タタリ返し
「……ここが、やみのどうくつとポケモン広場に戻るまでの分かれ道だ」
雪がほんの少しだけ途切れ、ゴツゴツとした岩肌が見え始めた境目の道で……
フーディンを支えていたリザードンが静かに口を開いた。背後でサーナイトを抱いていた
バンギラスが黙ってミドリ、ゲンガー、アブソル、チャーレム、アーボの顔を見渡す。
「……きょうだいを助けに行く為に行くメンバーはどうするんだ?」
「ケケッ。オレさまはアイツにお呼ばれしてるからな」
ゲンガーがボソっと呟くと、ミドリが顔を上げて大きく頷いた。
「……ボクも行くよ。きょうだいは絶対に、ボクがこの手で助け出すんだ!」
「……そうだな。それじゃあ……」
「まっ」「ったあ!!」
−−リザードンが、俺がミドリたちに付いて行こうか、という言葉を遮るように前に出てきたのは、
チャーレムとアーボの二人だった。バンギラスが、驚いたように目を見開く。
「お前たちがやみのどうくつへ?……あそこのポケモンたちは手ごわいぞ。
お前たちがミドリやゲンガーたちに付いていっても足手まといになるだけだ」
「じ、自分の身ぐらい自分で守れるだわさ!……でも」
「いや…… 確かにリザードンの言うとおりだ」
「! アーボ! あんた!」
チャーレムが勢い良くアーボを振り返る。……彼は、静かな表情でそれを見返した。
灰色とクリーム色が混ざった曇り空から、ちらちらと灰色の粉雪が落ちる。
少しの沈黙の後、アーボが皆の前で静かに語り出した。
「……チャーレム。俺たちの目的はゲンガーの疑いを晴らすことだ。
でも、それも終わった……。 今度はきょうだいを助けることが目的なんだ。
俺たちが足を引っ張って その目的を邪魔するわけにもいかないだろ?」
「……それもそう、だけど」
「俺たちはゲンガーの無実を証明できた。 それだけでも十分合格点だろ」
「……」
確かに、その言葉の通りだろう。
弱い自分達でもゲンガーの無実を証明できた……これだけでもよくやったほうだろう。
……しかしチャーレムは何か言いたそうだ。それは恐らく、アーボも同じなのだろう。
彼らが何も言わなくなったのを見ると、バンギラスが口を開く。
「……サーナイトとフーディンはオレとアブソルで運ぶ。だから……」
「いや…… アーボ。チャーレム。お前たちが闇の洞窟へ行くんだ」
−−話を黙って聞いていたアブソルが、凛とした声でそういった。
その発言に、彼らは一斉にアブソルを見つめる。
これには、バンギラスが咎めるように口を開いた。
「おい、アブソル! お前、そんな……」
「……私たちが二人で戻る訳にもいかないだろう?
私たちを守る護衛が必要になる。
それだったら、リザードンとバンギラスが二人を抱えて私がその護衛になった方がいいだろう。
それに……チャーレム。アーボ。
お前たちは最初からゲンガーを信じてここまできたんだ。
最後まで……今回の事件の終わりを見届けたいだろう?」
「……アブソル……!!」
それを聞いていたミドリが目を輝かせた。
「わかった! ボクとゲンガーが全力で頑張るし、きっと何があっても大丈夫だよ!」
「……で でも、本当にいいのか……?俺たち、本当に足を引っ張ると思うぞ?」
「……それでも、アタシは付いていくだわさ!」
「チャーレム……!」
最後まで迷った風なアーボだったが、その前にゲンガーが立った。相変わらずいつものニヤニヤ顔だ。
「ケケッ。 そういうことだ!アーボ、お前もオレさまたちについて来い!」
「……あー、もう! わかったよ!」
これには折れたのだろう。アーボが、吹っ切れたように声を上げた。
そして、フーディンを支えたリザードン、サーナイトを抱えたバンギラスを見て、
ありがとう、と頭を下げる。そして、彼は改めてゲンガーの方に向き直った。
「……ありがとな、リーダー。オレたちのワガママに付き合ってくれてさ」
−−そして、話が一区切りした後、ミドリが仕切りなおすように声を上げた!
「よし! これで分かれるぞ! ……リザードンたちも気をつけて広場に戻ってね!」
「ああ! お前たちも絶対にきょうだいを連れ戻してこいよ!」
「そうだ、怪我したら承知しないからな!!」
「サーナイトは……寝てるのか?」
「ああ。体力的にもかなり消耗しているみたいだからな」
「そうか…… おい、コイツのこと頼んだぞ。 傷とかつけたらマジでぜってー許さんからな!」
ゲンガーがそうバンギラスに突っかかると、彼はわかったよ、と苦笑した。
そして、自分より身長の低いゲンガーを見下ろして、おい、と付け加える。
「……ゲンガー。お前、実はいいトレーナーだったんだな。
オレさ…… 伝説を聞いたときはなんてひどい人間なんだって思ってたけど……
サーナイトの為に頑張るお前を見てたら 全然そんなこと思わなくなっちまった」
「な……っ」
その場に居た皆も、バンギラスからそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
そして、皆以上にそんなこと言われるとは思っていなかったゲンガーは……
みるみる顔を真っ赤にさせると、バシバシとバンギラスの尻尾を叩いた!
「うるさいうるさい!さっさと下れってんだ!!」
「あははは!!」
そして、彼らは分かれる事になった。
−−フーディン達を見送ったゲンガーが、その場でえいやと腕を振り上げる!
「お前たち、イジワルズの名にかけて……絶対にきょうだいを助け出すぞ!」
「……ボクは若干違う気もするけど、ま、いっか!」
「おおおおーーーー!!!!」
■
「……ふぅ。 やっと……到着したな」
「うん。 ……二人とも 大丈夫?」
「あ ああ。なんとか無事だけど……。」
「やっぱリーダー、強くなったわねえ」
「あー! もう! みんな同じことばかり言いやがって!
オレってそんなに弱かったのかよ!?」
「うん」
「そうだね」
「それはもう全一致だわさ」
「お前ら……!!!!!」
ふるふると震えるゲンガーを前に、ミドリ達が少し笑った。
−−分かれてから闇の洞窟に入った彼らは、無事に闇の洞窟の最深部に辿りついた。
溶岩が流れて、そしてそのまま固まったような地形は青みを帯びて黒ずんでいる。
そして、彼らの目の前には…… ゲンガーがサーナイトの封印を解くときに差し込んだ
きゅうびのしるしが、そのままの形になって残っていた。
ミドリがそれに近寄って、ふと首を傾げる。
「……ねえ。 前に来たときは闇の審判ってヤツがいたけど……
今は何だか、誰の居ない?みたいだね?」
「ケケッ。 それもそうだな……。」
それはゲンガーも気にしていたらしい。前回ここを訪れたときは、闇の審判からこちらに語りかけてきたが……
今回は何のアイテムも持ってきていないし、この場に居る全員を除いて誰かがいる気配も感じられない。
ひとまず呼んで見るか、と、暗い洞窟の中心で、ゲンガーが声を張り上げた。
「おぉーーーい!! 闇の審判! どっかにいるのかーーー!?」
『……よ…… こ……』
「! ゲンガー、今なにか聞えたぞ!」
「え……」
『……ようこそ!!!』
−−洞窟内に、黒い風が吹き込んだ!激しい風にゲンガー達が目を瞑る!
……そして、彼らが顔を上げると……きゅうびのしるしが置かれている
その台座の上に、空間を波立たせながら闇のツカイが現れた!
「きゃはははははは! ねえ、今闇の審判だと思ったでしょ!?
残念、違いましたー!正解はこのボク 闇のツカイちゃんでーーっす!」
「……出たな、この星屑ヤロー!
……っていうか、ここは闇の審判の居場所だろ!?
アイツはどうなったんだ、ケケッ!!」
「え? あぁ、アイツか……。邪魔だからちょーーっと黙ってもらってるんだ。
でも、そんなことどうでもいいでしょ?キミ達はきょうだいを返してほしい。
そのためにここに来た……」
空中で足を組みながら、彼……闇のツカイは、尊大にゲンガーたちをふわふわと見下ろした。
「−−その前にさぁ。 ボク、ゲンガーを試してやろうと思ってるんだよね」
「は? オレさまを試すだと?…… ……何を試すってんだ。
っていうか、何でオレさまがお前なんかに試されにゃならんのだ!?」
「……きゃはは! それは合格できるまで教えてあげない……よっ!!」
闇のツカイがパチン!と指を鳴らすと、青黒い岩壁から、どす黒い煙が噴出してきた!
「うわあ!?」
「なんだこれ!?」
それはミドリ、アーボ、チャーレム、ゲンガーを取り囲む。
そして…… フロア全体に黒い煙が立ち込めると、彼らの目の前は完全に真っ暗になってしまった!
「周りが真っ暗になっちゃったよ!? …… あれ!?でも」
「−−お互いのことは見えるみたいだわね!」
「ゲンガーは…… こわっ! 闇に紛れちゃって目しか見えないぞ!?」
「な なんだとォ!? お おい! お前ら、はぐれないように固まって……」
『−−これがボクのテスト』
黒を塗りつぶしたような闇の中で、闇のツカイの淡々とした声が聞えた。
『テストの内容は到って単純。……出口を見つけて脱出できたら合格だ。
きょうだいも返してあげるし、ゲンガーの事も認めてあげる。
でも 絶対にキミたちはここから抜け出すことはできない』
「なんだと……!」
『ここは闇が深い…… 深すぎて……
心の底に渦巻く闇が キミ自身を飲み込もうとする……』
「キミ自身の……闇だと……?」
「これだけは教えてあげるよ。ここはゲンガーの心の闇を反映しているのさ!
キミの闇でキミの仲間達も闇に消える……。なんてかわいそうなんだろう!
同情しちゃうよ! きゃははははははは!!……」
闇のツカイの声も、闇に溶けて消えていった。
ブゥゥン、と……機会音のような、低い音しか聞えない。
取り残されたゲンガーたちは、ぽつんとその場に立ち尽くした。
その中で、赤い目だけになったゲンガーが、汗を浮かべたまま沈黙する。
……自分の心の闇がこの暗闇を作り出しているのか?
そして、仲間たちも自分のせいでここから出られなくなる?
だとしたら……。
ゲンガーは少し青ざめているようだが、
それはきっと ゲンガーに馴染みがあるものにしか分からないぐらいの顔色だっただろう。
それを見たアーボが……すっと、ゲンガーの前に寄った。
「おい、リーダー」
「……な、なんだよ」
「(……がぶっ!)」
「!?」
「−−ってぇええええええ!!!」
何故か、いきなり噛み付かれた!!
涼しい顔してそっぽを向いているアーボに、ゲンガーがカーっと怒って拳を握る!
「おいアーボ!てんめぇオレさまの腕に噛み付きやがってこのヤロウ!!」
「リーダーがそんな顔してるからだ! ほら、オレたち、お互いは見えてるだろ!」
「わ 分かってるよ、んなことは!!」
「……ここがココロの闇を映すなら……僕らが見えるってことは、そういうことでしょ!」
「そういうことってなんだよ!」
にっこにこしているミドリを前に、すかさずゲンガーが突っ込みを入れる。
その横に立っていたチャーレムが、両手を合わせてポツリと言った。
「ちょっとクサイかもしれないけど…… 私たちが明るい希望ってことでいいんじゃないのかしらん?」
「!…… お オレも…… 見えてるか?」
「見えないな!」
「……が、がーん!!」
「でも見えてるんだ」
「……は?」
「視覚的には見えないけど…… でも 不思議な事に、見えるんだよね」
「そうだな。暗闇に紛れて消えそうだけど……でも、ちゃんと輪郭がわかるんだよ」
「面白いだわさねー。 リーダー、そんな気を落とすこともないわよ」
「い 意味がわからん……」
と、ゲンガーが脱力したそのときだった!
「あぶない!」
「!?」
−−ミドリが突然、ゲンガーの頭上目掛けてツルのムチを繰り出した!
それは地面にぼたりと落ち、何が何だか分からないイジワルズが地面に転がったそれを見ると……
それは、真っ黒でもやもやした、丸っこい闇の塊だった。それはじわじわ闇に溶けると……
何やら、言葉にならない声を伴って消えた。……それはゲンガーの声だ。
「こ これは……」
戸惑ったゲンガーを前に、ミドリがすかさず言葉を続ける!
「見て、今まで気づかなかったけど…… ちょっと闇が薄くなってるよ……!」
「!? なんだと!?」
ミドリが言うと、確かに洞窟内の見晴らしがほんのわずかによくなっていた。
−−自分達が闇のツカイと一緒に居た地形とは別の場所に移動しているのがわかる。
そして…… 薄明りがぽつりと、遠くに見えていた。
しかし、その洞窟内には多くの「闇の塊」が浮かんでいた!
「うわあ!」「あぶな……っ」
その闇の塊が1個、2個と素早く動いた!
ぶつかると思って身をかがめたチャーレムとアーボを通り越してそれは……
「どわあっ!?」
−−間一髪、回避したゲンガーの足元に直撃した!
どうやら、闇の固まりは全てゲンガーを狙っているようだ!
潰れたような叫び声を上げて蒸発したそれを、ゲンガーが汗を浮かべながら踏み潰す。
「……なんでオレさま限定で狙ってくるんだ、コンチクショウ!」
「みんな! ゲンガーを守りながらあの光に走るんだ!!」
ミドリが再びツルのムチで闇の塊を叩き落しながら叫ぶ!
「ゲッ!? お オレ様を守ってだとぉ!? そ そんなことゆるさな……」
「「リーダーーー!!」」
「うおおおっっ!!?」
ゲンガーとミドリを突き飛ばした彼らの身に、闇の塊が直撃した!
その塊は薄く、二人の体を包み込む!
「! ちゃ チャーレム! あ アーボ……!!」
−−二人はシャボン玉のように浮き上がると、そのまま空中で浮遊する。
そして、彼らは微笑むと……リーダーに向かって、ぐっと親指と尻尾を突きつけた!
『リーダー!ちゃんと……きょうだいを助けるんだぞ!!』
『失敗したらしょうちしないだわさ!!』
「待て! 今にも消えるみたいなそんな言い方……やめてくれよぉっ……!!」
しかし……彼らは、そのまま薄く、暗闇の中へ溶けてしまった。
……ゲンガーがその場で膝をついたままだが、ぐいっとミドリがツルのムチで彼の体を引っ張る。
その間にも、闇の塊の乱舞は止まらないからだ!
「ゲンガー!! 二人のためにも……先に行かなくちゃ!!」
「う……ぐぅ……っ!!」
「早く!」
……溢れ出る闇から逃げる為に、ゲンガーとミドリは走り出した!
ミドリが先人を切って、ゲンガーが泣きながらその後ろを走る。
ゲンガーは、自分でもみっともないって分かっているけれど……自分の涙が止められなかった。
「−−あともう少し!!」
「! ミドリ!!」
「!? ……っぐ!」
薄明かりがじわじわと接近してきたそのフロアに踏み込んだ瞬間、ミドリの額にバチン!
と闇の塊が直撃した!しかし、先ほどとは違って、すぐにシャボン玉のように取り込まれることはない。
放心しかけたゲンガーを前に突き飛ばしたミドリ。
ふらついたゲンガーが慌てて背後を見ると、ミドリが立ち止まって……
追いかけてくる闇の塊と対峙しようとしている!
「オイミドリ!! お お おまえ……っ!!!!」
「−−ぼくももうじき消える! でも足止めぐらいはできるから……ゲンガー、走れ!光に向かって走るんだ!!」
「で でも…… お オレさまのせいでみんなが……!」
「大丈夫だ! まだ僕らは終わってない!!!」
「……!!」
「……ほ ホントに消えちまったらゆるさねぇからな、ミドリ……!!」
ゲンガーは、涙を振り払って、薄暗い光に向かって走り始めた!
−−背後を振り返るコトはできなかった。怖くて振り返れなかった。
どんどん大きく滲む光を前に、走りながらゲンガーは思う。
「(お……俺は……っまた、皆を見捨てて逃げているだけじゃないのか……!?)」
……すると、思い浮かんでくるのは、自分がサーナイトを見捨てたときのこと。
トレーナーだった頃の自分と、逃げ出している自分の姿が重なったような気がした。
どんなに足掻いても、自分の卑怯な心、弱虫な心は……消すことできないのだろうか。
「(ち 違う…… オレさまは……オレは……)」
−−ゲンガーは一人、走って、走って、走って……。そして、薄暗い光を突き抜けた。
……そこは、明るいとまではいかないが、先ほどまで闇のツカイと対峙していた……
一番深い、やみの洞窟のフロアまで戻ってきたらしい。
大分走った。ゲンガーがぜえはあと息を切らせていると……不意に、上から声が落ちてくる。
「やぁ よく戻ってこれたね?あんまり遅いからくたばったのかと思ったよ」
「……!」
それは、闇のツカイだった。相変わらず涼しい顔でゲンガーを見下ろしている。
ゲンガーは、彼を見上げると、唇をかみ締めながら声を絞り出した。
「…… これで試験は終わりだろ。きょうだいを返せ…… それに、他の皆もだ!!!」
「きゃはは!まぁ そう急がないでよ……。 ボクにだって準備があるんだから。
それに きょうだい…… あの人、強いから邪魔だったんだよね。
先に封じ込めておいて良かったよ!」
「!」
すると、ゲンガーはその場で硬直した。
−−自分が、闇の審判から質問を受けたときのように、体が何かに封じられてしまってかなしばりに合っているのだ!
それはきっと、目の前で浮遊している闇のツカイのせいだろう。
じりじりと顔を上げながら、ゲンガーは闇のツカイを睨みつける!
「お オマエ、何を……!!」
「ねえ」
闇のツカイが、ずいっとゲンガーの顔を覗き込む。その顔から表情が読み取れない。
「キミ、また逃げてきただけなんじゃないの?」
「!!」
「仲間を置いて…… 自分だけが助かるようにって……」
「ち、違う! オレさまは…… 逃げてなんか……」
だけど、闇のツカイの目を見ていると、ゲンガーは自分の本心が分からなくなってきた。
……本当に見捨てなかった? あのとき、戻ることの方が正しかったんじゃないのか?
自分は弱くて卑怯なポケモンだから、本当は…… もしかしたら……。
ゲンガーの顔が絶望に変わっていくのをみながら、闇のツカイは淡々と言葉を続ける。
「キミもそう思ってここまできた……
だからボクの言ってるコトは正しい……
キミはみんなをみすてた……
あのときのサーナイトのように……」
「……」
『オレさまはみんなをみすてた……
あのときのサーナイトのように……
オレさまはひどいポケモン…… 消えるべき存在……」
これは自分の言葉だろうか。 それとも、闇のツカイの言葉だろうか。
わからない。でも、きっと、これはきっと。
糸が切れたように、ゲンガーがその場にへたり込んだ。
それを見た闇のツカイが勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
すると、彼の背後から全ての闇の球が集まってきた。
その闇から仲間達も解放され、そしてゲンガーを見て目を見張る。
「ゲンガー!!」
「リーダー!!」
「あはは……もう遅いよ! ゲンガーはもう闇に紛れて消える。消えるんだ!」
彼の周りは真っ暗になってしまった。もう何も見えない……。
『オレは、闇に消えるべき存在なんだ……』
深い深い くらやみのなか…… 表情をなくしたゲンガーが
なんども なんども おなじとことばを くりかえしている。
からだはまっくろ。 見えるのはまっかなその目だけ。
ぼんやりまっかに ひとみを光らせながら 彼は暗くつぶやいた。
『今までたくさんの奴らにイジワルをしてきた……
だから オレさまはここにいちゃいけない……
サーナイトもずっと騙してきた…… 傍にいるしかくなんてない……
このままオレさまは 深い闇のそこに……』
そして、その瞳すら閉じて闇に消えようとしたその瞬間。
『それは違います!!!』
『!』
一瞬だった。
凛とした声が、黒一色の世界に響き渡る。
黒の中、黒に支配されそうだったゲンガーが、閉じかけた瞳をハッと見開いた。
何も見えない薄暗い闇の中、ゲンガーは静かに天上を見上げる。
『……俺は、そんな人じゃない……?』
ポロリと、涙が溢れ落ちる。そして彼は…… 心の底からおもった。
『……会う資格がないとかそんなの…… もう、どうだっていい……』
ぼろぼろと涙を流しながら言葉を紡ぐ。
「昔の自分がなんだ。
オレさまは……前を向いて、胸を張っていたいんだ!
……サーナイトの傍にいたいんだっっ!!!」
−−−−−パリィイインッ!!
「ぎゃあっ!!!!」
ガラスが砕けるような音と共に、ゲンガーの視界に透明な破片が散った。
目を見開くと、遠くに真っ暗なモノトーンが……闇のツカイが転がっている。
闇のツカイはものすごい形相で起き上がると、ゲンガーを睨みつける!
「お おまええ……っっ!! ボクの言葉を跳ね返しやがって……!!!
−−許さない許さない許さない許さないっっっ!!
オマエを祟ってやる祟ってやる祟ってやるぅ!!!!!」
「!」
−−そして、闇のツカイが掲げた腕の真上に、大きな闇の塊が収束した!
『闇に消えてしまえええ!!!!』
「ゲンガーさん!!!」
「!?」
ゲンガーの真横に割り込んできたのは……なんと、サーナイトだった!
いきなり現れた彼女に闇のツカイは目を見開くが……その勢いは、止まらない!
ゲンガーとサーナイトに向かって「タタリ」が放たれた!
「サーナイトッ!!!!!!!」
タタリを放った直後、闇のツカイが悲鳴のような叫び声を上げる!
タタリは彼ら目掛けて一直線に飛んでいき……ゲンガーがサーナイトを背中に庇って抱きしめた!
サーナイトも目をぎゅっとつむってゲンガーを抱きしめる!
−−そんな彼らの真横に熱い熱風が吹き込んだ。
ゲンガーがハッと真紅の目を見開くと、鮮やかな紅蓮が流れ
空間の破片を纏った「救世主」が彼らの前に躍り出る!!
『−−アイアンテールッ!!!』
バチィイイイ!!!
電気を帯びたタタリを、きょうだいの紅蓮の尻尾が受け止める!!
ギリギリと足を踏みしめたヒトカゲと、サーナイトを抱いたゲンガーの顔に暗い閃光が散る!
そして……そのタタリは、ヒトカゲの尻尾によって真っ直ぐに弾き返された!!
放心状態の闇のツカイに、そのタタリが跳ね返される!!
『きゃぁあああああああああああああっっ!!!!!!!!!!』
タタリを返された闇のツカイから、ものすごい悲鳴が上がった。
そして、タタリを返された闇のツカイは……地面の上に落下する。
……それまで身動きの取れなかったミドリたちは起き上がると、きょうだいたちに駆け寄った。
ゲンガーが、驚いたようにきょうだいを指差す。
「きょ きょうだい、オマエどっから出てきた!?ていうか、今までどこにいたんだよ!?」
すると、ゲンガーを振り返ったきょうだいがニコッと笑う。
「(今まで闇のツカイに閉じ込められてたんだ。
でも、ゲンガーが闇のツカイの言葉を破ったから、その衝撃で出てこれたみたい。
……でも 殆どサーナイトのおかげだね。よかった。)」
「! さ サーナイトもどうしてここに……!」
「ワタシが連れてきた」
「! アブソル!」
洞窟の入り口から、アブソルが出てきた。……その顔は少し呆れているようだが、嬉しそうでもある。
「……サーナイトは目を覚ましてから、どうしてもオマエのところに戻りたい、といって聞かなかったからな。
……ほぼ安全な場所までリザードン達を送った後に、私たちだけ折り返してきた、というわけだ」
その言葉の合間にも、ミドリがきょうだいに抱きついてわーわーと泣きながら喜んでいる。
「きょうだい!!よかったあ!!無事だったんだね!! ボク……もう、 ボク……!」
「ごめんね、ミドリ。 心配かけて……。 でも もう戻ってきたら大丈夫だよ」
「うん! ……ありがとうきょうだい。 戻ってきてくれて……!!」
「感動するのもいいんだけどねえ……」
「これって…… や やったのか……?」
「!」
再開する彼らの横で、イジワルズの二人が地面に転がっている闇のツカイを見下ろした。
……闇のツカイは黙ったまま、その体をもっと薄暗くしながら、苦しそうな顔で呻いている。
……きょうだいたちが彼を取り囲むように集まると、何処からか、懐かしい声が聞こえてきた。
「(……そうです。 これで……最終試験は終了ですよ。ゲンガーさん)」