第一章 日常へ還る
4話 氷のフルート
 視界は純白に染まっていた。ただそこに居るだけで、フィールドを己が有利に作り替える。さすがは伝説に語り継がれるポケモン、初手を撃つ前から既にバトルの流れを作っていた。
 耳を揺らすのは突き刺すほどに冷たく、そして轟々と鳴り響く風雪。このバトルは視界も、そして聴覚も、まともに頼れたものではない。外したであろう電磁波はそんなもんだと割り切って、ラピスは頬に手を添えた。

「……なら、どこにいたって当ててやればいい」

 そう呟いて電気袋から火花を散らし、辺りに″放電″する。身をかがめ、電撃の奔流に目を凝らした。

(……いない? 高く飛び上がって回避した、かな)

 あまりに滞りのない電撃やその音にラピスはそう判断を下し、二の手へと思考を巡らせた。
 ここは山頂、すなわち上は空高く開けている。いくら広範囲に攻撃できる放電とて、雲間に隠れるような相手にまで届けられるわけではない。

「……なら。リィ、お願い」

「うん。マジカルリーフ!!」

 ラピスは左腕を伸ばし、空を指し示した。敵を追尾する虹葉の行く末を睨み、それと同時に力を溜める。

「こなゆき!」

「かみなり……っ!」

 虹葉がフリーザーの技で撃ち落とされようとも、本命たるラピスの電撃はまっすぐに標的を狙う。
 黒雲から堕ちる雷霆、すなわち相手にとっては至近距離の一撃。フリーザーは思わず高度を落としながらも、地面に着く前に旋回して墜落を回避した。

「なるほど、やりますね」

 そのひとことに対しての関心もお礼もしない。その代わり、ラピスは頬が火照る程度の電気を電気袋に溜めた。




 その交戦を、アルトはひとり、少し離れた岩陰から息を潜めて見守る。チカチカと明滅する雷光の軌跡を視線でなぞり、ラピスたちの大まかな現在地を把握する。

(今回俺が使えそうな攻撃は、はどうだん……程度か)

 改めてその事実を確認し、アルトは舌打ちをする。決してタイプ相性が悪いわけではないが、近接が得意なアルトとしてはあまり有利とは言えない相手である。
 敵が飛行する。それだけなら、今まではでんこうせっかで助走をつけてのジャンプでカバーできる場面も多かった。しかし今は暴風雪が吹き荒れるフィールド、そしてふかふかと柔らかい新雪の地面。その手は通用しそうにない。

 アルトは瞼を閉ざし、頭から垂れる房に意識を集中させた。一際強い波導を放つ存在が、ぐいっと高度を落としゆくあった。それを確かめると、アルトは間髪入れず右脚を踏み出した。
 フリーザーはラピスやリィに比べて体格が大きく、そしてそこから放つ存在感も、波導も何もかもがはっきりとしている。少し波導を読むだけで、雪隠れするその身はいとも容易く見破れる。

「……はどうだん」

 走りながら、自分にすら聞こえないような声でそう呟く。その声の大きさと大差ない程度のごく小さな波導弾を、アルトは真っ直ぐ前に放り投げる。――狙う先に、ラピスがいるとわかりながら。
 アルトが合流するより二呼吸、早くそれはラピスを撃つ。一呼吸の間にラピスは指鉄砲を作り、雪景色に撃ち込む。

「電磁波!」

「まねっこ――電磁波」

 ゼロ呼吸、そしてアルトは流れるようにその技を引き継いだ。新雪を、しかし出来る限りで蹴って飛び上がると、波導で見透かしたフリーザーへと右手を向けた。

 視界も聴覚も妨げられるフィールド。ならば、必中技を限りなく弱くして味方に撃つことで、アイコンタクトの代わりとしよう。
 それが、道中あられや雪に見舞われながら考えた今回の方針だった。アルトのはどうだんもリィのマジカルリーフも、狙った相手に届ける性能には優れていた。

 一瞬宙に浮いたアルトを、タイミングを合わせたかのような突風が攫う。バランスを崩して左手から不自然に落ちる着地となったが、今度は新雪が味方となってダメージを減らした。
 アルトは間を置かずに身体を起こし、風雪の隙間から覗く水色が地面と接していることを確認する。

「とりあえず動きは封じられたな」

「……でも、長く持たない」

 「たぶん」のひとことを添える間も惜しんで、ラピスは体を痺れさせるフリーザーのとの距離を詰めた。リィとアルトもそれに続いて狙いを定める。

「10まんボルトっ!」

「げんしのちから!」

「はっけい!」

「うぐっ……!!」

 苦手なタイプの技も同時に当てられ、フリーザーは苦しげに眉をひそめた。避けようにも翼は固められたかのように動かず、ひたすらに耐え忍ぶしか道がなかった。

 距離を詰めること、それは確実に技を当てるため、あるいは技を減衰なく相手に見舞うため。
 しかし、その狙いはまた、相手から自分たちへの攻撃にも適用される。

「でも、その程度では倒れません!」

 フリーザーは翼を振るった。吹き荒れていた風に、鈍く空を切る音が重なった、まだ痺れで普段より滑らかさが劣るとはいえ、少し和らいでくればこの程度の動作は容易いものだ。
 ぱらぱらとメロディを狙うはこおりのつぶて。本調子でないとはいえ、アルトたちの三倍程度の体躯から放たれるそれは決して可愛い大きさではない。

「っ、電磁波!」

 ラピスは奥歯を噛み締め、再度の微弱電流を撃つ。しかしその腕を、彼女の手のひらほどあるこおりのつぶてが掠めて阻んだ。ラピスの頬を冷や汗が伝った。
 フリーザーは両翼を広げた。そろそろ飛び立てそうなほど回復してきたらしい。

「ラピス……! ねぇ」

 一旦距離を取ろう。そう手を引こうとするリィのツルを、しかしラピスは見向きもせずに振り払う。
 距離を詰めているのはピンチにしてチャンス。そう、捨て身の覚悟で頬に電気を溜める。

「10まんボルト!」

「冷凍ビーム!」

 宙を駆ける氷に雷光が乱反射して、宝石がごとくせわしなく煌めいた。
 その光に照らされるのは、息を荒げるラピスの姿。左半身はこおり状態となっており、物理的にも体温的にも動きが妨げられていた。

「大丈夫!? えっと、アロマセラピー……!」

 リィはすかさず回復を試みる。そして、彼女たちの間をでんこうせっかで潜り抜けたアルトは、そのまま両手を伸ばし、彼女たちの回復の時間を作る。

「しんくうは! ……そのまま続けて、はっけい!」

「……ふむ」

 距離がある状態からまずはしんくうは。それが残した風に乗るようにして、一気にフリーザーとの距離を詰める。
 しかしその一撃がとらえたのは虚空。体重の預け先を見失ったアルトは、そのまま雪に顔をうずめるほかなかった。
 すかさず目線を上に渡せば、ひらり、とろける水色の尾。それは瞬く間に白に包まれて消える――そして、その余波が粉雪となってその場を埋め尽くした。アルトは防雪用ゴーグルを今一度押さえ、身をかがめた。
 ラピスが放電を繰り出す音がアルトの耳に届いたが、到底打ち消しきれる火力ではなかったのだろう。風速は思うようには落ちず、風が凪いだ後にそこから立ち上げる力を振り絞ろうとする手は、痺れたかのように感覚が鈍っていた。

 このままじゃまずい。その事実は明白極まりなかった。
 アルトはバッグの中に右手を埋める。物が当たっているのだとは思うが、いかんせん冷え切った指先でお目当ての感触を探るのは容易ではない。フリーザーへの警戒を続けつつ、なんとかオレンの実を探し当てると、それを丸ごと口に押し込んだ。一度噛みちぎるだけで、口の中に何種類にも折り重なった味が広がっては味蕾を刺激した。それとともに、無感覚だった指先に血が走り、息苦しさが和らいだ。
 アルトは再度バッグからオレンの実を二つ取り出すと、それぞれラピスとリィの元へと投げ渡した。本当は口に運んでやるのが一番優しい方法ではあるが、まだ強敵が目の前にいる以上、それすらも致命的な隙になりかねない。
 リィとラピスは、雪にぽふんと着地したオレンの実に震える手を伸ばし、それぞれの口に運んだ。

「ありがとう……。うぅ、かなり厳しいね」

 そう涙目で語るリィの域は荒い。オレンの実をかじるのも苦しいようで、一口食べてはせき込みを繰り返していた。
 ラピスも立つのが厳しそうな様子ではあったが、オレンの実を小さな口で精いっぱいにかじり尽くすや否や、四つ足を踏ん張って上空を舞う氷鳥を睨みつけた。その顔に氷の粒が当たって、思わずうつむいてしまったが。
 どうやらあられを降らされたようだ。彼女たちの指先ほどの氷の粒がひっきりなしに降り注いでくる。

「……これ、どうしよ」

 フードや帽子を被ったところで完全に防げるわけもないが、多少和らぐだけでもマシだと、ラピスはもこもこフードをぎゅっと目元まで被りなおした。

「フリーザーって、飛ぶときにあられが当たるのって痛くないのかなぁ」

「多少は痛そうだけどな」

「でも、氷タイプ、みんな平然としてたし……今飛んでるの見ても、あんまり気にしてなさそう」

 実際、道中で遭遇した氷タイプのポケモンたちは、あられが体に当たっても気に留めていない様子だった。質量と硬さがあるとはいえ、水タイプに雨のようなものなのだろう。
 アルトの頭に、上空に火炎放射を放ちながら「わーい」と元気に宣うリズムと、わーわー反論しかけながらも水が降ってくる分にはという言葉に困ってとりあえず叫んでいるシイナの図がよぎって、小さく舌打ちをしながら帽子を目深に被り直した。あのくらい自由にフィールドアレンジをできたら良かったが、あいにく自分たちにその手段はない。あられが降ろうとも構わず戦い抜くしかないのだ。
 ラピスはわずかにフードを外してぴんと耳を立てた。だが、風の音に阻まれてうまくフリーザーから発せられる音を感じられない。おまけに長い耳全体で猛烈な冷気を受け、あられを浴び、急速に体温が奪われていったため、慌ててフードを被りなおした。
 上空に注意を向けたまま、ラピスはアルトに問いかける。

「高度は?」

「最初よりは高い。警戒してだと思うが」

 羽休めとは逆を行きつつも、傷休めにはなる。こちらからの技を防げる、あるいは弱められるという意味でも、向こうにとっては良い選択だ。
 こちらとしては、早期に決着をつけたいところだからむしろ苦しい状況だ。ただでさえ寒くて仕方ないのに、あられで体力の消耗が著しくなっているとある。今回の場合諦めるといえば攻撃の手は止まるだろうが、当然そんな選択肢など選ぶわけがない。

「あたし、正確な位置、わからん」

「まぁそうだよな」

「だから」

 頼る。その声を、何倍も大きな音量の「かみなり」で跡形もなく消し去って。
 アルトは、その音に、そしてラピスの手の内が読みきれず、反射的に身を固くする。が、ちらりと向けられた彼女の視線で、その思惑を察する。

「……あぁ、そういうことかよ」

 アルトはゴーグルを拭い、右手に青い光を纏わせた。

「当たり前のようにアテにするけどさ」

 とぼやく声もまた、雷撃にかき消されたが。

「慣れねぇ技使うの、楽じゃねぇんだ、よ!!」

 叫んだこれ、実はかなり切実な話だった。とりわけ、今ラピスが指定したような類の技は。
 「まねっこ」でコピーしたのは技「かみなり」。しかしこちら、電気タイプの技としても屈指の威力を誇る大技だ。ゆえに、電気の素質が微塵もないアルトにとって、それを咄嗟に扱いこなすことは至難を極める。
 空をなぞる指の先で、確かに身を震わすような感覚はある。が、それがあまりに強烈すぎて、指先どころか右腕全体が、そしてそれを支える左腕が、ひいてはこの身すべてがかみなりの暴撃に翻弄される。とてもコントロールなどできたものではない。
 やっとの思いで指先を指一本分だけ動かして、その反動でなぎ倒されそうなほどの力を受ける。感触が手になじむどころか、体を焼き尽くさんとするように手を痺れさせるばかりだ。
 そして、それにばかり気を取られると、肝心の探知がおろそかになる。本末転倒もいいところだ。仕方なしにアルトは一旦まねっこを解除して、相手の位置を探る。両腕に留まらず、頭まで痺れるような鈍い感触があるが、そんな状態でも相手の波導の強さが幸いして動向確認は容易かった。

(動きが速かったな……それで、今止まった)

 おそらくは電撃が止んだからだろう。上空で立ち止まっている様子がうかがえた。

「ラピス」

 それだけ告げて、アルトはまっすぐに空を指し示した指先からはどうだんを一つ飛ばす。相当小さいものだ、きっとあられに撃たれてフリーザーに届く前に消える。
 どうせ、ダメージなんて期待していない。終着点なんて確認しないから関係はない。ラピスはそれが向かう方角だけを確認して、空を指さした。

「かみなりっ!!」

 そう声を上げた直後、轟音が鳴り響く。その音を聞き分けるや否や、ラピスは休む間もなく電気を溜める。

「今ので高度を落とせた、でしょ。――ほうでん!!」

 そう叫んで繰り出されたほうでん、普段の倍以上の時間山頂を照らし続けた。
 ほうでんを区切った――もとい、充電切れで途切れさせた直後のラピスの息は荒く、その顔には雪山の地であることなどお構いないかのように汗が伝った。
 ラピスの普段の戦い方は、氷のフルートを用いた氷技と自身の種族を活かした電撃を使い分け、時折でんこうせっかで突撃をするものだ。今回のバトルでは、それが全て電気技に偏っている。早い話が、高速で充電と放電を繰り返す戦い方に彼女の身体が追いついていない。
 そうであれど、極力表に出さないのがラピスの性格でもあるし、そんな悠長なことを言う暇が与えられないのがこの相手だ。
 リィですら、心配してかけようとした言葉を、彼女の鋭く相手を睨む目付きを見て飲み込んだくらいである。彼女に無理をかけまいと、前線に立っていたラピスの横に並ぶ。

「げんしのちからっ!!」

 それを打ち消そうとしたのだろう。こおりのつぶての用意をすべく、翼を広げたフリーザー。すかさず、青い影が一目散に飛び込む。

「はっけい!!」

「うぐ……っ」

 相手の右翼の付け根を狙った一撃で、技の生成は中断される。いくら素早く繰り出せるこの技であっても、読まれていたうえででんこうせっかで飛び込まれたとあっては間に合わなかった。
 アルトは横目でリィとアイコンタクトを取ると、再びはっけいを相手の翼に打ち込んだ。そして相手の翼を蹴飛ばすと、その反動で距離を確保した。その反対の翼には、リィからの葉っぱカッターが加わる。

(もう一発、いけそうか)

 そう問いかけるように、アルトはラピスの様子をうかがった。まだ息は荒いながらも、頬のところに火花が飛んだ。一回分の充電は完了したようだ。
 アルトは着地したところから後転してさらに距離を取る。入れ替わるように、稲妻がアルトの真横をすり抜けた。

「10万ボルト!!」

 自分が持つ電気をすべてぶつけるかのような一撃。フリーザーは回避も相殺も間に合わず、その攻撃を全身で浴びることとなった。
 その電撃が途切れると、フリーザーは息を荒げ、その場にたたずんでいた。メロディを一瞥すると、静かに瞼を閉ざした。

「なるほど、わかりました」

 突如、舞い踊っていたあられも雪も風も、何もかもがぴたりと止んだ。雪に隠れていたフリーザーの体は鮮明な輪郭を取り戻す。
 
「あなたたちの実力、認めましょう」

「えっ、……ほんとう?」

 リィの震えた声に呼応するように、フリーサーが翼を広げ、空に向かって一鳴き。すると、その足元にどこからともなく表れた光の粒が集まってきた。
 きらきらと瞬くそれらに目を取られたらあっという間で、光が霧散したその場には氷で形作られた宝箱が置かれていた。

「……っ!」

 電気を使い果たし、地面に手をついていたラピスは、それにはっと目を吸い寄せられた。
 中身は見えないことなどお構いなし。ラピスは降り積もった雪にとられる足をうっとうしそうに振り払って、一目散にその宝箱に手を触れた。

 宝箱の蓋を取ると、ラピスの目はそこにあったものに釘づけられる。
 見慣れたものだった。比べるフルートがないながらもおそらく特徴的であろうそのデザイン。いつの間にか切れていた雲間から注いだ日差しが、フルートを鮮やかに煌めかせる。ラピスの目は思わずそれに奪われて、導かれるようにフルートに手を伸ばした。
 割れないように、落とさないように、そっとそれを持ち上げる間の呼吸は忘れたまま。触れる感触は、使い慣れたそれとは少し違ってはいたけれど、でも確かにラピスの心を奪ったあのフルートだった。

「……ありがと」

 もっと、心の中にあふれた言葉はあるけれど、今口に出すのはそれを告げるのが精いっぱいだった。
 リィはひょこりと彼女の手元を覗き込んで、「よかったね」とほほ笑んだ。

「『氷のフルートが必要』、あなたは最初そう述べていましたが、どういった理由だったんですか?」

 フリーザーはそう問いかけた。ラピスはフルートを胸元にぎゅっと抱き、フリーザーを見上げた。

「愛用、なの。……前に使っていたの、壊されちゃった、から」

「なるほど。以前ここに来たことが? あなたたちのような種族が着た覚えがないもので」

「んん。……もらった、の」

「そうでしたか。……ありがとうございました。是非、大切にしてください」

 穏やかになったなだれやまの山頂を、アルトは静かに見渡した。風や雪がないだけでこうも体感温度は変わるものなのか、と首をかしげるくらいには体がぽかぽかとしている。
 まぁきっとそんなものなのだろう。そう結論付けてラピスの方を見やると、ちょうど彼女と目が合った。
 普段よりも柔らかなその表情に安堵して、アルトはバッジを手に取った。
 





 目の前のロゼリアにだましうちを食らわせ、静かに見下ろす。うずくまりその場から動かないそのお尋ね者にバッジをかざすと、ロゼリアの姿は瞬く間に光に包まれて消えた。
 これで今日の依頼はすべてこなした。単一ダンジョンで実に四件と、かなり集中していた。今頃ラピスは氷のフルートを取り戻せたのだろうか、などと考えながら、今度はバッジを自分にかざした。

 まぶしい光に包まれて思わず目を閉ざす。光が薄れてきたのを瞼の先で感じ、少しずつ目を開けると、トレジャータウンの景色が結ばれていった。
 日も傾いてきたところだった。道端で話し込んでいる者たちや、汗をぬぐいながらバッグを抱えて足早に過ぎ去る者、その間を駆けていく幼子のコンビ――夕方特有の、和やかな喧騒が行き交っていた。
 ラスフィアはその景色をしばらくぼうっと見つめると、静かに耳から力を抜いた。

「私は」

 ただ、日常があるだけで幸せだ。
 ただ、朝日が昇る日々が楽しい。

 追われることもない、裏切る心配も裏切られる懐疑もまったく必要がない、でも。

「どうしたいんだろう」

 楽しいはずなのに、何か足りない。
 あの日々に戻りたいとは微塵も思わない、消えたままでいたかったなんて今世思うことはないはずだけど。たしかに何かが足りない、空虚な心だった。

■筆者メッセージ
こおりのフルートは氷の宝箱だし、某じめんのは砂を固めた素材の宝箱だし、じゃあ某ほのおのはマグマを固めたものと言いたいところだけどそれって単に岩石なんだよなぁ
音々 ( 2023/01/06(金) 02:59 )