星にまつわるエトセトラ
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 夏にはおとぎ話がつきものだな、とその季節が来るたびに考えている。
 今年もまた、繰り返される。7月7日には七夕祭りで盛り上がり、17日には京都で山鉾巡業がテレビで報道される。
 七夕祭りは大学生らしく、しょうもないようなことを好き放題させてもらった。願い事を好きに書いてください、と書いてあったので、細長い短冊に6行に渡りびっしりと書き込んでやったのだ。最後の方は捻り出す方が難しく、結局ありきたりでそれほど願ってもいないようなことを書いた覚えがある。それを見つけた人が笑いだしそうになるところを見てみたかったが、残念ながら私の笹に近づく人物は現れなかった。誰かに言って聞かせたとして文句を言われたら、織姫様と彦星様のデートの話題作りに貢献してやったのだ、と答えてやるつもりだ。オヤジくさい、と多くの友達から疎まれる自慢の性格だ。
 祇園祭には、残念ながらあまり興味が湧かない。行ってきた友人がいたが、あまりの人の多さに息がつまりそうだった、と忌々しそうに話すので、私はとうとう行きたいという気持ちを完全にそいでしまったのだ。
 電話がかかってきた。今日は市のお祭りだし、久しぶりに遊びに行こうよと誘われた。今日がその日ということはすっかり忘れていたが、偶然にもとくに用事がなかったので了解した。市民祭りか、久しぶりだな。最後に行ったのはいつだっただろう。確か部活やら受験やらで高校時代を忙しく過ごしていたせいで、結局5年以上行っていないことになる。あの頃は頑張って時間をかけて浴衣を着ていたが、きっと動きにくかったのだと思う。今年は着て行かないことにする。
「市役所前のコンビニ、集合6時だから、よろしく! 何かあったら電話してください!」
 そんなシンプルなメールに返事を返し、出かける準備をする。窓の外を見る。夏らしい夕焼けだ、と思う。もうしばらくしたら、いつの間にか空は真っ暗になっているのだろう。夏のその感覚が急に懐かしくなった。クーラーは室内にしかかからないのは残念だな、ともう一つくだらないことを考えた。

「やぁ」
 私は手を挙げて、山本に挨拶する。今どきの男、という言葉が似合いそうな、青いチェックのカッターシャツをラフに着こなしていた。細めの体つきと、長めの足、顔の形まで、その一言で片づけられてしまいそうな外見をしている。それは昔から変わらない。
 彼は高校の同級生だった。バンドに誘われ、一度だけボーカルとして参加したことがある。ギターを弾いていた姿を思い出す。その頃から彼は「らしさ」を前面に押し出すファッションをしていた。
「早かったんだ」
「佳世ちゃんも早いよ」
 山本は時計を見ながらお世辞を言う。周りを見渡すと、屋台は出ているが人はまだ少ない。
「ピークになる前に、混みそうなとこから行こうよ」
 と立ち上がると、すたすたと歩き出した。私は横に並んで歩く。頭一個分、彼の方が背は高い。その点において、彼は少し頼りになりそうに見える。
 片側一車線で歩道が広い、その程度の幅しかない橋の両側には、所狭しと屋台が並んでいた。布製の看板はどれも使い古されたような赤、黄色、ピンク、白。裏側にちらりと自治会の名前が書いてあったりして、多くの人の手で作られているなのだな、と人情が湧く。頑張って盛り上ようとするその姿勢は買わねば、申し訳ない気がした。
 さて、何からしようか。ふと目についたのは、深紅の丸い大きな飴だった。
「りんごあめっておいしいの? 私食べたことないんだけど」
「マジで? とりあえず食べて見ればいいじゃん。おごろうか?」
 山本はいそいそと財布を取り出そうとする。
「いいよ。自分で買う」
 彼がそう言い出す機会はまだあるだろうから、その時に彼の好意に甘んじたい。私は彼にお金を払う余地を与えないように、千円札を払う。大きい方が美味しそうに見えたので、そっちを選んだ。
 第一印象は、思っていた味と全然違う、という事だ。
「なんていうか、もっと中まで甘い飴みたいだと思ってた」
「ちょっと貰っていい?」
 私は彼に渡す。彼は堅そうに歯を立てた。
「うわ、ただの乾いたリンゴじゃん」
「うん、それは思った」
 と私も指をさして、声を荒げる。期待はずれ、と言うほど不味いとも思わなかったので、ぼそぼそした感触を味わいながらまた次の店を探す。
「相変わらず優しいね、山本君は。お金のことに関しては特に」
「あながち間違ってもないけど、ラストの一言は余計じゃない? でも、俺は小さい頃から優しいんだぞ」
 妙に弾んだ声で語りかけてくる。私もそれに乗ってみる。
「ほーぉ、どう優しかったのか聞かせてごらんなさいよ」
 しばらく考え込んだようなポーズをとり、顔を上げる。
「じゃあ行くぞ、エピソード1」
 彼は指を立てて数字を見せつけてくる。子供が出来たら親バカぶりを披露するためにエピソード4を語るのだろうか。指を二本立てて、ぶつけあうジェスチャーをする。
「ある子供とある子供が喧嘩をしていました。その間に俺は割って入って、喧嘩を止めようとしました」
「うん、よくある話だね」
「そしたら逆に泣かされて、幼稚園の先生によしよししてもらいました。終わり」
「何だ、最後までよくある話じゃん」
「なんてこと言うんだ。こんないたいけな子を目の前にして」
 むちゃくちゃだ、と私は思う。ここにいるのはいたいけな子供じゃなくて背の高い二十歳すぎの男と二本の指じゃないか。話すことがヘンテコな分、金銭面には非常に気を回してくれる人間だ。
「面白くないこと言った罰ゲーム。腕出しな」
 私は少し強い口調を作る。山本はあからさまに嫌な顔をして、えーと文句をたれて腕を出す。私は人差し指と中指を伸ばし、息を吹きかける。
「食らえ、ライトセーバー」
 腕に鋭い一撃を加える。
「痛っ」
「フォースの力をあなどるでない」
 この一撃が男子顔負けの上手さだったことで、小学生時代は名を馳せていたのだ。本気で痛そうにしている山本の姿を見ると、まだまだ衰えてはいないようだ。私は少しにやけてしまう。
「佳世ちゃん……あんたドS過ぎるよ……暗黒面に引きずり込まれるしかないんじゃないの」
「いやー、そんなことはないよ」
 いや、その話はもういいから。

 空は大分暗くなってきて、人の量も増えて来た。下手すれば、ぶつかってこけてしまう。中途半端に人が行きかう時が一番危ない。容赦ないスピードで、無数の足が地面を動く。足元に気をつけながら、何とか歩く。
「気をつけなよ……ぐはぁ」
 先にやらかしたのは山本の方だった。奇妙な声を出して、身体がねじれて倒れそうになる。私は手を伸ばそうとしたが、時すでに遅し、だった。周囲の人が避けてくれたおかげで、ぶつからずにただ倒れるだけで済んだが、地面についた両手は痛そうだ。起き上がって、はたきながらまた進む。その足取りはかなり重い。
「大丈夫?」
 気をつけるのはそっちだったね、という皮肉を思いつくが、口には出さない。
「何か、肩に思いっきり誰かにぶつけられた気がする」
「気のせいじゃない? わざとやるような人なんていないと思うけどなぁ」
「うーん」
 山本は少し視線を落とした。とうとう足は止まりかけている。落ち込んでいるのだろうかと、私は焦りを感じる。皮肉を言いかけたことを少し悔いた。慰めなくては。
「そんなしょげなくてもいいじゃん。ラムネ飲もうよ」
「そうだな」
 豪快な氷水に浸けてある、さまざまな種類の大量のボトルが気持ちよさそうに浮いている。2本下さい、と私はラムネのボトルを買う。
 ピンク色のプラスチック製の道具で、ふたのガラス玉を押し込んでやる。この何とも言えない感覚が好きだった。山本はしゅわしゅわと音を立てて噴き出すサイダーを、あわてて口でおさえていた。
「ねぇ、佳世ちゃん、この中に入ってる玉って何か知ってる?」
 ゲップを抑えながら、山本は言う。カラカラと瓶をゆすって、中の玉を揺らす。
「さぁ、ビー玉じゃないの」
 それを聞いた途端、山本の顔に満面の笑みを浮かび上がった。
「はずれ! 違うんだなぁこれが」
 さすがに私も、それは知らなかった。目からうろこが落ちる、というのはこういうことを言うのだと分かった。ビー玉じゃなかったら何なんだ。
「エー玉」
「はぁ?」
「エー玉。ビー玉はBだろ。だからAだ」
「また訳のわからないことを」
「ラムネに入れるサイズの玉がエー玉で、その規格から外れたのがビー玉さ」
 なるほど、と納得しそうになったところで、
「嘘だよ」
 なんて言われたので思わず、嘘かい、と叫んでしまった。山本が思いっきり笑っているから、私もつられて笑う。結局正解は何だったのか、教えてもらうのを忘れてしまった。

「よう、山本」
 後ろから声をかけられた。
「お、ニッシーじゃん」
 山本にそう呼ばれた男は、スポーツ刈りで、背は低いが肩幅の広い、屈強そうな人物だった。横を見れば、それより更に背の低い女の子を連れていた。彼女は浴衣を着ているのが目につく。ニッシーはこちらに目をやる。
「その子、彼女?」
「紹介しよう、She name is Kayo」
 と気取った風に英語で紹介した。何だそれ、とニッシー君は言う。私もそう思う。彼女らしき女性も笑った。カヨちゃんって言うんだ、と彼は続ける。顔の割に意外と品のある声質と態度で、思わず身が引き締まる。
「よろしく」
 と愛想よく笑った。山本は手をニッシー君の方に向けて、紹介する。
「こっちが西田くん、んで、この子が牧原さん。ニッシーはもしかしたら知ってるんじゃない? 高校俺たちと一緒だから」
 よろしく、と牧原さんは丁寧にお辞儀をした。こちらもお辞儀を返す。小さく丸い顔の中にある細いパーツのためか、洗練された印象を受ける。きっとしっかり者なんだろうな、と自分に無い部分を想像する。反対に西田くんの顔を見て、なるほど何処かで見たような顔だと思った。頼りがいのあるシルエットは安定していて、彼女とよく似合っている。
 男二人は、お前も祭りに来てたのか、何年振りだ、という話を少しして、お互いの進路先を言い合っていた。私も牧原さんも、それに付き合う形で会話に加わっていた。西田くんは予想通り、アメフトをやっているそうだ。高校時代もそうだったらしい。対して山本の口から出た現在の状況は、西田くんはおろか牧原さんをも驚かせていた。山本はそういう顔を見るのがたまらなく面白いのだ、と言っていた。
 少し話をしたあと、デートの邪魔をしちゃ悪いから、と別れる間際に言われた。

「もう真っ暗だな」
「ホントだね」
 二人で空を見上げて、そんなことを呟いた。雲もしっかり除去された、非常にクリーンな空だ。
 ふいに、私は歌を歌いたくなった。口ずさむのは、『星に願いを』。
「When Wish I upon a star」
 山本の好きな女性歌手が、有名な楽曲をジャズアレンジしたヴァージョンが印象に残っていて、そのテイクの真似をする。しかし、何かがおかしい。メロディは乗るのだが、歌詞はめちゃくちゃだ。違和感がある。
「それ、なんか違ってない?」
 山本が問いただす。すぐ感付かれるとは、さすがに好きなだけある。むしろ彼はこの曲が映画で使われていたことを知らないんじゃないかと思っている。
「うん、何かがおかしいと思った」
「だってさ、英文法考えてみてよ。動詞の後に主語があったじゃん」
「そりゃどうも、悪うございましたね」
 山本の熱弁が少し鬱陶しくなってきたので、皮肉交じりに返事する。
「紙とペンもってない?」
 と手のひらをこっちに向けて差し出す。ないことはない。かばんの中からボールペンとメモ用紙を取り出し、渡す。近くにあった明るいスペースに立ち止まり、彼は文字を書く。When wish I upon a star。これを不用意とは言え、自分が言ったことだと思うと見てて恥ずかしくなる。まがりなりにも10年間英語を勉強してきた身だ。忘れてどうする。それに、もう過ぎたことをあれこれ言われるのが好きな人間はよほどの変人ぐらいだろう。どうせ彼は人のささやかな恥辱など気にしないだろうから、その気持ちはあえて抑え込むように努めた。WishとIも丸で囲み、反転を示す矢印を書く。
「これ逆でしょ。ついでに、正しくはIじゃなくてYou」
「When you wish upon a star」
「そう」
 満面の笑みをこっちに向けて、親指を上げる。
「ウザっ」
 私は怪訝な顔をする。
「で、その続きは?」
 と訊いてみると、彼は言葉に詰まった。すると彼はわざとらしく頷き、拳と手のひらを叩いた。
 すると、最初のワンフレーズをしっかり歌いきり、私を感心させた。しかし、その後の部分はすべてふんふんと鼻歌でごまかしていた。
「馬鹿」
 呆れたものだ。
「そもそもこれ何の映画の曲だか知ってんの?」
 彼は首を振る。映画の名前を言うと、国外のアニメ映画より国内のアニメ映画を見て育ってきたから、と言い訳する。
「知らないものは知らない。じゃあこれは知ってるか?」
 彼はジブリ映画の曲を歌う。急に裏声を使いだし、声量のコントロールもせず辺りに乱暴に音が散らばる。もののけ姫、と私はそっけなく答える。高校時代、吹奏楽部がよっぽど気に入っていたのか毎年演奏していた上に、それを見た山本が冗談半分にギターで弾き語りしていたではないか。山本が一人で披露する曲は、「あぁ、そんなのもあったな」と笑わせるようなものばかりだった。
「もの知りだな」
「常識でしょ。ねぇ、焼きそば買ってくれたら嬉しいんだけど」
 クイズに正解したところで、交渉してみる。正解者には商品があってもいいんじゃない、と彼に揺さぶりをかける。苦し紛れに、彼はまた語り出す。
「では第二問。織姫と彦星、二人の関係は何でしょう」
「夫婦」
 私は即答する。うわああ、と山本は奇声を上げながら、頭を抱えてのけぞる。
「どうせ携帯のニュースとかで読んだんでしょ。覚えてるよそれくらい」
「くそー、君も読んでたのかぁ」
 と、山本は悔しがった。
「仕方がない、正解者には焼きそばをひと箱、プレゼントでーす」
「やった。ありがとう」
 本心からやった、と思う。ありがたい。金銭面では優しい男だが、トラブルを起こす話を聞かないところをみると、援助する人間はちゃんと選んでいると思われる。その意味で、私も彼の目にかなった人間なのだと思うと、少し嬉しくなる。

「いたっ」
 私は不意に、バランスを崩した。誰かが思いっきりぶつかってきたのだ。振り返っても、もう人ごみにまぎれて誰の仕業かはわからない。山本は手を伸ばして、私の腕を掴んで引きもどしてくれた。
「今日はよくこけるねぇ」
「うん、まったくだよ」
「さすがに人が多いと、こけやすいしねぇ。今日はヒール?」
「ううん」
 こいつ、見てないな。山本を疑いつつ、少し背中に汗が噴き出るのを感じた。ただこけそうになっただけじゃない、得体の知れない恐怖を感じた。あまりよくない感情を、卑怯な方法でぶつけられている。そんな感じだ。私は運よく、女子のグループからはみ出された経験を持たずに、あるいはそういうことをするような陰険な人間とあまり関わりを持たずに育ってきたが、世の中の現実はきっとそれがはびこっているのだろう。ただ、そういうのに会わないことが逆に自慢でもある。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。先に食べて待ってて」
 焼きそばの二つ入った袋を私に預け、近くの建物のドアを開ける。駆け足だったので、相当我慢していたのだろう。まぁ、食事前に考えることではない。
 その時、足に激痛が走った。何者かがわざとらしい力で強く踏みつけたのだ。歯を食いしばったまま、無意識につぶってしまった目を開ける。目の前にいる女が、座っている私を見下ろして、うすら寒い微笑を浮かべている。
「いい気味だわ。たっくんにあんたみたいなのが近づくからこうなるのよ」
 たっくん……山本のことだ。そういうあんたは誰なんだと問いただそうとしたが、足の痛みで言葉が上手に声にならない。まずい、本当に痛い。
「気持ち悪いのよ、あんた。彼女でもないのにベタベタして」
 女は私に悪態をつく。白状すると、山本と私は実はそういう関係ではない。でも、それでも。言い返したい気持ちでいっぱいになる。だが、それをしたら最後、自分で怒りを抑えきれなくなる。凄い剣幕でまくし立てるだろうが、そこに説得力のかけらもないことは、経験的に知っていた。私はそういう人間なのだ。ここで同じ過ちを犯さないためにも、相手の目を見つめ、口をしっかりと開かないようにした。
 暗くて、彼女の顔はよくわからない。肩ほどの長さの髪と、力仕事を人に任せてきたような可弱いシルエットだけが、印象に残る。踏まれたせいか、彼女の瞳は痛々しくさえ思えるほど陰湿な邪念が渦巻いているように思えた。あるいは、何も考えることもなく、誠実さのかけらも育んで来なかった卑しさが宿っている。
 しばらく睨みあっていると、山本がお手洗いから出て来た。彼女がそれに気付くと、舌打ちをして去っていく。一瞬の出来事だった。
「あれ、まだ食べてないのか」
「うん」
 少し遅れて返事を返した。女が闇と人ごみに消えた方角を、ぼんやり見つめる。
「どうしたの、顔が暗いよ」
「いや、何でもない」

 それから射的やらスーパーボールすくいなど、少ない移動距離の中で遊びを繰り返し、川沿いで打ち上げられる花火を発射台間近で見物した。足を踏まれたことは伝え、山本は様子を見るなどしてそれなりに気を使ってくれた。ふがいなくてごめん、と言うと、謝らなくていいよ、と返された。
「本当に大丈夫? 疲れちゃった?」
 山本は更に問いただす。私は黙った。今が言う時なのかもしれない。
「踏まれたときさ、踏んだ女に悪口言われたんだ。付き合ってもいないのに、二人で一緒に遊んでるのはおかしい、って」
 可能な限り、感情を込めず事実だけを伝えるように努める。迷惑はかけられない。
「そんなことない、とはさすがに言いきれない、けど、だからって」
 しかし、山本は明らかな嫌悪感を示していた。あとに続く言葉をためらうように、首を振る。
「いや、何でもないよ」
 私はこの話をここで終わらそうとして、そう言った。枝垂れ柳が、頭上から落ちてくる。見たこともない流星群を連想させる。
「おかしいんだったらさ、」
 あたかも最初から存在していたかのように、出来る限り自然に発せられた言葉であるかのように、山本は切り出そうとした。私はその話はもうしようとは思っていなかったから、思わず顔を背けた。
「あ」
 顔を上げると、西田夫妻が立っていた。
「お、山本たちもここにいたか。いい場所とってんじゃん」
 と西田くんは豪快な声を上げる。
「お邪魔虫だなお前は」
 と山本は笑って悪態をつく。一発上がった花火を見て、奇麗だね、と言い合う。私はふと思いつき、口に出してみる。
「折角だし、花火四人で見るのもいいんじゃない? どうですか、西田さんも」
「タメ語でいいよ、同い年なんだし。うん、皆で見るか。いいよな、梨奈ちゃん」
 後ろで牧原さんがいいよ、頷く。彼女は頭に黄色いお面をつけていた。何かと思って見せてもらうと、ピカチュウのお面だった。
「これ、どうしたの?」
「ふふふ、買ってもらったんだ」
 彼女ははにかんだような笑みを見せた。可愛らしさを褒めると、彼女はお面を顔につけ、ピカチュウの鳴き真似をした。私は驚く。
「上手いね」
「ありがとう」
 きっと彼女は多才なのだろう。また一つ、空中で光が弾ける。
「うわぁ、きれい。星みたいだね」
 私は素直に感動する。
「うん。でも、ちょっと怖いなぁ。もしこれが隕石だったら、落ちてきて私たち危険どころじゃ済まないんだよ」
「それ、さすがに考え過ぎじゃないの」
 牧原梨奈は少しズレている、のかもしれない。
 それからすぐに私と牧原さんは打ち解け、花火を見上げながら色々と盛り上がっていた。
 後になって思えば、この時山本にも、ちゃんと「4人で一緒に花火見物をしてもいいよね」と了解を取るべきだったのだと思う。
 牧原さんの横で、山本が西田くんに何を話していたか、少しでも耳を傾ければよかったのだ。



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■筆者メッセージ
……ごめんなさい。 ここでおしまいです。><

■字数
 8172文字

■初出
2010夏企画『続きが気になる文章を書こう』部門
テーマ『祭り』

■参考楽曲
PUFFY『渚にまつわるエトセトラ』
http://www.youtube.com/watch?v=UDc0oCTJbK0

■あとがき
帰還後初執筆。
普通のお祭りを楽しむ様子を少しドラマチックに(?)書いただけなのですが、何故か結果は夏企画3位。うーん、謎だ。
リアルの生活の中で溜まった鬱憤や楽しかった思い出などを色々詰め込みました。冒頭の短冊の話などは実話です。
PUFFYは単純にもじっただけです。渚にまつわるエトセトラもいいですが、アジアの純真も名曲ですよね。サビの疾走感?がね、かっこいいよね。

そして私はこれ以降、デートっぽい話しか書けなくなるという謎の輪廻に落ちていくのであった……
乃響じゅん。 ( 2012/09/01(土) 07:27 )