25話 探し求めて
訓練の翌日、シルムはポストを覗き込んでいた。
ポストの中には依頼はなかった。であれば今日はフレデリックに教えてもらった「大いなる峡谷」にでも行こう。そんな予定通り、レントとシルムはポケモン広場へ向かい始めたところだった。
「あ、そこのふたり!」
呼びかけられたのは自分たちか、と振り返った直後にレントとシルムの横を残像が駆け抜けた。
「うああああぁぁーーーっ!? ちょっと待ってー!!」
音が大きくなって、真横を過ぎた後少し小さくなって、そして。
「あぎゃあああああっ!!!!」
「何事……?」
レントとシルムが視認できたのは、自分たち程度の大きさの残像と、レント宅水路から吹きあがる自分たちの身長の倍程度の飛沫。ひゅんと風を切る音の残響に包まれながら、レントとシルムは飛沫が消えゆくのを眺めるほかなかった。
「ぷはっ。ここ水綺麗だね! 程よく冷たくて泳ぐの気持ちいい」
レントはとことこと相手に駆け寄ると、褒められた嬉しさに頬を綻ばせた。
「でしょ。僕の自慢のお家なの」
「ねー! ここに咲いてるお花も可愛い……じゃなくて! あの、救助隊ララバイだよね!! 依頼をしたくて」
水に浸かったまま、岸に手を着いてマッスグマはレントを見上げた。
「あー、でも待って、ゼニガメとヒノアラシかぁ……大丈夫かなぁ? まぁあそこだけならひとりでもいけるかぁ……うーん」
「……何の依頼?」
シルムの怪訝な顔を、マッスグマは手を振って否定する。
「えっと、怪しい依頼じゃないんだよ! 湖に落としちゃった物を取ってきてほしいんだ。僕泳ぐのは得意だけど潜るのはできなくて」
と述べながら差し出されたメモは、しかし水路に飛び込んだせいで文字が滲んでしまっていた。シルムは全てを悟ると、道具箱の中からペンとメモ用紙を取り出した。道具箱を下敷き代わりに、シルムは口頭で述べられる依頼内容をさらさらとメモしていく。書き留めた内容をマッスグマに見せて確認を取ると、シルムはペン先に残ったインクを紙の端で拭った。
「それでオレ見て微妙そうな顔したんだ」
「すーぱーごめん! でも炎タイプの子に潜ってこいとは言えないから」
「それはそう」
かと言って、シルムはレントを一人でダンジョンに送り出すのは不安だった。さすがにポケモンを見て可愛いと無防備に近づくことはしないだろうが、拾った木の実を効果も知らず食べないかとか、何かあった際にちゃんと戦えるかとか、途中で眠くならないかとか、心配事が多すぎて胃が痛くなりそうだった。
そんなシルムの心配は知らず、しかし汲んだかのような思考がぴこんとレントの頭を光らせる。
「ね、ね、それって他の救助隊と一緒に行ってもいい?」
「うええぇ!? え、えっとそれは……ど、どの救助隊と行きたいのかな」
マッスグマは目を泳がせると、口元まで水路に隠れるように沈んだ。何かを訴えかけるような目にレントは首を傾げる。
「チーム『レナトゥス』のルーフ、ミズゴロウの子。昨日一緒に水中の救助訓練したから、実戦も一緒にできたら楽しいかなって思って」
「あ! それなら全然大丈夫。いやー本当にありがとうね助かるよ……命が」
「命が……??」
「もう本当今にも死んでしまいそうなんだよ」
「はぁ……」
シルムはもはや何も答えることなく、今日一日の予定を手早く組み直す。
「じゃあオレはファレンツと掲示板の依頼こなすことにするよ。来るかわからないけどスフォルも誘ってみる」
「うん。じゃあまずはレナトゥスを探しに行こ」
レントはポケモン広場に、シルムはスフォルの家にまずは行くことにした。依頼主のマッスグマも水路から上がり、身体を振って水滴を落とす。
「はー……。いいな、ここ。水気持ち良すぎてずっと泳いでいたいくらいだよ」
ちょうどそのとき、レント宅の前を救助隊が通りかかった。その救助隊の一員ことプレストは首を傾げながら、ご満悦そうに水面を見つめている姿に声をかける。
「サク……?」
「うえええぇ!? あ、こここれは、な、なんでもないのっ!! ばいばい!」
さすがはマッスグマ、目にも留まらぬ速さでポケモン広場の喧騒へと消えていった。残されたプレストは掛け損ねた言葉を仕方なく飲み込む。水飛沫の跡を辿れば、いや辿るまでもなく彼の行き先の見当は付くのだが。
「……っくははっ。へー、まじか」
カルの顔は悪戯、どころか悪巧みの顔だった。じっとポケモン広場の方角を見つめている相棒の頬をつんとつついて、カルは口角を上げる。
「なぁプレスト、今日はお前が好きにしていいデーな」
「……好きにしていい、って」
「俺何もしませーん、全部お前についていきまーす」
細めた目で、今日の予定を組み直すプレストの横顔を見下ろした。
レナトゥスはポケモン広場に行けばすぐに出会うことができた。ララバイの頼みを聞いて、ルーフは快く同行を承諾、スフォルは予想通り「じゃあ休めるなラッキー」と断り。
レントとルーフがやってきたのは「遊覧の湖」。透き通った湖面に映る自分の姿に、笑いかけると笑い返すゼニガメを見て、レントはご満悦。湖の中の自分に手を振って、案内看板を読んでいるルーフの横にすたっと立った。
「遊泳可能、だって〜」
「あれ、ダンジョンじゃないの?」
「違うと思うよ〜! ここ、観光地だから」
確かに、辺りを見渡せばウタちゃんくらいには幼いであろう子供を連れたポケモンたちもいる。レントの経験上、今まで依頼と言えばダンジョンだったため、今回もてっきりそうだと考えていた。今思えば、あの世話焼きなシルムが広場でレントの道具箱を確かめなかったのも、ダンジョンでないことを見越してだったのだろうか。
今回の依頼は湖に落としたものを拾ってきてくれというものだった。あのマッスグマも泳ぐのが得意な様子だったし、そうしているうちに落としたのだろう。
「手分けする?」
「そうしよっか〜! ここ、明るいし透明だからはぐれてもすぐ合流できるよ〜!」
レントとルーフは準備運動もそこそこに湖へぱしゃんと飛び込んだ。
くるりと身を翻して、きらきら輝く水面を眺めながらゆっくり深く潜っていく。水面から差し込む光の帯に手を振って、ルーフに向かって敬礼をしてから、レントは音もなく水底近くを泳ぎ始めた。
水底を探すとき、とりわけそこに細かい砂や藻などがあるときには底から少し離れたところを泳ぐ。それらが舞い上がって視界を遮らないように、かつ潜って隠れているポケモンを刺激しないようにするためだ。今回も同様で、レントはゆったりした動きで泳ぎながらあちこちを見渡していた。
(広くて気持ちいいなぁ)
ほんの一瞬だけ、両手両足をぐっと伸ばし、瞼を閉ざし、きらきら輝く光を全身で浴びる。家の周りの水路も水が透き通っていて気持ち良いが、それとは一味違う心地よさについ長居したくもなってしまう。
(あ、あれなんだろう)
水底に不自然に煌めいたそれに目を留めると、レントはすいっと近づいた。金色の金属には、赤白で形どられた丸の模様。金属から伸びる2本のリボンは赤と青。
特徴の全てがあのマッスグマに聞いたものと合致する。これが今回の落とし物で大丈夫だろう。レントはにこっと口角を上げると、両手でリボンをぎゅっと抱いて振り返った。
(よしっ、ルーフのところに戻ろう! えっと……こっち、から来たんだっけ?)
あまりの心地よさ、そして物探しとあって、レントもあまり深く考えずにふらふらと泳いでしまっていた。もちろんルーフの影など観測できない。
ひとまず自分の背中があった方に泳ぐ。泳いでいるつもりだが、果たしてそれで本当に元の場所に戻れているのか、変わり映えの少ないただ広いばかりの風景からは判別し難い。「すぐ合流できる」とは言ったものの、こうなると簡単ではなさそうだ。
そんなときには、先日の講習内容を思い出すに限る。
レント水面からの光に眩しそうに目を細めると、足をばたつかせて水面へと浮上した。ぱしゃ、と浮き上がると、来た時にルーフが読んでいた看板を目指して進む。
種族にもよるが、水中で迷子になった際、水面に上がって仲間を探す方が仲間を見つけやすいことが多い。水中では前後左右に加えて上下まで探す必要がある。さらに、レントもそうだが、水タイプであっても水面に出て息継ぎをしなければ潜り続けられないポケモンもいる。であれば、お互いに水面に出た方が探しやすい。
レントは水から上がると、看板のそばにちょこんと座り、手に包んでいたリボンを再度まじまじと眺める。
赤と白の丸の絵には見覚えがあった。過去のレントからしてみれば馴染み深いアイテムだ。
(モンスターボール、だよね? ……ポケモンだけの世界なのに、この絵柄があるものなんだなぁ。それにしても、僕も今はポケモンだから入れるんだよね。モンスターボールに入るってどんな気持ちなんだろう)
「……ント! レントー! もう戻ってたんだね! それが依頼で探してたもの?」
「わ、ルーフ。えっと、うん。これで大丈夫なはず」
つい物思いに耽ってしまい、レントはルーフの無邪気な声にびくっと肩を揺らした。
「すぐ終わっちゃったね! このまま帰るのはもったいないくらいだよ〜」
「そうだね。でも、依頼くれた子も困ってるみたいだから早く帰らないと」
レントはすくっと立ち上がった。散歩も水泳もやり甲斐ありそうな場所で尻尾を引かれるような思いはあるものの、依頼主の切実な様子を知って遊んで帰るわけにはいかない。
「今度また一緒に来ようね。シルムも呼ぼ」
「いいの? じゃあスフォルも誘ってみんなでピクニックだね〜!」
レントとしてスフォルが来てくれたらもちろん嬉しいのだが、彼が誘いに乗る様子が微塵も想像できなくて答えに困った。レント以上に彼を知り、彼の冷たさに触れているルーフのこの自信はどこから来ているのだろうか。
ふたりはバッジを起動してポケモン広場に戻ってきた。見慣れた街並みは、今は多くの救助隊が出払っているため普段よりものんびりとした空気に包まれていた。銀行のペルシアンは温かな日差しに微睡み、カクレオン兄弟は品物を並べ直しながら、リンゴを両手いっぱいに抱えたゴンベと談笑していた。
さて、今回の依頼主たるマッスグマ、依頼をこなした後は「広場の南にあるレストランに来て欲しい」とのことだった。レントはすぐにピンと来た。以前シルムとカスピドと行き、カルとプレストと合流したあの場所だ。
レントとルーフは迷うことなくそこに向かい、深呼吸してから木の扉を手前に引く。
「そういうの、誠実じゃないと思う」
「だからプレちゃに会いたくなかったんだああぁ!!!!」
ぱたん。レントは即座に扉を閉じた。ルーフの方に向き直って無言で意思疎通。「どうしようか」。
言い争っている姿は、声とちらっと見えた色からの判断にはなるが、片方は今回の依頼主、もう片方は知り合いのようだった。だからこそ入りづらい。
後ほど出直しても良かったが、レントは依頼を受けたときの相手の「助かったよ……命が」という言い回しが随分と頭に残っていた。なるべく早く返すべきなのだが。
ぱたん。悶々としていたレントたちは、開いた扉に驚いて目をやる。そこから姿を現したのは、言い争っていた知り合いの関係者。彼は後ろ足で扉を押し込むと、レントたちを見下ろして口角を上げた。
「やっほーレント。と、もうひとり。いやーすまんなー。全然入ってくれて大丈夫なんだけど、あれはちょっと入りづれーよな」
「う、うん……」
「くははっ、素直でよろしい。ま、あっちはあっちで収めてくれたっぽいんで行くか。あのマッスグマに御用だろ?」
と話を繋げてくれたのはカル。確かに彼の言う通り、建物内の喧騒は落ち着いていた。かといって気まずさが解消されたわけではないが、あの渦中に飛び込むよりはかなり気が楽だった。
カルはくるりと身を翻し、店の中を一瞥。すると、何やら白っぽい閃光がびゅんとこちらに走ってきた。
「うおっ」
「救助隊さんんんん……!! お見苦しいところお見せしましたっ。えっと、回収、出来ました、か……!!」
カルが開けた細い隙間から身を滑らせたのは依頼主たるマッスグマ。この種族、平均身長が0.5mとレントたちとあまり変わらない身長なのだ。だからカルが開けかけた扉の隙間でも容易く出入りできたのだ。
「あ、うん。えっと、これで大丈夫かな?」
レントはおずおずとリボンを差し出す。マッスグマはその手から、光さえも追い越しそうな速度でリボンを取った。急いで拾ってきたものだからまだ濡れていてリボンの色も暗くなっていたが、それでもマッスグマの目は途端に輝きだした。
「それーーっ……!! 本当にありがとうございます!」
マッスグマの心底安堵した表情に、つられてレントとルーフも顔が綻ぶ。
そんな和やかさも束の間。扉が小さく唸るように開いて、顔を出したポケモンは重いため息をつく。一瞬だけ見えたリボンを、しかし彼は正確に見通していた。
「……やっぱりそれじゃん」
「うえぇプレちゃ!? ちょ、ココノちゃ!!」
「いや別に取り押さえろとは言われてないんで。まず大人しくしてろって言われたのに脱走したサクちゃんが悪いんで」
「嘘じゃん裏切り者ーーーーッ!!!」
小さな体躯からは想像もできない声量だった。別ポケのハイパーボイスを思い出して耳を塞ごうとしたレントは、やはり咄嗟に手を当てる先がほっぺの後ろ。ぷにっとした感触を味わうのみで、音の低減には至らなかった。
扉から顔を出したのは、カルの相方であるプレスト、そして気怠げな顔をしていたキノガッサ。
「サクちゃん、アンタちょっと来なさい」
「やあぁーーだぁーーーー!!!!」
キノガッサは涙目になっているマッスグマの首根っこを掴むと、すぐに店の中へと戻っていった。挨拶をする間など存在しなかった。
その様子を横目で流すと、プレストはレントたちの方に向き直って頭を下げた。
「ごめんね。レントくん。それに……お手伝いしてくれたお友達かな?」
「うん。チームレナトゥスのルーフって言うんだ〜!」
「ルーフくんね。俺はプレスト。……サクが迷惑をかけたみたいだね」
「ううん。依頼なら放って置けないよ〜!」
「そっか。ありがとう、優しいね」
ルーフの無邪気な笑顔に安心したようで、プレストの強張っていた表情も少し柔らかくなった。
「迷惑かけてごめんね。中に入ってゆっくりしていってよ」
「いいの? ……あれ、ふたりってそもそもこのお店のヒトじゃ」
流れるようなプレストの言葉につい釣られかけたが、カルもプレストも前回は「客として」ここにいたはずだ。レントがはっとしたのも束の間、レントの甲羅を爪が軽やかに弾いた。
「まーまー。どうせこの時間ならシルムも帰ってねーし、暇つぶしも兼ねてってことで。ルーフも時間ありそうなら来なー? サクちゃんからのお礼もまだだしな」
「わ〜! じゃあ行く〜ありがとう!!」
シンティラのふたりに案内されてレントとルーフは並んで席につく。まだ誰もいない長閑な雰囲気に包まれながら、レントは店の奥を覗くように首を伸ばした。先程引きずられて行った依頼主の姿は見えなかった。
「えっと……サク? とふたりは友達なの?」
レントのちょうど向かいの席に着いたプレストは、一度の瞬きをしてから頷いた。
「うん。サクで大丈夫。マッスグマのサクと、あとさっきのキノガッサはココノっていうんだけど……あのふたりとは昔旅してたときに出会ったんだ」
「今流れるように俺見たけど俺は部外者なー」
と、レントの視線を受けたカルは頬杖をついて付け加えた。彼が隣のプレストに向ける目は、今は一番近くの相棒を見る目というよりも、雲の上の存在を遠く望むようだった。
プレストは店の奥に行ったココノが立てる涼やかな物音に耳を傾けつつ、店内のポスターに目をやった。つられてレントとルーフもそれを、青地に緑の塊が描かれた地図のようなものを見つめた。レントは吸い込まれるように、そしてルーフはレントの肩に乗り上げるような勢いで目を輝かせた。
「あそこ、旅していたの。良いところばかりなんだよ」
と、目を細めて口元を綻ばせたプレストの横顔を、カルは頬杖をついたまま見上げる。
「レントくんには前に、俺が少し遠くから来たって話をしたと思うけど、サクとココノはそのときの仲間。そして……そのリボンは、旅のゴールの一つに達した証なんだ」
「ゴール……の、ひとつ?」
「うん。旅の最初の目標で……でも、通過点」
「ちなみにバトルさいきょーってやつっすね」
自然付け足したのはココノ。手には6つのグラスが乗った木製のトレーを、尻尾の先には沈んだ表情のサクを従えていた。
「むぅ〜…………」
「おーおーサクちゃんが萎んで膨れてる」
ふらりふらりと机に歩み寄り、辿り着くや否や潰れたサクの額を、カルはつんとつついた。サクは小さな唸りをあげるのみだった。
プレストはそんなサクを横目に、ココノに軽く前足を振った。
「ココノもサクもおかえり。……サク、レントくんとルーフくんもいるのにそんな顔しない」
「えいぎょおじかんがい……って言いたいけど、恩人も恩人の前だもんね。よしっ」
「時間外とか関係なくお客さんの前なんすよね」
「あうぅ……。そう、だよね。それで、今はリボンのお話?」
「あの地図の場所を三匹が旅してたって話をして、リボンの話になったところだったんだよ〜!」
「そかそか。これね」
サクは抱えていたまっしろふわふわのタオルを開き、それを机上に載せた。
レントが依頼として普通に触れたはずのそれは、今の話と、タオルを何重にも折りたたんで包まれていた様子を見るととても触れようという気は起きず。バッジとサクたちの顔を交互に眺めるだけに留める。
「さっきばとるさいきょーって……じゃあみんな強いんだ。すごい」
興味深さに尻尾を振るレントに、プレストは苦笑い。
「まだまだ未熟だけどね」
「ちなみにプレさんはうちでも強い方でした」
「俺からしたら手も足も出ないでーす」
「…………。」
プレストの次は順にココノ、カル、そして気まずそうに目を逸らしたサク。その頬を、ココノは手に持っていたトレーの角でつついた。
「……で、プレさんなら『そんな大切なものを落とすとかありえない』とか言うだろうとか考えて、こっそり他の救助隊に頼んで取ってきてもらおうとしたんすよ。で泳ぎもできる救助隊ってことでアンタらに直々のご依頼となったわけっすね。プレさんに即バレしてたっすけど」
「プレちゃもさぁ、わざわざ救助隊おやすみしてまで突き詰めに来なくたっていいじゃん〜……」
「それはサクが俺を見た瞬間大きな声出して逃げるから。何か隠していることくらいわかる」
「あれはなー誤魔化し下手すぎたな。面白さで言えば点数高かったけど、くははっ」
「だってぜぇーったいプレちゃブチギレするもーん……こわいじゃあん……」
「プレストの本気ギレ、見たくねーけど怖いもの見たさは多少あるな」
「……怒りはしないよ。俺が怒ったのそこじゃなくて、その後のサクだよ」
プレストとカルに追い詰められ、サクはぐぬぬと唇を噛み締めて黙り込む。
サクの返事を待たず、プレストは続ける。
「聞いてもなお全部隠そうとしたことに怒ってる。旅の仲間に隠し事するってことは内容もその大きさもある程度検討がつく。現に今回はそのリボンのことだったし」
「あーもう救助隊さんたち来る前にしてた話と同じになりそうだからそんくらいでいっすよ」
ココノは各々の前に飲み物を置きながらそう諭した。飲み物はしゅわしゅわと泡立っていて、淡く青色がかかったグラスのフチにはパイルの実が引っ掛けられていた。
「あ、炭酸飲めます? おふたり」
「ボクは大丈夫〜!」
「え、えい……からいっ」
「あーすんません。確認取らずに作っちゃって。炭酸抜きのに替えてきますわ」
とグラスを下げようとしたココノの手を止め、カルはにやっと口角を上げた。
「ちなみにかき混ぜると炭酸はだいぶ抜ける」
「そうなの? じゃあやってみる……わぁ、すごくしゅわしゅわする」
レントのマドラー捌きに呼応するように、グラスの中の泡は浮き上がっては弾ける。その音と、手に飛んでくる細かい飛沫がレントを夢中にさせる。
「そんでー、飲むと?」
「飲むと……あ、程よいしゅわしゅわだ。辛くないけど楽しい」
「じゃあ替えはいっすね」
「うん、気にしてくれてありがとう」
「レントくんに強行突破教えないでよ……」
「くははっ、レント素直でいーよな」
「「いえーい」」
快活に笑うカルと、にこにことジュースを飲みながらのレントでハイタッチ。
サクは自分の分の飲み物を一口で半分減らしてから、手をぱちっと叩き合わせた。
「ああぁそう! これ、依頼のお礼のお菓子です! 二人ともどうぞ、お仲間さんと食べてね」
「わ! 可愛い。色んな色がある」
レントが手に取った袋には、赤や黄色、翠に青、そしてピンクと、どれもパステル調の愛らしく爽やかな色合いのお菓子が詰まっていた。一見するとラムネのような、キューブ状のお菓子だった。可愛らしくて、見ているだけで心が躍るようだ。
「ありがとう〜!! スフォルも喜ぶかなぁ」
ルーフはお菓子の袋を手ににこにこと笑う。
「意外と甘いの好きそうだよね」
「ね〜!」
「と思うじゃん〜!! これ、酸いも甘いも色んな味入りなので絶対どれかは気にいるの間違いなし! ついでに美容にもとっても良い!!」
と、サクが自慢げに付け足した。少し前までのしょんぼりはどこへやら、すっかり元気な様子だ。
「毛艶めちゃくちゃ良くなるよ!」
「毛……け……今なかった」
「ゼニガメならね〜肌もそうだし、あと甲羅の艶とか! ミズゴロウもヒレの色綺麗になったりとかね〜期待できますね!!」
「ポケモンそれぞれってこと……!? 面白い」
ポケモンにして見れば当たり前なのだが、レントにしてみたら″ポケモンらしさ″にわくわくしてしまうことで、ついそう食いついてしまった。
そこから、サクやプレストの普段使いのブラシへ、カルのツノやルーフのヒレの手入れの話……ココノに振ってみたら、気づいたらトレーニングの話になってしまったけれど。そんな調子で、各々の種族なりの暮らしぶりを垣間見て、レントの目のきらめきは増すばかり。
結局随分と話し込んでしまった。レントが啜ったストローがずず、と音を立てたのを皮切りに、レントは壁掛け時計を見上げた。キャモメと港町を描いた爽やかなデザインのそれは、まだ夕方には早いけれどもここにきてからは随分と経っていた。
ココノは時計とレントのグラスを見比べた。
「追加入れます? 他の味もあるんで言ってもらえればそっちでも」
「あ……ううん、大丈夫。そろそろ帰ろうかなって」
「そか! 長々引き留めちゃってごめんね、楽しかった。そしてリボン取ってきてくれてほんっっとうにありがとう……ッ!!」
「ううん! ボクたちも色んなお話聞けて楽しかったし気にしないで〜!! また何かあったら依頼してよ!」
「や〜〜助かる! 嬉しい! また頼むね……!!」
サクとルーフががしっと手を握り合った。それを見たレントもそわそわ。ココノをちら、と見上げてから、とことこと走っていった。
「ココノも、何かあったら言ってね」
「お、いいんすか。じゃプレっさんのこと可愛がってやってくださいな」
「うん、わかった」
「えっなんでそこで俺」
「レントも仲間入りかーくははっ、おもしれ」
「プレちゃ愛されじゃーん。ふふ」
レントの無垢な笑顔に面白がるカル、さらにはサクの微笑みで畳み掛けられ、プレストは目を逸らした。その先に、旅してきた場所の地図を映して。
レントは道具箱にお菓子を詰めると、肩から斜めにかけた。いつもの救助スタイルだ。ルーフもまた、道具箱をさながらゼニガメの甲羅のように背負った。
「それじゃ、みんなまたね」
「じゃあね〜! リボンもう落とさないようにね!」
「無邪気!! そして正論! ありがとうございます気をつけますこの命のために!! じゃーねー!!」
サクが早口でまくしたてたのに、レントとルーフが笑顔をこぼして。ふたりは手を振りながら店を後にした。
後に残ったのはサクとココノ、そしてカルにプレストだ。ココノはレントとルーフが使っていたグラスを重ねながらため息をついた。
「……で、アンタらいつまでいるんすか。まだ昼っすよ。仕事しろ」
「ん〜? 今日はプレストがなんでも決めてくれるので俺はプレストの仰せのまま、で」
「まだ続くのそれ」
プレストが目を丸くしたのを、カルは含み笑いをして見上げた。
「当たり前じゃん、今日はって言ったろ。なんなら明日も明後日も、でもいーぜ」
「はぁ……。といってもサクに話聞く以外のこと、考えてなかった」
「意外とそういうとこって見切り発車だよねプレちゃ!!」
「……カルはどうしたい?」
「だーからー」
「そう言われても……。依頼、今あるかな」
「無くはないんじゃねーかとは思うが、割に最近掲示板は平和なんよなー。ララバイとレナトゥスの新入りたちが頑張ってくれてんのもあるし」
カルは一旦言葉を区切ると、プレストの目をじっと見据えた。赤く強く、それでいてどこか儚い目だ。
「それがやりたいことならいいぜ? でも、もう少しこうさーお前がやりたいっ、みたいなん聞きたいなー」
「バトルの特訓」
「悪いそれだけは荷が重すぎる。俺には無理」
せっかくの即答を断るのは忍びないが、カルもまた即答でそう返した。カルの言う「プレストには手も足も出ない」は誇張のない、現実そのままの言葉なのだ。
プレストはちらりとサクとココノの方を見る。ふたりとも、カルを一瞥してからプレストと目を合わせた。意訳すれば「カルがそう言ってくれてるんだから自分らじゃなくてカルとやりたいことをしろ」、だ。つまり実力が近い二人にバトルに付き合ってもらうのは厳しそうだ。
バトルの訓練の線が完全に潰えたプレストは、第二の、もとい本来は一番やりたかったがカルに気を遣う選択肢を頭に描く。これを言うのはわがままだろうか、カルは何を思うか、そう勘案しながら小さく口を開いた。
「……じゃあ、探し物……こと、したい」
「あー。そっか、りょかい。んじゃ行くかー」
「カル、来たくないなら別に」
「仰せのままに〜なんで、来んなと言われねー限り着いてく。心配すんなって。二年間俺が振り回してばっかで、あんまちゃんと探せてねーもんな?」
「カルのせいってわけじゃないよ。……でも、なかなか見つからないし情報もないものだね」
二年前、カルとプレストが出会った、そのほんの少し前から。プレストが手に入れたくて仕方ない、「探しごと」を。