飽食のけもの - #3 Vanishing Point
#3 Vanishing Point-2-
ーー俺が生まれた場所、というものについては、よくは知らない。
 人間だってそうだろう、生まれたばかりの赤ん坊の頃のことなんて、誰も覚えちゃいないんだから。それは人食いも同じさ。だけど、人間と違うのは、親が子を育てる、ということはしないことだ。というか、親がいるのかどうかも分からない。気がついたら森の中で独りぼっちで、あたかもずっと昔からそうしていたかのようにそこにいるんだ。ある時、自分の存在にふっと気がつく、そんな感じさ。産んだ奴が生まれた奴を育てる生き物がいるなんてことは、人間に会わなきゃ知らなかったよ。
 俺もしばらくは、目的もなく、ただ森をさまよっているだけだった。覚えているのは、どこにでもあるありふれた山の風景ぐらいで、別段変わったものがあるわけでもない。はじめの何年かは、一つ一つの植物、天気、地形、あらゆるものに興味を持ったけれど、感動はなかった。
 生まれて最初の感動は、山を越える人間を食った時さ。人間ってのを初めて見たが、直感したね。「こいつは、うまそうだ」って。今まで感じたこともないくらい、嬉しい気分になったんだ。この生き物を、食ってみたい。一度そう思い始めると、お腹は鳴るわ、よだれは出るわ、身体が勝手に反応して、止まらなかったね。とうとう我慢できなくなって、そいつらの首根っこをがぶっと捕まえてやった。腕とか、頭とか、脚とか、食ってみて、美味い! って思って、ようやく俺は生まれた意味が分かったのさ。こうやって、この生き物を食べていけばいいんだってね。
 最初は森の中にやってきた人間を。次は、人里に降りて。それに飽きたら、街の中で。調子づいてた俺は、色んな人間を食い散らかした。だんだん人間の美味い部分も分かってきて、そういう部分だけを狙って食っていた。人間の体温とか、怒りとか、そういうあっついあっつい部分さ。特に怒りや恨み、妬みそねみと言った感情は、ドロドロと煮えたぎっていてとても美味い。
 でも、街の中で人を食うのは、人食いにとっては危険なことだった。人食い退治を請け負う、まじない師がやってくるから。
 知り合いの人食いも何匹かいたが、口を揃えて言うのは「まじない師には気をつけろ」ってことだった。馬鹿だった俺は、あいつらの言葉にぜんぜん耳を貸そうとしなかった。人間なんてひと噛みすればすぐにぽっくり行っちまうし、俺は火を吹いたりも出来るから、そう簡単にやられたりはしないだろう。そう思ってたんだ。他の奴らは、うまく人間を食った跡を残さないようにしているが、俺はそういうまどろっこしいことは苦手だった。多少人の目についたとしても、気にしない。食った人間も食いっぱなしで、ほったらかした。
 おかげで何度か、まじない師に襲われたこともあった。けれど、ことごとく返り討ちにしてやったね。爪をちょいとひっかけて、火をごうと吹けば、すぐに死んじまう。人間なんてモロいもんさ。人間に対抗する力を持つとは言え、大したことなんてなかった。所詮、人間は人間。そう思ったのさ。
 一つ違うことがあるとするなら、うまみだ。そいつらをいざ食ってみたら驚いた。他の人間より、十倍も百倍もうまかったんだ。人生最大の、大発見だったね。
 こんなに面白いことを知ってしまったからには、もう止められねえ。すぐにこのまじない師の住処を探しに行こうと思った。まじない師とか、そういう俺たちと似たような力を持っている人間には、独特のにおいがあった。俺は殺した奴の残り香を辿った。身体に染み着いたにおいだけじゃなく、意外と術力も残るもんでね。追いかけるのはとても簡単だった。スキップをするみたいに、腰を振りながら、おどけた感じで歩いた。あのゾクゾクとする感覚を、言葉だけじゃ伝えられないのが残念だよ。
 ただ、相手はさすがにまじない師。普通の人間よりは勘が鋭い。仲間が死んだことも、俺が奴らの本拠地に向かっていることも、奴らはどうやらお見通しだったみたいだ。道中、いくつもの罠をしかけてきやがった。一歩歩けば脚をひっかけようとするロープが迫り、一歩歩けば千本のナイフが喉を掻き切ろうと飛んできた。どこで聞きつけたのか、俺が炎を操る人食いだってことも知っていた。炎のたぐいは一切使わず、逆に水攻めにしようとしていた。ただ、術者の力が未熟だったんだろうな、水を操る呪文を唱えているうちに、喉笛を噛み切っちまった。あいつらの用意の良さ、頭の良さには恐れ入ったが、いかんせん力が弱すぎた。準備してくれた罠に一個一個かかってみたくなるぐらい、あいつ等の用意したものは貧弱だった。ありがたかったが、拍子抜けだったね。つまらなささえ覚えた。俺はあっと言う間に、集落のほぼ全ての術師を食い尽くしたんだ。
 後でドドに聞いた話だが、このまじない師の一族は「言霊使い」って呼ばれている連中でな。呪文や言葉の力を扱うのは得意だが、実際戦ったりするとかいうことは苦手なんだとさ。実際どんなもんなのかは知らないが、まぁその辺り一帯では名のあるまじない師だったらしいぜ。だが、他の術師の一族が幅を利かせてきたせいで、最近は落ち目だったそうだ。

 だが、ちょろい、と思ったのは間違いだった。
 最後の最後で、言霊使いの一族はとんでもない罠を用意してやがったんだ。
 言霊使いは戦う力を身につけるため、人食いを言葉の力で使役する術を研究していたんだ。ちょっとその机の本をどけてみな? 上が紫で、下が真っ白の球があるはずだから。……そうそう、それだ。俺はそいつに捕まっちまった。色の分かれ目のところでパクッと割れて、人食いを中に閉じこめる。閉じこめられた人食いは、その球に込められた呪いの言葉で、閉じこめた人間の命令に逆らえなくされちまうのさ。
 力のありそうな大人や年寄りは全員食い尽くした。子どもだって、あんまり美味くはないが、力が弱いから簡単にほふってやった。
 残った人間は、あと二人。そのうちの一人が、あのドドの野郎だ。俺はちょっと名残惜しい気持ちになりながら、最後の一品に手をつけようとした。その時だ。
 奴が隠し持っていたその球から、目がつぶれそうになるほど眩しい光が放たれた。最初はただの目潰しかと思った。びっくりしたが、最後の抵抗ぐらいさせてやってもいいかな、そんな気持ちだった。だが、球はとてつもない勢いで俺の身体を吸い込み始めた。足を踏ん張ることも出来ず、身体は宙ぶらりんになって、ぐるぐると回りながら球の中に引きずり込まれていった。気がつけば、俺は出口のない丸い部屋の中にいて、四方八方から声を聞かせられたんだ。ディドルの言うことを聞け、ディドルの言うことを聞け、従え、従え、って。延々と声を聞かせられ続けて、気がおかしくなりそうだった。頭もきりきりと痛んできた。俺はとうとう耐えきれなくなって、言ったんだ。「分かった、言うとおりにする! だからこの声をやめてくれ!」って。そしてようやく、声は止んだ。気がつけば、すっかり俺は飼い慣らされた獣になっちまったってわけさ。
 俺がこの呪いで出来なくなったことは二つ。ディドルの野郎の命令に逆らうこと、奴の許可なしに人を食うこと。犬みたいで、なんかヤなんだけどさ、それをしてしまうとまた呪いの言葉で頭を締め付けられるんだ。ひどいもんだぜ、あの痛さは。奴の飼い犬やってた方がまだましってくらいだからな。そんなわけで、俺はそれから十年ちょっとくらい、こうやって飼い犬生活を続けているわけさ。
 え? さっき自分の炎を食ったじゃないかって?
 問題ないね。
 あの野郎はまじない師としては不器用過ぎるほど不器用だが、先見の明ってヤツがあるって言うか、やけにカンが鋭いって言うか。出て行く間際に言っていたよ。「ジャグルがお前に話をせがんできたら、その対価として炎を貰ってもいい」ってさ。
 今回の話はここまでだ。ドドの野郎、たぶんスープを作り置きしているはずだから食ってこいよ。聞いてばかりだと疲れるだろ。ほら、行った行った。


■筆者メッセージ
拍手返信

・ものかきさん
 感想ありがとうございます! #2では存在感の薄かったキュウですが、#3ではここぞとばかりに喋りまくります。彼は元来おしゃべりなのでしょうね、たぶん。

・逆行さん
 お読み頂きありがとうございます! 連載モノとして、常に熱い展開となるよう心がけているつもりです。これからも細々とやっていきますんで、楽しんでいただけたらと思います。
乃響じゅん。 ( 2013/09/03(火) 21:41 )