86 LS 朝の雑談
数分前 マサラタウン 研究所 Sideシルク
ユウキ「朝早くにすみません!シッポウシティのユウキです!」
二重の自動扉をくぐり、ちょうどこの日の業務を開始したであろう研究施設に足を踏み入れたユウキはその奥まで聞こえそうなほど大きな声を張り上げて名乗る。その声は所狭しと並べられた本棚や機材に幾多にも反響し、混み合った空間を駆け抜けていった。
その声の主は普段の装いとは異なり、長年使い込んだ証が刻まれた白衣に身をつつんでいる……。その衣装が彼がトレーナー関係ではなく学問の件で訪れた事を婉曲的に告げる事となった。
ユウキ「オーキド博士はいらっしゃいますか?」
その彼は目的の人物の名前を高らかに読み上げ、その人に手渡す書類の束を斜めに提げている鞄の中から取り出した。
…エレン君を家まで送った後、もう暗くなってたからクチバのセンターで泊まる事にしたのよ。時間も時間だったから部屋を確保できるかかなり際どかったけど、何とかなったわ。部屋に入ってからはここまで調査してきた“四鳥伝説”についての論文とデータの整理をして、その後は休暇にあった事を聞き合って過ごしたのよ。……で、気付いたら日付が変わってたから途中で就寝……。これが昨日の流れね。
そして今日は朝の6時には起きて出発する準備……。いつも通りの組み合わせでここまで飛んできたのよ。それで、研究所の中は結構狭いからスーナとフライにはボールに戻ってもらって今に至るって感じかしら?
…あっ、そうそう!エレン君なんだけど、彼は本格的にトレーナーになる事に決めたそうよ?エレン君曰く、「オイラもカレンさんとユウキさんみたいにトレーナーとしてもポケモンとしても強くなりたい」そうだわ。…確かに、トレーナーとして旅をすれば必然的にバトルの腕も磨かれて、エレン君の場合2つの意味で強くなれる……。ここまでトレーナーとしても[ピカチュウ]としてもバトルを極めてきたユウキがその証拠ね!
…ええっと、前フリはこのくらいにしてそろそろ話に戻ろうかしら?
シルク〈……やっぱり早すぎたかもしれないわね……〉
彼の呼びかけに何も帰って来ず、そこには静寂だけが辺りを包んでいた。そこに私の呟きが混ざり、照明によって照らされている空間に飲み込まれていった。
…昨日連絡を入れたとはいえ、まだ時刻は9時過ぎ……。奥の方から何人かの話し声は聞こえるけど例の人はまだ来てないかもしれないわね……。
ユウキ「そうだね……。博士の事だから早めに来てると思ったんだけど……」
A「悪いな、じいさんは昼にしか帰って来ねーよ」
シルク《ひっ、昼に?》
と、諦めて施設から出ようと向きを変え始めた私達の背後……、自動扉の方から一つの声が割り込んできた。その声は結果としてタイプ的に驚きやすい私を跳び上がらせることとなった。
…ビックリしたわ……。でもこの人なら、オーキド博士じゃなくても大丈夫そうね。
ユウキ「グリーンさん、っという事は博士はトキワシティですね?」
グリーン「そう言う事だ」
振り返るとそこには、ユウキと同じくボタンを開け放った白衣を着た青年が「すまないね」と呟いていた。
…雰囲気でそう見えるだけで、本当はもっと年上かもしれないわね。何しろ彼は10年ぐらい前……丁度伝説のトレーナーが名を轟かせていた頃のカントーリーグのチャンピオンだから。噂によると彼が就任して初めて戦ったのがその伝説のトレーナー……、しかもかなりの接戦だったそうだわ。
シルク《川柳関係ね?》
グリーン「んだから今ではどっちが本職か分からねーよ」
そこに何とか驚きから立ち直った私が言葉を念じ、会話に参加する…。すると「ハッキリしてほしい」とでも言いたそうにグリーンさんが言葉を連ねた。
…言われてみればそうね。最近は研究の事じゃなくて川柳の発表とか、文化的な事でメディアに出ることが多くなってる……。あながち間違いじゃないかもしれないわ。
言い忘れたけど、彼が私の言葉に驚かなかったのは以前面識があったから……。カントーでジム巡りをする前に挨拶をする時に会ったから知ってるってワケ。
ユウキ「…ですね」
その彼にユウキは軽い笑いを浮かべながら応じた。
グリーン「分からないといえばもう一つ。あんたは何でリーグの話しを請けなかったんだ?」
グリーンさんは腕を組み、「訳が分からない」と言った様子で兄に追及を始めた。
ユウキ「挑戦者を待ち続けるって事が性に合わなくて……」
シルク《それに同じ分野から3人もリーグチャンピオンは要らないわ》
ユウキはグリーンさんの質問に後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべる……。その彼に私は補足として彼の考えを代弁した。
…実はユウキ、カントーリーグを制覇した時にリーグ協会から「リーグチャンピオンに就かないか?」って声がかかったのよ。でも彼は何の迷いもなく断ったの。……何故かって?
これはあくまで私の勝手な推測だけど、ユウキは重役に就く事を好まない……。もし就任したら自由に調査する時間がかなり少なくなり、満足に調べる事が出来なくなる……。それから、バトルでは“チカラ”と“代償”を嫌でも使うことになるから、正確に挑戦者の実力を測る事が出来ない……。これだけは確実に言えてるかもしれないわね。だってそうでしょ?“絆の従者”である私は“代償”の影響で本来の守備力が無い……。それに“チカラ”の影響で、威力が高すぎるために加減しても勝負にならなくなる……。そして何より、ステータスが異常な私、伝説の種族であるコルドがいる為にリーグの規定である5匹を下回る……。私ならこう言う理由で断るわ。
グリーン「なるほどな。……言われてみればそうだったな」
シルク《今でも分野が偏ってるのに………ん?この音、何かしら?》
ユウキ・グリーン「「音……?」」
私の補足に納得したのか、彼は首を2〜3回ほど縦に振った。その瞬間、いつ変えたのか組んでいた腕のうち右手だけを顎の方に添えていた。
その彼に続いて……
……ん?今、外から何か聞こえたような……。気のせいかしら……?
続けて言葉を伝えようとした私の耳が屋外の微かな物音を捉えた。その事に私は首を傾げ、その方に目線を移した。一方の2人も私に示されるように目を向ける……。
シルク《外から……のようね。〈》バトルでもしてるのかしら?〉
ユウキ「…かもしれないね」
グリーン「そんな音、俺には聞こえねーが……」
…何かと何かがぶつかったような音……、何かが駆け抜けるような音……。もしかしたら研究所の前で誰かが戦ってるのかもしれないわ!よく聞いたら誰かの話し声も聞こえるし!
物音がして聴覚に意識を集中させた私は、より鮮明にその根源を捉えた。そしてその音から何をしてるのか推測し、こう呟いた。
私に言われて耳を澄ませるユウキもその事に気付き、声をあげる。しかしもう1人の彼は聞き取る事は出来なかった。
…ユウキは人間だけどポケモンに姿を変えられる影響で並の人よりは少しだけ身体能力が高い……、もちろん五感も例外なく。その関係でグリーンさんは気付かなかったのかもしれないわね。
そして私達は半信半疑なままのグリーンさんも引き連れ、物音の発生元である屋外へと出ていった。
…博士が帰ってくるまで待たないといけないから、ある意味時間つぶしにピッタリかもしれないわね。
――――
同刻 研究所前 Sideライト
ライト「ラフ、お疲れ様。あと“進化”おめでとう!」
ラフ〈お姉ちゃん、ありがとー!〉
さっきのバトルで[チルタリス]になったラフはわたしの言葉に笑顔で答える。そして嬉しさを身体で表現するかのように大きく翼を羽ばたかせ、わたしの方に駆け寄ってきた。
一方、話では触れなかったけど指示を出していたリヴさんは敗れた[ピジョット]のフェズさんに労いの言葉をかけ、ボールに戻していた。
…やっぱりリーグに挑戦するだけの実力はあるね!“進化”したから何とか勝てたけど、してなかったら完敗だったね、きっと……。勝てたのは多分実力的にも上だったジム戦で経験を積んだからかもしれないね。
ショウタ〈ライトさん、折角だから次はダブルバトルにしない?〉
と、今度は[カイリュー]の姿のままのショウタ君が提案した。
ライト「ダブルバトルを?」
ショウタ〈うん。僕もコロナも強くなったところを見せたいんだよ!リヴさんもいいでしょ?〉
…そっか。あれから一か月経ってるんだから、当然実力もあがってるよね?
リヴ「もちろんさ」
ライト「うん、いいよ!ティル、テトラ、ラグナ、お待たせ」
ショウタ君の提案を聞いたリヴさんはもちろん、わたしも二つ返事でうなづいた。そしてわたしは朝から待っててもらっていた[マフォクシー]、[ニンフィア]、[グラエナ]をボールから出した。
…ダブルバトルってことは、ショウタ君とコロナちゃんが戦うって事だね?相性的にラグナに闘ってもらったらいいかもしれないけど、やっぱり……
テトラ〈ラフちゃん!“進化”したんだね?〉
ラフ〈うん!〉
ティル〈おめでとう!〉
ラグナ〈よかったな〉
飛び出してすぐにラフの変化に気づいたみんなは彼女に祝福の声をかけていた。彼女も嬉しそうに答え、辺りは和気藹々とした空気に包まれた。
ショウタ〈あっ!ティル君も“進化”したんだね?〉
ティル〈だって一か月も経ってるんだよ?“進化”してて当然でしょ?〉
ショウタ〈だよね!…リヴさん!〉
楽しそうに話に参加したショウタ君は一度隣にいるリヴさんをチラッと見た。
リヴ「そうさ!コロナ!」
その彼はショウタ君の言葉に頷くと残り1つのボールに手をかけ、その中に控える彼女を出してあげた。
コロナ〈うん!〉
するとそこからは♀の[ロコン]……ではなく[キュウコン]が増えた尻尾を靡かせながら首を縦に振った。
ライト「コロナちゃんもしたんだね?」
コロナ〈一昨日なったばかりなんだけどね〉
…何となくはそう思ってたけど、やっぱりそうだったんだね?
同じく“進化”した彼女は凛とした様子でつぶやいた。
テトラ〈そうなんだー〉
コロナ〈うん。だってほら、見てみて。私の尻尾、まだ生え揃ってないでしょ?〉
そう言いながら、彼女はそれをわたし達に見せるべく後ろ向きになり、振り返った。その彼女の尻尾は種族の特徴である9本……ではなく1本足りない8本だった。更にそのうちの1本も完全とは言い切れず、長さは15cmぐらいに留まっていた。
……噂では聞いていたけど、[ロコン]と[キュウコン]の尻尾って最初から6本と9本じゃなかったんだね?