74 S 贈呈
午後 ヤマブキシティ Sideシルク
ユウキ「リーフ、お疲れ様」
ユウカ「ツバキもありがとね」
星持ちトレーナーによる昼間の激戦は2勝2分けで考古学者の勝利で幕を閉じた。勝敗が決した瞬間、道行く見物人からは歓声が上がり、休日の大都市を更に賑やかなものにしていた。
…それにしてもユウカ達、暫く見ないうちに実力が跳ね上がってるわね。結果は私達の勝利で終わったけど大したものだわ!
ユウカ「…やっぱりユウキさん、強いですよ。ホウエンリーグ制覇してからずっと勝ち続けてたから自信はあったけど、全然歯が立ちませんよ」
そう言いながら彼女は戦ってくれたパートナーをボールに戻し、清々しい表情でユウキに視線を移した。この時にはすでに観客たちは散り散りになり、辺りはいつの間にか普段の日常に戻っていた。
シルク《いいえ、そんな事ないわ》
その彼女を言葉を私は真っ直ぐ見上げ、首を横に振った。
シルク《私達もこの何か月間は全く負けてなかった。それなのにスーナとリーフ相手に引き分けまで追い込んだ……。客観的にみても1つ星トレーナーが3つ星のメンバーを倒した事になるから、十分すぎるぐらいだわ!それにみんなの動きを見る限り、2回目のリーグも戦略次第で簡単に制覇できると私は思うわ》
…だってツバキ達4匹全員に言えてるのが、技の発動や行動にムダな動きが一切無かった。それに4匹ともユウカの指示が無くてもあれだけのパフォーマンスを魅せてくれた。…バトル中に沢山いた観客の盛り上がりがその証拠ね!
ユウカ「そうかな…?私は今、絵の方に集中してるからトレーナー業は休みって事になってるんですけど……」
ユウキ「それは僕も同じだよ。入院してたっていうのもあるけど、その前はみんな伝説の調査に専念してた……。本気でバトルしたのはフライにコルド……、全員半年前にカエデと戦って以来だから」
…言われてみれば、そうだったわね。…確かに調査中も何回か戦ったけど、どれも全力は出してない……。“襲撃事件”の時は別だけど、リーグを制覇しているぐらいの実力者と会えることは中々ないわ。
ユウカ「そうだったんですか…」
ユウキ「そうだよ。……あっ、そうだ。ユウカ、これを受け取ってくれるかな?」
彼女に向けてこの数か月間のバトルに関する状況を語り終えた彼は、徐に鞄の中を探りながらこう呼びかけた。呼び止められた彼女は時間を確認しようと上げ始めていた左腕を中途半端な位置で止め、「えっ?」と頓狂な声を上げならその彼の方に振りかえった。
…もしかしてユウキ、
あれを渡すつもりなのね?
私はこんなことを考えながら、「あったあった」と言葉を漏らす彼の方に視線を移した。私と同じで戦わなかったオルトも同じことを思ったらしく、目的の物を取り出した彼に〈ああ、あれか〉と呟きながら同じように自身の荷物を漁り始めた。
…ユウキは何を渡すつもりなのか分かったけど、オルトは何を探してるのかしら……?
ユウキ「今のユウかなら上手く使いこなせるはず……。だから、良かったら使って」
そう言いながら、ユウキは手に取った1つの箱を彼女に手渡した。
…やっぱり、
あれだったわね。
ユウカ「……ブレスレット……?…ユウキさん、何でこれを私に……?」
彼から受け取った小さな箱を彼女はゆっくりと開いた。私の位置からは見えないけど、恐らくその中には太さが3cmぐらいで青いブレスレットが堂々と鎮座していた。
…分かる人には、この時点でこれが何か分かったかもしれないわね。
箱の中におさめられた、何の変哲もないアクセサリーを見た彼女は、不思議そうに首を傾げながら目の前の考古学者に真意を訊ねた。
ユウキ「ツバキ達の実力ならこれが使えるからね。…ユウカ、このブレスレットの何中を良く見てみて」
ユウカ「真ん中……ですか?」
ユウキ「白い石が埋め込まれてるでしょ?」
ユウカ「ええっと……本当だ…。…でも、何なんですか?」
ユウキ「ホウエン出身なら聞いた事があるかもしれないね。“キーストーン”って知ってるかな?」
…カロスでは別の名前で呼ばれてるらしいけど、ホウエンではこれだからもしかするとテレビとかで知ってるかもしれないわね。
…私達は調査してないけど、これはホウエンに古くから住む二つの部族の伝承に大きくかかわってるから……。
ユウカ「確か……“りゅう…”…何とかと“ルネ…”…何とかの…ですよね?」
シルク《それもそうだけど、これは私達……ポケモンが{メガ進化}するために必要な道具のうちの1つなのよ》
ユウカ「めっ……、{メガ進化}のですか!?」
シルク《ええ、そうよ》
ユウカ「ユウキさん!そんなに大切な物を貰っちゃってもいいんですか!?」
私達の言葉を溢れる疑問と共に聞いていた彼女の声調は、{メガ進化}という言葉を聞いた途端にこれまでとは全く異なるものを含んでいた。彼女の上げた驚きは空高く響き渡り、そのせいか近くにいた野生の[オニスズメ]達が一斉に飛び立った。
…驚くのも無理ないわよね?“キーストーン”は市販で売られることはまずあり得ない……。見た目はどこにでもある普通の白い石だけど、専門家でも見分けるのが困難である…。おまけに採掘できる地域が凄く限られてるから滅多にお目にかかれない代物なのよ!
ユウキ「うん。僕が持ってても“彗星の欠片の持ち腐れ”だからね……」
シルク《私達の中には{メガ進化}できる種族は誰もいないのよ》
…まさに、“彗星の欠片の持ち腐れ”ね。例え私達が貴重な“キーストーン”を持っていても出来る種族がいなければ道端に落ちている石ころと同等の価値までさがってしまう……。でもそれを有効活用できる人に渡せば、本来の価値以上のものを得る事が出来る…。渡した側も使うにも使えない貴重品の管理に緊張しなくても良くなるから、精神的な負担も緩和わせる……。…だから、ユウキの決断は間違いでないと私は思うわ!
“驚き”と“疑問”が入り乱れている彼女に私の兄は落ち着いた様子で答え、その彼に私は取り乱す彼女を真っ直ぐ見据えながら補足した。
シルク《…私達は出来ないけど、ユウカのメンバーならそれが出来るのよ》
ユウキ「ユウカのメンバーの中で{メガ進化}出来るのは[ジュカイン]のツバキ、[ボスゴドラ]のクロム、[ボーマンダ]のフィルトの3匹……。{ボーマンダナイト}はもう持ち主がいるみたいだからその人次第だけど、あとのふたりは可能だよ」
…そうね。{ボーマンダナイト}はカントーのジム巡りをしてた時に戦った、[ゴニョニョ]を連れたトレーナーが持ってたから、それ以外になるわね…。
…あのドラゴンタイプ使いの彼女も、かなり強かったわね……。
ユウキは1つ、また1つと指をたてながら彼女に説明していった。
ユウカ「…そうなんですね…。知らなかったですよ。…でもユウキさん、その{ボーマンダナイト}っていうのは何ですか?[ボーマンダ]に使う道具だとは思うんですけど……」
ユウカはさらに増えた未知なる単語のせいで、ついには疑問の輪廻に囚われてしまった。そのせいか、対戦中は晴れ渡っていた空にはいつの間にか白い雲が風によって運ばれてきていた。
シルク《{ボーマンダナイト}は[ボーマンダ]が{メガ進化}するために持たないといけない石なのよ。どの種族にも専用の石が必要で使いまわしができないわ……》
……{メガ進化}は限界を超えて強くなれるからぜひとも使ってみたいけど、そういう事だから玉に瑕ね……。
……私にとっては、それを使うポケモンには注意を払わないといけないけど……。
ユウキ「例えば、[ボーマンダ]には{ボーマンダナイト}、[ジュカイン]には{ジュカインナイト}っていう感じでね」
ユウカ「そうなんですか…。でも、それぞれで違うのが必要なのにどうやって見分けるんですか?」
……この様子だと、ユウカが輪廻から脱出するのにしばらく時間がかかりそうね……。
彼女の心情を表すかのように、青い空はあっという間に厚い雲に覆われていた。
オルト〈分かり辛いが、それぞれの色が少しづつ違う……。これは{ジュカインナイト}でも{ボスゴドラナイト}でもないが、こういう感じでな〉
シルク〈!?オルト、いつの間に拾ったのよ!?〉
…!?オルト、持ってたの!?
筆談しか伝達方法がなくて半ば空気になりかけていたオルトは、そう言いながら薄桃色で丸い石を取り出した。その石は時々薄い青に色を変えながら独特な雰囲気を私達にもたらしていた。
彼が取り出したそれを見た私……だけでなくユウキも、思いがけない物の登場に声を荒げた。
オルト〈一か月前に
燈山に行った時に偶々見つけてな。最初はこれを使える種族に渡そうかと思ったが生憎出会えなくて渡せずじまいだ〉
…燈山という事は、きっと私達がエレン君達と渦巻き島に行ってた時に見つけたということね?時期的にもそのくらいだから、きっとそうね。
シルク〈…知らなかったわ…。《〉オルトが言うには、種族によって色が少しずつ違うらしいわ〉
彼は手に持っていたそれをしまいながら、こう言った。
…さすがにそこまでは知らなかったわ……。