僕らの絆
群青色の洞窟内に『闇の審判』の声が反響し、その場に居合わせたポケモンたちが揃って天上を見上げた。
冷たい地面に付していた闇のツカイが、短い呼吸の合間に声を投げる。
『グッ…… 闇の審判……? ……追い出したハズなのにどうして……』
『……あなたなりに思うことがあったようなので
この洞窟の最深部をお貸し致しました。ただそれだけのことです』
『……そうか。最初からボクのことなんて……簡単に追い出せたんだ……』
「……闇のツカイ ……」
その言葉のトーンに、ゲンガーが寂しいものを感じ取る。
それまできょうだい達の元に集まっていた彼らが、一斉に闇のツカイの下へと集まった。
ゲンガーたちに囲まれたまま、地面に付した闇のツカイは暫く嫌な顔をしていたが……
やがて、静かに顔を伏せると、ボソッとぶっきらぼうに呟いた。
『いいよ。此処で足掻くなんてカッコ悪い……
さっさとボクを倒して……ポケモンひろばに帰っちゃいなよみんな……。』
すると、きょうだいが静かに首を横に振った。
「(それはできない。どうしてキミがこんなことをしたのか……僕らはその理由を聞かなくちゃいけないからね)」
『…… 相変わらず優しいんだね?救世主さん。うふふ……』
「ど、どうしてそこで笑うの?」
いきなり笑い出した闇のツカイにミドリは戸惑ったのだろう。それに他のポケモンたちも頷く。
すると、それまでくつくつと笑っていた闇のツカイが真顔に戻って……まっすぐに、きょうだいを黒い瞳で見つめる。
『ボクのこと覚えてないでしょ……救世主。キミを最初に見つけ出したのって、実はボクなんだ』
「(……君が、ボクを?)」
『そう。 サーナイトも一緒にいたけど……」
そこまで言うと、闇のツカイの言葉が途切れた。……迷っているのだろうか。話すのをやめるかどうか、少し迷っているようだ。
……そこに、話の行方を見守っていたサーナイトが闇のツカイの前に屈みこんだ。
こちらを見上げた闇のツカイを前に、優しい笑顔を向けて口を開く。
「大丈夫ですよ。 誰も怒りません。 だから…… 思ったことは、素直に口にしてもいいんですよ」
「……!」
その言葉に。闇のツカイの目から、ぶわっと涙が溢れた。
その目は、先ほどまでの尖った視線とは明らかに違う。−‐色々な感情が織り交ざった、悲しそうな目だ。
……ゲンガーはふと、自分自身の事を見ているような、そんな錯覚を覚える。
闇のツカイは暫く言葉が出なかったけれど、やがて涙を拭いて、ポツポツと……事件の真相を語り始めた。
『……ボクはちょっと毛色が変わってるせいれいだったんだ。
……ポケモンや人の、暗い気持ちや悲しい気持ち……。
そういう人たちを、ボクは救って導いてあげてた……』
『でも そんなキモチの生き物たちに触れていたら いつしかぼくも真っ暗な気持ちに染まった。
ボクもせいれいだったけど ボクの仲間達は真っ黒になったボクをこわがって
誰も近寄ってこなくなったんだ』
『でも サーナイトだけはぼくのことを…… みすてないで やさしくしてくれた……』
そこまで言うと、闇のツカイは顔を上げてサーナイトの顔を真っ直ぐに見つめた。
その真っ黒な瞳から、ポロリと涙が零れ落ちる。
『だから ゲンガーのせいでサーナイトがせいれいになったのを知ったとき
ぜったいアイツなんかにサーナイトを渡す訳にはいかないっておもった。
……でも、ゲンガーがサーナイトの為に頑張る姿を見てほんとうは……
サーナイトが戻ることは正しいって…… わかってたから……っ ボクは……っ」
闇のツカイは、両手で顔を覆った。
『ぼくは……っ ……サーナイトに忘れられるのが、寂しかったんだよぉ……っ!!』
「……ケッ。 何かと思えばそんなことで騒いでやがったのか……」
−−誰も何も言えなかったその場で、ゲンガーが静かに口を開いた。
この言葉に、それまで悲しそうな顔をしていたメンバーが驚いたような顔をするが……
自分の気持ちを全部否定された、と解釈した闇のツカイが、ものすごい勢いでゲンガーを睨みつける。
『そんなことってなんだよ!?やっぱりボクは……お前のことなんて大嫌いだ……!!』
「ケッ。キライでも何でもいいけどよ。……こんな事件があった後だ、少なくともオレさまはオマエの事忘れねーよ」
「え……」
思いがけないその台詞に、闇のツカイが言葉を失くす。ゲンガーはそのまま、言葉を続けた。
「つーか、お前、他のせいれいと喋ろうとしたことあるか?……大体影に隠れて恥ずかしがってる系だろ」
「……そんなことない!!……ない……」
−−彼は口を閉ざしてしまった。
ふん、っと胸を張ったゲンガーが、闇のツカイにしっかりと言葉を伝える。
「オメェ いいとこあるっぽいからもっと自信持てよ?
誰かと話したり打ち解けたりするのって怖いけどよ……
……こんなオレさまでもなんとかやっていけてるんだから
お前ならもっと大丈夫だろ」
「……」
ゲンガーと闇のツカイの視線がしっかりと噛み合った。
……その場のミドリ達も黙ってそのやりとりを見守っていたが……
やがて、闇のツカイが呆れたように……だけど少し、気が緩んだようにため息をついた。
『……ボクに散々酷いことされたのに……。 ゲンガー。やっぱりキミっておバカさんなんだね』
「んだとコラぁ!!」
「あ……!」
「闇のツカイが……」
ふわ、と、闇のツカイがその場に浮かんだ。
‐‐真っ黒だった体が仄かに、本来の色を取り戻しながら光り始める。
『…… もう ダダをこねるのはやめる。
ゲンガー。合格だよ。 サーナイトは、やっぱりキミの傍にいるべきだ……』
『……闇のツカイ……。』
『…… みんなも迷惑かけてごめんなさい。
ボクが帰ったら きっと自然災害も少なくなるし
安心して暮らせるようになる』
そして、闇のツカイはサーナイトを見下ろした。
『そして……サーナイト。今まで優しくしてくれてありがとう。……その』
「アルトさん」
その言葉に、きょうだいたちはビックリしてサーナイトを見つめる。
−−闇のツカイ……いや、アルトは、その大きな目を見開いた。
サーナイトは、穏やかに微笑んだままアルトに手を振った。
「また今度、一緒に遊びましょう!」
「……! うん……!」
闇の洞窟に、柔らかい光が滲む。
本来の星色を取り戻したアルトが……ここにいる全員に手を振った!
『迷惑かけてごめんなさい……そしてサヨナラ!
サーナイト…… ゲンガー。ボク、もっと自分を信じてみるよ』
そして、彼が光に包まれて消えると……再び闇の洞窟内に闇が戻ってきた。……これで、全てが終わったのだ。
そう感じている彼らの上空に、再び闇のツカイの声が落ちてくる。
「−−ゲンガーさん、お疲れさまです。実は……アナタにお伝えしなければならないことがありまして……」
「……あん? なんだ?」
お別れの余韻に浸っていたゲンガーが、気の抜けたような返事を返したが、
それもすぐに吹き飛ぶことになる。闇のツカイが淡々とした声で続けた。
「実は ジラーチさんが試験を行う前に ゲンガーさんはすでに私からの試験を合格しているんですね」
「え」
「……ええええええーーーーっっ!?」
「……それってどういうことだ!!
それじゃあ、どうしてオレさまに何も言ってくれなかったんだよ!?」
「ジラーチさんの件が挟まったから、としか言い様がありませんね。
それにゲンガーさん、審判は終わりましたが……
アナタのなかではまだ終わっていないことがあるんじゃないですか?」
「!」
「あなたは彼女の為に強くなり、ワタシの試練を受ける事によって、
彼女の傍にいられる資格を得ようとした。
……あなたはその試験を合格し、今ここに立っているワケですが……
ゲンガーさん。あなたからはっきりとした恐怖を感じます。 ……それは、あなたが」
「待て! それ以上は……言うな!!」
「……ここからは、俺が自分の口で言う。どっちにしろ、試験に合格したら……
オレからサーナイトに、言おうと思っていたからな」
「サーナイト。聞いてくれるか」
「……ハイ」
「オレはオマエを見捨てて、逃げ出した…… あの、キュウコン伝説に出てきたトレーナーだよ」
「……」
「……やっと、本当の事をオマエに言えた……。」
「……。
全部、遠回りしてた。
俺だったら、自分を見捨てたヤツとは友達になりたくなんかなりたくないからな。
……本当の事をオマエに知られたら、オマエにきっと嫌われてしまう。
だから…… オマエに近寄るのも、笑いかけられるのも怖かった。
でも、話しかけられるのは嬉しくて……
オマエが、楽しそうに笑ってくれるのも嬉しくて……
だけど お前の手を離しそうになったときにおもったんだ。
オレさまはまた、お前を見捨てるんじゃないかって……」
「そしたら、俺と関わらないほうが、お前は幸せなのかもしれないって思ったんだ」
「……」
「でも…… オレさまは…… オレは……
……サーナイト! お前の傍にいたいんだ。
だから……」
「−−ゲンガーさん。 わたし、 実体のない姿になっても、
その姿になったことを後悔したことはありませんでしたよ。
主を守る…… それが私たち サーナイトの役目ですから」
「! ……。」
「キライになんてなれませんよ。
だってワタシ ゲンガーさんのパートナーですから。
……たいせつなともだちだし、またあえると信じてる……。」
「……やっと会えましたね。 ゲンガーさん」
「……うう」
「俺さまは……俺さまは……!」
「サーナイト。俺は、オマエが戻ってくれて……
本当に……!!!!」
‐‐そして ゲンガーたちの 一日だけの逃避行は幕を閉じたのだった。