによって技のロスが少なくなり、同時に消費量を増やさずに威力増すことが出来る……。結果的に技の効率が上がったという訳だ。
こうして、1人目の四天王に対して苦戦する事なく王手をかける事に成功した。