事件前行動記録
深夜0時……。
「−−はぁっ、はぁっ……−−シャドーボール!!」
ゲンガーがシャドーボールを放ち、腕をクロスさせたフーディンがそれを受け止めた!
ミシミシと嫌な音を伴い、シャドーボールを受け止めたフーディンの額に汗が浮かぶ。
「……むぅ!」
「うぉっ!!」
バチン!と、激しい音を伴って、フーディンの腕が乱暴にシャドーボールを弾いた!
それは近くの岩壁に激突すると、そのまま夜の闇に薄れて消える。
それを目の当たりにしたゲンガーは愕然とした。
……そのシャドーボールは確実にフーディンにダメージを与えると思ったのに、やはり彼の力には及ばない。
「……ケッ! 全力で打ってやったのに……ハジキ返されちまうとは。
タイプだってオレの方が優勢なのに、やっぱりお前は強いんだな……フーディン」
「……フム。気を落とすことはないぞ、ゲンガー。さっきの一撃は重かった……。
並みのポケモンであればかなりのダメージを受けるはずだ」
「え……」
てっきり注意されるかと思ったゲンガーは、思いがけないその言葉に目をパチクリさせる。
これまでの練習だって、注意ばかりされていたから余計に驚いてしまったのだろう。
思い切り戸惑っているゲンガーを前に、フーディンはおかしくなって笑ってしまった。
だけど、ここまで強くなった彼の頑張りは、特訓に付き合っていたフーディンが一番よく知っている。
フーディンは優しい目でゲンガーの事を見下ろした。
「よくやったぞ、ゲンガー。
これで、一人で「やみのどうくつ」に行けるぐらいまでは強くなったはずだろう。
……これでトレーニングは合格だ」
「……本当か!? フーディン!! ケケッ……やったぜ!!」
「しかし……一人で行くのはやはり厳しいだろう。ワシも一緒に行ってやれるぞ?いいのか?」
「そりゃ遠慮しとくぜ、フーディン。 一人で行かなくちゃ意味がねーからな」
「……ゲンガー」
「なんだよ」
たしなめるような声に、ゲンガーが不満そうな声を漏らす。
「……サーナイトの為に強くなるのは間違いではない。
しかし、本当に大切なのはそこじゃないことぐらい、
オマエならよくわかっているはずだろう?」
「…… う、ウルセーな!それはそれ、これはこれなんだよ!!」
……い、今まで忙しいのに、特訓に付き合ってくれてありがとな」
ゲンガーはそれだけ言うと、フーディンから離れていった。
「アバヨ!」
そして彼は、夜の闇に紛れて消えていく。
−−そして彼が去るのを見届けたフーディンだったが、ふいに背後を振り返った。
「さて……。 ずっとそこでワシらを見ているな。
……姿をあらわせ。 何者だ?」
『……』
星影に照らされた影が、ずるりと動く。
夜の闇が動き、得体の知れない空気にフーディンは息を呑んだ。
ずるずると、黒い水溜りが波打ち……その中から、静かに暗いポケモンが浮かび上がってきた。
−−ゆらゆらゆらゆら、頭の短冊を揺らしながら俯いている。
「お、オヌシは……!?」
そこでやっと、暗いポケモン……闇のツカイが顔を上げた。
『やぁ……。ボクは闇のツカイ……。
悪夢を運び、ヒトやニンゲンを狂わせる者。
……キミにはボクの計画のためにいなくなってもらうよ!!』
フーティンが何かを言おうと口を開いた瞬間にはもう、暗い水溜りがフーディンを浚う。
そのまま黒い水溜りに沈んだフーディンを、闇のツカイが黙って見下ろしていた……。
…… 深夜 2:00 ……
−−それは、深い眠りから目を覚ました。
ひたひたと、闇に紛れて聞えるひそかな足跡……。
闇の洞窟の最深部に歩を進めたゲンガーは、九尾の印が置かれたくぼみの前に立った。
洞窟の中は深い闇に覆われ、その闇に紛れるように黙っていると……
また、あのときのように、闇の審判の声が彼に語りかけてきた。
『……誰かと思えばゲンガーさん。あなたでしたか』
その声には若干驚きの声が混じっていた。
……それもそうだろう。あのときはきょうだい達が立ち会ってここまで来れたのに、
今日は傷だらけになりながらも、ゲンガーは一人でこの場所に立っているからだ。
ゲンガーは、その声を聞きながらも、ずっと黙っている。
……闇の審判が言葉を続けた。
『どうしたのですか?
あなたはもう、サーナイトさんを取り戻しました。
こんなところに用はないはずでしょう。
今更何をしに来たのですか』
「……っだー! 用があるからここに来てるんだっつーの!!
……実はよ。 闇の審判……だっけか?
オマエにひとつ、お願いがあってな。
……オレさまを、試して欲しいんだよ」
『試す?』
「……単刀直入に言うぜ。オレ様は−−サーナイトを見捨てるのがコワイ」
「いつか、もしかしたら……オレさまがサーナイトを見捨てる。
そんな場面が、来るかもしれない。
ケケッ、オレ様はヒキョウなポケモンだからな。
サーナイトを大切に思うキモチは本当だが……
……オレ様は、弱虫でどうしようもない自分が信じられないのさ」
「……」
「それに……
何も知らずにオレ様に笑いかけてくれるアイツを騙しているようで……
オレさまは……」
「とにかく! アイツと一緒にいられる資格が欲しいんだよ!
そうしたらきっと、アイツの傍にいてもいいはずだろ?
だから頼む。オレ様をサーナイトを助けたときみたいに……
もう一度、オレさまのことを試して欲しい。お願いだ」
『−−わかりました』
闇の審判がそう言うと、ゲンガーの周囲に闇が噴出した。
焦った顔をしたゲンガーを取り囲むように、その闇は深く、濃くなっていく。
すると、闇の向こうの向こうで、闇の審判の声がした。
『あなたのこころを……もう一度、ワタシが審判にかけます。
ゲンガーさん…… あなたが彼女のパートナーにふさわしくないと判断された場合、
あなたは二度とサーナイトさんに会えなくなるでしょう。
……ゲンガーさんが失敗したときは…… あなたが千年のタタリにかかります。
それでもあなたは、その審判を受けますか』
「……」
ゲンガーは黙りこくっていた。……怖かったのだろうか。
しかし、最後には覚悟を決めた声で、言った。
「……いいぜ。 俺がダメだったら……煮るなり焼くなり、好きにしろってんだ!!
サーナイトは……タタリを受けても、ずっと俺の事を待っててくれたんだ。
タタリがなんだ。……アイツの痛みがわかるなら、それこそ望むところだ!」
『……わかりました。 それでは…… はじめましょう』
その声が終わるか、終わらないかのうちに、 ゲンガーの視界は真っ暗に塗りつぶされた。
そして、全てが黒に飲み込まれ、闇の洞窟に静寂が訪れる。
それを黙って見守っていた闇の審判は、口を開いた。
闇から解放され、気を失ったゲンガーが地面に転がっている。
『さて。 困りましたね。
ゲンガーさんには彼女と一緒にいる資格があるんですから。
あなたのその言葉に……ウソなんて感じられませんでしたから』
そして、闇の審判が笑う。
『さて。寝ているゲンガーさんに本当の事を知らせましょうかね?』
『−−やめろ!!』
そのときだった。
ざあああ、と、闇の洞窟の中心に、濃い闇が渦巻いた。
それは気絶したゲンガーを激しく取り巻くと、暴れるような勢いで渦を巻く。
−−暗闇の中、闇の審判の声が低く洞窟内に響いた。
『……どなたでしょうか?』
『ボクは闇のツカイ……。 このポケモンの再審を望むもの』
『そうですか。 ……私が嫌と言ってもいう事は聞かない。そういうことですね』
『そうだ。このポケモンは彼女に相応しくない……。ボクは、このトレーナーを……認めない!!』
「……何があったか知りませんが……。サーナイトさんはそれで喜びますかね?」
『うるさいうるさい!!うるさいーーーっっ!!』
その声と同時に、闇の審判の声がピタリと止んだ。
……何も聞えない。恐ろしい程の静寂の中に、必死になった闇のツカイの声が響き渡る。
『サーナイトは……ボクのものだ!!!! サーナイトは……ボクの……」
そして、一瞬のうちに、渦巻いていた闇が途切れた。
……洞窟に、闇のツカイの実体と、気絶したゲンガーが横たわっている。
改めてゲンガーを見下ろした闇のツカイは……深い眠りについているゲンガーを見た。
その体は傷だらけだ。 ここまで来るがどれだけ大変だったのか、すぐにわかる。
「……ちくしょう……!」
闇のツカイは、自分の顔を両手で覆い隠してしまった。
……。
………。
…………。