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ぼくの目の前に、ニンゲンの男の子が立っていた。やけにむすっとした顔で、僕を睨んでくる。とは言っても、どうも嫌ってるってわけでもないらしい。凝視。ぼくも同じ顔をした。いったいこいつは、何がヘンでこんなに見つめてくるのか。よくわからない。
そいつはぼくの顔をじっと見つめたかと思うと、目を外さずに寄ってきた。普通の生き物だったら逃げるところを、あえて動かずにいたらなおさらこいつの気を引いてしまったみたいだ。ゆっくりと手を伸ばしてぼくの体に触れようとする。それだけはごめんだと少しよけた。そいつは転んで泣き出した。
お母さんがすぐに駆け寄って、そいつを抱き上げて帰る。ようやく静かになった。だけど、つぎの日もまたそのつぎの日も、そいつはここに来た。ぼくのすがたを見つけては、鬼ごっこなのか、かくれんぼなのかよくわからない遊びをしかけてきた。
そいつはぼくを指さして、「ぽっけ」と言った。「おまえ、ぽっけな」どうやらぽっけとは、ぼくのことらしい。たった今、ぼくは勝手に名前を付けられたようだ。そいつの着ている服についた二つのポケットは、色んなものでぱんぱんに膨らんでいた。ぽっけはきみのほうだろう。言ってみたが分かっていないようだ。
ある日、そいつはお母さんを連れてここに来た。「ぽっけはほんとにいるんだよ」そいつの説得に、しぶしぶ付き合ってる感じだ。「ほら、ここ」そいつはぼくを指差した。「お母さんには見えないわ」困った顔で返す。そいつはひどくがっかりしたみたいだ。ぼくの姿が見えるのは、まだ小さい子どもだけだ。
波にさらわれて、僕はいなくなった。はずだった。気がついたら、またこの浜辺の公園に立っていた。それから、僕は何も食べずにいきてこられたけど、代わりに影がうすくなってしまった。何人か気付いた人はいたけれど、話しかけてきたのはニンゲンぽっけが初めてだ。ぽっけはちょっと面白かった。
「ぽっけ、おまえびりびりするな」
それがぽっけに初めてぼくを触らせた感想だった。毎日ずっと遊んでいたら、なんだかそれくらいはいいように思えたのだ。そうか、びりびりか。ぼくは自分のことがよく分からなかったから、ちょっと嬉しくなった。でも、ぽっけはなんだかすっきりしない顔をしていた。
ぽっけは最近、悩んでいた。どうしたら、お母さんにぼくの姿を見てもらえるのだろうか。ぼくと遊んでいるあいだもずっとそればっかり考えて、ときどき急に動きを止めたりもした。だけど、ぽっけはとうとう閃いた。「ぽっけ、ちょっと待ってて。すぐ戻るから。ゼッタイ、まってろよ」
ぽっけがポケットに入れてきたのは、カメラだった。「この中に入ってよ。ぽっけ、デンキかもしんない」なるほど、と思って試してみたら、大成功。形は大分変わっちゃったけど、お母さんはようやく、ぼくのことがはっきり見えたみたいだった。お母さんは目をぱちくりさせていたけれど、ぼくがカメラかられいぞうこ、れいぞうこからせんたくきへといろんなものの中に入ってみたら、ようやく分かってくれたみたい。
「ぽっけって、ロトムだったのね」お母さんはそう言って笑った。