79 L 紫雲の競演
午後 セキチクシティジム Sideライト
レイ「アンズさん、お待たせしました」
ラフが正式にわたし達の仲間になってから数分後、残りのメンバーもボールに戻ってもらった。それからシオンのジムリーダーであるレイちゃんの後をついていったわたしは彼女に導かれるままにある建物に立ち入った。その彼女は建物の自動扉を潜るや否や大声でその人の名前を呼んだ。
…レイちゃんが言うアンズっていう人がそうなのかな…?でも用事って言ってたけど、ここ、ジムだよ?ジム巡りをしてるわたしなら分かるけど、どうしてレイちゃんもここに来たんだろう……。
A「…レイちゃん、来たわね」
と、奥から「待ってたわ」と言いながら1人の女の人が姿を現した。
…見た感じ、レイちゃんより年上かな…?
その人は……コスプレ……なのかな…?一言で言うと忍者っぽい衣装に身をつつんでいた。彼女の衣装に相応しく動きに無駄が無く、足音も殆どない…。
…案外“忍”っていうのも間違いじゃなかもしれないね。だってそうじゃなかったら普通の人がここまで静かに移動できるはずがない。それにわたしはポケモンだから空気の流れとか気配でもっと早く気付くはずだからね。…もしかすると毎日特訓してるのかもしれないね!
わたしは音もなく登場した彼女の事をこんな風に推測していた。
レイ「うちのおじいちゃん、キョウさんの代わりに正式に就いてくれるみたいです」
アンズ「そう、なら良かったわ。…で、それがその書類ね?」
レイ「はい」
…あっ、いつの間に出してたの?
わたしがこの人の事を考えてる間に鞄から出していたらしく、レイちゃんは手に持っていた書類をクリアファイルごとその人に手渡した。受け取った彼女も1枚、2枚……と順番にそれを数え、「全部揃ってるわね」と呟いてからファイルにそれをしまった。
アンズ「……で、レイちゃん。その子は?」
ライト「えっ?わたし!?」
…!!びっくりした……。
急に話を振られ、油断していたわたしは頓狂な声をあげていまい、彼女の問いにちゃんと反応できなかった。
レイ「私の友達でトレーナーのライトちゃん。あとアンズさんの所だけだから、彼女の挑戦を請けてもらってもいいですか?」
アンズ「構わないわ。…でも生憎今フィールドが改修中なのよ…。だから外でもいいかしら?」
ライト「あっ、はい…」
アンズ「なら始めましょう!ルールは2対2のダブルバトルで交代はなし。いいわね?」
ライト「はい!大丈夫です!」
…ダブルバトルなら、さっき加わったばかりのラフに戦ってもらっても大丈夫かな。まだどの位の実力なのか分からないけど、相性的にも有利なティルと組めば問題ないね!
わたしはジムリーダーの彼女の提案に大きく頷いた。そして、この地方最後のジムを攻略すべく午後の屋外へと戻っていった。
……ここをクリアすれば残すはリーグのみ……。一か月も特訓したんだから、絶対に負けませんよ!
――――
Sideティル
アンズ「[アーボック]、[マタドガス]、出番です!」
ライト「ティル、ラフ、お願い!」
アーボック・ティル〈時間的にもこの挑戦者が最後だな〉〈もちろん!ラフ、俺が援護するから思う存分戦って!〉
マタドガス・ラフ〈そうなるよね〉〈うん!ティルお兄ちゃん、わたし、がんばるよ!〉
…毒タイプが相手ならラフを守りながらでも大丈夫だな!うん、わかったよ!
俺達はライトとジムリーダーの宣言とほぼ同時に飛び出した。相手の2匹は互いを確かめるように頷き合い、気合を入れた。それに対してラフは元気一杯に飛び出し、俺はライトに準備が出来ていることを伝えるために横目でチラッと見た。
…ラフはきっと実践は初めて。…だからライトはラフの実力を測るついでに俺と組ませたのかもしれないな。
ライト《ティル、今回はラフに立ち回り方とかを教えながら戦ってくれる?》
視線を対峙する相手に向けたタイミングで、俺の頭の中にパートナーの声が響き渡った。
ティル《ライト、最初からそのつもりだよ!〈》…さぁラフ、行くよ!〉
ラフ〈うん!〉
そして俺達はほぼ同時に動き出し、リーグへの最後の関門の開錠作業にとりかかった。
…さぁ、いくよ!!
ラフ〈[電光石火]!!〉
まずラフが真っ先に飛びたち、相手のアーボックとの距離を正面から詰めはじめた。
…スピードはそこそこあるけど、コースがイマイチかな……。
俺は彼女の行動をこう評価しながら走り始めた。
ラフの接近に気付いた敵も行動を開始し……
アーボック〈いつも通り頼んだぞ!〉
マタドガス〈[スモッグ]!〉
ラフに狙われていない方がもう片方の前に出て真っ黒の煙を辺りにまき散らし始めた。
…これはきっと俺達の目が眩んでいる隙に攻撃する作戦だね……。なら、こっちだって……。
ラフ〈えっ!?〉
ティル《そのまま高度を上げて!!》
ラフ〈!? うん!〉
ティル〈[未来予知]……〉
俺はすぐに状況を判断して声ではなくて言葉で指示を出した。俺の密かな指示受け取ったラフは最初は驚いていたけどすぐに気持ちを切り替えた。そしてその事を実行するために両方の翼に思いっきり力を込めた。その間に俺は目を閉じて精神を研ぎ澄ませ、近い未来の攻撃を予言した。
……思い通りにはさせ……
アーボック〈もらった!![締め付ける]!!〉
ティル〈!しまった!!〉
…!!いつの間に!?[スモッグ]をされる前はまだ7m位は距離があったはずなのに、早すぎる!!
俺は相手の速度を見誤り、長い躰でキツく締め付けられてしまった。そのせいで俺の集中は途切れ、技は失敗してしまった。
ラフ〈お兄ちゃん!!…〉
ティル〈俺の事はいいから今のうちに攻撃して!![サイコキネシス]!!〉
アーボック〈どうだ?俺の接近に気付かなかっただろぅ?〉
マタドガス〈[ヘドロ爆弾]!!〉
捉えられた俺を狙い、もう一匹が口から毒々しい物体を吐き出した。俺のピンチを悟ったラフは急に進路を変え、俺を解放させるべく技をイメージする……。そんな彼女の声を俺は大声で遮り、いまだに漂っている黒い幕を超能力でかき集めた。
ラフ〈チャームボイス]!〉
マタドガス・ティル〈甘い!!〉〈そうはさせない!!〉
アーボック〈!?〉
…でも、そう簡単には倒させはしないよ!!
俺は迫る汚染物質に対処すべく、まずは拘束した黒煙をアーボックの顔面の辺りに移動させた。そのせいで力が緩んだすきに体を思いっきり左に捻り、巻き付く相手もろとも回避した。
急降下しているラフはイメージを元に大声を上げ、妖艶な音波をもう一体に飛ばす……。しかしそれは簡単にかわされ、逆に狙われる結果となった。
…狙いは良かったけど、使う技を間違えたかな……。
相手の力が緩んだ隙に俺は両腕の自由を取り戻し、それと同時に懐のステッキを取り出した。
ティル《そのまま翼を叩きつけて!!》
ラフ・アーボック〈つばさを!?うん、やってみるよ!〉〈何っ!?解かれた?[毒々の牙]!〉
マタドガス〈[ダブルアタック]!〉
俺に巻き付いているアーボックは俺を毒状態にすべく牙をむき出しにし、噛みかかってきた。俺は手に持っているステッキをもう一匹の方に投げた。“テレパシー”で俺の指示を聞いたラフは多分頷き、でも訳が分からないまま翼に力を蓄え始めた。
ティル〈噛みつかせはしないよ![サイコキネシス]!〉
アーボック・ラフ・マタドガス〈!?くっ!〉〈[翼で打つ]!っ!〉〈もう一発!!〉
俺は噛みかかってきた相手の首を両手で掴み、“背負い投げ”の要領で相手を地面に叩き付けた。当然互いを拘束し合っている相手は対処する事が出来ず、弧を描いて解かれていった。それと同時にさっき投げたステッキにまで超能力の範囲を広げ、それを操る…。
一方のラフは溜めていた力を解き放ち、利き翼の右側に淡い光を纏わせた。そしてそれで迫り来る敵を撃ちつけ、最初の一発を防いだ。
ラフ・マタドガス〈!?〉〈!?かわされた!?くっ!?〉
ティル〈誰が1匹しか相手出来ないって言った?[マジカルフレイム]!〉
…ラフばかりに気を取られてると痛い目に遭うよ?
俺は勢いをつけてからステッキを解放し、それを2発目をラフに当てようとしたマタドガスに命中させた。それと同時に掴んでいたアーボックをもう一匹の放り投げ、直後に念を混ぜた火炎を放出した。
技がぶつかり合って若干圧されていらラフは俺の援護射撃に驚いていたけど何とか持ち直し、接近していた相手から離れた。
…さぁ、ここから本気でいくよ!!
アーボック・ティル〈マタドガス、避けてくれ!!〉《アーボックに[翼で打つ]をして!!》
マタドガス・ラフ〈くっ!…わかった…!〉〈もう一回だね![翼で打つ]!〉
ティル〈[サイコキネシス]!!〉
…こうすれば、ラフの攻撃がかわされてもアーボックにはダメージを与えられるね!そもそもそれが狙いだし!
俺に投げ飛ばされてどうにもできないアーボックは相棒に声を張り上げて危険を知らせた。その彼は俺の不意打ちで体勢を崩しながらも何とか立ち直り、相棒がせまる5m位前でそれをかわした。
それと同時にラフはさっきと同じ技を準備し、迫る敵に迎え撃つ。この事を予測していた俺は炎の軌道を変え、かわしたマタドガスを追撃する……。
…もしあのタイミングでマタドガスがかわさなくてもラフと炎で挟み撃ちに出来る……。もし今回みたいにかわされても、マタドガスが邪魔で見えないラフがアーボックに技を命中させられる可能性は高い。そしてかわしたマタドガスの方も俺が[サイコキネシス]で操れば逃がす事は無い……。
…計算通りだよ!
マタドガス・アーボック〈嘘だろ!?〉〈!?後ろに……ぐっ…!〉
俺の作戦が功を制し、炎と翼が2匹の的を正確に捉えた。そのうち後者はラフによって叩き落とされ、地面へと急激に落下し始める……。
ここで俺は落ちてきた自分のステッキをキャッチした。
ティル〈トドメの[火炎放射]!!〉
そして俺は落下する相手の真下に移動し、口から高温の炎を一気に放った。
……よし。これで1匹は倒せたかな?
アーボック〈!?かわせ………っ!!!〉
マタドガス・ラフ〈アーボック!!〉〈よそ見してたらやられるよ?[電光石火]!〉
…この感じだと、マタドガスの方ももうすぐで倒せるね。
俺が放った火炎が落下するアーボックに命中し、地面に叩き付けられるのと同時に意識を手放した。
もう1匹の斜め上を取っているラフは気が反れてる相手に急速に感覚を詰めはじめた。
…きっとラフは相手を叩き落すつもりだね。…なら……。
俺は左手でキャッチしたステッキを右に持ち替え、左側に構えた。
マタドガス〈しまっ……くっ!〉
ラフ〈ここまで来たらもう“滅び”るのも時間の問題だよー🎵〉
…!!ラフ!?それって、[滅びの歌]!?
杖を剣の様に携えた俺は両脚に力を込めて跳び上がる。それと同時にラフは天に祈りながら禁断の歌詞を謳いあげた。
そんな彼女の大技に驚いたけど何とか気持ちを切り替え、構えた刀を斜め右上に切り上げた。
ティル・マタドガス〈ラフ、最後は任せたよ!〉〈っぐ………!〉
ラフ〈うん!![電光石火]!!〉
振り上げたそれは空気との摩擦で炎が上がり、空中に一本の赤い曲線を描いた。それはある一点で進行を止め、代わりに紫色の点が移動し始めた。そしてそのすぐ後ろを水色と白の影が目にも留まらぬ速さで追いかけ、紫の先にまわり込んだ。
マタドガス〈………っ……!………やられた……〉
俺達の連携が見事に決まり、相手は浮遊する制御を失った。
……よし、これで8か所目のジムも制覇だね!あとはリーグを残すだけ……。ここからも頑張らないと……!