17話 霞んだ雨雲のちに晴れ
「良かったね、クィクリーくん!」
「ありがとう、ツマミちゃん!」
怪しい森からレントの家まで戻ってみれば、ツマミはそこで待っていた。雨が降る中ずっとだったそうで、シルムは家に入っていればよかったのにと述べるものの、ツマミは首を横に振った。
「それは申し訳ないです。それに、ウタちゃんが一緒にいてくれたのでさみしくはなかったです」
「うっ!」
家を取り囲む水路から顔を出した彼女は、雨のせいか、いつも以上にご機嫌な様子で歌っていた。レントに頭を撫でられれば、顔で表現できる喜びを表現し尽くしたような顔でとろけていた。
「それならいいんだけど……でも、風邪ひいちゃうよ? 待ってて、タオル取って来るね」
「いえ、大丈夫です。お礼できるものも何もないのに……」
「そんなこと気にしなくていいの」
シルムはレントの家に飛び込むと、間もなく真っ白なタオルを抱えて戻ってきた。遠慮がちなツマミをそれでわしわしと拭くと、空を見上げた。
「でもほら、雨やんだよ。今のうちにおうち帰って、温かいものでも食べておいで」
タオルを丁寧に畳むシルムに、きらきらと輝くツマミの目は釘付けだった。
「はい。本当にありがとうございました。レントさん、シルムさん! ボク、ますます憧れちゃいました。大きくなったらボクも救助隊やりたいです!」
「ぼ、ボクも! やってみたいです!」
「いいね。楽しみにしてるよ。……あ、そうだ。ララバイの救助基地ももっと立派にしてみたいね。オレたちだけの救助基地、みたいな!」
「カッコいい……!」
「それ、すごくいい! ボクも大きくなったらここではたらきたいです!」
「ボクも!」
三者三様、目を輝かせるのを見て、シルムもにっと口角を上げた。みんなが集まれるような救助基地にするには、なんて、考えるのが止まらなくなってきそうだ。いくつか考えては、それに胸を弾ませる。
ひとしきり盛り上がったところで、シルムは空模様を見上げた。ずいぶんと雲は切れていて、今日はこれ以上雨が降ることはなさそうだった。
「それじゃあ気を付けて帰るんだよ」
「はい、ありがとうございました!」
「ふあぁ……ウタちゃんも帰る?」
「うっ! ううー!」
帰っていく皆に手を振って見送る。ツマミとクィクリーのふたりは水たまりを避けて、ウタちゃんはむしろ水たまりにジャンプで飛び込んで飛沫を上げながら、それぞれの帰路を歩んでいた。
「ま、イジワルズにガツンとやれたのはよかったかな。ファレンツ、手伝ってくれてありがとね」
「イヤイヤ、コノ程度安イ御用ダ。マタイツデモ呼ンデクレ」
そうしてまた、ファレンツも家へと帰っていく。跳ねるような足取り、もとい浮き具合は、彼が初めて救助に出撃できた高揚をそのまま表現しているかのようだった。
レントもふわりとあくびをした。目からは涙が溢れそうで、彼がかなりの時間眠気と戦っていたことが伺えた。
「むり、眠いや……。また明日ね」
「あぁうん、おやすみ」
ふらっとした足取りで家の中に入っていくレントの後ろ姿を眺めながら、シルムはひとりため息をついた。
(ご飯ちゃんと食べてほしいけど、あれだけ眠そうじゃ仕方ないし……。軽いの作って置いておこうかな)
と考えたところでも、気分は乗らないままだった。思い返せば、レントに文字を教え始めた日以来、ずっと誰かとご飯を食べていた気がする。そのせいか。ひとりで食べるのがずいぶん久しぶりで物寂しく思うのは。
「でも、この時間に寝て朝はオレより遅く起きること、ある?」
シルムの普段の起床時間までは半日にあたる時間がある。そこからレントを起こす時間まではさらにしばらく。それでも寝続ける可能性が否めないのがレントともいうし、実際最初のうちはそのくらいの睡眠時間を取っていたのだが。
それでも、ポケモンの体にも慣れたてきた今は少しマシになっているのだ。夜に文字の勉強をしたり、本を読んだりできているのがその証拠である。
「……明日、早くレントのところ行って、朝ごはん一緒に作ってみようかな。この前お昼一緒に作ったのも、大変でむしろ時間かかったくらいだけど楽しかったし。あぁでも寝起きだとやりたくなかったりするのかな。どうなんだろう」
そこに誤算があることにシルムは気が付かないまま。
ひとりぐるぐると考えながら道を歩けば、家までの道のりは記憶にさえ残らないほどにあっという間だった。
そして日は沈み、場所は別の大陸へと移る。ギルドの廊下を歩いていた探検隊は、曲がり角でもうひとつの探検隊と出会った。
「スコア、アルペジオ。おかえり」
「おーっ、メマ、レク! 楽しかったよ!」
スコアが手を振る先にいたのは、アメモースとグラエナの二匹だった。彼らもまた、ここ、探検隊ギルド「モルト・ビバーチェ」に所属する探検隊だった。
異変の洞窟の調査を終え、あちらで予定していた仕事の全てを完遂したモココとカゲボウズのコンビ。スコアとアルペジオが織り成す探検隊「ミュジカ」は、しばらくぶりの本拠地に戻ってきていた。スコアはギルドに戻るより先に、好物のチュロスを食べにと街へ直行。優先順位が違うと引きずろうと画策するアルペジオの口に甘ったるいひとくちを押し込んで、「一個だけだから、ね?」と悪気なく笑っていた。
そんなこんなや、仕事の報告などをすべて終えて、友の営むカフェにでも行こうかと歩いていた先で、この二匹と出会ったのだ。
「ふたりが紹介してくれたレストランすごくよかったよ! 美味しかったしおしゃれだった!」
「そう。お気に召したようで何より」
ポケモン広場の南に位置する、以前レントたちも訪れたレストランを彼らに紹介したのは、このグラエナとアメモースのコンビだった。その感想も語りたかったから、スコアたちはこのエンカウントを幸運と思っていた。
アルペジオは淡々とした口調ながらも、頭の中で賑やかな店内の様子を思い出す。
「マリーネオとヴァイスが好きそうだった」
「そこまでおしゃれだったっけ?」
アルペジオが述べたふたりは、スコアたちが今から行こうとしていたカフェの店員であり、かつ同じギルドの探検隊である双子。おしゃれなものが大好きでハイセンスな彼らだが、グラエナ――レクの記憶に残るあの場所は、そんな彼らの好みとはまた違う印象なのだ。
「ポケモンモチーフの飾り切りがついていたな。ペリッパ―とか、オクタンとか、チルットとか」
「「せ、成長してる、すごく……!」」
なるほど、それなら彼らも好きそうだ。レクとメマは声を揃え、「今度行こう」と心を合わせる。何せ、二人が最後に行ったのは二年前、あのお店が開店してすぐの頃なのだ。
「ふたりとも頑張ってるってわかるの嬉しい。アイツは知らないけど」
「辛辣ぅ……」
一瞬の懐かしむような顔から一転、アメモースのメマの顔はむすっと不愛想になる。スコアの率直な感想も気に留めず、彼女は思い出した話題を口にする。
「そういえばふたり、進化はしてこなかったんだね」
「あー、それね、行ってはみたんだけど、アルペジオがもう少しって言われたから今回はやめてきた」
「今は進化できるってわかっただけでも収穫だからな、また今度改めて行く」
なぜか最近、ギルドの近くではポケモンの進化ができなくなっていたのだ。これは早く最終進化に辿り着きたいスコアとアルペジオにとっては痛手で、だからこそまだ使える場所がないかとというのを、この調査と併せて調べていたのだった。
スコアは進化できる条件は整っているものの、一緒に進化したいという思いで今日もモココのままである。
「わふー、律儀だね。チェローズも、1番進化が遅いシェライトに合わせてみんなで進化するーって言ってたよね」
「メマたちにはわからない感覚。進化できる実力が付いたらすぐに進化していたもん」
アメモースのメマは、レクの頭の上に降りて羽を休めながらそう答えた。グラエナのもふもふとした毛並みに、4枚の羽が優しく沈んだ。