82 L 明け方の一幕
翌朝 セキチクシティポケモンセンター Sideライト
ライト〈……ん?〉
……あれ?わたしって、どうしたんだっけ?
わたしは身体に柔らかい何かが触れている事に気付き、ふと目を覚ました。はっきりとしない意識でゆっくりを目を開けるとそこには見慣れない景色が広がっている……。外にいたはずなのに辺り一面の壁…、地面も舗装された硬い地盤が白くてふわふわしたものに変貌を遂げている…。その謎の地盤は周りよりも少し高くなっているのか、畳一畳分だけで途切れていて、それ以外は朱や黒を基調とした布地……。また、わたしがいる場所から見える壁の傍には1人掛けのベンチと小さなテーブルが置いてあり、目覚めたばかりのわたしに更なる疑問を与えている。また、柔らかい感触は腹の辺りだけに留まらず、背中や翼……、首から上以外の全身を覆っていた。間隔を嗅覚に集中させると、漂っているはずの香りは草花ではなく、真新しい布のものが部屋と思われる空間を満たしていた。その中には微かに石鹸の匂いも含まれ、それがわたしにこの空間の名前を教えてくれた。
…ええっと、確かジム戦はティルとラフが頑張ってくれたから勝てたんだよね…?ジム戦自体は中が改装中だったから建物の前でした……。…そこまでははっきりと覚えてるよ…。でもその後って、何があったんだっけ…?……うーん……、…ダメだ……何でかは覚えてないけどわたし……、感情的になってた……そんな気がする…。
何があったのかは後まわしにして、次はここがどこなのかを考えないと…。わたしが覚えてる限りでは、ジムの前……わたしはそこにいるはず…。…でも今は…?感じるはずの風は殆ど吹いてないし、野生のひと達の声も聞こえない……。聞こえるのは、上の方からする空調の音と、誰かがたててる寝息だけ……。それに今気づいたけど、今のわたしの姿って元の[ラティアス]だよね…?人間の姿ではここまで鮮明に香りとか音は分からないし……。
ライト〈…もしかしてここって、部屋の中なのかな……?イスとか机もあるし……〉
…そう考えるしか、ないよね?って事は、わたしが寝てた場所はベッドの上……?…なら、ここはセンターの部屋……かな、きっと。
曖昧な意識のまま自問自答を繰り返したわたしはそういう結論に至るのにあまり時間はかからなかった。そして今いる場所が分かったわたしはおそらく掛布団を背中に乗せたまま体を浮かせた。
…それに、カーテンから少しだけ光が漏れてるから……明け方……なのかな?
ラグナ〈……ライト、気がついたか?〉
と、わたしが目を覚ました事に気がついたのか後ろの方からハッキリと聞こえてきた。
ライト〈……うん……。ラグナも今起きたところ?〉
ラグナ〈いや、俺はもう30分ぐらいは経ってるな〉
ライト〈なら……何してたの?〉
…それなら、何をしてたんだろうね?外の明るさからするとまだ朝の4時半ぐらい……。この時間はまだポケモンでも暗すぎて鮮明には見えない……。
後ろから聞いてきたラグナにわたしは背中の布団を降ろしながら振り返った。そしてそのまま彼に疑問と共に聞き返した。
ラグナ〈休暇の間に習った文字の練習だ。悪タイプは暗闇でもものが良く見えるのは知ってるだろ?〉
ライト〈うん〉
…そういえば、休暇の間に知り合った悪タイプのひとが言ってたっけ?
彼の言葉にわたしは首を縦に振った。
ラグナ〈偶々目が覚めたから、ライトの様子を見るついでにな〉
ライト〈そっか……。…なら、ティルとテトラとラフは?〉
…ならラグナ以外の3匹はどこなんだろう…?いるはずなのに姿が見えないし…。
完全に目が覚めているであろうラグナに、わたしは再び質問した。
ラグナ〈3匹なら隣のベッドだ〉
ライト〈隣……?〉
彼に言われるまま、わたしは自分が眠っていた隣のベッドに疑問と共に目を向けた。するとそこにはスースーと寝息をたてるレイちゃんと、その彼女に寄り添うように眠るテトラ……。それから同じような色で見つけるのに時間がかかったけど、熟睡するレイちゃんの枕元で翼をたたんで目を閉じているラフ、そして二つのベッドのベッドの間でわたし側に突っ伏しているティル……。わたしが落としたせいで彼の大きな耳の大部分に白い掛布団が覆い被さっていた。
…だから起きた時ちょっとだけ布団が暖かかったのかな……?…なら、ラグナもそうだけどどうしてわたしに付っきりだったんだろう……?
ラグナ〈ライトを止めるのに加減も無しに[悪の波動]を使ってし……〉
ライト〈わたしを止める……?どういう事?〉
…えっ!?〈わたしを止める〉!?わたしが何かしたの!?それにもうシオンに帰ってるはずだよね?
彼の言葉に思わずわたしは声を荒げてしまった。大きくなってしまった声を慌てて小さくし、立て続けにラグナに質問を繰り返した。
ラグナ〈それはだな……〉
そしてその彼は〈まずはあの後の事からだな〉と言い、わたしが知らない昨日の事を語り始めた。
………
前日 夜 セキチクシティジム Sideラグナ
ラフ〈…あっ!!ライトお姉ちゃんを回復してあげないといけないの忘れてた!!〉
ティル・テトラ・ラグナ〈〈〈!!〉〉〈そうだった!/私も忘れてたよ!/そういえば[悪の波動]で気絶させていたな!〉
仲間との結束を再確認した俺達は、今日加わったラフの一声で忘れてはいけない事を一瞬にして思い出した。その瞬間、俺の脳裏には[捨て身タックル]にも匹敵するような衝撃が走り抜けた。
…ライト、すまない!俺も完全に忘れていた!!
テトラ〈でもどうするの?私達ポケモンだけだとセンターで受付もしてもらえないよ?〉
ラグナ〈おまけにこの時間だ。部屋の空きはもちろん回復してもらえるかも危うい…〉
…何しろ今は日も完全に沈みきっている。季節と月の位置からして午後8時といったところだろう…。悪タイプの俺はどうって事ないがテトラの[フラッシュ]が無ければ完全の暗闇だ。
ラフ〈それに真っ暗で何も見えないよ!〉
…飛行タイプのラフにとっては完全の闇だな。
ティル〈なら俺がレイさんに頼んでみるよ〉
テトラ〈そっか!ティルって“テレパシー”使えるもんね〉
…そうだな。俺が筆談で伝えるよりは確実だな。
ラグナ〈ならティル、任せたぞ〉
ティル〈もちろん!〉
ティルは〈任せて!〉と言うかのように大きく頷き、言葉を念じるために意識を集中させ始めた。
レイ「…という訳…っん!?何!?」
アンズ「レイちゃん、どうかした?」
俺達と少し離れた場所で何かを話していた2人のうち、シオンのジムリーダーの方が驚きで頓狂な声をあげていた。その彼女の突然の言動にもう1人のジムリーダーは闇夜の疑問に囚われる……。
レイ「ライトちゃんを…?」
アンズ「ライトさんが……」
レイ「うん。ティル君、わかったよ」
アンズ「……?」
…この様子からして、話しかけているのはレイだけのようだな。
話し相手の意味不明な行動に、もう1人は遂に輪廻に囚われてしまった。
レイ「気付いたらもう最終便も出ちゃったし、そうするよ。アンズさん、センターってまだ空いてますか?」
アンズ「……はぁ……。空いてるけど…」
レイ「なら案内してください!ティル君はライトちゃんをお願い!」
ティル〈…よしっと。テトラ、ラグナ、ラフ、お待たせ〉
頭の中でティルの声を聴き取ったレイは一度自身の腕時計に視線を落とす…。それで時間を確認すると目線を正面に戻し、複雑な表情をしている話し相手に伺った。その彼女は半ば空返事で頷いた。その反応を見たレイは真っ先に声を張り上げ、そのままティルに指示を出した。
終始集中していたティルは身振り手振りで伝え、終えるとすぐに気を失ったライトを担いだ。
そして俺達は最終のバスを逃したジムリーダーと[マフォクシー]に続いて町の総合施設を目指した。
…………
現在 Sideライト
ラグナ〈……そして、俺とティル、テトラが交代でライトに付き添っていたという訳だ〉
…そっか…。わたしって我を忘れてガンマに攻撃しようとしちゃったんだね……?それにわたしのせいでレイちゃんがバスに乗り遅れた……。…悪いことしちゃったな……。
淡々と話すラグナの話しをわたしは黙って聞き入った。話しているうちにかなりの時間が経っていたのか、カーテンの隙間から指す光が強くなっている…。微かだけど、宿泊施設に通じる廊下からは2〜3人分の足音が響き始めていた。
…それに、8時を過ぎてたから回復してもらうのは無理だったけど、部屋だけはギリギリ間に合ったみたい…。部屋に入ってからはティルに協力してもらってわたしの手当て……。わたしがいつも非常用に持ち歩いてる{凄い傷薬}と{元気の欠片}で1分もしないうちに終わったみたいだけど……。わたしは何とかなったけど、ジム戦で疲れてるティルとラフ……、それからわたしを止めるためにエネルギーの半分以上を使い果たしたラグナを回復するには装備が足りなかった…。レイちゃんはもちろんわたしのジム戦が終わったらすぐ帰るつもりだったから、当然持っていない……。
…ティル、ラグナ、ラフ、わたしのせいで回復できなくでごめんね……。
彼は気にしていないみたいだけど、わたしはその事を申し訳なく思いながらラグナの言葉に頷いた。
……なら、受付が始まったらすぐにでも回復してあげないといけないね……。