伍拾泗 脱出
西暦7000年 導きの大河 sideウォルタ
まさか、2人が言っていた[ラツェル]という人間が同一人物とは思わなかったよ!!
っていうことは、その人もシルク達と同じで[過去]から来たことになるよね?
「そういえばシードさん、一つ気になる事があるんだけど聞いてもいいかしら?」
ぼくがさっき聞いたことを頭の中で整理していると、シルクがノートとペンを取り出しながら聞いた。
何を聞くんだろう………。
「えっ!はい。いいですけど?」
「[ラツェル]さんって、何年の出身なのかしら?」
シルクが真っ直ぐ見つめて聞いた。
「ええっと確か……自分が初めて導いた時だから………、5179年です。」
シードさんは、記憶を探りながら答えた。
5179年は確か………、
「その年って、[終焉の戦]の一年前だよね〜?」
あの戦争の一年前。……シロの話だと……。
「……はい。そうです。当時、自分はまだ希望の年代に[時渡り]できなかったんです。そして、たどり着いたのが、7200年だったんです。」
「……なるほどね。でないと、人間は存在しないわよね。って事は、[ラツェル]さんはその事を知っていて未来を変えようとしているのかしら?」
シルクは目線をノートに落としながら聞いた。
「その事ですが、その時代の[ユクシー]に頼んで、その時代に関する[記憶]を消してもらいました。………本人の希望で……。」
[記憶]を……、消す?
どこかでそんな場面の話を聞いたことがあるような…………。いつだったっけ………?
「[記憶]をね………。相当辛かったようね………。」
……………確か、ラテ君から似たような話を聞いたような………。
その時に[時空の叫び]の事を聞いたんだっけ………?
その話も[記憶]を消すような内容だったし………。
断片的だけど、<・ード>と<・・ェル>っていう名前……………。
……………!!!もしかして!!
前のほうって、シードさんの事!?凄く似てるし!
確かラテ君は元々人間だったって言ってた!!
「………………に納めればいいという事ね?」
これって、どう考えても………
「…らしいです。あと、チェリーからは口止めされているんですけど、最近の出来事から想像出来ると思いますが、[グラス]さんの種族は[ジュプトル]です。」
………[ラツェル]さんとラテ君は同一人物。
「……やっぱりね……。」
これなら、事故ではぐれて行方不明になった事の説明がつく。
「………僕が知っているのはこれで全部です。」
シャドウさん曰わく、[時空の叫び]は[過去]、[未来]に本人に関係ある出来事が見える能力らしいから、ほぼ確実に………。
「わかったわ。シードさん、ありがとう。……私達も、自分なりに調べてみるわ。」
………でも、シルクは[時空の叫び]の事を知らないし、フライはシードさんの話を知らない……。
つまり、全ての[真実]を知っているのはぼくだけ………。
「……ところでシルクさん?そろそろ帰らないといけないんじゃないんですか?」
信頼していない訳ではないけど、2人がこの事を知ったら2人に危険が及ぶ。
2人の実力は相当なものだけど、2人に頼ってばかりでは……、ぼくのためにならない。
…………いつかは、シルクとフライは元の時代に帰らないといけないから………。
「えっ!?もうそんな時間!?[時]が止まっているから気づかなかったわ。」
この事はぼくだけで………。
これはたぶん、誰にも知られてはいけない[真実]だから……。
「[セレビィ]という種族上、時間感覚に敏感なんです。」
特にラテ君には………。
………でも、何でだろう……。
何故か不吉な予感しかしない………。
「種族固有の能力ね? じゃあ、私達はそろそろ行くわね。」
何かとんでもない事が起こる気が………。
「はい。お二人もお元気で!」
「ええ。ウォルタ君、行きましょ!」
「んぇ?あっ、う、うん、そうだね〜。」
ぼくは突然呼ばれて変な声をだした。
この後、シードさんと別れ、ぼくはシルクを乗せて飛びたった。
………[ウォーグル]の姿に代えてね。
………
地底の湖 sideフライ
「くっ!!こんな時に限ってなかなか解除されない!?」
突然現れた[ジュプトル]に[縛り玉]を使われて、身体の自由が利かない!?
[時]を止める波が迫っているというのに!!
この瞬間、ボク達と波まで80m。
「ラテ、フライ、本当にヤバいよ!!」
「このままだと僕達も巻き込まれるよ!!」
2人は絶体絶命の危機を前にしてパニックに陥っている……。
「私が勘違いしてなかったら………。」
一方のアルタイルさんは完全に沈み込んでる……。
…………ここは、ボクが何とかしないと……。
迅速に、かつ冷静に…………。
………ダメだ。何にも思いつかない………。
………波まで70m………。
「…………お前等、助かりたければこれを食え。」
ボクが絶望に沈みかけたその時、波を引き起こした張本人、[ジュプトル]が駆け寄ってきた。
………何故!?
「えっ!?でも、どうして……」
「これは世界を救うためだ……。だが、お前等を巻き込んだのはすまないと思ってる………」
「でも、[時の歯車]を盗んだ奴なんかに……」
それぞれが言葉を遮って話す。
………波まで60m。
「俺も好きでしている訳ではない。………死にたくなければ、文句を言わずに食え!」
ジュプトルは自身の鞄から[癒やしの種]を取りだした。
[時の歯車]を集めているということは………。
………波まで50m。
「……助かりま……」
「えっ!?でも、フライ!?この人は悪者だよ!!」「時間がない。……急げ!」
ボクが受け取ろうとしたら、ベリーちゃんが必死で止めた。
「ベリー!今は[善悪]なんて関係ない!!それよりも[生死]のほうが大切だ!」
ボクは言葉を強めた。
彼から[癒やしの種]を受け取りながら。
……波まで40m。
「………もう無理だ……。」
彼は血相を変えて走りだした。
ボクは無理やり放り込む。
………だけど、運悪くボクはそれを持ってない。
………波まで30m。
「……手荒だけど、仕方ない。」
ボクはできる限り早く、動けない3人を尻尾で背中に乗せた。
………波まで15m。そろそろ飛ばないと!
「「「!!?」」」「しっかり掴まってください!!」
ボクは涸れそうになるぐらいの大声で叫んだ。
………波まで10m。
背中の異なる3点に、外部から力が加わったのが感じられた。
よし!!
ボクは1回、2回羽ばたいた。
……波まで6m。
ボクは翼にありったけの力を込めて飛びたった。
ボクの身体は加速を始めた。
高度をあげ、身体を一直線にして、極力空気抵抗を少なくす。
………波まで4m。もう目と鼻……、いや、尻尾の先。
眼下の景色が後ろに流れる。
ボクはやっとトップスピードに達した。
………くっ!!まだスピードが足りない!!
元の時代の仲間の1人なら、もっとスピードが出るのに!!
……波まで2m。もう尻尾が巻き込まれそうだ!!
こうなったら………、[瞬足の種]で!
ボクはポーチからいくつか取り出し、1つを口に放り込んで噛み砕いた。
ボクは更に加速する。
…………でも、まだだ!!
ボクは手に持っている全ての[瞬足の種]を一気に飲み込んだ。
………よし、これならいける、限界の、4倍速なら!!
眼下の景色がほぼ線……、つまり、ボクのスピードは音速に達した。
ボクの目はレンズ状になっているから大丈夫だけど、背中の3人にとってはしがみつくのがやっと。
「ラテ君!!すぐに[守る]をして!!」ボクは耳に響く風の轟音に負けないぐらいの大声で叫んだ。
っ!!喉が!!
「!!? [守る]!!」
刹那、ボク達の限界、スレスレを囲むように緑のシールドが張り巡らせられた。
こうしないと、飛行タイプでもドラゴンタイプでもない3人には、身体にかかる負荷が大きすぎる。
例えるなら、トップスピードの戦闘機の外壁に生身でしがみついているようなものだから……。
「ラテ君、助かったよ!!辛いかもしれないけど、しばらく維持して!!」
「くっ!凄い力………。 フライ、やってみるよ!!」
雑音がなくなり、普通に聞こえるようになった。
距離が開き、波との距離は15m。
種の効果が切れる前に少しでも距離を稼がないと!
……………恐らく、[流砂の洞窟]の出口まであと1km。
少しでも、速く!
[守る]をしてもらっているから、空気抵抗は大きくなるけど、そこはボクの実力で何とかしないと!!
………波まで60m。
ボクは追加で種を噛み砕いた。
これでしばらくは………。
「景色が、見えない!?それに、音も聞こえない!?」「こんなスピード、初めてです……。」
ボクの背中で、ベリーちゃんとアルタイルさんが呟いた。
「今のボクは、[瞬足の種]の効果で、音の速さ以上のスピードがでています。」
「音より、ですか!?」「フライ!!もう限界だよ!!」
ラテ君が悲鳴に近いをあげた。
「5秒、5秒だけ耐えて!!」
5秒あれば、[穴抜けの玉]を発動させられる。
それは、少しでも減速した時に、波がボクに到達する時間………。
………一か八かの、賭けだ!!
もし、失敗したら………、いや、考えるのは止めておかないと……。
「ベリーちゃん、[穴抜けの玉]を!!」
「うん!!」
背後で、物を探る音がし始めた。
………効果が2つ分、切れた……。
急激に波が迫る。
「あった!!いくよ!!」
もう波まで10m、もう1秒と保たない!!
どうか、間に合って!!!
玉から眩い光が発せられた。
3m、
光がボク達を包みはじめる。
2m、
光が完全に包み込む。
1m、
ボク達の実体が無くなる。
50cm、
光は一気に収束する。
0m、
ボク達がいた所を波が通過…………。
…………間一髪、間にあった!!
巻之拾 完 続く。