一 「あたしが悪かったので、どうかお許しください」
あたしはタッちゃんを連れてよく公園へやってきます。
タッちゃんというのは小さくて可愛らしいねずみ怪獣です。
「たまむし」シティ一番の広さを誇るこの公園では、モンスターをカプセルから放して運動させることができるふれあい広場という場所があります。
ここはジムとは違ってお金を払わずに利用できるので、休みの日になると怪獣勝負を楽しみたいアマチュアトレーナーがたくさんやってきます。
ところがあたしはトレーナー、怪獣使いではありません。
まだ八歳のあたしは、本当ならまだモンスターを持つことは出来ないのですけれど、父の飼っているタッちゃんがとても大好きで、このモンスターもまたあたしによくなついているために、本当はいけないのですけれど、こうしてふれあい広場に連れて来て一緒に遊ぶのです。
ならなぜ自分の家でそうしないのか、と思う方がおられるかも知れませんね。
それにはあたしの家庭の事情が関係しているのです。
あたしがこうして公園にやってくるのは、決まってあの意地悪な継母があたしを厳しく叱りつけるときなのです。
この継母は実子の弟にはやたらとあまく接するくせに、あたしに対しては無視したり叩いたりするのです。いろいろと用事を押し付けるくせに、済んでみれば何が良くないとか手際が悪いとか、いちいち難癖をつけるのです。それはきっとあたしが悪い子だからしょうがないことなのでしょうけど、そういう人のいる家の中であたしがおだやかな気分になることは許されません。
ですから仕事であまりモンスターに構えない父の代わりにという口実を使って、こうしてふれあい広場でタッちゃんを運動させる時間というのは、あたしにとって大きな心の支えなのです。
そしてあと二年もしたらあたしも成人しますから、
怪獣取扱免許を取得して、きっとトレーナーを目指して家出をしようと心に決めています。父にはすでにあたしが十歳になったらタッちゃんを譲ってくれるよう約束だって取り付けてあります。
ですがそれはまだずっと先のことで、今のあたしとタッちゃんの遊びというのはもっぱら追いかけっこやボール遊びのような他愛のないものでした。
ところがきっとそれが勝負をしたいトレーナーの方々の反感を買うのでしょう。
ことあるごとにトレーナーの方々はあたしたちを呼び止めてこのようなことを言うのです。
「幼稚な遊びのために貴重な場所を独り占めされては困る。俺たちは勝負がしたいのだ」
こういったことは幾度もあって、その度にあたしたちはしぶしぶ場所を明け渡すしかないのです。
それというのも、トレーナーの方々の連れているおどろおどろしい怪獣だとか、ムチとかいう武器みたような道具だとか、それから怪獣勝負なんていうむごたらしい競技だとかが、あたしには恐ろしくて恐ろしくてたまらないのです。
家で継母にいじめられて、唯一心を許せるタッちゃんとの触れ合いを邪魔されて、あたしはどうしたらいいのでしょう。
あるときとうとう勇気を出して、あたしたちを邪険にするトレーナーの方にこう言ってやりました。
「あなた方が怪獣勝負をしたいのは分かります。ですけれど、それでどうしてあたしがこの子と遊ぶことを禁じられるのでしょう」
この訴えを聞いて、いくつも年上らしい二人のトレーナーたちは目を合わせ、それからニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべながらこんなことを言うのでした。
「そうか、お前も遊びたいのだな。よろしい、俺たちと勝負をしようではないか」
「眼が合ったならば仕方がない。売られたケンカは買わねばならぬ」
そうしてこの二人組は、彼らの怖そうなモンスターを使ってあたしのタッちゃんに乱暴し始めたのです。
あたしは大変に驚きましたが、これまで怪獣勝負なんていうものをしたことがないのでどうしていいのか分かりません。手酷く痛めつけられているタッちゃんが可哀相でたまらず、ただ泣くばかりです。
「ごめんなさいまし。あたしが悪かったので、どうかお許しください。もうここには来ないですから、お願いですからタッちゃんをいじめるのをやめてください。やめてください」
「ハハハ、トレーナーに背中は見せられぬ。トレーナーの仕来りを知らないか」
このように何度謝っても許されませんでした。
タッちゃんが瀕死というものになるまで、彼らの悪行は終わりませんでした。
ようやく二人が満足して傷だらけのタッちゃんを解放しますと、あたしは急いでタッちゃんを抱きかかえ、逃げるように公園の林の中へ駆けていきました。
あたしの腕の中でタッちゃんはぐったりとして動きません。小刻みに呼吸をするばかりで、呼びかけても、さすっても、応えてはくれません。もしこのままタッちゃんが死んでしまったら、死んでしまいでもしたら! ああ、一体あたしはどうしたらいいのでしょう!
木陰の下で弱りきったタッちゃんを抱いていると、再び涙がこみ上げてきました。
あたしは
怪獣取扱免許を持っておりませんから、怪獣病院でタッちゃんを治療してあげることが出来ません。
家に帰ればあの継母はきっとタッちゃんに構いもせず、父のモンスターを勝手に連れ出したことを嫌味たらしく責め立てることでしょう。
タッちゃんの本当の飼い主である父はいつも仕事で夜遅くなるまで帰ってきません。それまではタッちゃんに手当てをしてあげることが出来ないのです。
ですからあたしが出来るのは、せいぜいタッちゃんをモンスターカプセルに入れてあげることだけでした。
「ごめんね。タッちゃん、ごめんね、ごめんね……」
あたしはこのときふれあい広場にやって来たことを深く後悔しました。
はじめからトレーナーでもないのにタッちゃんを連れ回したのがいけなかったのかも知れません。
しかしどうして子供がモンスターを連れていてはいけないのでしょう。どうしてただモンスターと遊びたいというだけのことが許されないのでしょう。一体誰のためにそんな規則があるのでしょう。そんな規則のためにどうしてあたしとタッちゃんが虐められなければならないのでしょう。
家に帰れば継母にいじめられ、公園ではトレーナーに嫌がらせをされる、あたしはあと二年間もこうした暮らしを辛抱しなくてはならないのでしょうか。
今のあたしにはあの家から逃げ出すことも、タッちゃんを守ってあげることさえできません……
タッちゃんを入れたモンスターカプセルを手に、あたしはどうすることもできずに一人日が暮れるまで泣いておりました。
そのうち泣きくたびれて、林の中からトボトボと出てこようとしたときのことです。
日の暮れたふれあい広場から話し声が聞こえてきて、あたしは足を止めました。
もし先ほどの意地悪なトレーナーだったらと思うと末恐ろしくて、木陰からこっそりと覗いてみますと、ふれあい広場には確かに人が二人きりおりましたが、それはあのトレーナーたちではありませんでした。
「トレーナーで稼ぐのは大変だろうね。ところがこれが
R団ならば面倒な資格はいらないし、年をうるさく言われることもない。モンスターを使っているだけでお金がたくさんもらえるのだよ」
「あなたはしつこいですね」
「俺たちの仲間になれば強いモンスターももらえるし、君のモンスターをもっと強くする薬だってもらえるのだ」
「いい加減にしていただかないと警官を呼びますよ」
二人の会話を盗み聞く限りでは、どうやら若い男がもう一人の男の子を何かに……そう、アール団? というものに誘おうとしているようです。
あたしにはこの男の話が不思議と興味深く思えました。
資格が無くともモンスターでお金が稼げるというのは、一体どうしたことでしょう。
ところが男の子はさっぱり乗り気でないらしく、男を残してさっさと立ち去ってしまいました。
それで男も舌打ちをして立ち去ろうとしたところを、あたしはいてもたってもいられず声をかけたのです。
「すみません」
「なんだね、君は」見下ろす男の顔はよく見えませんでしたが、その声色からはいぶかしげな様子がうかがえます。「暗くなるから子供は早く帰りなさい」
「あのう」あたしは勇気を振り絞って先ほど抱いた興味をぶつけます。「それはあたしにもできるでしょうか」
この出来事が、やがてあたしとタッちゃんを大変な運命に巻き込んでいく、そのきっかけとなったのです。