飽食のけもの - #2 火矢を放つ
#2 火矢を放つ-9-

 集会は一旦解散となり、ルーディとドドは別室に入っていく。挨拶と、打ち合わせのためだ。聞かれて困る話でもないので、真剣に聞きたい者が好きに立ち会った。むしろ、積極的に集まることは情報の共有にもなる。最終的にはその場に居合わせない者の方が少なかった。ロークもジャグルも、もちろん参加した。
 ルーディはドドの肩を叩いた。
「やあやあ。待っていたよ。長旅で疲れただろう」
「いえいえ。馬とまじないを組み合わせれば一日もかかりませんよ。とは言っても、馬の方はバテているので、しばらく休息が必要ですが」
「キュウコンの調子はどうかね」
「ええ。とても良いですよ。今はこの結界を越えられなかったので、外に待機させています」
 ふっと笑うドド。それが嘘であることは、ジャグルはまだ知らない。知っていたのは、レガだけだ。
「そうか。邪な力を持つ人食いでは仕方あるまいな」
 ドドは微笑を崩さないことに努めた。ぺこりと頭を下げ、これ以上の言葉は控えた。
「さて。本題に移ろう」
 全員の視線が、ルーディに注がれる。
「手紙のことについてだが……君はどう思うね?」
 ふむ、とドドは悩む仕草をする。
「この近くに潜む人食い。こちらには腕利きが七人もいたにも関わらず、その奇襲に誰も対処できなかった。話をまとめると、こういうことですね」
「あぁ」
 ロークが答える。ドドは頷くと、目を閉じてゆっくりと息を吸う。彼の中で、一つの答えが弾き出された。中に居る者が、固唾を飲んでドドの口元を見る。
「敵は、複数」
 沈黙の後、ドドは言い放った。部屋の中が落胆の声に包まれた。誰もが残念がり、何を抜けたことを言っているのだ、と言う顔をしている。呆れて部屋を出て行く者もいた。
「馬鹿なことを言うんじゃないぜ。人食いは群れを作らないだろうが」
 参加者の一人が声を漏らした。人食いは常に単独で行動する。これは、タルト一族が長い年月と経験をかけて得た知識だ。二匹以上同時に行動するなど、有り得ないと言っていいほどだった。人食いと戦う心得のあるタルトの常識と言っていい。
「火と雷と透明の物体……恐らく水でしょうね。それを同時に操る人食いはいません。それに、火が燃えた方向とはまるで別の方向から、攻撃は始まったのでしょう? ならば、そう考えるのが最も単純で明快かと思いますが」
 レガの言葉に、部屋が静まり返る。ジャグルは、全員が反論の余地を探しているよう
に見えた。だが、ドドを上回る説得力を持った言葉を口に出せる者はいなかった。そこに、ドドに加勢するようにロークが口を開く。
「確かに、変だとは思った。高速で移動したにしては、音や気配が全くなかった。攻撃も、種類によって少しずつ方向が違っていたように思う」
 彼の一言で、議論の方向は決した。無言ではあるが、皆敵が複数いるという可能性を描きつつある。ドドは続ける。
「少なくとも三匹。それぞれの力を操る人食いが組み、討伐隊を包囲する形で襲ったのでしょう」
 メンバーの顔を見渡して、ルーディが口を開く。
「そう考えるのがよいかもしれんな」
 ルーディのことを頭の固い頑固ジジイだと思っていたジャグルには意外な一言だった。最も、自分の意見を押し殺して全員の総意を述べているに過ぎないことが分かるほど、ジャグルは大人ではなかった。
「偵察は二、三人で良いと思います。ただ、もし連中の姿を捉えて、いざ討伐に出るとなった場合は少なくとも九人はいないとキツいですね」
 一体につき三人。実力者を七人集めて壊滅したことを思えば、これでも少ないくらいだろう。ドドの提示は、まさに最低限の人数だった。
「そうだな。では、その方向で検討するとしよう」
 ルーディはそう言って納得し、話し合いの場は解散となった。

 ドドが部屋を出て、何処かへ立ち去ろうとするのをジャグルは呼び止めた。
「待てよ」
 ドドはゆっくりと振り返る。
「何か用か」
「お前、悔しくないのかよ。レガはお前の、友達だったんだろ。すっごく仲良かったんだろ」
「何が言いたい」
「何でそんなに冷静に話し合いなんかしてられるんだって聞いてるんだよ」
 いちいち説明するのも煩わしい。ジャグルは拳を壁に叩きつけた。ドドの語りは、冷静であるというより、ひどく事務的で、全く感情を感じさせないものだった。まるで、レガの死を何とも思っていないかのように。ドドは目線を逸らし、上にあげる。そして、再びジャグルに向き直る。
「奴らは、一人で勝てる相手じゃない。ましてや、冷静さを失った状態では、なおさらだ」
「冷静になれだとか、落ち着けだとか、そんな話ばかりしやがって。死んでったレガの思いとか、そう言うのを汲まなくてどうするんだよ」
「では、聞こう。君ならどうする、ジャグル」
 ドドの口から、自分の名前が出てくるとは思わなかったので、ついたじろいでしまった。そこで改めて、ドドがどういう人間なのかを殆ど知らないことに気付く。獣の頭を模した杖を持つこの男は、分家のタルトであり、レガの友人である。だが、彼が一体どんな家に生まれ、どんな生活を送ってきたのか、ジャグルは知らない。
 自分ならどうするか。ジャグルは考えた。
「まず、数人で奴らの居場所を突き止める。ここまではあんたの言ってたことと同じさ。だけど、見つけ出したなら、タルトの男たちを全員使って、一網打尽にしてやるね。三匹だろうが四匹だろうが関係ない。どんな人食いが現れようと、一族全員でかかれば倒せないことはないはずだ」
 さっきの会議でドドの提案したやり方は、非常に回りくどい。最低九人という言い方には、人材を出し惜しみしようという魂胆があるように見えた。使える力を最大限使えば、どんな人食いも一瞬にして消せるはずなのに。
 ドドは深く息を吐いた。
「その考えは現実感覚が足りないな」
「何だと」
 ドドは思案するように、杖の頭をそっと撫でる。
「果たして本当に皆が皆、敵を取りたいと思っているだろうか」
 ドドはゆっくりと顔を上げ、ジャグルを見つめる。ジャグルは言葉に詰まった。
 確かに、自分はレガを慕っていた。だからこそ彼の死を悔しいと思う。だがこの感情は個人的なもので、一族全体の意思ではない。
「気付いたか」
 ドドの声にはっとして、いつの間にか思案のために顔が下を向いていたことに気付く。
「例えば、レガは将来を特に期待された若手のまじない師だった。だが、自分よりも秀でていて注目もされる、優秀な人間を疎んじている者がいてもおかしくはない。彼のために戦争を挑んだとしても、引き出せる力は半分にも満たないだろうな。それでも、君はいいのか」
 ドドは首を振った。
 だがそれでも。
 それでも、自分がレガの敵を取りたい気持ちは変わらない。
「お前はレガが死んで悔しくないってことかよ。見損なったぜ」
 ジャグルは踵を返す。何かもっともらしい反論をしたかったが、できなかった。捨て台詞を吐いてその場を立ち去るのが精一杯だった。
 悔しい、と思った。自分は、言葉で何かを伝えるのが下手だ。思いと憶測だけがぐるぐると回って、肝心なことを言えやしない。
 たとえ死んでも、志さえ守れればそれでいいじゃないか。それが誇りってものじゃないのか。言ってやりたかったが、言えなかった。感情を抑えるのに精一杯で、うまく言葉にできなかった。よくよく考えてみれば、こいつに言ってもしょうがないのだ。一族全体が抱える、おかしな妬みそねみのせいなのだから。

 その二日後、事態は動き始めた。
 調査隊が、人食いの姿を捉えた。場所を記録し、首飾りのまじないで飛んで戻ってきた。慌てて族長とルーディに報告した。首飾りを使ったこと、彼らが慌てていたことから、おおよその人間には事態の察しがついていた。皆、それとなく集会所に集まってきた。
「さて、諸君。我々の探していた人食いが、とうとう見つかった。かねてよりの計画通り、討伐隊を編成する。戦う勇気のある者はこの後名乗り出るように」
 ルーディはそう告げて、会議室に入っていった。我先にとジャグルが後を追うと、志願者を待つドドとルーディの姿があった。ドドはいつの間にか、事実上の人食い討伐の統括者としての地位を確立している。昨日は本来ルーディと族長との二人きりの相談にも立ち会ったらしい。志願者を待つ姿が、すっかり板についていた。
 部屋の中は会話もなく、沈黙が続く。これから命を懸けた戦いに行くせいか、空気が少し殺気立っていた。息を殺して待っていると、一時間もしないうちに、続々と人が集まってきた。その中に、因縁のある顔もちらほらと見受けられた。
 まず、ラッシュ。前回の討伐隊に参加させて貰えなかったのが、悔しかったのだろう。命を懸けた戦いの手前、不安な表情を隠せないが、何とか自分を奮い立たせているように見えた。
 そして、タム。腕を組んで、余裕を見せ付けている。この戦いを機に、自分の名を上げようという魂胆か。こちらを一瞥すると、嫌みったらしく鼻で笑われた。むっとしたが、こいつの売った喧嘩を買うのは得策ではない。
 最終的に、十四人の志願者が集まった。ドドも合わせれば、十五人である。
 ルーディは全員の顔を見渡し、不敵な笑みを浮かべた。
「そろそろ時間にしようか。どうする、ディドル君。当初の九人を超えているが」
 横目でちらと見やる。ドドは目を瞑り腕を組んだ。
「多くなる分には、問題ないでしょう。最低でも九人は欲しいと言ったまでですよ。良いことです」
 ルーディは頷き、一歩前に出る。
「さて、諸君。まずは参加を決意してくれたことに礼を言う。君たちの勇気に拍手を送りたい」
 ドドとルーディの二人が、ほんの短い間だけ手を叩いた。
「決戦は、明日の日の出と共に始めよう。今回の件に関して、魔具庫の使用を完全に許可する。各々、戦いの準備を進めよ!」
 おおお!
 ルーディの声に、全員が拳を振り上げて応える。全員の士気はかなり高まっていた。
 ジャグルの心は、自分でも不思議なほど落ち着いていた。何をすればこの戦いに貢献できるか。この面子で、誰がどんな役割を果たすのか。持てる少ない情報の中で、限りなく冷徹に計算しようとしていた。
 そうしていくうち、自分の瞳には冷たい炎が宿っているのだろうと思った。周りの熱に埋もれて誰もが気付けないほど、小さな炎が。


乃響じゅん。 ( 2013/04/09(火) 23:22 )