掌の絆
−−きょうだいが星の衝突を防いでから数ヵ月後。
自然災害で混乱していた場所も、納まりが付いてきたはず、の頃の話だ。
ポケモン広場に集まったきょうだいとミドリが、お互いに顔を見合わせて喋っている。
その顔はいつになく真剣だが、広場で楽しそうに談笑しているポケモンたちに混じっているので、
本当に注意しないとその深刻な空気は伝わってこなかっただろう。
木箱に地図を広げながら、きょうだいの相棒・ミドリが困ったように首を捻る。
「……ねえ、きょうだい。これってどういうことだと思う?」
「(……どういうことって……)」
木箱を挟んで、きょうだいも困ったように腕を組む。
彼らが広げた地図の上には、赤いバッテンマークがいくつか記されている。
‐‐このバッテンマークは、日を追うごとにぶちぶちと増えていくのだ。
「(……自然災害が増えてる、ってことだよね?)」
きょうだいがそう言うと、ミドリがそうだよね、と、相槌を打った。
……自然災害は、近づいてくる星が原因で引き起こされたものだ。
災害が収まってからも、元の土地の状態に戻る為に多少の災害は起きると言われていたが……
今回発生している災害は、どれもかなり規模が大きく「修正されるために起こっているもの」だとは少し考えずらいのだ。
しかし、星の衝突意外に発生原因が何なのか?と聞かれてもその理由が全然分からないため、
こうして彼らは揃って首を捻っているのである。
しかし、分からない事を永遠と考えていても仕方がない。
地図を自分のどうぐばこに仕舞ったミドリは、きょうだいに話しかける。
「……どっちにしたって、まだまだ救助の仕事が終わらないってことだよね。
フーディンたちも調査してくれてるみたいだし……
まずは、ボク達にできることを少しずつでもやっていこう!」
と、ミドリが話を締めくくったそのときだった。
「きょうだいさぁーーん!!」
「あれ?」
広場の奥から、キャタピーちゃんが慌ててやってきたのだ。
ぜえはあと息継ぎをしているキャタピーちゃんに、不思議そうな顔でミドリが聞き返す。
「どうしたの? キャタピーちゃん。ものすごく慌ててるみたいだけど……」
「−−トランセル君が!崖から落っこちて、岩の裂け目の間で動けなくなっちゃったんですよう!!」
「……な、なんだってえ!?」
がーん! と、ミドリが飛び上がった!
慌ててきょうだいが何処にいるのか、とキャタピーちゃんに聞き返す。
「えっと、おおいなる峡谷のおくちです!
それに、サーナイトさんも先にそっちに向かってるです!」
「ええっ、サーナイトも!?」
再びミドリが素っ頓狂な声を上げた。
それもそのはず‐‐サーナイトは実態のある姿に戻ったものの、
せいれいの姿で過ごす時間が長かったせいか、まだ本調子とは言えない状態なのだ。
それは、この数週間でギルドの仕事に同行していたきょうだいとミドリが実証済みである。
しかし、サーナイトが絡んでいるという事実にきょうだいがハッと顔を上げた。
「(だったら、ゲンガーもきっとそっちに向かってるはずだ!)」
「あ!……そうだね。 それだったらまだ安心できるかも!」
その二人の言葉に、キャタピーちゃんが不思議そうな顔をする。
「え……? どうしてゲンガーさんが……?」
「とにかく行こう! キャタピーちゃんは危ないからここで待っててね!」
それじゃあ!と、おおいなる峡谷へ走り出したきょうだいたち。
そんな彼らを背中を見送りながら、頭にクエスチョンマークを浮かべたキャタピーちゃんは、
ひたすらに首を傾げるのであった……。
◆
一方、その頃‐‐……。
息を切らしながら大いなる峡谷・おくちに出向いてきたのはサーナイトだった。
翡翠色の体を揺らし、緋色の目をきょろきょろさせながら、慌ててトランセル君を探している。
「……だぁれかーー…… たすけてくださーーーい……」
「!」
真っ白な太陽がオレンジの岩肌を厳しく照りつける中、か細い声が風に乗ってサーナイトの耳に届いてきた。
その声を辿って、彼女はトランセル君に呼びかける。
「トランセル君!? どこにいるんでしょうか!?」
「あれ? その声はサーナイトさん!?」
驚いた声だが、助かったと安堵するようなトランセル君の声が返ってきた。
彼女が注意深く周囲を調べると、崖の横穴にぽつんと落っこちているトランセル君が見つかる。
崖の縁に座り込んだサーナイトが、大きな声でトランセル君に呼びかけた。
「よかった、トランセル君! 何処もケガはないですか!?」
「はい、ボク、ずっと体を固くして待ってましたから……!」
元気そうなトランセル君の声を聞いて、サーナイトはほっと胸を撫で下ろした。
少し安心したところで改めて状況確認をする。
−−ゴォォ、と冷たい風が彼女の体を揺らし、深い青空の雲を吹き晴らしていく。
……ねんりきで浮かべるにはちょっと風が強いかもしれない。
おおいなる峡谷は風が強いので、いくら「かたくなる」が使えても、ある程度の高さから落ちたら唯では済まないだろう。
体調も万全ではないので、確実に安全といえないならばねんりきで浮かべない方がいい。
「……ねんりきで浮かべるには風が強すぎます。
でも、トランセルくんが吹き飛ばされないように押さえるぐらいなら……」
そう判断したサーナイトが、目を細くしたそのとき。
−−青空の青を反射したオレンジ色の岩の上に、大きな鳥のシルエットがするっと流れた。
サーナイトが顔を上げた先に旋回していたのは−−とても大きなオニドリル。
……どうやら、トランセル君が落っこちた先はオニドリルの巣だったらしい!
上機嫌で巣穴に戻ろうとしたオニドリルだったが、そこにトランセル君が転がっているのを発見すると、
素っ頓狂な声を上げてばさばさと翼を動かす!
「んわーっ!?おでの巣穴に何かウマそうなのが落っこちてるべ!?」
「ひぃいい! ぼ、ボク…… た、食べても美味しくなんてないです〜〜っっ……!!」
「なにっ!?……そういうヤツほど食ってみたらおいしいんだべな、こりゃ〜!!」
「−−オニドリルさん!」
サーナイトの焦った声に、オニドリルが顔を上げた。……サーナイトが焦るのにもひとつ理由がある。
おおいなる峡谷に住むオニドリルは、とってもわがままなことで有名だったからだ。
ばっさばっさとこちらを見下ろす彼に、両手を組んだ彼女が困ったようにお願いをした。
「あの…… ごめんなさい。本当に失礼なことだとは思うのですが……
見てのとおり、トランセル君はあなたの巣穴に落っこちて、こちらに戻れないのです。
もう少しでポケモンズの救助隊がやって来るので……
それまでトランセル君をあなたの巣穴に置いてもらってもよろしいでしょうか?」
「なにっ、ポケモンズだと!!?」
ポケモンズの名前が出た瞬間、オニドリルが不愉快極まりない!といった大声を上げた。
何故怒った顔をされるのか分からないサーナイトに、彼が怒ったような声で続ける。
「おでは この間、ポケモンズにぼっこぼこにやられただ!
黒い流れ星が見たいからってひょうせつのれいほうに行こうとしただけなのに……
言う事を聞かないからって無理やり連れ戻されたんだべー!?」
「それはきょうだいさんたちの判断が正しいと思いますよ?」
「は?」
「だってオニドリルさんはそこまで強くありませんから!」
にこっと眩しい笑顔で爆弾発言をかますサーナイト。
一瞬何を言われたのかと目をパチクリさせたオニドリルだったが、
次の瞬間には、カーッとヤカンが沸騰するように顔を真っ赤にさせた!
‐‐その後、青ざめているトランセル君も置いてけぼりにサーナイトの天然っぷりは爆走する。
「ほら、ひょうせつの霊峰までの道って危ない場所だって言いますし、
オニドリルさんのことを思ってのことなら……きゃっ!」
言葉を続けるサーナイトの体に、強烈な風が巻き上がった!
それは威嚇する程度のレベルの風おこしだったが、
そのせいでオニドリルの巣穴に落っこちたトランセル君がぐらついた!
「わ わ!?」
「と トランセルくんっ!?」
「‐‐っかーー!だからポケモンズはキライだ!!
おでの嫌なことバシバシ言ってきやがんべ!
……オマエをやっづけた後に、あの緑っちいの食ってやる!」
「!」
大空へと翼を広げて飛んでいくオニドリルをサーナイトが慌てて見上げる。
そんな彼女目掛けて、オニドリルは鋭いくちばしを軸に鋭い勢いで下降した−−……!!
『−−ドリルくちばし!!』
「きゃっ……!!」
−−ガッ。
……黒く塗りつぶされた視界に、鈍い音が広がった。
ちなみに、視界が真っ暗なのは、サーナイト本人が反射的に目をつぶってしまったからだ。
いくら経っても襲ってこない痛みに、恐る恐る、サーナイトが緋色の目を見開くと……
そこには、真っ黒な背中があった。
何処か丸っこくて、背中のトゲが鋭くて……だけど愛嬌のある後ろ姿。
攻撃を受けたらしいオニドリルが峡谷の岩の上に落っこちている。
まだ動けないサーナイトを背後に、彼……ゲンガーは、いつもの笑顔でいやらしく笑った!
「ウケケケケケケッ!! ゲンガーさまの登場だぜぇ!!」
「ゲンガーさん……!!」
くるっと、ゲンガーが振り返る。
チャーレムに称された「ニヤニヤとしたいやらしい顔」のポーカーフェイスのまま、
彼はサーナイトの無事を確認する。
「おぅ、サーナイト。 お困りのようだな? きょうだい達はどうしたんだよ」
「わ 私が先に到着してしまったので…… 先にトランセル君を……」
「あ? トランセルだと? ……あぁ、なんだ、そういうことか」
「お……お前はイジワルズのゲンガーでねえか!?こんなところで何してるんだべ!?」
ばっさばっさと羽を動かしながら空へ退散するオニドリルを前に、
崖の底のトランセルを確認していたゲンガーが顔を上げる。
そして、ニタニタと笑いながら彼に対応した。
「ケケッ。オレさまが何処で何をしてようがオマエにカンケーないね。
それより、そこの巣穴に落っこちてるトランセルくんを助けてあげたらどうだ?
どうせ暇なんだろ? ウケケケッ!!」
「なんだべ!“イジワル”を語る救助隊が聞いて呆れる言葉だべ!!」
「……あん?なんだと?」
「困ってるポケモンを助けるなんて、全然イジワルじゃないべーーー!?」
−−その言葉に、ゲンガーの顔から表情が消えた。
「そ それは……」
「どーせお前もおでの敵で、ポケモンズに加担するんだべ!
みーーんなオデの敵なら、もう何もかも吹き飛んで消えればいいだ!!
−−かぜおこし!!!!」
歯切れの悪いゲンガーの言葉をもみ消すように、オニドリルがばさばさと羽を動かした!
その勢いで生み出された強風が、砂埃を巻き上げながらゲンガーとサーナイトに襲い掛かる!
目をつぶって踏ん張っているゲンガーの横、僅かにサーナイトの体がぐらついて−−……
「まずいっ!!」
「きゃあっ!!」
そう思った瞬間には遅く、サーナイトはぼん、っと背後に吹き飛ばされた!
「サーナイト!!!!」
切り立った崖まで飛ばされた彼女を、ゲンガーが無我夢中で追いかける!
そして、崖の縁までスライディングしながら、彼は短い腕をものすごい速さで伸ばし−−
サーナイトの細い腕を、がしりと掴んだ!
‐‐砂埃が晴れ、高い崖の縁でゲンガーがサーナイトをその場に繋ぎとめている。
ぶらぶらと風に煽られて揺れているサーナイトの体は不安定で、
下を見たサーナイトがハッと顔色を変えた。
「サーナイトさん! ゲンガーさんっ!!大丈夫ですかっ!?」
遠くで、状況が見えないトランセル君の声が飛んでくる。
ゲンガーは真っ赤な目を瞑ってサーナイトの腕を強く握ったまま、額に脂汗を浮かべた!
「うぎぎぎ……!! な 何でこんなことになっちまったんだよぉ……!!」
「……ゲンガーさん!このままじゃゲンガーさんも落ちてしまいます!!私の手を……離してください!!」
「うるせー!! ここで手を離しちまったら…… またオマエを見捨てることになっちまうだろ……!!」
「……え?」
切羽詰ったような声に、サーナイトは……何か、小さな引っ掛かりを覚えた。
−−この状況とは、別のものを思い描いているようなその表情。
ポケモンとは違う誰かの横顔。この、……懐かしいこの感じは……。
「きょうこくの塵になるだーーー!!」
「!!!」
オニドリルが起した強烈な風おこしがゲンガーの体をなぶり、
サーナイトの体を大きく揺らして、そして−−……。
彼らの手が、離れた。
目を見開いたゲンガー。落ちていくサーナイト。
ゲンガーの頭の中で、鈍く音を伴って再生されるノイズ交じりの映像が映った。
自分が、サーナイトを見捨てて逃げて出す映像。
彼女は、目を見開いたまま崖の底へと落ちていく。
「サーナイトっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
手を伸ばしたゲンガーの頬を何かが通過する。
びゅううう、っと、空気を裂く音とともに、ツルのむちがサーナイトの手を繋ぎとめた!
目を見開いた背後で、流れ込むように割り込んできたきょうだいがオニドリルと対峙した!
−−あのきょうだいの姿を確認したオニドリルがぎょっとした顔で声を上げる。
「ひぃいぃ!?ぽぽぽっ ポケモンズぅっ!?」
「(……かえんほうしゃ!!!)」
怯んだオニドリルに向かって間髪入れず、
きょうだいの口から強烈なかえんほうしゃが放たれた!
「あべべべべべべ!!!!?!!」
かなり一方的、かつさっさと失せろと言わんばかりの火炎放射は、
遠慮容赦なくオニドリルに直撃し、盛大に真っ黒コゲになった彼は
ひゅるるるーっと崖の底に落ちていった……。
『……お、覚えてろだべーーーー!!』
「トランセルくーん!!大丈夫ですーーー!!?」
−−結局、きょうだいたちに着いてきたのか、キャタピーちゃんの声が聞こえた。
「ぼ……ぼくは大丈夫だけど、そっちは大丈夫ですかーーっ!?
ボク、ここからじゃ何も見えなくてー……!」
「わ わたしは大丈夫で……」
ぽたり。
サーナイトの頬に、涙が落ちた。
サーナイトが目を見開いて上を見上げると……
そこには、手を差し出したままぼろぼろと泣いているゲンガーの姿があった。
音もなく泣いているので、きょうだいもミドリも気づいていないようだ。
だが、それを見た瞬間、サーナイトの中で全ての音が止まった。
背景が真っ白になり、ゲンガーの姿が驚くほどくっきりと目に映る。
「ゲンガー! やっぱり来てたんだね! サーナイトを助けてくれて、ありが……」
お礼を言おうとしたミドリだったが、それよりも早く、ゲンガーはその場から走り去ってしまう。
「あれ!? ゲンガー、もう行っちゃうの!? まったく……ツンデレなんだからなー……」
「……ゲンガーさん……」
「よいしょっと。よかった、サーナイト!
……って、あれ?……かおいろ良くないよ!?大丈夫!?」
「……わ、わたしは大丈夫です。 早くトランセルちゃんを……」
支えられながら、サーナイトは逃げるように去っていくゲンガーの後ろ姿を見た。
「……あら……?」
−−その後姿は、何処か見覚えがある。
そう、あの後姿は……。
−−み……い。
「(……あれ?)」
深い青空。 尻尾の炎を風に靡かせながら、きょうだいが空を見上げた。
「よし、引き上げたよ!」
「ありがとうございますーー!!助かりましたぁ……!!
「あれ? どうかしたですか、きょうだいさん?」
「(……いや……なんでもないよ)」」
見上げた先の空には何もない。少し険しい顔をしているきょうだいだったが、
キャタピーちゃんの視線に気づくと慌てて笑顔に戻る。
「(……誰かがいたみたいだけど……きのせい?だよね……?)」
「……きょうだい! サーナイト、あんまり気分がよくないみたいだ。
トランセルくんの救出も終わったことだし……はやくひろばに戻ろう!」
「(……そうだね。 ひろばにもどろう!)」
そして、おおいなるきょうこくに背を向けて去っていくきょうだいたち。
……そして、全員が完全に引き上げた頃。
誰もいなくなった峡谷に、一匹のポケモンが現れた。
それは真っ黒で、姿かたちはまるで星のようなシルエットをしている。
彼は額の短冊を揺らしながら、ゲンガーが彼女を繋ぎとめていた場所に立った。
『……サーナイト……』
彼は悲しげな目で崖の底を見下ろしていた。
そして次には……怒りを込めた目で、自分が立っている場所を見下ろす。
……そのポケモンはふわりと浮かび上がると、ひっそりと、峡谷の背景に溶けるように消えていった。
……このポケモンがこの先、とんでもない騒動を引き起こす「ながれぼし」だなんて
このときはまだ誰も知るはずもなく、今はただ静かに 峡谷の風が流れるばかり……。