プロローグ
とてもとてもとおいみらい
せかいはすごくまっくらでした
ぽけもんたちはひかりをもとめて
かこにわたってれきしをかえました
でもね、よくかんがえてごらん
きのうがないのにあしたがあるわけないでしょう?
れきしがかわったことで
みんなみんなきえてしまいました
……というのがあるべき姿なのだが、どうやら「上の者」のはたらきか、未来は星の停止を解消した上で復活した。
どの程度までの時間軸が復活したかまでに興味はなかった。歪んだ時間を元に戻すのではなく、正史なら存在しなかった、つまり消えるべきある一部の時間だけを無理矢理作り、未来の歴史として交えた。ここが問題なのだ。
そもそも星の停止自体あるべき歴史でなかったのだから、この歴史自体歪みの塊ともいう。むしろそうでしかない。この世界はずっと、不自然なバランスでしか保たれていないのである。
アルトは胸に手を当てる。あるべきペンダントを感じることはない。感覚の全てがぼんやりと溶けているようだった。
そんなことは意に介せず、アルトはすっと目を細めて答える。
「要するに、『星の停止を食い止めること自体、その場凌ぎの手でしかなかった』」
「正解。むしろ、それ以外の部分の歪みが進んだともいう」
顔が見えない、声は聞き慣れたものではないとしかわからない。でもその相手はアルトの思考を見通したかのように淡々と話し続ける。
「平和なんてものはまやかしというわけだ」
「……さらに過去に遡ってアイツを消せば」
「せっかく復活した身を消してまで?」
アルトは言葉を詰める。消える覚悟はしたことがある。少なくとも今会える範囲の仲間なら同じで、消えて然るべきと戦いに身を投じた。だが、それが「星の停止を食い止めるため」の昔と、「それを乗り越えて掴んだ喜びの渦中から」の今とでは話が別だ。
その根本から再び歴史を変えたら、今ある未来は消えて随分と変わった形となるし、自分たちが歩いてきた軌跡の全ては無いほうが道理と忘れ去られる。ギルドの顔触れは随分と変わるだろうし、時の歯車は遠征先で見るその一度きりで、それをめぐる冒険はなく、ただ普通の探検隊たちが普通に探検活動をしているだけの日々が続いていくだけで。
――そう、それが普通だった。イレギュラーが混じることでかき乱されただけと言うのなら、そもそもの自分は、自分たちは。
「生まれてこなきゃ良かった」
うっすらと目を開ける。光は思うように入らない。まだ夜明けには遠いのだろう。アルトは重たい体を転がす気もなく、目を腕で覆う。
「単なる夢で片付けばいいんだけどな」
アルトはペンを手に取る。まともにペンを持ったのも、ポケモンになってから足型文字を勉強していたとき以来だった。元々文明の退廃した未来世界で生きてきた身、ニンゲン時代にもあまり文字を使ってこなかったのだろう。自分が書ける文字を思い出すことばかりに気を取られ、つい夢の内容を忘れそうになる。
こんなんでいいか、と走らせた線を視線でなぞる。
月明かりのみで書いた裏紙のメモは、決して読みやすいわけではなかった。でも少しでも何か記録しようとした軌跡さえあれば、見た時に当時の頭の中まで再現したかのように思い出せることもあるものだ。
夢の内容なんて、身体を起こせば溶け落ちてしまうようなものだから。
こうして留めておけば、少しは忘れられずにいると信じて。
紙を適当に折りたたんでバッグの奥に閉じ込めてから、アルトはふたたび瞼を閉ざす。夜明けるまでの時間があるのなら、そもそも夜明けがあるのなら、少しだけ休んでその時を待ちたかった。