83 S 志望動機
前日 夕方 ナナシマ上空 Sideシルク
エレン「……ユウキさんオイラ決めたよ」
ユウキ「ん?エレン君、急にどうかした?」
“四鳥伝説”の当事者の顔合わせをしていた燈山から飛ぶこと約20分、[ルギア]のニアロ君に乗っているエレン君は徐にこう話し始めた。夕方という事もあり頭上に広がる大空は朱色に染め上げられ、所々に白点が滴下され始めている…。吹き抜ける風にも変化が現れ、人間にとっては何かを羽織らないと肌寒いといったところまで温度が下がっていた。また、眼下の海原も夕焼けによって真っ赤に色づけされ、アクセントとして白波が添えられていた。
そんな画になる景色の中、話をふられた兄は並走するエレン君に視線を移しながらこう聞き返した。
エレン「オイラスクールを卒業したらトレーナーになる!」
フライ〈トレーナーかー。いいんじゃない?〉
…エレン君、その考え、私も良いと思うわ。
希望に満ちた彼はまるで自分に言い聞かせるように……そして真っ直ぐ言い放った。
シルク〈エレン君、聞くまでもないと思うけど、動機を聴かせてもらってもいいかしら?〉
二アロ〈そう思ったきっかけって大切だからね〉
…ええ、その通りよ!
吹き抜ける風に尻尾を靡かせながら伺った私に翼で空気との抵抗を大きくして滑空する二アロ君が続いた。
エレン「うん!オイラ今日セツさん達にあって思ったんだよ。強くなりたいって。トレーナーになって旅をすればユウキさんみたいに強くなれるでしょ?それにせっかく“チカラ”でポケモンになれるんだからオイラ自身もポケモンとしてつよくなりたいんだよ!」
ニアロ〈そっか。ユウキさんって学者なのに3つ星のトレーナーだから、卒業してすぐにならないと間に合わないもんね〉
…確かにそうね。トレーナー業で生活していくならそうでもしないと厳しい……。ユウキは例外だけど成績がスクール内でトップにでもならない限りほぼ不可能だわ!私達みたいにフィールドワークが多い分野の研究家になればついでにジム巡りが出来るけど、それ以外は仕事の関係で上手くいかないのが相場なのよ。……だから一般的な職業だと良くても2つ星が精いっぱいってところかしら…?
未来のトレーナー候補のエレン君は声が風で流されないように大声で言い放った。その彼にニアロ君が続き、彼の志望動機を夕空に共鳴させた。
エレン「うん。ユウキさんってスクールを卒業してからすぐトレーナーになったんでしょ?」
シルク〈いいえ、違うわ〉
エレン・ニアロ「〈えっ!?そうなの!?〉」
…驚くのも無理ないわね。ユウキの経歴って他の学者やトレーナーと違ってるから…。
確信をもって聞いたエレン君は考古学者の思わぬ発言に思わず振り返った。その彼を乗せて飛ぶ二アロ君も同じらしく、若干飛ぶ体勢を崩していた。
ユウキ「そうなんだよ。以外かもしれないけど僕がトレーナーになったのは18の時……それも本格的にジムを巡り始めたのは19歳だったから…」
シルク〈それに元々のユウキの専門は化学……。だから初めは考古学はもちろん、トレーナーになるつもりもなかったのよ〉
フライ〈そういえば前にそんな事言ってたっけ?〉
ユウキ「うん。学生時代は研究と実験に没頭してたね」
シルク〈懐かしいわ…。[エーフィ]の私も鍛錬をそっちのけで夢中になってたわ。…でもちょっとしたことで考えが変わったのよ。ユウキ、そうよね?〉
…当時の私はバトルのセンスは皆無で興味すらなかったから、ポケモンとしては異端かもしれないわね…。でもそのおかげで今の、“化学者”の[エーフィ]としての私がここにいる。だから今までの選択に後悔は無いわ!
声を荒げるふたりにユウキは冷静に語り始め、その彼と人生の殆どを共に過ごしてきた私が補足で説明を加えた。黙々と語る彼に、私は彼の方に振りかえって事の真意を訊ねた。
…実はユウキが何故突然化学者からトレーナーに転向したのか聞いた事ないのよ。……ユウキの事だからある程度は予想出来るけど…。…もしかすると、私がそう思ったのと同じ理由かもしれないわね…。
ユウキ「うーんと……違うって言ったら嘘になるかな…?…うん、今考えてみるとそうかもしれないよ」
シルク〈…ユウキ、実は私もよ!〉
ユウキ「えっ?…って事は、シルクも
あのポケモンを見た時に?」
シルク〈ええ!!〉
…ユウキ!やっぱりあなたもそうだったのね!!当時の私はまさに研究一筋……。その私が“見かける”という単純な出来事で“旅”という道に導いた……。あの時は分からなかったけど、考え直してみるとあの日の体験がきっかけに間違いないわ!
エレン「…あのポケモンって……?」
ユウキ「コガネ大学の研修で一回だけエンジュに行くことがあったんだよ…」
シルク〈その帰り道で虹色の羽根を持った大きな鳥ポケモンが飛んでるのを見かけたのよ。その時はどんな種族か分からなかったけど、今なら分かるわ…。…あの時見たポケモンはジョウト地方に君臨する伝説の種族……、[ホウオウ]……。あの時は思わずその美しさと雄大さに見とれてしまったわ……。…その時、思ったのよ…、〈ポケモンの私でも知らない種族がまだいるんだ〉って…。研究好きっていう事もあって、いつの間にか私が知らない種族に会って、〈その彼らの事をよく知りたい〉って思うようになったのよ。…それが、きっかけかしら?〉
ユウキ「シルクはそんな風に考えてたんだね?……って事は僕も似たような感じかな…?あの時はまだ“チカラ”が目覚めてなかったから、純粋に「見た事がない種族に沢山会いたい」って言うのが率直な思いかな…?」
シルク〈…だから卒業間近だったけど中退して、旅に出た…。スクール時代はバトル専門の学科を専攻してなかったから、独学するついでに放浪……〉
…放浪を始めたばかりの時、シッポウシティで[コジョフー]だったオルトと出逢い…、怪我を負って群れに置いてかれた、[コアルヒー]だったスーナと出逢った……。その間に沢山のトレーナー、ポケモンとバトルをして腕を磨き心身共に成長してきた…。そして放浪の旅も後半にさしかかった時、ホワイトフォレストで密猟組織に捉えられていた、[ジャノビー]のリーフが仲間に加わった……。
…今思い返すと、あの時[ホウオウ]を見かけた事が、全ての始まりだったかもしれないわね……。
自分達にとっての志望動機を語る私は、これまで経験してきたことを思い出しながら言いきった。それをきっかけに仲間達との出逢いとその時の想いを鮮明に感じさせることとなった。
ユウキ「……だからエレン君、今日思った事がエレン君にとっての“原点”になるはず……。…この想いを忘れなければ、絶対に成し遂げられるよ」
そして、自身の“原点”と言えるエピソードを語り終えた彼は、1人のトレーナーとしてそれを伝えた。
…“初心忘るべからず”とはこういう事を言うのかもしれないわね……。
頭上のキャンバスには幾つもの希望の星が輝きを放っていた。