第二章 目覚めた朝には夢もおぼろげ
16話 招いた森は雨雲に霞む
 怪しい森の雲行きは暗かった。明度の落ちた森は、今にもゴーストタイプが飛び出してきそうな不気味さをまとっていた。

 そんな中で対峙していたのはふたつの救助隊、ララバイとイジワルズだった。
 先陣を切ったのは、コイルのファレンツ。レントとシルムの前に飛び出ると、一帯に「きんぞくおん」を響かせた。

「耳がやられそうだぜ、ケケッ。……うらみ!」

 中央にいたシックが手を振るとともに、彼の影はまるで夕陽を浴びているかのように伸びる。伸びた影はファレンツの影と重なると、ゆらりと地上に這い出てきた。使った技の残弾を減らしにかかる技だった。ファレンツは厳しい顔をしながら、電気ショックを弾けさせた。
 そんな攻防に気を取られていたレントとシルムにも、相手は容赦はしない。

「隙だらけよ、ねんりき!」

 瞬間、レントの体は深いところに沈められたかのような圧力に縛られる。使い手たるキャサリンは、余裕そうな笑顔を浮かべていた。

「火の粉!」

「みきり!」

「あぁもう……! そんな技使えるとか聞いてないって!」

 シルムは急いで後退しつつ、ねんりきから解放されたレントの手を引いた。
 みきりの効果が続いている間、こちらの技は一切通らない。一旦は彼女を相手にするのをやめたかった、のだが。

「逃がさないわよ!」

 シルムの腕を強烈な蹴りが見舞う。格闘タイプであり、かつ攻撃力を高める特性を持つチャーレムの一撃は、たとえ単なる攻撃にすぎずとも重いのだ。

「シルム……! あわ!」

「待っ、火の粉!」

 レントのシャボン玉と、シルムの炎と、二つの軌道が「交差する」。レントが振り向くとともに、シルムの炎は的を射た。

「あっつ!」

 体をよじらせて熱を打ち消そうとしているのはピョートルだった。レントまであと一歩という距離にまで迫っていて、レントはぴょんとその場を退く。

「あっちが技繰り出そうとしてたの、大丈夫?」

「気づかなかった……。ありがとう」

 言いながらレントは地面を蹴り、たいあたりを繰り出す。

「ギャアアアァァ!!」

 が、そんな悲鳴を響かせたのは、今レントが技を当てた相手ではない。
 レントたちの後ろで繰り広げられていたのは、シックvsファレンツ。声の主はファレンツだったが、まだ果敢に立ち向かっていた。

「本当はあっちの援護行きたいけど、ね!」

 シルムはキッとふたりを睨んだ。今はララバイはむしろ不利なくらいだった。先手を取られがちなのである。

(どう立ち回るのが正解なんだろう……。アーボは素早いし、チャーレムは力が強い。ゲンガーはまだわかんないけど、トリッキーな動きしてきそう)

 分析しながら、シルムはキャサリンの蹴りをあしらい、「にどげり」を返す。弱点を突ける相手でもないので、地道に技を当て、あしらい、戦い続けることになりそうだった。

(しかも湿度高くて火の粉の威力がいつもより弱いんだよね)

 朝に降った雨のせいで、地面を覆う草は湿っていて、蹴るたびに雨粒が飛び上がった。涼しくはあるのだが、炎タイプであるシルムにとってはあまり好ましい条件ではなかった。

「レント、ファレンツ、来て!」

 ふたりを呼びつけると、シルムはささやくくらいにまで声の大きさを落とした。

「こんな環境だし火の粉もイマイチ、ってなると、オレは戦うのに分が悪い。だから、一番大変そうなシックの相手をふたりにお願いしていい?」

「でも、ひとりでふたりを相手って。そっちの方が大変じゃない?」

 レントは心配そうにシルムの顔色を伺った。相手だって余裕をかませるほどやわではないのに、彼一人に任せるのには不安があった。そんなレントの表情を汲んで、ファレンツはぴしっと敬礼をした。

「ワカッタ。シルムと一緒ニ戦オウ」

「でも、レントまだ戦い慣れてないでしょ? オレ、そっちの方が心配だけど」

 シルムの不安げな顔と指摘はもっともだった。まだ使える技は限られているし、威力も心もとない。でもレントはにこっと笑って、ぽんと自分の胸に手を当てた。

「ううん。大丈夫。でも少し不安だから、早く倒せたら援護しにきてね」

「……わかった。すぐに行くよ」

 シルムのそのひとことで、再び場は臨戦態勢へと切り替わる。

「作戦会議の間待っててくれる辺り、ダンジョンのポケモンよりは優しいね!」

 たいあたりでピョートルの懐に飛びつき、そのままにどげりを叩き込む。体をよじらせながらも、相手は口を大きく開いてシルムに狙いを定めた。

「どくばり!」

「ココハ任セロ!」

 放たれた毒の針たちは、庇いに来たファレンツの鋼の体に容易に弾かれた。ぱちんと折れ、地面に落ちた針は力を失って霧散していく。自慢の技が効かなかったことに唖然とするのは、相手に隙を見せたのと同じこと。

「イクゾ―! マグネットボム!」

「反撃だよ、たいあたり!」

 シルムとファレンツの連撃を受け、ピョートルはよろめく。戦闘不能まであと一歩かというところ、追撃を繰り出そうとしたところで。

「ヨガのパワー!」

 そんな声が聞こえた。思わず振り向けば、先ほどの技で攻撃力を高めたキャサリンのとびげりがすぐそこにまで迫っていた。

「ウワアアァァァ!!」

「ファレンツ! ……攻撃力高いなぁ、もう」

 シルムはキッとキャサリンを睨み、彼女に向けて炎を吐いた。いつもより威力が低くたって彼は気にしない。足のあたりを狙った炎は、しかし避けられて草露を融かした。

「もう一回、火の粉!」

 叫び、炎を吐くと同時に、シルムの鼻に一滴の涼しさが落ちた。二、三と徐々に増えていくそれに、シルムは「うげぇ」と顔をしかめる。

「雨じゃん……」

「アラ、天気が味方してくれたわね」

「なんでこんなときに! もうちょっと待っててよ」

 シルムは着たままだったレインコートのフードを下ろし、シルムは相手との距離を詰める。が、技を繰り出すたび、フードははためき、頭から逃げ出してしまう。
 カスピドの場合は、長い耳をフードから出しているおかげで動き回っても脱げないのだが、シルムの場合はそれがない。一度脱げたフードを追う時間さえ惜しんで、濡れながら技を繰り出す。

「ファレンツ、短期決戦でいくよ!」

「ラジャー!!」

 シルムはたいあたりを、ファレンツはマグネットボムを、蹴り上げんと助走をつけたキャサリンに打ち込む。その背後から飛んでくる毒針は、ファレンツが鋼の体を張って防いだ。ピョートルの牙がファレンツの磁石を噛む。噛まれれば、そこから電撃を放つ。

「手ごわいね……」

「へへっ、ありがとうな」

「褒めてないんだよね、ごめんね!」

 電撃に口を熱せられたピョートルの息はあがっていた。向こうもだいぶん消耗してきているようだった。
 シルムはいやに涼しい空気をいっぱいに吸い込むと同時に、ピョートルに狙いを定めた。

「これで、終わりだっ!!」

「うわああぁっ!?」

 二連の蹴りが脳天を撃つ。ピョートルは叫びをあげながら、地面にぺたりと倒れ込んだ。その背中にも、雨は容赦なく降り注ぐ。

「ヨシ!」

「まずは一匹……!」

 宣言もほどほどに、ふたりは狙いをキャサリンへと変える。が、それも向こうは想定内。勢いよく飛びあがって、宙に浮いたファレンツを蹴り飛ばした。

「とびげり、よ!」

「ギャアアアアァ!?」

 先程とは明らかに異なる衝突音、ファレンツへのダメージ量。駆け寄ったシルムは、それぞれの顔を見比べて奥歯を噛む。

「強くなってる!? もしかして、さっきの間にヨガパワー使われた?」

「その通りよ!」

「! 危な……っ!」

 今度はシルムへと高火力の蹴りが迫る。咄嗟に対抗しようと踏み出した足を切り替えて、シルムは持てる瞬発力の全てを使って回避に動く。

「近接戦の方が得意なのに、これはリスキーすぎるよ……」

 息を整えながら、シルムは弱まった火の粉を吐いて相手をいなしつつ、作戦を練る。が、苦手な雨に濡れながら。明快な案など一つも出てこない。
 どうしよう。悩む彼の横で、もうひとりは動いた。

「ココハ任セテクレ」

「でも、だいぶダメージが……」

「イヤ、マダイケル」

 闘志の消えないファレンツの目を見て、シルムは決する。

「それじゃあ遠慮なく頼らせてもらうね!」

「オウ! クラエ、電気ショック!」

 ファレンツはシルムの前に立ち、電撃をまっすぐに放つ。雨の中でいつもと勝手が違いながらも、威力は衰えていない。

「フン、その程度簡単にかわせるわ!」

 しなやかな体を活かし、キャサリンは稲妻をひょいと避ける。避けた先へおちるのは磁石の雨――「マグネットボム」。それを避け、蹴り落とし、難なく対処していくキャサリンは、確かに実力が垣間見えた。

「でも、気を取られすぎだよ!」

「い、いつの間に!?」

 一気に距離を詰めたシルムに動揺した隙が、ララバイにとってのチャンス。シルムは至近距離から、ファレンツは外れた相手の視野の外から、力をその身にため込む。

「火の粉!」

「電気ショック!」

 たとえ雨の中であろうと、火の粉が一切使い物にならなくなる、なんてことはない。至近距離から撃てば、たとえ普段よりは劣るにしても、それなりの威力は確保される。
 同時に受けるのはさすがに堪えたようで、キャサリンは濡れた草地に膝をついた。

「くっ、アンタら、見かけによらないわね……」

 それ以上の戦闘続行は不可能、そう判断したシルムはレインコートを翻し、もう一つの戦場を見据えた。

「レントの方……!!」








「ケケッ、お前ひとりかぁ?」

「うん。僕あんまり戦い慣れていないけど、よろしくね」

「そりゃ随分と舐められたもんだ」

 あくまで穏便に。しばらく雑談でもしてみようか、なんてレントの思惑は、儚く打ち砕かれた。一切の技の準備をしていなかったせいで、背筋が凍ったと感じた頃には時すでに遅し。
 右腕にぴりっとしたしびれが残った。「したでなめる」の追加効果といったところか、レントはもう片方の手で道具箱から木の実を探しながら、思考回路を組んでいく。

(戦う、戦う……。ゴーストタイプだから、たいあたりはやめたほうがいいか)

 これだけで、ポケモン経験数週間のレントの気はずんと重くなる。使ったことがある技の時点でニンゲンの指でなら数えきれる数しかないのに。そのうちでも特に使い慣れたものが封じられるのは大きい。
 ならば、と。レントは喉の奥から声を出すような気持ちで、シャボン玉の散弾を吐き出した。

「ケッ、こんな威力じゃあ話にならないね」

 余裕そうなゲンガーの顔を見据え、レントは濡れた草を蹴る。が、距離を詰め切る前に、バランスを崩して、地面に右手をついた。

(思いっきり走ると甲羅重い……)

 体勢を立て直し、再び駆けようとする。が、向こうの動きの方が早かった。目の前に迫り、技をいざ、と構えるシックに、場数を踏んでいないレントは対応しきれない。かろうじての抵抗たる「あわ」は、ずいぶんと心許ない威力に終わってしまった。
 でも、相手が目の前にいる状況は、レントにとってのチャンスであった。再び距離を取られる前に、レントはぱっと口を開く。

「この前練習したんだ。……かみつく!」

 ゲンガーのぷにっとした影の腕を、闇に染まったような牙が貫く。シックも意外だったのか、一瞬だけ余裕そうな笑顔が崩れた。
 訓練所、エスパーの間でソーナンスたちを相手にがむしゃらに練習してきたのが、こうも役立つか。きっかけをくれたスフォルに感謝しつつ、レントは再び口に力を溜める。

(手ごたえはあった……! これで攻めていけば)

 なんて言ったって、現実はそうも甘くいかない。かみついたレントの首筋を、冷たいものがすうっと伝った。何、と縮こまった心臓をなでるように、低いトーンの声がそれの名を告げる。

「――のろい」

「うあっ……!?」

 どさりとレントは地面に伏した。体温が急速に奪われて、手が、足が、体が震える。震える手を見て、また背筋が凍るような思いがして、より震えは大きくなる。

「なに、したの……?」

 絞り出した声はずいぶんとか細くなっていた。なんとか立とうとするも、なかなか足に力が入らない。

「簡単なことさ。お前に『呪い』をかけたのさ、ケケッ。気分はどうだい?」

(苦しい、寒い……)

 血が抜かれ、代わりとして血管に氷水でも流されたような心地だった。気分としては最悪、それに尽きる。
 「のろい」改め「呪い」は、自分の体力を使って相手に呪いをかけ、体力を削る技だ。その証拠に、シックの息はやや上がってはいるが、それをチャンスとは見なすのは厳しい。

「したでなめる!」

「はぁっ……あ、わ!」

 重い身体から放たれるあわは驚くほどに心許なくて、シックの技は容易に直撃。すり減った体力に霞む体を、冷たい粒がしとしとと濡らしていく。

「ケケッ、雨降ってきやがったぜ」

(……雨?)

 呪いに霞む聴覚からは、確かに草に弾かれる雨音が聞こえた。ぱらぱらと軽快に鳴り響くそれに、レントの頭のチョンチーが光る。

「雨ならもっとうまくいってくれるはず――あわ!」

 口元に力を溜める、その感覚からいつもとは異なった。
 レントの体もまた青く光る。疑問に思う間もなく発射された泡は、もはや「あわ」なんてかわいらしい形容をされるような代物ではなかった。

「ウゲゲッ!? さっきとは比べ物になんねぇぞ」

 シックは慌てて技を溜めるが、数倍の威力になったそれを相殺するには至らない。猛烈に弾ける泡に溺れ、シックは舌打ちをする。

「雨ってだけじゃねぇな」

「だって僕はゼニガメだもん。げきりゅうだって使えるようになったんだよ」

 呪いで削れた体力のおかげで、特性であるげきりゅうも発動されていたのだった。もっとも、それに気が付いたのは技を出してからだったのだが。

「だがそれが発動するってことはピンチ、ってことだろう、ケケッ! さいみんじゅつ!」

「効かないよ、だって」

 レントは水をまとって微笑んだ。

「スフォルがやってたのと同じ、やられる前にカゴの実、だよ。僕、今日寝不足気味でそろそろ眠くなってたし、ちょうどよかったよ」

 スフォルはゴースにその手を使って立ち向かった。であれば、その進化系たるゲンガーもさいみんじゅつを使ってくる可能性はあるし、同じように立ち回ることは可能である。
 スフォル本人は不満げだったが、異変の洞窟にレナトゥスと行けた経験は確実にレントの糧になっていた。

「雨とげきりゅう、楽しいね」

「ウゲッ……」

 レントの吐いた泡は踊り、弾け、そして弾となる。
 呪いによるダメージも大きくて肩で息をしてはいるけれど、技の威力は反比例して高まっていた。

「泡夢パレード!」

 名付けたその技に負けぬくらい、泡たちは楽し気な彩度を持って行進していった。レントの倍以上の体躯たるゲンガーさえ包み込んでしまうほどの数に、シックはただただ悔しそうに舌打ちをする。

「ち、チクショー! 覚えてろよ!」

 シックが走っていくと、キャサリンとピョートルもまたその後を追った。イジワルズの影は、まもなく雨に濡れた森の中に溶けて消えていく。
 見送ってから、レントはぺたんとその場に座り込んだ。げきりゅうは自身がピンチの時にようやく発動する特性であるため、体に負担がかかるのだ。

「レント! レント、大丈夫?」

 駆け寄ってきたシルムは、そんなレントを心配そうに見守った。その横からは、ファレンツが青い木の実を一つ持って飛んでいた。

「オレンノ実ダ、食ベテクレ」

「うん、ありがとう。ちょっと疲れただけだよ」

「ならよかった。ひとりで倒せたのすごいじゃん」

 改めてレインコートのフードを被りながら、シルムはそう笑ってくれた。レントはぴんと尻尾が立つような思いがして、得意げな顔になる。

「えへ。もっと褒めて良いよ」

「そう言うなら褒めないよ、まったく。……すごいけど」

「ありがとう。優しいね、シルム」

 シルムはふいと顔を背けた。ため息をつくと、周囲をぐるりと見渡す。

「邪魔者もいなくなったし、トランセルくんを探そうか」

 まじめに仕事をしよう。そんな風に見せかけただけで、実は照れ隠しが入っていたのだとレントは勘付いてつい頬が緩んだ。レインコートを羽織って顔が隠れているのが少しもったいなく思えてしまう。

「あの〜……。もしかして、探しに来てくれたのですか?」

 不意にそんな声がして、一同の目は一点に吸い寄せられた。草陰からひょっこりと飛び出してきたのは、草木と同じ緑色をしたポケモンだった。すぐに種族に勘付いたシルムは、ぱたぱたとそちらに走って行って、相手と目を合わせた。

「キミ! もしかして、ツマミちゃんっていうキャタピーの友達の子? あの子が心配していたんだ」

 そのポケモン、トランセルはこくりとうなずいた。探していた子で間違いないようだ。

「はい、クィクリーといいます。怖かったので、ずっとカラを硬くしてずっと待ってたんです。助けに来てくれてありがとう!」

 雨に濡れた森を、四名は救助隊バッジを用いて後にする。
 ぱらぱらと楽し気な雨音は、そのままそこで鳴り続けていた。

■筆者メッセージ
以上DX仕様でお送りしました。
赤青だともっとおとなしいセリフタイプなんですが、叫んで叫んで叫ぶ方のがドツボなんですよねー。びびび。たのしい。

音々 ( 2020/12/30(水) 20:30 )