23話 友達でしょ
「本当に大丈夫そうで良かったよ」
「あぁ、なんとかな……。チームのやつら、コノハナたちにも心配かけてるし早く戻らなきゃな」
シルムとカスピド、FLBに声を掛けられ、カザカミは焦げ付いた髪を払う。怪我はあるものの軽症で、明日にでも救助活動に戻れそうである。
そんな中レントはひとり場を離れて、きょろきょろと辺りを見渡した。
「ねぇ、ここにいるの? いるなら出てきてよ。君に会いたいんだよ」
しかし辺りは静寂のまま。雷一つさえ鳴らなくなったのだ、音を聞き逃してるわけはないはずだとしても、だ。岩陰まで残らず探すレントを横目に、シルムは険しい顔である。
「誰もいそうにないね……」
「でも確かに助けてくれたのに。……もっと、話したい。夢の中じゃいつもぼんやりだから」
レントの状況を把握できていないながらも、FLBはそれぞれ飛び、念じ、岩をかき分けて気配を探る。
「上から見ても他のポケ影はなさそうだぜ」
「気配も特に感じぬな」
「こっちの岩陰にも誰もいなさそうだ」
「そっか……。恥ずかしがって隠れちゃった、とかでもないみたいだね。一緒に探してくれてありがとう」
レントはぺこりと頭を下げる。がニンゲンの感覚で体を曲げたら最後、甲羅の重みが一気にのしかかって来る。となれば転ぶほかなく、レントは石の点在する地面に飛び込んでしまった。
「いたぁ……」
「ああもう、ほら立って。これは今擦りむいたやつ?」
バトルの傷もあるため応急手当てにしてもなかなか難しい。結局傷口だけ洗ってすぐ帰宅、ちゃんと手当てをすることとして一旦その場を収めた。レント自身の機嫌は「こういうときにすぐ水出せるっていいね」なんて理由で即座に回復したが。
そんな一連の行動にフレデリックの顔は険しくなる。赤くなった手を見つめたままのレントに呼びかけ、ひと呼吸の前を置いてから話し始めた。
「前に会ったときも感じたのだが、お主もしかしてポケモンではないな?」
「っ、え、っと」
レントの心臓はきゅっと縮こまる。レントだけではない、シルムもだ。返す言葉に困ってつい沈黙してしまったが、これでは肯定したも同義。シルムはどもりながらも言葉を繋げた。
「えっ……なんでそんな」
「そうだよ。僕はポケモンじゃない、ニンゲンだった」
対してレントはよどみなく言い切った。特に怒りも動揺も、よくわかったねの笑顔もない無表情で。無感情というよりは取るべき反応に本音から悩んだ末の顔だった。
嘘の気配一つない口ぶりに、当人たち以外はぽかんと口を開ける。
「そうだったんだ!? どうりで見ない顔だなって……」
カスピドもようやく話がつながったようで、「へぇ」とつぶやいていた。確かに行動の随所に生活に不慣れな様子が伺えてたから、彼自身は驚き半分納得半分である。
それ以外は同様の嵐だ。FLBのリザードン、リザベールはレントの頭からつま先までを眺め、それが一切疑いようのないゼニガメであることを確かめる。
「でもありうるのか、そんなことが?」
「僕もよくわからないんだ。気がついたらゼニガメになってたし、昔の記憶もないからね」
夢を手掛かりにできたら、なんて思考を通してレントの意識はまた夢の中のあの不思議な存在へと向く。助けてくれたのは素直に嬉しいが、彼女がどういう手段を使ったのか見えない点は不安だった。確かに存在していると実感できたのは救いだが前進したとは言い難い。
それと同時に、シルムはぽんと手を叩き合わせた。これは名案と言わんばかりに食い気味にフレデリックに詰め寄る。
「そうだよ! フレデリックならレントがポケモンになった理由もわかるんじゃないの? どんなことでも知ってるって聞いたし」
全知全能とも言われるフーディン、かつ経験豊富な有名救助隊。これ以上ない好条件と踏んでいるシルムは「どうなの?」と言葉を重ねる。しかしフレデリックはゆっくりと首を振るに留まった。
「……。いや、ワシにもわからん」
「そっかぁ。まぁ仕方ないか」
「ただし、突き止める方法はある」
後ずさりしようとしたシルムの足がぴたっと止まる。
「『精霊の丘』へ行け。そこに一日中太陽を見つめ、未来を見通すと言われるポケモン――ネイティオがいる。彼ならば何か知っているに違いない」
フレデリックは南西の方角を静かに眺めた。道中のダンジョンもあまり攻略難度は高くない。雷鳴の山を潜り抜けたララバイならば問題なく進めると彼は判断した。
「なるほどね! ありがとう。レント、すぐにでも精霊の丘に行くよ!」
「え、そんなに急ぐの?」
シルムに手を取られレントは目を丸くする。まるで自分を救助隊に誘ったときのような勢いだ、たいそう本気らしい。しかし渋り顔でいたら、シルムはレントの手をゆるゆると離していった。
「あ……うーん、怪我治すのもあるしいっぱい寝たいか。ネイティオは逃げないよね。なら少し休日作ってから行こうか」
「うん。ありがとう。明日はお昼まで寝るね」
「やめろ起きろ生活リズム狂うよ。日中のんびりしてていいから朝はちゃんと起きて」
シルムは気を取り直して救助隊バッジを手に取った。
「はいじゃあ早く帰るよ。みんなも行こう」
「あ、あぁ、そうだな……」
ただしカザカミは、まだ動揺の渦中にいたが。
翌朝。いつもよりは三十分だけ遅い起床時間だった。
昨夜は夢を見られなかったため、寝起きのレントはまず落胆。疲労もあって二度寝して再度夢見チャレンジをしたいところだが、そうしたところであの夢に届く気がしなかった。起きるには眠いが眠れないような覚醒具合で、目をつむって横になっているのがせいぜいだった。
それを本人にも言われたから、シルムは普段なら二度寝待ったなしな様子について深くは言わない。彼は大陸地図を広げると、ポケモン広場の南にある荒野地帯を指し示した。
「少しだけ目開けてもらっていい?」
「ん……なぁに。ちょっと待ってね」
開けたての視界はぼんやりしていて、明確な像を結ぶまでに三回のまばたきを要した。レントのいいよの言葉を待ってからシルムは説明を始める。
「昨日調べたんだけど、精霊の丘はこの岩場のとこ、大いなる峡谷ってところにあるんだって。で荒野を抜けるか海沿いを遠回りするかだけど、とにかく行きにくいのは確か。でもカイリュー便は正式な救助依頼優先だから歩いていくことになるかもしれない」
「の、乗りたい……」
「いつか機会があればね」
「うぅ……」
「ねだっても無理なものは無理。あくまで救助を迅速にするためなんだから依頼書見せないと乗せてもらえないの」
地図を手際よく畳み、シルムは朝食の用意を始める。今朝は卵サンドらしい。ラッキーの卵だろうか、レントはあの優しい甘みとほっとする風味が好きだった。思わず尻尾を振りたくなりながら、しかし一抹の曇りがそれを阻む。
「ねぇシルム」
「ん? 何?」
「……いや、やっぱりなんでもない」
俯いてしまったレントに、シルムはむんと目付きを変える。悩みを曖昧にしておきたくないのだ。
「何か聞きたかったんじゃないの? ちゃんと言わなきゃわからないし相談にも乗れないし、言ってみてよ」
その言葉に背中を押され、レントは深呼吸をしてからじっとシルムの目を見つめた。
「なんでそこまで頑張るの?」
「なんでって……そんなのきまってるじゃないか」
シルムは即答。自慢げに口角を上げるが、対するレントの顔はまだ判然としない様子である。
「自分のことじゃないのに……」
「そうだよ。自分のことじゃないから頑張れるんだよ。オレとレントは友達でしょ? 友達のためなら頑張りたいのは当然だよ」
「……!」
ぶわっと心が揺れて、見開いたレントの目にきらきらの光が差し込んだ。もう一度聞きたいの思いが、思うより先に顔に出た。
しかしシルムはすかさず立ち上がる。
「そんなワケだよ。じゃ、今日は……まだポスト見てなかった。行ってくるね」
そうして身を翻したのが照れ隠しなのは容易にわかった。さらっと言うくせしてすぐ後悔するのだ。扉を閉める音がいつもより大きかったことや、ポストを見るにしてはやけに遅い戻りからもそれは確実と言っていいだろう。
レントはまだ巻いてなかった薄紫色スカーフをぎゅっと抱く。自然と表情が溢れ出て頬が緩んだ。
「……嬉しい」
いつも一緒にいてくれるだけで嬉しかったけど、はっきり言葉にしてくれた喜びはひとしおだった。