75 L 綿花の歌
午後 シオンタウン Sideライト
A「お預かりしたポケモンは元気になりました」
ライト「ありがとうございます」
A「レイさんも、また利用してください」
レイ「はい。私の方こそ、挑戦者の回復もお願いしますね」
わたしはセンターの受付の人から3つのボールを受け取った。そしてその彼女に会釈し、3つのボールを鞄の一番外側にしまった。
ジムリーダーでわたしの友達のレイちゃんも自身のボールを受け取った。
メンバー入るボールを受け取ったわたし達はその人に一礼し、回れ右をしてセンターを後にした。
…ジムリーダーで寄る回数が多いと名前で呼んでもらえるんだね?
…それもそっか。だってジムリーダーって毎日何回もバトルする事になるし、対戦相手の事もほったらかしにする訳にはいかないもんね。
レイ「…じゃあライトちゃん、お願いね!」
ライト「うん!任せて!」
センターから出ると、レイちゃんは「待ってました」と言わんばかりに揚々と話しかけてきた。その彼女にわたしもとびっきりの笑顔で答えた。
…実はレイちゃんもセキチクシティに行く用事があるみたいで、一緒に行くことになったんだよ。何かリーグの事でセキチクのジムリーダーに伝えないといけない事があるみたい……。
あと、レイちゃんのおじいちゃんが代理だけど四天王っていうのは話してたから知ってるよね?………えっ!?知らない?ラグナが戦い終わってから話してたんだけど聞いてなかった?……そっか。その時テトラ目線で話が進んでたから聞いてなかったんだね?なら、そこから話さないといけないね。
まずはじめに、レイちゃんのおじいちゃんは2年ぐらいまで炎タイプ使いのジムリーダーだったみたいなんだよ。その人が引退したあとで四天王の方も1人辞めちゃったらしい。…確か一か月前って言ってたかな?それで、1人いなくて挑戦を受付られないから、正式に決まるまでの代理で名前があがったんだって。別の四天王の1人も元々カントーのジムリーダーだったみたいだから、その関係でかな?
話を元に戻すと、リーグの事で用事があるレイちゃんが「ジムに挑戦するならそこまで一緒に行こうよ!」って提案して、こうなったんだよ。一応シオンタウンからセキチクシティまでバスがあるんだけど本数が少ないらしい。だからレイちゃん、「ライトちゃん、ドラゴンタイプって言ってたよね?なら乗せてってくれる?」って頼んできたんだよ。回復してもらいに行く前にティル達に聞いて〈いいよ〉って言ってくれたからそうすることにしたの。
…こんな感じかな?
わたしは彼女の言葉に頷くとその方に向き合い、目を閉じて意識を集中させた。するとわたしはすぐに激しい光に包まれる。そしてそれと共にかたちを変え、治まると本来の[ラティアス]としてのわたしが姿を現した。
レイ「…やっぱり人がポケモンに変わるのを見ると不思議な気分だよ」
ライト《滅多に見れるものじゃないから仕方ないよ》
…だって人間から姿変えられるのってわたし達[ラティアス]と[ラティオス]……、それからユウキ君みたいに伝説に関わってる、その中でも一部の人間しかいないもんね!
ポケモンに姿を戻して声では伝えられなくなったわたしは言葉を念じた。すると彼女の頭の中にまるでエコーがかかったようにわたしの声が響き渡った。
ライト《さぁ、レイちゃん、乗って!》
レイ「…でもどうやって乗ればいいの?」
…そういえばレイちゃん、ポケモンに乗った事ないって言ってたっけ?…それもそうだよね?だってレイちゃんはゴーストタイプ使い…。透けちゃうから乗るどころか触る事も出来ないもんね。
姿を元に戻して浮遊するわたしにレイちゃんは首を傾げながら訊ねた。
ライト《翼の下ぐらいで跨って首を抱えて!》
そう言いながらわたしは脚にあたる部分を地について、レイちゃんが乗りやすい様に体勢を低くした。
レイ「でもライトちゃん、苦しくないの?」
ライト《平気だよ。ポケモンって人間が思ってる以上に丈夫だから》
だからそれぐらいではちっとも苦しくないんだよ。…ポケモンの技なら話は別だけど……。
わたしは《だから心配しないで》って後ろを見ながら言ってから彼女を促した。
レイ「そうなんだ……。うん、これでいい?」
ライト《うん、いいよ。…じゃあいくよ!》
…レイちゃん、それでいいよ!
彼女はわたしの言う通りに首を抱え込み、前のめりの体勢になった。そして彼女の事を確認すると体を浮かせ、雲がかかり始めた空に飛びたった。
……そういえばわたし、人間を乗せて飛ぶの初めてだっけ?ホウエンでユウキ君を乗せた事あるけど、その時は[ピカチュウ]の姿だったし……。
レイ「空を飛ぶってこんな感じなんだね!風が凄く気持ちいいよ」
ライト《でしょ?》
レイちゃんは初めて実感する風の疾走に興奮してる様子……。その声はまるで白い雲を吹き飛ばしそうだとわたしは感じられた。
…話ながらこうして風を感じられるのも飛行タイプとドラゴンタイプの特権だよね!
レイ「それにライトちゃん、ライトちゃんの毛って柔らかいんだね!」
…えっ!?そこ!?
高度を30mぐらいまで上げたわたしは彼女の思いがけない言葉に思わず振り返ってしまった。
ライト《わたしのは毛じゃなくて羽根なんだよ》
レイ「そうなの?」
ライト《うん。わたし達の羽根はちょっと変わってて、光を屈折させれるんだよ。光を曲げて目を晦ませてる間に姿を変える……って感じかな?》
…ショウタ君に聞いたら、[ミュウ]も一緒みたい。
……っと、こんな感じで雑談に華を咲かせながらわたし達は目的の町を目指して午後の街道を疾走した。
――――
数十分後 街道(シオン⇔セキチク) Sideライト
レイ「…へぇー。技ってイメージしないと出来ないんだ」
ポケモンの中での常識を話すわたしに、ごく普通の人間のレイちゃんは聞き入ってくれた。
ライト《実はそうなんだよ。それに技もずっと出せる訳じゃなくって、出し続けるとさすがにわたし達でもバテちゃうんだよ》
…だってそうでしょ?例えるなら、何時間も連続で走り続けたら息が上がってスピードも落ちていく……。長い時間力を使い続ける事になるから、それと一緒なんだよ。
レイ「そうなの?」
ライト《うん》
レイ「知らなかったよ!」
直接見れないから分からないけど、きっと彼女は目を輝かせながらわたしの言葉に答えてくれた。
レイ「……あれ?あのポケモンはもしかして……」
……ん?レイちゃん、どうかした?
わたしの背中に乗ってるレイちゃんは徐にこう声をあげた。
レイ「……そっか。もうそんな時期かー」
ライト《レイちゃん、どうしたの?》
その彼女に、わたしは疑問と共に聞き返した。
…確かに、海岸の方に青と白の種族が見えるけど……。でもあの種族、どこかで見たような……。
レイ「毎年この時期になると[チルタリス]の群れがこの辺に渡ってくるんだよ」
……あっ、言われてみればそうだよ!青い体に白い綿みたいな翼……。今思い出したよ!
彼女の言葉でわたしの脳裏に電流が走り、閃きにも似た衝撃がわたしを満たした。
…[チルタリス]の群れは色んな地方にいるから分からないけど、もしかしたらあの子のいる群れかもしれないね!…もしそうだったら、久しぶりに会いたいな!
ライト《そうなんだー。あの群れっていつもどこから来るの?》
レイ「ええっと多分あの方向は………、ホウエン地方じゃないかな?」
ライト《ホウエン地方!?》
…えっ!?そうなの?って事は、もしかすると……。
わたしはレイちゃんの言葉に思わず声を荒げてしまった。
レイ「うん。…そういえばライトちゃんもホウエンの………」
ライト《レイちゃん、ちょっと寄り道してもいい?》
レイ「えっ、うん」
…ホウエンって事は、もしかするとそうかもしれないね!
彼女の言葉で、わたしの仮説は確信へと変貌を遂げた。
そしてわたしは彼女の返事を聴くとすぐに進路を変え、はるばる海を越えてきたと思われる[チルタリス]達を目指して高度を落とし始めた。
レイ「…ライトちゃん、急にどうしたの?」
ライト《もしかしたらわたしの友達がいる群れかもしれないんだよ!》
レイ「友達……?」
ライト《うん!》
それから、わたしは大きく頷いた。
ライト〈ええっと、ちょっといいですか?〉
…ホウエンの群れって言ってたけど、念のためね。
わたしは岩場で翼を休める群れのうちの1匹の[チルタリス]に話しかけた。
チルタリスA〈…?人間といるという事は、トレーナー就きだな?〉
チルタリスB〈トレーナーを乗せてるあなた一匹で私達に挑むなんていい度胸してるじゃない〉
レイ「鳴き声も同じ声なんだ…」
でも、レイちゃんの存在を確認した話し相手はそう悟り、身構えた。
ライト〈一緒にいるけど…、わたしはトレーナー就きじゃないです。この群れに“ラフ”っていう名前の……〉
チルタリスB〈そんなの、信じられる訳ないじゃない![チャーム…]…〉
…やっぱり、こうなるよね?
話していた相手のうち♀の[チルタリス]は浮遊するわたしを叩き落すべく喉に力を溜め始めた。
…わたしはいいんだけど、レイちゃ……
C〈[電光石火]…!待って!このひとの言う事はほんとうだよ!〉
一同〈〈〈!?〉〉〉
んが……!?
技を発動させようとしている[チルタリス]の前に、その彼女よりも小さい陰が立ちはだかった。
C〈だってこのひとの種族は[ラティアス]……。それにきょねんお世話になったポケモンのうちの1匹なんだもん!そうだよね?ライトお姉ちゃん!〉
その小さい陰……、[チルタリス]の進化前である[チルット]が彼女に必死で訴えかけた。声を荒げる彼女はそれだけを言うと、[ラティアス]がわたしである事を確かめるように振り返った。
…この声、絶対にそうだよ!!
ライト〈ラフちゃん!久しぶり!元気だった?〉
ラフ〈うん!〉
スーナにも負けないくらいの明るさの彼女……、去年ユウキ君達とちょっとだけ一緒に旅したラフちゃんはとびっきりの笑顔で頷いた。
…本当に久しぶりだね!
…忘れてる人のために説明すると、ラフちゃんとはユウキ君達と旅してる時に出逢ったんだよ。その時は雨ふりで更に群れからはぐれてたみたいから、送り届ける間だけの短い時間だったけど……。詳しくは2作目の“kizuna”を読んでくれるかな?
…ラフちゃんの説明はこのくらいにして、話に戻るよ?
一度分かれた小さな旅仲間との再会に、わたしの声は自然と高くなった。
ラフ〈オルトお兄ちゃん達と一緒じゃないみたいだけど、ライトお姉ちゃんっていまなにしてるの?〉
ライト〈わたし?今はボールの中なんだけど、仲間と一緒に旅してるんだよ〉
ラフ〈ボール…?旅……?……ってことは、にんげんのすがたではトレーナーになったの?〉
ライト〈うん〉
普段のわたしの姿を知っているラフちゃんはわたしが並べた単語で推測しながら訊ねた。
…ラフちゃん、あってるよ。
ラフ〈そうなんだね?ならライトお姉ちゃん、その仲間って何匹いるの?〉
ライト〈3匹だよ〉
ラフ〈じゃあわたしもつれてってくれる?まだ6匹じゃないからいいでしょ?〉
ライト〈……はい?!〉
…ラフちゃん、今、何て言った!?
彼女がもらした言葉に、わたしは咄嗟には反応出来なかった。それは[チルタリス]達も同じだったみたいで、近くにいた何匹かが騒然とし始めた。
ラフ〈ライトお姉ちゃんたちといっしょにまた旅がしたいの!それにオルトお兄ちゃんたちにも会いたいし!〉
チルタリスA〈ラフ、考え直せ!方向音痴のお前に……〉
ラフ〈わたしはほんきだよ!!お父さんから受けついだ[滅びの歌]歌ってもいいの?〉
…ラフちゃん、そんな大技使えたの……?…でもラフちゃん、その気持ち、ちゃんと伝わったよ![滅びの歌]は相手だけじゃなくて自分も一定時間後に戦闘不能にする技……。その前にボールに戻ったら話は別だけど、野生のポケモンがそれから逃れる事はほぼ不可能……。もちろん野生のラフちゃんも例外じゃないからね。
群れの前に立つラフちゃんは必死の形相で彼らを見つめ、決意を伝えるべく小さい嘴で空気を大きく吸い込んだ。
チルタリスA〈…!!わかった、分かったから!頼むからそれだけは勘弁してくれ!〉
…ちょっと脅しっぽくなっちゃってるけど、された側はそうするしかないよね……?
彼女の行動に♂の[チルタリス]は慌てて声を荒げ、半ば焦りながら主張を翻した。
ラフ〈いいの?〉
チルタリスA〈……好きにしなさい〉
ラフ〈やった!〉
彼女の問いかけに、ため息交じりで彼は承諾した。これまでの行動からして群れのリーダーの彼の返事を聴いたラフちゃんはとびっきりの笑顔で声を高らかにあげた。
その彼女の心情を表すかのように、太陽の光を反射する水面がより一層輝きを増す………。…わたしはそんな風に感じられた。
ラフ〈っというわけで、ライトお姉ちゃん、これからよろしくね!〉
ライト〈うん、よろしくね〉
その彼女に、わたしも揚々と答えた。
……ラフちゃん、よろしくね!!