第三章 轟く雷鳴と沈黙の風
22話 雷の司
 雷鳴がひときわ強く空を切り裂いた。サンダーは雷雲を冠に、翼を力強く開く。

「電気ショック!」
 
 その技名で済ませてくれている辺り、かなり手加減はしてくれているのだろう。舐めているだけかもしれないが。
 準備運動の一手をレントとシルムは身を屈めて、カスピドはくるりと舞って回避。そしてレントはすちゃりとあるアイテムを取り出した。顔に当てて口角を上げ、ピースサイン。

「似合う?」

「今聞くな呑気だな!!」

 シルムはそう短く叫びながらも、「似合うけど」と最後に一言付け足した。
 レントがつけたのはサングラスだった。ゼニガメの頭にどう着ければと悩んだものの、一旦装着すれば良いフィット感で、動き回ってもなかなか落ちない。これによって明滅する雷のまぶしさは軽減され、視界の白みも少し落ち着いた。

「カッコいいー!」

「はしゃぐな呑気だなぁもう!!」

 シルムはスクエア型、カスピドはハート型のサングラスをそれぞれ装着。カスピドはにこっとダブルピースを決めると、頬を叩いて火花を散らした。

「こっちも電気ショック!」

 ウォーミングアップの一発。サンダーには冷ややかに睥睨されるに留まったが、カスピド自身のボルテージは一気に上昇した。体温が上がり、頬からこぼれた電流がひっきりなしの雷に呼応する。
 シルムも、ぐっと頭を持ち上げて火の粉を放った。

「どうせ効かないってわかってるけどね……!」

「ここは任せてよ、あわ!」

 火の粉を追うはシャボン玉の大群。なるべく多くの泡を繋いで、相手の機動力を奪いにかかる。しかしサンダーは羽の一振りで軽々と消し去る。あまりダメージになっているようには見えなかった。
 とにかく相手が遠いとあって、こうしてちまちまと技を与えるのが精一杯なのだ。機が訪れるまでひたすら耐え、避け、そして一気に畳み掛けるのが今回の作戦である。

 再度の撃ち合い。レントの眼前で雷と炎が弾けた。拮抗、いやわずかに劣勢か。レントはたたっとシルムの元に走ってから手を伸ばす。

「まもる!」

 緑色の壁となって二人を包んだそれは、シルムがくれた技マシンによるもの。高電圧も平然と弾き飛ばしてしまった。

「強いすごい……!」

「乱発しないでよ。連続で上手くいく技じゃないんだから」

 呆れ顔ながらも、シルムは用意してよかったと胸をなでおろした。




 シルムの用意は周到であった。
 雷のまぶしさ対策のサングラスに、護身目的でまもるの技マシン。これらを揃えるに至ったのは夜明けのカルの言葉だった。

「あー俺そこきらーい」

「知ってるよ」

 シルムは無愛想な対応だった。気だるげなあくびをしながら、カルは青みゆく空を睨んだ。

「あんな常時大災害みたいなダンジョンわざわざ行くもんじゃねーだろ。何しに行くの? まさか中身プレストになったとか言わねーよな」

「中身プレストって……。すごく急ぎの救助依頼だよ」

 シルムから経緯と目的、そして自らサンダーと対峙する覚悟を聞いたカルの目元は鋭くなる。

「自分たちが無事じゃなきゃ救助成功にはなんねーんだよ。お前ならわかってんだろ、なんでそんな依頼受けやがった」

 普段よりオクターブ低い声に、シルムは言葉を詰まらせる。

「捨て身で救助に挑むつもりか? そうやってカッコつけるヤツは大抵共倒れすんだよ。せいぜい救助『される側』にしかなれねーの」

 正論たるカルの言葉にシルムは口をつぐむ。
 カルは額を押さえると、息の続く限り「あー」と間を繋げた。

「とりあえず、自分の手で救助したい気持ちは認めてる。『FLB』ありきっていう他力本願な理由で悪いけど全く無謀な救助じゃないから止めはしない。ただ身の丈に合ってない相手であることは忘れんな。……死なない準備はしてけよ」

「…………」

 カルは仰向けになって、朝日にちらつく目を前足で覆う。その隙間から唇を噛みしめているシルムの横顔を覗くと、軽快に笑ってみせた。

「ま、サンダーだろ? どーせプレストよりはマシだって」

「……絶対そんなことないでしょ。比較対象わかんないけど」





 そんな朝を経て整えた準備はかなり功を奏していた。
 しかしこの「まもる」という技、サンダーにしてみれば厄介な技この上ない。余裕と思った技が通らなかった癇癪のまま、ギロリとレントとシルムを見下ろすと、雷鳴に負けない声量で叫んだ。

「高速移動!」

「えっ……」

 雷雲を背に舞う翼。唖然と見上げる間にも加速は続く。どう対処すれば。三匹はこめかみに冷や汗を浮かべた。
 最初に動いたのはレントだった。口いっぱいに水を溜め、頭の中に技名を記す。

(飛んでいる相手は、翼を狙う!)

 カルのアドバイス通り、レントは一点を狙って水鉄砲を放つ。が、いかんせん相手は遠くて速い。射程距離の長さはそのまま相手に回避の猶予を与えてしまって、なかなか思い通りに命中してくれない。
 彼はどう戦っていたか。今一度、遊びふけた――というには随分と訓練に明け暮れた夜を思い返す。

「危ないよレント!!」

「はっ……」

 だから気が逸れた。迫りくる一閃の嘴は、的確にレントの足を刺しすくう。甲羅に籠もれたらよかったのにと、レントは地面を転がりながら歯噛みした。
 雷さながらの嘴の一撃はレントには重すぎた。歩くどころか立つことさえままならないほど、まともに食らった右足に強い刺激が残っていた。

(痛い、けど動かなきゃ……あれ?)

 途端、レントの足を淡い緑の光が包んだ。首を傾げるうちに、傷跡は薄くなってぴりりとした刺激は落ち着いていく。
 一瞬で治ってしまった。まるで夢のような出来事にレントは混乱するばかりだった。

『レント、さん……』

(君は……!)

 聞こえた声にレントははっとする。夢の中で出会うあの女声だった。

「もしかしてキミが治して――」

「ぼーっとしない!」

 シルムの叱責も今は耳に入らない。サングラスを外し、明度の増した雷鳴に目を細めながら叫ぶ。

「ねぇ、キミは……! もしかして近くにいるの!?」

 手を伸ばす。あたりを見渡す。でも姿なんて、影すらない。どうして、どこ、キミは誰。
 あきらかに様子の変わったレントに掛ける言葉をどうするか、シルムは一瞬悩む。それにサンダーは隙ありと帯電し始めた。パチリ、と一際大きな火花の音にカスピドの耳は揺れた。

「ちょっと待っててよっ! メロメロっ!!」

 右目をきゅんとつむれば、弾けたハートがサンダーに飛び付く。するとサンダーは技の構えをしていたことすら忘れ、溜めてきた電気は山の麓へと流れていった。

「レント、どうしたの?」

「あの子、夢の中の子が、近くにいるかもしれなくて。今怪我したところ治してくれたし」

 必死に伝えようとするが言葉が上手く流れない。あれとこれと、説明を途切れ途切れに重ねるレントにカスピドは重要そうであると察して固唾を飲む。

「レント」

 しかしシルムの対応は冷たい。冷静である。

「気になるのはわかる。もしいるんなら会えばいいよ。でも!」

 語気を荒げる、同時に鳴った雷に負けないほどに。

「サンダーはそんな簡単な相手じゃないんだよ! 油断した一瞬で倒されかねないの。頼むからよそ見するな!」

「ご、ごめんなさい……」

「ごめん。あの、……お願いだから」

 気を抜くな、後にしろ。続く言葉の全てがトゲを持っていて、シルムは頭を抱える。息切れと緊張の連続で頭も回らず、余計に上手い言葉選びができない。

「……救助隊は、自分の身の安全が前提」

 シルムが呟いたのは、先輩たるカルが信条としている救助隊の心得だった。他人の言葉だからこそ、頭が回らずともすっと口をつく。
 無謀な救助に挑んで失敗、命を落とすなど以ての外。海で溺れたポケモンを助けようと素人が飛び込んだところで共倒れになりかねない。カルの言う「身の丈に合わない救助」であることをシルムは十分に理解していた。
 だから気を緩めないで、と続けようとしてシルムは言葉をつぐむ。

 なら、今サンダーに挑むことがそもそも無謀なんじゃないか。前提から崩れているんじゃないか。そんな思いに囚われたシルムは、しかしレントのひとことで顔を上げる。

「そうだよね」

 サングラスをかけ直し、レントはひっきりなしの落雷に手を伸ばした。

「うん。サンダー倒してからあの子を探すよ。もしここにいなかったら、今度は夢で会いに行く」

 レントがにこりと微笑んだのを見て、カスピドはサンダーに手を振る。

「おいでよサンダー!」

 メロメロ状態の続くサンダーは素直にカスピドの言葉に従う。こっちだよ、と自身の近くに引きつけると、カスピドはウインクでレントとシルムに合図する。
 これで相手の高度は奪った。ようやく得意な物理技が使えるとあって、シルムの士気は一気に上がる。

「一気に決めるよ、にどげり!」

「たいあたり!」

「スパークっ!」

 それぞれの技で畳み掛ける。メロメロ状態故にどこまで効いているかの判断がつきにくいが、着実に蓄積されているはずだ。
 なんて油断も束の間。サンダーの浮ついていた目元がぱっと鋭さを取り戻す。

「……はっ」

「! まずいよ、離れてっ!」

 カスピドはでんこうせっかを発動させつつレントとシルムの手を掴む。その咄嗟の行動によりサンダーのつつく攻撃はギリギリで回避できた。

「貴様ら……!」

 しかし、ダメージにより奪った機動力は高速移動で回復される。有利に傾いたかと思いきやサンダーの怒りを逆なでしたようで、レントたちを見下ろす眼光は一段と鋭くなった。
 睨みつけるさながらのそれに威圧されながら、レントはサングラスの隙間からカスピドの横顔を伺った。

「もう一回メロメロできないの?」

「うーん、何回も使うとちょっとずつ効果薄れちゃうんだよね……。今のも効いてる時間短かったし、重ねてもあんまりかも」

「もう少し取っておこうか。大技になったら迷わず使って」

「おっけー!」

 短い指でリンゴのタネほどの丸を作ると、カスピドは頬に電気を溜め始めた。レントもならって口いっぱいに水を溜める。ニンゲン時代にやったら溺れそうになるそれも、ゼニガメとしてバトルでやれば頼もしい感覚だった。

「電気ショック!」

「みずでっぽう!」

 二人揃って技を出した。それを電撃で打ち払った上で、サンダーはおまけの電力を技へと変換する。

「電磁波!」

「それを待ってたよ!!」

 シルムが叫ぶとともに、カスピドはレントの手を引いて下がる。数歩の距離であれば、レントが歩いて下がるよりもこうした方が早く動けるのである。
 逆にシルムは前に出てその微弱な電気を自ら浴びた。庇ったというにはやや違和感のある彼らの行動にサンダーは首を傾げたが、一匹の機動力を大きく奪えただけでも気楽なものである。
 カスピドは頬から派手な火花を散らしてサンダーの注意を引くと、再びきゅんと片目をつむる。

「メロメロっ!! ほら、もう一度こっちおいで!」

 効果なんて10秒で構わなかった。1秒、効果が現れる。2秒、効果開始。5秒で完全に引きつける。それで十分。

「からげんき!!」

 最大限の威力となった一撃がサンダーを脳天を撃つ。それが終わり10秒、メロメロの効果は終わりとなったが、同時にサンダーの体力も相当に削られていた。

「はい、クラボのみ」

「ありがと」

 シルムが電磁波を受けた段階で道具箱を漁り、取り出していたものだった。シルムは涼しい顔で丸ごと食べきってしまう。辛さはどこに行ったのかと唖然とするレントを差し置いて、今度は背中の炎をぶわっと燃やした。

「ぐ、ぐっ……」

「……サンダーがこの程度で倒しきれたわけじゃない。まだ気は抜けないよ」

 重い一撃を受けてもなお立ち上がろうとするサンダーを、レントとカスピドは祈るような思いで見つめる。
 ただその祈りは届かない。サンダーは全身に稲妻を纏うと、けたたましく叫んで急上昇する。

「やっぱりまだだよね!! 火の粉!」

「えっと、あわ!」

 そこに飛礫が乱入した。あれ、と二人の集中がそちらに向かい技の勢いが落ちたとしても、その岩たちは凛々しくサンダーを指し示していた。

「ストーンエッジ!!」

 野太い声がそう語ると共に、岩の雨が容赦なく降り注ぐ。おまけに砂が上昇気流とともに巻き上がり吹き付けた。
 サングラスに目を守られながら、レントたちは後ろを振り返る。そこにいた三匹、その中央のポケモンとレントの視線が交錯した。

「こ、これは……」

 救助隊『FLB』。そのリーダーたるフーディン、フレデリックがララバイとサンダーとを見比べていた。
 自分たちより先に到着していたことももちろんだが、サンダー相手に十分戦えていた様が双方から伺えることが彼の驚きをより高めていた。
 その姿を見てか否か。サンダーは今一度高い空に叫ぶと、途端冷静さを取り戻した声で語る。

「待て! 戦うのはもうやめだ。だいぶ頭が冷えたようだ。ダーテングは返してやろう」

「ほ、本当!?」

 思わず聞き返したシルムに対しては、重い一撃を喰らった相手という心情もあってか、ギロリと見下ろすのみで答えはしない。

「次はこうはいかぬから覚悟しておけ!」

 瞬く間にサンダーは高度を上げ、雷雲の中に姿を消す。サンダーが飛び込んだ雷雲は一際強く光った。
 そして、雷とはまた違う暖かな光が降ってきたかと思いきや、その影はポケモンの形をなす。

「うっ、ここは……」

「カザカミ! 大丈夫!?」

「あぁ、なんとかな……」

 ララバイとFLBはカザカミに駆け寄って彼の様子を確認した。幸い大きな怪我はなさそうだ。シルムは胸をなでおろし、救助成功の実感を噛み締めた。
 サンダーの去った雷鳴の山は、雷も落ち着いたせいでとても静かに思えた。

音々 ( 2021/07/28(水) 03:51 )