92 LS 研究の第一人者
翌日 トキワシティ Sideシルク
リーフ〈…ライト達もいよいよリーグ戦かー〉
コルド〈今頃ライトさんは最後の手続きをしてるかもしれませんね〉
シルク〈8時にはセンターを出たみたいだから……、そのくらいかもしれないわね〉
三連休の最終日、田舎町という事もあって人通りの疎らな私道に3つの声が響き渡った。最初の2つはその人物がいるであろうジョウト方面へと揃って飛び出し、残りの1つは空の太陽の位置から時間を推測した。そしてそれも遅れて西へと旅立ち、先発隊を慌てて追いかけて……えっ!?
…急に場面が変わりすぎて状況が全く分からない!?そもそも前回までマサラにいたのに突然トキワになった理由も教えてほしいですって!?
……分かったわ。
…昨日の午前中に用事を全て終わらせた私達はその日の午後をライト達とショウタ君達の特訓に時間を費やしたのよ。それが終わってから、ショウタ君達は〈また挑戦するつもりだけど僕達は一度ニビに帰るよ〉って言っていたわ。その言葉通り、彼らは空が色づき始めた夕方の6時ぐらいにマサラから出発していった。曰く、〈僕達の“心”と“体”が入れ替わったことをちゃんと話すため〉……だそうだわ。リヴさんが言うには一か月前に一回だけ会ってるらしいんだけど、その時は詳しくは話せなかったから今度は挨拶も兼ねて話したいそうよ?
それでライト達はというと、マサラには泊まれる施設が無いから私達とトキワに場所を変えたのよ。……こういう理由で、今私達はこの町にいるのよ。……で、部屋を取ってからはひたすら雑談……。ユウキが退院した時は取材とかで何かと忙しかったからできなかったのよ。だから、1日遅れだけど休暇中の思い出話をして一晩過ごしたわ。かたちはどうであれ、結局ティル君達も休みの半分は特訓に使ってたらしいわね。
そして、今朝はライト達は朝早くに起きて最後の調整……。私よりも早く起きてたのには流石にビックリしたわ!私も折角だから目覚ましついでに彼女達の監督……。たった1日ではすぐに成果は出ないけど、昨日習った事の情報交換も兼ねていたわ。その時にみんなのある程度の実力も測ったら、ちょっとどうなるか見当がつかなかったわ……。1人勝ち抜く度に回復出来たら問題ないと思うんだけど、それが出来ないとなると際どいかもしれないわね……。誰がどんな感じだったのか言いたいところだけど、そうするとこの後の楽しみが減るから止めておくわ。
……前回からの間の事を大まかに話すと、こんな感じかしら?細かい事っとなるとそれぞれの特訓の内容と思い出話になるから、これで十分………はい?!まだ聞いてない事がある……?……ええっと、「タイトルにも出てるのに、散々言っていたオーキド博士が話に登場していない」……?ライト達の中の誰かが話したと思うけど、聴いてなかったかしら……?……えっ!?「そんな事初耳だ」って?っていう事は、誰も話してなかったのね?……よく考えたら、あの状態では話す余裕も無かったかもしれないわ。何しろ一日中特訓に使ってたから、例え私の合成したドリンクで体力を回復していたとはいえ疲労までは緩和する事は出来ない……。多分ライト達の中では一番しっかり者でまとめ役のラグナさんもヘトヘトだったから、そこまで気が回らなかったのかもしれないわ。……話せなかったのは、きっと私のミスね。
……だから、今から話させてもらってもいいかしら?
――――
前日 昼前 研究所裏 Sideシルク
ラフ〈……[竜の波動]!!……ライ姉、どう?出来てる?〉
ライト〈うーん……、この威力だとまだ[竜の伊吹]かな……?〉
空に輝く太陽の位置が天頂近くにさしかかった頃、マサラタウンが誇る研究施設……の裏庭に[チルタリス]のラフちゃんの囀りが反響した。彼女はその技のイメージを膨らませながら嘴にエネルギーを蓄える……。ある程度溜まるとそれを竜に変換し、一気に解き放った。
放射されたそれを、私は維持している[サイコキネシス]で拘束し、すぐに発散させた。それを見た元の姿のライトは、ラフちゃんの技の初速、色、密度を測りながらこう判断した。
…生憎[竜の波動]は発動しなかったけど、この短時間でここまで完成させたなら大したものだわ。今日特訓を始めた状態ではラフちゃんは技のイメージも何も無かった……。でもライトが直接技のコツとかを教えてくれてたって事もあって[竜の伊吹]は大分形になってきたわ。
シルク〈ラフちゃん、こんな短い時間でここまで来れたから十分よ!気持ちは分かるけど焦る事は無いわ〉
ラフ〈そんな事言ってられないよ!〉
見た感じ若干焦りの色が見え始めてきた彼女に私は優しく語りかけた。でも彼女は首を大きく横に振って声を荒げる……。
ラフ〈だってティル兄にテト姉……、ラグ兄もみんな強いからこのままだと私は足を引っ張っちゃうよ!それに[竜の波動]を使えないと回復も出来ないのに[滅びの歌]に頼らないといけない……。だからどうしても使えるようになりたいの!〉
そして〈ゆっくりでいい〉と言った私を真っ直ぐ見、真剣に、そして力強く想いをぶつけてきた。彼女の目に生半可な気持ちは無く、〈追いつきたい〉という強い意志が宿っていた。
…そんな目で訴えられると、流石に否定はできないわね……。
ライト〈うん。……でもここで一度休憩にしない?その方が効率も……〉
A「ほう、[ラティアス]を見るのは何十年ぶりかのー」
とそこに、研究所の建屋の方から1人の老人が何かを懐かしむ様に呟きながら姿を現した。
…この声は、あの人以外にあり得ないわね……。
私は確信と共に振りかえり……
シルク《オーキド博士、川柳の会は終わったのね?》
オーキド「そうじゃ。……“テレパシー”を使う[エーフィ]という事は、シルク君じゃな?》
シルク《ええ、そうよ》
朝から到来を待ちわびていたその人の名前を声に出すことなく伝えた。その彼もライトの方から私に視線を移し、こう言った。そして私は、確かめるように訊ねる彼に笑顔で頷いた。
…10時ぐらいには帰るって聞いてたけど、ここまで遅くなったって事は向こうで雑談に華を咲かせていたのかもしれないわね。
ラフ〈ライ姉の種族、知ってたの?〉
シルク〈知ってるも何も、この人がオーキド博士よ。生物学の第一人者として知らない人はいないわ〉
ライト〈そのはずだよ〉
つい昨日まで野生だったみたいだから、名前を知ってるかどうかは分からないけど……。少なくとも、都会で暮らしている野生なら知ってるはず。
彼と初めて会うラフちゃんは種族名を言い当てた訳が分からず首を横に捻る……。そして地についている彼女はライトを見上げながら言った。その彼女に私達は揃って応じた。
ライト《わたし達の事を知ってるって事は、誰かに会ったんですね?》
オーキド「そうじゃ。その時はまだ学生じゃったから……4〜50年ぐらい前か……。研修で行った燈山で助けられたんじゃ……」
ライトがその事を訊ねると、彼は思い出しながら語り始めた。
…何十年も前だから、その[ラティアス]はライト達の1代前かもしれないわね。
オーキド「山頂までの案内を地元のガイドに頼んで……」
……話が凄く長くなったから、ここで私が要約させてもらうわね。
彼は山頂を散策中、足を滑らせて崖から落ちたらしいのよ。しかもそれは運悪く火口側……、その時博士は“死”を覚悟したそうだわ。結果を悟って硬く目を閉じていたら、透明な何かの上に落ちたらしいの……。ゆっくり目を開けると、崖から10mぐらい落ちた地点で止まっていたらしい……。少しするとそこから激しい光が発せられて……、気付いたら[ラティアス]の背中に乗っていた……。安全な場所で下してもらってから、その彼女にこういわれたそうよ……「この事は誰にも言わないでほしい……。火口に落ちたのは悪い“夢”だったと思ってくれたら幸いだわ」……と。その彼女は、種族の事を黙っておく事を条件に自分たちの事を話したらしい……。それだけ話すと、彼女は山頂まで案内したガイドに姿を変え、何事もなかったかのように業務に戻っていった……。
この事がきっかけでオーキド博士は研究者になる事を決心し、今まで研究に励んできた……。そしてその[ラティアス]との約束も守り、現在に至る……。……こんな感じね。
…彼が彼女との約束を守ったのは事実……。なぜなら、ポケモン研究をしていてその種族の生態を知っているなら、その種族についての論文を出していてもおかしくない……。でも私が前に読んだ彼の論文の中に[ラティアス]についての記述は無い……。あるのは、世間一般に知られている事と、私達が去年調査した“ホウエン結界伝説”(〜kizuna〜参照)に登場する事のみ……。……だから間違いないわ。
オーキド「……こんな感じかのー。……じゃが、人前では元の姿を見せないはずがどうして見せとるのかな……」
そう言いきり、彼は30分にも及ぶ体験談を語り終えた。すると彼は間髪を入れずにライトに向き直り、こう質問した。
ライト〈あっ……《〉わたしは普段トレーナーとして旅してるんですけど、「》博士に挨拶に来たついでにリーグの手続きをしようと思って……」
「もう手続きは終わったんですけどね」……。
彼女は博士に言われて当初の目的を思い出し、慌てて言葉を念じた。そして“テレおパシー”を早々に切り上げて光を纏う……。人間の姿に変えた彼女は最後にこう呟いて、ここに来た目的を手短に伝えた。
シルク《午前中にリーグへの申請は済ませたそうよ?》
ライト「グリーンさんにやってもらいました。……あっ、そうだ。ラフ、ティルを呼んできてくれる?」
ラフ〈ティル兄を?うん!〉
…ティル君はライトと出会うまではここで保護されてたみたいだから、きっとこの事を話すつもりかもしれないわね。
話している間に別のことを思い出したらしく、ライトは近くで羽を休めていたラフちゃんにこう頼み込んだ。その言葉にラフちゃんは一度首を傾げたけどすぐに頷き、ティル君がいる方へと羽ばたいていった。
――――
現在 トキワシティ Sideシルク
…私はティル君が来たらラフちゃんに就いて再開したから、この後の話は聞いてないわ。だから私から話せるのはこのくらいね。
フライ〈……ところでユウキ?博士が言ってたことはどうするの?〉
ユウキ「ええっと、あの事だね」
今頃セキエイ高原で激戦を繰り広げているであろうライト達に思いを馳せてると、フライが徐にこう話しかけた。その彼に兄もすぐに答え、若干考えながらこう言い始めた。
スーナ〈「すぐに決めなくてもいい」って言ってたけど、どうするの♪〉
ユウキ「うーん……、まだ考え中かな?公式に発表するまでの間はゆっくりしたいかな……。ゆっくりするといっても、バトルで体を動かすつもりだよ」
「何しろ病院に籠りっ放しで運動不足だからね」
彼はそう「ハハハ」と笑いながらこう答えた。
オルト〈そうだな〉
シルク〈協会の方から返事が来るまで何もできないから、それが一番ね〉
…論文についての返事はマサラの研究所に来ることになってるから、結果的にそうなるわね。
オルトをはじめ、私達は〈分かりきってた〉と言わんばかりに言葉を揃えた。
…たぶん今日中にライトの結果も分かるはずだから、それからはライト達も一緒になるわね。