キュウコン伝説、そして
−−……。星屑を塗した明るい夜空。
それを、おおいなる峡谷から見つめている小さな背中。
尻尾の炎が揺らめき、彼の周囲をぼんやりと照らし出している。
……きょうだいが、一人で大いなる峡谷を探索しに来ているのだ。
どうやら、今日の昼間……トランセル君を救出したときに感じた
「違和感」の正体を探る為にやってきたようだ。尻尾の明りを頼りに、慎重に足元を照らす。
『(……やっぱり、この場所は何かおかしい。
自然災害が増えてきていることと関係があるかもしれないなら……
やっぱり、ちゃんと調べるべきだよね)』
そして、ヒトカゲは周囲を調べ始めた。
こういうとき、自分の尻尾は便利だ。しっぽのほのおも頑張れば調節できるし、
自分が人間だった頃に比べると−−……。
−− な… い
『(!)』
声が聞こえた。それは……今日、サーナイトが落ちそうになったところからだ。
きょうだいは慎重に崖の傍に歩み寄って、下を覗き込んだ。
『(……ない?)』
ぐっと、覗き込む。
そして、聞き取った言葉に目を丸くしたそのときだった。
ドンッ
『!?』
−−振り返って確認することもできなかった。
ヒトカゲは、背後からの衝撃によって、
前のめりになったまま暗い闇の底へ……。
二章 キュウコン伝説、そして
−−ドドドド……。
「……うん?」
突然の縦揺れに、眠っていたゲンガーが目を覚ます。
しかし、最初から何もなかったかのように、目の前に広がるのはいつもどおりの峡谷だ。
……峡谷?
「あれ? ……何でオレさま、こんなトコで寝てんだ……??」
むくと、と起き上がりながら、ゲンガーは体の砂を掃った。
ここは昨日事件の起きたおおいなるきょうこくだった。
……あの後、解散を申し渡され、ミドリに何故か励まされ、
挙句自分の寝場所に帰って仮眠を取った事は覚えているのだが……それ以降の記憶がプッツリだ。
「……寝ぼけてここまで歩いてきたか? いや、オレさま、
夢遊病なんて煩っちゃいねーし……って、イテ」
ゲンガーが腕を見ると、火傷の跡があった。
「やけど……?」
カツン。
「ん?」
何かが落ちた後に振り返ると、ゲンガーはビクッと背後を振り返った。
狭い、岩の間の砂利道に、何やら黄色いものが落ちている。
……何かと思って取り上げ、朝の爽やかな青空に翳してみると、
それは救助隊に必須アイテムの「たんけんバッチ」だった。
救出をするときに翳せば相手をダンジョンから脱出させることのできる
超便利アイテムだ。 その形状はランクによって形が変動する。
そのバッチの形状は……
「ウゲゲゲゲッ!!? ルカリオランクだとぉ!?」
−−なんとそれはルカリオランクのバッチだった。
あまりの衝撃に、ゲンガーはそのバッチを再び地面に取り落とす。
……このバッチを持っているのはあの二匹しか考えられない。
きょうだいかミドリだ。
昨日、大いなる峡谷に来たときには急いでいたから、そのときに落としたのだろうか。
……まあ、落とし主が明らかになっている落し物を放って行くほどゲンガーも不親切ではない。
「……アイツらのところにもって行ってやるか」
そして、ゲンガーはそのバッチを預かったのだった。
「……しかし、いつまでもこんなトコにいるわけにはいかねーなぁ……。
……とりあえず、アイツラに返事をしなくちゃいけないし……
ひとまずはポケモン広場に移動するとするか。 ケケッ」
◆
−−ゲンガーがおおいなる峡谷にいる、その頃。
「こんにちは、キャタピーちゃん。 トランセルくん」
「……あっ、サーナイトさんです!」
「こんにちはぁ。 あの事件のことはありがとうございます〜」
午前中、ポケモンズの仕事を終えたサーナイトは、休憩がてらにナマズンの池のほうへ遊びに来ていた。
いつも池でナマズンのお話を聞いているキャタピーちゃんとトランセル君が、喜んで彼女を迎え入れる。
−−そこで、彼らはしばらく雑談をしていたのだが、不意にきょうだいとミドリの話題になった。
「……きょうだいさんたちは強いですよね。見た目はあんなに可愛らしいのに、
一体何処であんなに強くなられたのでしょう?」
「それは話せば長くなるですよ、サーナイトさんー」
「そうだよねえ。 きょうだいさんとミドリさんって……
一時期濡れ衣を着せられて、広場のポケモンたちから追いかけられたりもしたからねえ」
「あっ、そういえばそんなこともあったですね」
「それからも結構いろいろあったし……それで強くなっていったんじゃないのかなあ……」
この話を聞いていたサーナイトは、びっくりして目を丸くした。
「追いかけられるって……えっと、濡れ衣って、何があったんでしょうか?」
「ワシが話したキュウコン伝説のせいじゃよ」
サーナイトたちの話を聞いてたのか、沼の方からナマズンの声が聞こえてきた。
どうやら、ナマズンが何か喋ってくれそうなので、彼らは揃ってナマズンの元へと近寄る。
「えっと、キュウコン伝説って何のことでしょう?」
「ワシの知ってるおとぎばなしじゃよ。
……きょうだいたちの話をするんじゃったら、最初から教えてあげたほうがいいかの?
ふむ。サーナイトは同じ種族じゃから、ちと微妙な気持ちになるかも知らんが……
今から話すから、よーく聞いておくんじゃぞ?」
そして、ナマズンが「キュウコン伝説」について、彼女に説明し始めた。
むかし、キュウコンというポケモンがいた。
キュウコンの尻尾には神通力が こめられており……
その尻尾に触ったものには 千年の祟りがかかると言われていた。
にもかかわらず、ふざけてそれを掴んだヤツがいたのだ。
しかもそれは、ニンゲンだった。
案の定 尻尾を掴んだその人間は 千年の祟りをかけられた。
しかし、そのとき サーナイトというポケモンが
そのニンゲンを庇い……
なんと 自らの身を犠牲にして祟りを受けたのだ。
……ニンゲンとポケモンの間には強い絆がある。
サーナイトを見て可愛そうに思ったキュウコンは
ニンゲンにこう聞いた。
『サーナイトを助けたいか?』 と。
しかしニンゲンは サーナイトを見捨てて逃げてしまった。
そんなニンゲンにキュウコンは失望し……
そして、 こう予言をした。
『いずれ あのニンゲンはポケモンに生まれ変わる。
そしてそのニンゲンがポケモンに転生したそのとき……。
世界のバランスは崩れるだろう』 と……。
「……」
「どうじゃ? ……やっぱり、おもしろくなかったかのう」
ちょっとしょんぼりとするナマズンに、サーナイトは瞬きもせずに前を見つめる。
……彼女の中で、逃げ出したゲンガーの後姿が思い出された。
この御伽噺が本当にあったことだとしたら……ゲンガーが自分に良くしてくれるのにも理由が付く。
微妙な沈黙に耐え切れなくなったのか、ナマズンがちょっと申し訳なさそうに口を開いた。
「−−実は、きょうだいがそのニンゲンだって言う噂が立っての……
いろんな条件が重なって、きょうだいのせいで世界のバランスが崩れている。
彼を倒せば世界の危機は救われると、ワシらはゲンガーに騙されてしまったのじゃよ」
「ゲンガーさんに?」
「そうじゃ。 あやつ、きょうだいのことを随分嫌っておったようじゃったからのう。
……元はといえば、ワシがこんなおとぎばなしをしなければ良かった話なんじゃろが」
「そう……なんですか……」
サーナイトは、胸に手を当てて困ったような顔をした。
そして、波立つ自分の心を落ち着かせるために、目を瞑る。
……もし、本当に自分が彼のパートナーだったなら……
彼が、ゲンガーとして転生してしまったのなら……
「……おい、たいへんだぁ!!」
すると突然、広場から緊迫した声が飛んできた。
彼らはハッと、その声の方向を見上げた……。
◆
ゲンガーはぼーっと歩いていた。考え事をしていたのだ。
−−サーナイトと仲良くなりたい。
それは確かだけれど、自分の正体が知れたらきっと嫌われてしまう。
……でも、ウソがバレるというのは経験上、彼はよく知っていた。
……嫌われたくないからウソは突き通すべきか?
ミドリの言うとおり、過去なんてサッパリ忘れて仲良くする?
……ダメだ。 俺にはそんなことできない。
「(−−だけど!)」
ゲンガーは、ぱっと顔を上げる。
「(明日……明日にはきっと合格して、晴れてアイツと……)」
そして、ゲンガーはポケモン広場に戻っていったのだが。
何やら、広場の方が騒がしい。
「んん? なんだ? 何か起こったのか、騒がしい……」
「……あっ、ゲンガーじゃないか!?」
−−広場入り口でぼさっと立っていたゲンガーを見つけたのはチャーレムだ。
咄嗟に解散の事を言われるかと身構えたゲンガーだったが、
チャーレムはそんなこと一言も言わず、彼の腕をがしっと掴んで引っ張った!!
「いでででで!! 何だ、どうしたんだチャーレム!?」
「いいから来なさい! きょうだいが、大変なことになってんのよ!?」
「は? なん……」
グランブル、マダツボミ、そしてハスブレロの間を掻き分け、
無理やり目の前に倒れている「それ」を見たゲンガーの息が止まる。
−−−ありえない。 そんな五文字が胸に浮かぶけれど、
目の前でボロボロになって横たわっているきょうだいの姿は紛れもない現実だった。
その傍らにはフーディン、リザードン、バンギラス。そして。
「きょうだい!! ねえ、どうしたの!?何があったの!?
目を開いてよ、きょうだいーーーー!!!」
「……ミドリ……」
「そりゃあ…… 大切な友達があんなふうにボロボロになってたんじゃ……オレだって……」
きょうだいにしがみついて泣いているミドリの傍らには、サーナイトも悲しそうな顔で立っていた。
ふと、ゲンガーとサーナイトの視線がぶつかった−−そのとき。
「みんな! 静かにするんだ! フーディンからみんなに話があるようだぞ!」
広場に集まっていたダーテングが、その場にいるポケモンたちに静かにするように号令をかけた。
きょうだいを囲んで静かになるポケモン広場に、いつものように雲のシルエットがただただ静かに流れていく。
それにあわせて、ミドリが必死に泣き声を押さえる声がくぐもって聞えるだけだ。−−逆にそれが痛々しい。
そして、きょうだいの真横に立っていたフーディンが前に出た。
「……すまない、いきなり話を聞いてもらいたいと言って。
しかしこの事件……。私には誰がやったのか、すでに検討がついているのだ」
この発言に、広場にいるポケモンたちの表情が変わった。
「何だって!?」
「おい、誰だよフーディン、それって!!」
「それは…… きょうだいを憎む者の犯行だ」
「きょうだいを憎む者……?」
「そうだろう? ……ゲンガー」
「……ウゲゲッ!?」
思いがけずに振られて、ゲンガーが仰け反った!
広場のポケモンたちの表情が−−一斉に、彼らの元に集まった。
それに、ゲンガーが怒った顔で続ける。
「どうしてオレさまなんだよ!?意味わかんねーしオイッ!!」
だん! と、ゲンガーが息巻いて足を踏み鳴らした途端。
……ぽろ、っと、彼のどうぐばこから何かが落っこちた。
それを、きょうだいにしがみついて地面に近かったミドリがすかさず発見する。
「それって、きょうだいのたんけんバッチじゃないか!?……どうしてゲンガーが持ってるんだよ!」
「え、えっと、それは…… 今日、オレさま、おおいなる峡谷に倒れてて……」
そのとき、動いたゲンガーの真横にすかさずやってきたアーボが、慌てて耳打ちをする!
「(……動くな、リーダー!)」
「は……?」
「あれ……チャーレム。ちょっと腕をどけてくれないか?
それってゲンガー…… もしかして、火傷……?」
「! こ、これは……」
−−ここにきて、一気に疑惑の視線がゲンガーに向けられた。
焦ったゲンガーが一歩後ろに下がると、フーディンが追い討ちをかけるように一歩前に詰める。
「……ゲンガー。
きょうだいはおおいなるきょうこくで……崖の底から発見された。
おそらく、誰かに突き落とされたのだろう……」
「……誰に、だよ?」
フーディンが、さっと視線を降ろして、集まりの中のキャタピーちゃんに話しかける。
「キャタピーちゃん。以前、ゲンガーは世界制服をしたいとか口走っていたらしいな?」
「あ……そうです。 ボクを幹部にして、おかあさんからお金を巻き上げるとか……」
「ウゲゲゲーーッ!? それってかなり昔の話だろ!?今更蒸し返すなよ!!」
ここで、ゲンガーが怒り出した!!
「何だなんだ、よってたかってオレ様のこと犯人扱いしやがって!
大体なんでオレさまがきょうだいにそこまでしなくちゃいけねーんだ!?
オレさま、きょうだいに恨みなんて……」
「−−キュウコン伝説」
その言葉に、胸に氷の塊を落とされたような感覚を覚えたゲンガー。
首を回した先には、オクタン、ゴローニャ、カメックスのリーダー組みが、
真剣な表情をして立っている。
……キュウコン伝説。
ゲンガーがざっとサーナイトを見る。
サーナイトが、そんなゲンガーを戸惑ったように見つめている。
‐‐それでも、彼らの口は止まらない。
「ゲンガーは……
キュウコン伝説に出てくる……あのトレーナーだったんだろう?」
しいん、と、広場が静まり返った。
そして−−さわさわと、声が広がり始める。
「キュウコン伝説?」
「ここら辺じゃ有名だよ……」
「それが原因で、ポケモンズが追われて……」
「あれ?言い出したのってゲンガー?」
「でも、自分が真犯人だったの?」
「それって……」
「……」
「世界制服を目論むオマエにとって、きょうだいは限りなく邪魔な存在じゃないのか?
それに……オマエがキュウコン伝説に出て来るヒキョウなニンゲンなら、
それをやってのけても不思議ではない」
ぴく、と、その言葉を聞いてたイジワルズメンバーの眉が動く。
−−「救世主」を倒そうとしている者は容赦しないと、広場のポケモンたちも
ゲンガーに敵意を向け始めた。
ゲンガーは何も答えないまま、額に汗を浮かべて沈黙している。
自分を突き刺すような視線。あのミドリさえも、きょうだいにしがみついたまま、
困惑したけれど……疑惑をこめた眼差しでこちらを見ている。
ゲンガーには、犯行をした記憶が一切残っていない。
しかし腕には傷も残っているし、きょうだいの所持品も持っている。
そして、自分が何故大いなる峡谷にいたのかそれすらわからないけれど−−
この状況だと、自分がやったとしたか思えない。
再び地面に倒れているきょうだいを見ると、涙が溢れてきた。
しかし、それを飲み込む。
そして。
「……ああ、オレがやったのさ。 ケケッ!」
「やめろっ!!」
その途端、ミドリのツルのムチがゲンガーの頬をすぱん!と叩く!
ゲンガーは一歩、その衝撃に仰け反り、広場の空気がどよめいた。
「ウソつかないでよ……! ゲンガーはそんなヤツじゃないだろ!?
それは…… くらやみの洞窟に付き添った僕らがよく知ってる……!」
「ケッ! じゃあその目はなんだ! オレさまのこと、どうせ疑ってるんだろ!!
−−きょうだいは前々から気に入らなかったんだよな!
オレ様の野望を邪魔する目障りなヤツは……
いつかこの手で始末してやるって決めてたからな! ケケッ!」
周囲の視線がさらにキツくなっていく。
「やっぱり……!! ゲンガーが!」
「ゲンガーさん……それは、本当なんですか?」
その言葉に、ゲンガーはハッとした。
彼の目の前には、困った顔のサーナイトが立っている。
……しかし、このときのゲンガーは相当テンパっていたらしい。
「……ああ。本当さ。お前との記憶は最低だったよ……!!」
「……!?」
色々とこんがらがった末に吐き出された言葉は、とても中途半端なものだった。
サーナイトは、事件の事とは全く関係のない返答に目を見開く。
そして、ゲンガーは遂にともだちひろばの方向へと逃げ出した!
広場のポケモンたちがすかさずそれを追おうとするが……
「待って!!」
ミドリがムチで、ゲンガーを追いかけようとした皆を制止する。
「おい、なんで止めるんだよ、ミドリ!?」
「−−ボクが戻ってくるまで待ってて!
本当にゲンガーがやったなら……
きょうだいの相棒であるボクが絶対捕まえる!!
誰にも手出しさせないぞ!」
「……み ミドリ……」
ミドリの迫力に押されて、広場のポケモンたちはその場に留まった。
‐‐きょうだいの基地の方向へ去っていくミドリの後ろ姿を見て、広場のメンバーが悲しそうに俯く。
「そ そうだよな…… ミドリのやつ、一番きょうだいと仲が良かったもんな」
「つかまえたい…… だろうな。 自分の手でさ……」
「……。」
そう話すバンギラスとリザードンの横で、
フーディンが訝しげな目でフシギダネを見送るのだった……。
◆
「待ってください、ゲンガーさん……! あっ!」
「! サーナイト!!」
−−丁度、きょうだい基地からその真下の出口へ行こうとしていたゲンガーだったが、
自分を追いかけてきたサーナイトが転んだのを見て、慌てて彼女の元へ駆け寄った。
「まだ本調子じゃないんだろ! 走ったりするんじゃねぇよ!!」
「わ 私にはやっぱり、ゲンガーさんがきょうだいさんを崖から突き落したとは考えられないんです……!」
「……!」
その言葉にゲンガーが驚いた顔をするが、すぐに悲しそうな顔になった。
「オレだって…… もう、わからねぇよ。
昨日、帰ってからの記憶が一切ねぇんだ。
でもあれだけ証拠が揃ってちゃ……
俺がやったって認めるしかねえよ……」
さわさわと風だけが流れていく。……不意に、サーナイトがゆっくりと立ち上がった。
俯いていたゲンガーが、自分より背の高いサーナイトを反射的に見上げる。
−−そして、彼女はにこりと笑ってこういった。
「逃げましょう。 ゲンガーさん」
「え」
「……ウゲゲッ!?何を言ってるんだ!?サーナイト!!」
「逃げようっていいました。ゲンガーさん」
にこにこ笑いながらサーナイトが言う。
「あなたの無実を証明できるならワタシ、何処にだってついていきますから」
「だ、ダメだダメだ!! オレ一人ならともかく……
無関係のオマエを巻き込むわけにはいかねぇだろっ!!」
「無関係じゃありません!」
「!」
「だって、私は……」
突然、今まで見せたことのない反応を見せたサーナイトに、ゲンガーが戸惑った。
「……さ サーナイト……?」
「……お願いです、ゲンガーさん…… 私も一緒に連れて行ってください……」
「……」
「−−ゲンガー」
「! ミドリ……。」
そんなゲンガーとサーナイトの背後に、ミドリが座っていた。
……静かに、雲のシルエットだけが彼らの間をさらさらと流れていく。
暫く黙って、迷った顔をしていたミドリだったが……
やがて、覚悟を決めた顔になると、目の前で汗を浮かべているゲンガーをしっかりと見つめた。
「……本当に、ゲンガーはやってないんだよね?」
「……ケッ。やってないって言っても……どうせ信じてくれないだろ?」
「……わからない。……でも、僕ら、疑われる辛さは知ってるよ」
「…… だから、にげて!」
「……ウゲッ!?」
「……オイラもゲンガーを信じたい!
だから…… ほとぼりがおさまるまでは
逃げて 逃げて 逃げまくるんだ!」
「……」
「きっと……きょうだいならそう言うと思うから……
だからボクも ゲンガーのことを信じるよ!」
「−−リーダー!」
「!」
言葉を失ったゲンガーの背後から、こんどはイジワルズがやってきた。
……まだ、解散の話も終わっていないのに、こんな場面で顔をあわせたゲンガーが
お前ら、と、申し訳なさそうに口を開く。
……そんなゲンガーに、チャーレムとアーボが呆れたように苦笑した。
「……リーダーがやってないことぐらい、目を見たらわかるよ。
リーダーのこと、オレらが一番よくわかってるんだからさ」
「そうよねぇ。もっとこっちを頼れって話よねぇ。
……これでも私らお仲間なんだし?……ね、リーダー」
「……ケケッ。バカだな、おまえら……オレが犯人かもしれねぇのに……」
「……」
殆ど泣いている顔をしているゲンガーの傍らで、サーナイトが優しく微笑んでいる。
そんな彼女を、ゲンガーが不安そうな顔で見上げた。
どんなに彼が止めようと、サーナイトはきっと着いてくるだろう。
……やがてゲンガーは、彼女と向き合って真剣な顔で静かに口を開く。
「……いいのか? サーナイト。
俺はお前に何もしてやれない。
お前を無事に守れるかもどうか……」
「いいんです、ゲンガーさん。
私、足でまといにならないように頑張りますから!
……二人で絶対に、またここのポケモン広場に戻ってきましょう!」
「……ああ!」
−−−そして、サーナイトとゲンガーの逃避行が始まったのだった。