曖昧イジワルズ
ぺリッパーの連絡所が建っている岬のエリア。
依頼が掲示されている掲示板の草むらに集まっているのは「イジワルズ」だ。
イジワルズのリーダーであるゲンガーは、気の抜けた顔で明後日の方向を見つめている。
……どうやら、数時間前に起こった事件のことで頭がいっぱいらしい。
チャーレムとアーボはそんな事件があったことすら知らないが、
あまりにも腑抜けた様子のリーダーに呆れたようにため息をついた。
「……リーダー。 ぜんっっっっぜん活動する気配ないわねぇ?」
「あ?……それがどーしたってんだよ」
ゲンガーは、上の空で言葉を返す。
そんなしまりのない顔のリーダーに、アーボが渋い顔で言い返した。
「それにしたって活動しなさすぎだろ。
……リーダー、チャーレムの言ってる意味、わかるか?」
「ん?どういう意味だよ?」
意味ありげなその言葉に、ゲンガーが目を丸くした。
お互いの顔を見合わせたチャーレムとアーボだったが、アーボが説明してやれ、とチャーレムに目で合図する。
わかったわよ、と首を傾げた彼女が、ゲンガーを前に、腕を組んで一言。
「このままじゃ、イジワルズは解散ってことになっちゃうわねー」
「ケッ! なんだよ、そんなこ……」
暫く真顔だったゲンガーだが、ちょっと時間を置いて、そして。
「……ケケッ!?なんだと〜〜〜っっ!!?」
−−その、衝撃的な発表に、その場から数センチ飛び上がった!
この反応は予想していたのか、二人とも微動だにせず、そんなリーダーの様子を見守っている。
ゲンガーは怒った顔で拳を握り締めると、猛然と彼らに講義をした。
「こら、オレさまを置いて勝手に話を進めるんじゃない!
何がどーしたらそんな事になるんだよッ!」
「だって、ゲンガーがいないから、勝手に進めるしかないじゃないか」
「そうだ。 最近オマエ、全然イジワルしなくなっちゃったし……」
「ぐっ……」
「それに、ずっとサーナイトのことばっかり」
「……あー! あー! あーーーーー!!!!」
突然、ゲンガーは叫んだかと思ったら、しゅば!っと手を差し出した!
「ケケッ、すまねぇな!ちょいと用事を思い出しちまった!この話はまた今度っつーことでヨロシク! な!?」
「あ、逃げた!!」
「おい、ちょっと、待てゲンガーー!!」
しかし、そんな彼らの声を振り払うように、ゲンガーはポケモン広場の方向に向かって逃げていく。
−−行き場のない手を、目をパチクリさせながら浮かばせていたチャーレムだったが、
諦めたようにその手を下げた。
「……あーあ。行っちゃったわねえ。逃げ足だけは速いんだから」
「……」
「ん? どうしたの、アーボ」
「……いや、何でもないよ」
何でもないよ、といいつつ、何処かトゲを含んだその声に、チャーレムはふうん、と頷き返す。
……何でもないワケないのだろうが、ここでそれを突っ込むほど野暮ではない。
そして二人は、ポケモン広場に去っていったリーダーの後姿を静かに見送るのだった……。
◆
「はぁはぁ…… ここまで来たら、追いかけてこないだろ……」
ポケモンひろばを経由してナマズンの池にやってきたゲンガーは、
その広場の片隅で息を整えた。……あの二人が追いかけてくる様子はない。
池の前に立って、水面に映る自分を顔を眺めながらゲンガーはため息をつく。
「(……チームの解散、か……。……)」
……そんなこと、昔のだったら絶対に考えられないことだっただろう。
きょうだい達に出会うまでは、なにも考えずに「イジワル」をすることができた。
しかし、今は違う。ポケモンズに助けられながら、サーナイトを助けたことによって心境が変わった。
「自分に足りなかったのは…… かんしゃのキモチだ」
そう気づいたら、自然と「イジワル」するキモチが起きなくなってしまったのだ。
しかし、それでは、今まで一緒に活動してきた「イジワルズ」が機能しなくなってしまう。
……あの二人はずっとツルんできた仲間でもあるから、
ゲンガーとしては、解散してからバラバラになってしまうのは寂しいことだ。
「(……おいおい。どうしたらいいんだよ、これは……)」
「……あっ! いた!! ゲンガーだ!」」
「!?」
ゲンガーがその声に振り向くと、彼の背後に立ってたのはミドリだった。
慌てたゲンガーは真っ先にサーナイトの姿を探すが……
‐‐どうやら、彼女とは一緒じゃないらしい。
安心したようにため息をついたゲンガーに、ミドリがちょっとむっとした顔になる。
「……また今、サーナイトのこと探してたでしょ」
「!? そ そんなことねぇ! 何言ってんだこのタネぶーすけ!」
「まーたそんな新しい悪口を……;
ねぇ! ちょっと聞いてよ。
厚かましいかもしれないけど…… ……ゲンガー。
サーナイトと距離、取りすぎじゃない?」
「なんだと……?」
−−いきなりそんな話をフられるとは思っていなかったゲンガーが怯んだ。
……そんな態度は予想していたのか、ミドリが寂しそうな顔で続ける。
「……ほんっと、ゲンガーってよくわかんないよ。
前はあれだけ自分勝手だったのに、
反省してからはすっごい大人しくなっちゃってさ……」
「う うるさい。 それがどうした!」
「サーナイトから遠ざかるくせに今日みたいにおせっかいだから、
サーナイトが混乱してるの!
今日、何があったのか知らないけど……
ゲンガーさんにわたし何かしちゃったのかしら、って
何か自分を責めてる感じがしてたし!」
「え」
ゲンガーが硬直する。
……そう。何を隠そうゲンガーは、ひろばでも割りと有名になってるぐらい
サーナイトにおせっかいであった。
転んだらすぐに駆けつけて起したり、はたまたギルドの仕事で危なくなったら
すぐにはせ参じて自分が盾になったりと、お前もうポケモンズに入ればいいってぐらい
サーナイトに優しいのに、助けた後はすぐに退散してしまうという謎っぷりを晒し。
当然、サーナイトが混乱するのもワケなかった。
「……過去を覚えてない分、自分と何か関係あるのかもって思ってるみたいだ。
……えっと、デリケートな問題だし、僕らもゲンガーの過去のこととか、
キュウコン伝説については一切彼女に教えてない状況なんだけど……」
「……」
「……何だか、今のゲンガーってさ。
サーナイトと仲良くなりたいのにすごく遠慮してる感じがしてさ……。
ボクは、もっとサーナイトと仲良くしてもいいかな、って思ったんだ。
……ゲンガーはもう、ゲンガーなんだし」
「……!」
ミドリの言葉に、ゲンガーは目を丸くした。しかし、ミドリは真剣な顔をしている。
……ゲンガーはもう、ゲンガー。……そうだ。彼はもう、人間という存在ではないのだ。
ミドリ自身も、ゲンガーがキュウコン伝説の事件を気にしていることぐらいは分かっている。
何も答えられないゲンガーに、ミドリは慎重に言葉を選びながら話を続けた。
「……サーナイトはもう何も覚えていないんだ。
ゲンガーが昔人間で、パートナーだったことも、全部。
だからさ…… 彼女のこともちゃんと助け出してあげられたし、
サーナイトと仲良くしてもバチは当たらないんじゃないかなあって思うし……」
「……」
「……ごめん。うまく言えないや……。」
「……。それは、オレさまに「過去の事は全て忘れろ」って言いたいのか?ミドリ」
「そ、そんなことは行ってないよ!?でも……。」
「……そりゃ無理だぜ。ミドリ。
オレさまだったら、何も覚えてなくても……
自分を見捨てたヤツなんかと、仲良くなりたいだなんて思わないからな。
それにオレ様は……」
そして、彼は目を閉じて呟いた。
あのとき、峡谷の映像が蘇る。
「……また、サーナイトを見捨てるかもしれない。だから……」
ゲンガーは、難しい顔をしたミドリを前に、気の抜けたような顔で答える。
「今日はもう帰る。何だか妙に疲れちまった」
「……そっか。 ごめんね、変なこと言っちゃって」
「ケケッ。ポケモンズの言う事なんて気にしねーよ」
そして最後にぼそっと呟いた。
「心配かけてわりぃな。でも……あと少しなんだ。
あと少しで、胸を張ってあいつと仲良くできる……」
「え?」
思いがけない一言にミドリが聞き返そうとするが、
ゲンガーはいつものニヤニヤ顔に戻る。
「アバヨ、ミドリ。気をつけて帰るこったな」
「あ、ちょっと!!」
そして、のしのしとポケモン広場から出て行ったゲンガー。
その背中を、腕を組んで見送るミドリ。
やがて、ゲンガーの後姿は小さく、見えなくなった。
◆
−−今日も一日が終わる。
たそがれ基地の前。ポストの傍らに、小さな影が伸びる。
ボロボロの布を手に握ったきょうだいが、ポストを必死に磨いているのだ。
彼は黙って、バケツの中に雑巾を浸して、それを濯いでから再び絞るが……
不意に、夕日を遮った影に、顔を上げる。
すると、そこにはサーナイトが立っていた。
「(あれ? サーナイトじゃないか。珍しいな、こんな時間に……)」
「こんばんは、きょうだいさん。……ポスト、お掃除していたんですか?」
「(うん。いつも依頼を届けてくるぺリッパーに感謝する気持ちも込めてね)」
「そうなんですか。 きょうだいさんは偉いですね。
……。」
笑顔から真顔になったサーナイトの顔を、ヒトカゲが黙って見つめる。
……何か、言いたそうな顔をしている。 そして、それが大体何なのか、ヒトカゲには大体察しが付いていた。
ごしごしとポストを吹きながら、サーナイトが何か言うのを待っていると、案の定彼女が口を開く。
「……きょうだいさん。わたし、ゲンガーさんと過去に何かあったんでしょうか?」
その言葉にきょうだいは緊張した。
……サーナイトとゲンガーの関係は知っているが、
部外者が明かしていい問題ではないということも知っているからだ。
サーナイトが続ける。
「……以前から思っていたことです。
ゲンガーさん、こんなワタシにも、とても良くしてくれますし……。
でも、わかんないんです。
ゲンガーさんは私にとても良くしてくれるけれど……。
私が笑いかけると、とっても辛そうな顔をします。
それに今日も……」
彼女は、泣いていましたという言葉を飲み込んだ代わりに言う。
「わたし……ゲンガーさんと仲良くなれないのが寂しい……」
−−−それを聞いた兄弟が、ばしっとバケツに雑巾を突っ込んだ。
そして、驚いた顔をしたサーナイトに歩み寄ると、しっかりとした口調で言った。
「(大丈夫。今はまだ分からないことだらけだと思うけど……
きっと、いつかゲンガーとすごく仲良しになれると思うよ。
だって、君らは…… トモダチじゃないか)」
夕日の光が薄くなる。サーナイトはきょうだいの言葉に暫く驚いた顔をしていたが、
不意に優しい顔をすると、嬉しそうに頷いた。
「……ありがとうございます、きょうだいさん。
そうですよね。 トモダチ……ですもんね。
何だかちょっとだけスッキリしました。今日はよく眠れそうです」
「(今まで寝れなかったの!?)」
「え、えっと、ほんの少しだけ……」
……多分、少しじゃないな。
そう思ったヒトカゲを前に、少し照れたようにサーナイトが微かに笑った。
そして、サーナイトは、夕日の帰路を静かに帰ってゆく。
それを見送ったヒトカゲはただ、複雑そうな表情で、その後姿を見送ったが……
やがて、決心した顔で、荷物をまとめたのだった。
彼らの問題に自分達が出来ることなんて殆どないけれど。
自分がやれることは頑張ろう、と決心して。
「ちくしょう、仕事が来ねぇぞ!」
そう、広場から外れたある街道で叫ぶのはハイドロズのカメックスだ。
彼の手にはある紙切れが握られている。−−どうやら、依頼の紙らしい。
だが、その紙に記されているのは、赤いペケと、依頼を断って済まない、という
胸が書かれた内容だったようだ。
オクタンが、困ったように、彼の手からしわくちゃになった依頼書を取り上げた。
「何だい。仕事ならたくさん入ってくるじゃないか」
「そうじゃなくてだ! 難易度の高い、報酬がいい仕事のことだよ!
ぜぇーんぶ、ポケモンズのギルドの方へ流れていっちゃうじゃないか!!」
「仕方ないよ。だってあそこはきょうだいがいるんだから」
「それにしたって! …… いい仕事を取りすぎだろう!?」
「……でも、確かにちょっとズルいかもねえ」
そして一同、ため息。
そのときだった。
「−−ねえ、知ってる?」
「!?」
彼らが話し込んでいる和に入ってきたのは、見知らぬポケモンだった。
……ここらではあまり見かけることのないポケモンだった。
小柄な体だ。どうやら幼いラルトスらしいが−−その体は、とても薄暗い。
全身をモノクロトーンに落としたような色合いをしている。
突然現れたラルトスに、彼らは少し警戒する。
「……誰だ、お前。ここらへんじゃ見ない顔だな」
「私たちに以来をお願いしたいのん?」
「珍しいな、この所、みんなポケモンズに頼りに行くのに」
「え? ポケモンズ? やだなぁ〜、
あんな人間が仕切っている場所になんか行かないよぉ!
って、ボクが言いたいのはそんなんじゃなくてえ」
そして、彼はニヤリと笑う。
「キュウコン伝説の真実だよ」
「キュウコン伝説の……」
「真実……?」
そう、互いに顔を見合わせて首を捻るハイドロズ。
そして、ラルトスはにこりと笑うと「その真実」を語り出した。
みるみるうちに驚いた顔をする彼らの足元では夕日が蔭り……
仄かに、夜の訪れを感じさせていた。