88 L 腕試し(VS2 後編)
午前 研究所前 Sideティル
ショウタ君〈…あれ?ティル君1匹だけ?〉
ティル〈そうだよ。ライトは結構体力が削られていて、おまけに麻痺状態……。だけどショウタ君、君達の相手は俺1匹で十分だよ!〉
互いに接戦を繰り広げている相手……、元トレーナーで[ミュウ]のショウタ君は自分の敵が1匹しかいない事に気付いて首を傾げた。その彼に対して俺は軽く頷き、今は見えないけど[ラティアス]のライトがいると思われる空間をチラッと見る……。そして再び彼に向き直ってこう言い放った。
…“進化”してコロナちゃんも強くなってたけど、まだまだかなー……?技の威力と出だしは速いけど、精度がイマイチかな?
それに俺はまだこの戦い……じゃなくて休暇が終わってから一度も全力を出し切ってない……。だから今日このタイミングで出すつもりだよ!さっきは〈まだまだ〉って言ったけど、それでもコロナちゃんはかなりの実力の持ち主……。炎タイプのなかでもかなり難しい[煉獄]を完璧に使いこなしてるんだから、言わなくてもわかるよね?それにショウタ君……。彼は姿を変えられる以前に色んな技の性質を使いこなしている……。おまけにライトの様子からして特性もフルに利用している。……確かルクスさんが言うには[ミュウ]の特性はシルクと同じ“シンクロ”……だったかな?ライトの[10万ボルト]の追加効果で麻痺状態になったら、そのライトにも状態が移ってた。その直後に[リフレッシュ]で麻痺状態を自力で治してたから……、ライト、完全に利用されちゃったね……。
俺はここまでこんな風に分析しながらコロナちゃんと戦っていた。
ショウタ〈ティル君だけで?〉
コロナ〈ライトが……いないのに……?〉
ティル〈そうだよ!……ショウタ君、コロナちゃん、本当の勝負はここからだよ!!〉
…悪いけど、俺もリーグに挑戦する前に技の調子と威力を確認したいから……、
全力でいかせてもらうよ!! 俺はそう言い放つとすぐに相手に向けて走り始めた。それと同時に自らの体温を急激に上昇させ、それを熱波として対外に放出する……。
…これは元々野生の[マフォクシー]が敵に対して威嚇する時に使う方法……。これはあくまで“威嚇”という名の“習性”だから技ではない……。あの人間の姿のハートさんをも汗だくにした熱波、だからそう簡単には耐えさせはしないよ!!
ショウタ〈そう来ないとね![神秘の守り]!!〉
彼は俺が急激に気温を上げたのにいち早く気付き、淡い光のベールに身をつつんでム図からの身を守る……。
コロナ〈これくらいの熱気……、純粋な炎タイプの私には……通用しないよ……![火炎放射]……!〉
一方のコロナちゃんは俺の熱波をものともせず、口に高温の炎を溜めて一気に放出した。
ティル《ライト!!》
ライト《うん……!》
だけど俺は燃え盛る炎に屈することなく走り続け、1mと迫った瞬間に左に跳んでかわした。走るのと同時に“テレパシー”で見えないライトに合図を送った。
ショウタ・コロナ〈[アクアテール]!!〉〈えっ!?……どこから……!?〉
俺がかわす事を見越していたのか、ショウタ君が斜め上から水を纏った長い尻尾を撓らせながら振りかざしてきた。俺が飛び退いた瞬間、その場所からいきなり暗青色のブレスが放たれた。それは対象を失ったコロナちゃんの炎とぶつかり、それを威力で圧し返した。
ショウタ〈!?〉
第三者から見ると隙を突かれた俺は、ある方法でそれを受け止めた。まさか止められるとは思っていなかった彼は一瞬驚きの声をあげた。
…ん?ならどうやって止めたのかって?
俺は飛び退いた瞬間、維持していた超能力に意識を向ける。それによって拘束されている黄色いエネルギー塊……、ライトの[10万ボルト]をステッキの全体にコーティングした。電気を帯びたそれを地面と平行に構え、ショウタ君のそれを受け止めた。
その直後にそれを振り上げ、彼の尻尾を払う……。そのまま目にも留まらぬ速さで半円を描き、隙だらけの彼に向けて突き上げた。
ショウタ〈くっ…!〉
俺の突きは正確に対象を捉え、斜め上へと弾き飛ばした。
コロナ〈[シャドー…ボール]…!くっ…!〉
その間にライトは姿を消したまま、多分コロナちゃんの背後にまわり込んだ。それに対してコロナちゃんは尻尾に5つの漆黒の弾を形成して身構える……。でも対応しきれずに純白と自らの黒いエネルギー塊の弾をまともにうけてしまった。
ライト《…ティル!もう痺れも解けたよ!》
ティル《分かったよ!……なら次の作戦、行くよ!!》
ライト《任せて!!》
…麻痺状態が治ったなら、あの作戦ができるね!
俺はパートナーから言葉無きサインを受け取り、心の中で頷いた。その間にショウタ君は空中で体勢を立て直し、俺から見て10m斜め上で次なる技のイメージを膨らませていた。
…あの様子からすると、きっと力を蓄えてるね。…だとしたら[気合いパンチ]とか[諸刃の頭突き]あたりかな、きっと。
俺は更に体温を上げ、両足に力を込めながら全力で走り始めた。
ショウタ君も俺の接近に気付き、真下に急降下を始めた。
ショウタ〈[気合いパンチ]!!〉
…やっぱりね……。
彼は重力をも味方につけてその拳を振りかざしてきた。
それに対し、俺は背後からライトに放ってもらった[ミストボール]を超能力で受け取った。そしてそれを先端だけに付加させた。また、彼が技名を叫んだタイミングで地面を蹴り、ショウタ君に向けて跳び上がる……。右手に持っているステッキを左の腰の辺りに構え、一時的に腕の力を抜いた。
ティル〈居合い!!〉
そして彼とすれ違う瞬間に素早く抜き放ち、その拳を切り裂いた。
…これも休暇中にハートさんから習ったもの……。剣術のうちの1つで、緊張を解いた状態から瞬間的に力を入れる事で速さと威力を兼ね備えた一撃を与える……。人間の護身術のうちの一つで、これを基に[居合切り]っていうポケモンの技が生まれた……らしい……。……でも、初速とか威力で言うと[燕返し]の方が近い……かな?
エネルギーを使わない技を命中させた俺はすぐに体を捻り、向きを変えた。そしてその場で空気を蹴って、元来た空間に跳びかかった。
…ライト、背中、借りるよ!!
ショウタ〈くっ……!こうなったら……、[ハイドロカノン]!!〉
地面に打ちつけられたショウタ君はすぐに立ち上がり、水タイプの中でも最上級の技を発動させた。
…[ハイドロカノン]は[ブラストバーン]と同等の技……。威力がかなり高い代わりにそれ相応の反動が使用者にふりかかる……。だからショウタ君はこの技で俺を仕留めるつもりなのかもしれないね?
ここで俺はずっと維持してきた[サイコキネシス]の対象を別の者に変えた。それと同時に体温を限界まで高め、ショウタ君の重撃に備えた。
…今の俺の体温は大体110℃ぐらい……。炎タイプは温度変化に強いって言われてるけど流石に暑いね……。俺自身が出してる熱なのに、汗がにじみ出てきたよ……。だから例え[神秘の守り]で保護されてても炎タイプじゃないショウタ君には相当辛いだろうね……。
……えっ?ならライトにもかなりの負担がかかってるんじゃないかって?俺が何の対策も無しに体温を上げてるとでも思った?もちろん、ちゃんと対策はしてるよ。
そのままだとライトも熱に耐えられないから、[サイコキネシス]でライトの2mぐらい外側を保護する……。これもハートさんから教えてもらった技術で、水中で息するだけの気泡を作る方法を応用したもの……。だって周りを取り囲んでるっていう意味では水も熱も同じでしょ?
それに、これはシルクから教えてもらった事だけど、水は100℃を超えると蒸発して水蒸気になる……。これを利用すれば苦手な水タイプの技もある程度は軽減できる!
地についたままのショウタ君は俺の熱に顔を歪めながらも手元に水を蓄え、限界まで圧縮して撃ちだした。彼の元から放たれたそれは勢いに身を任せて迫る俺を一直線に狙う……。しかし、俺の狙い通り熱せられた外気に触れるうちに一部が蒸発し始め、少しだけ勢いが弱まったような気がした。
ティル・ライト〈ぐっ……!!〉〈[癒しの波動]!!〉
ショウタ〈嘘……だよね?効果抜群のはずなのに……〉
俺の熱によって弱められたそれは、寸分違わずに標的を……捉えた。その俺の後ろで、ライトは遂に姿を現した。彼女は俺のスピードに合わせて滑空し、技のエネルギーを手元に凝縮させる。するとそこに光の束が形成され、それをずぶ濡れの俺に向けて撃ちだした。
…ライト……、ありがとう……。お蔭で何とか耐えられたよ……。
その光は俺を一瞬だけ包み込み、僅かばかりに俺の体力を回復させた。
ティル〈[火炎……放射]……!〉
ライト〈[竜の波動]!!〉
そして、俺は長時間維持し過ぎたせいで枯渇寸前のエネルギーを口元に全てかき集め、それを思いっきり放出した。
ライトは姿を消していた間に少し回復していたのか、俺の影からすぐに外れて同じタイミングで竜のブレスを解き放った。
ショウタ〈くっ……!……負けた……〉
そしてそれらは丁度、技の反動で動けないショウタ君の居る場所で重なった。派手な爆発音と共にそれは命中し、落下している俺をも巻き込んだ。
そこで俺の意識は途切れ、視界も急に暗転した。
……これで……倒せたはず……。