第二章 目覚めた朝には夢もおぼろげ
15話 怪しい森は救助隊を招く
「お前たち……! 何の用なんだ! この子はオレたちに頼んでいるんだぞ!」

 澄んだ朝露とは裏腹に、ララバイの救助基地には不穏な空気が漂っていた。
 それは、昨日依頼を根こそぎ奪って行った犯人である、チーム「イジワルズ」の再びの来訪。加えて今、頼まれている依頼さえも奪おうとしていたからである。

「誰が助けようが関係ないんだ、助けたやつが偉いのさ」

 中央に立つゲンガーは愉快そうに両手を広げた。空には灰色の雲が徐々に集まってきて、せっかくの朝の明度を落としていく。

「ケケッ、それにしてもあのゼニガメがいないってことは、今日はお前ひとりか? だったら俺たちに譲った方が確実に救助できると思うんだがな、ケケッ」

「レントとは今から合流するところなの。そんな理由でお前たちに依頼は渡さない」

「要はねぼすけってことか? 心配なメンバーだな」

「……まぁ、間違ってはないんだけど」

 アーボ、ことピョートルの煽りには素直に返す他なかった。もう出かけている救助隊も多くなる時間帯になったからだ。
 それにしても、だ。レントを呼びたいのは山々なのだが、イジワルズがいる以上場所を離れられない。レントの睡眠の深さと長さ、特に昨日は昼寝もあったからいつも以上に起こすのが大変だ。それをツマミに行ってもらうのは気が引けた。

「それでぇ? お友達っていうのはどんな子なの?」

 屈んで目線を合わせつつ問いかけるチャーレムの名はキャサリン。対するツマミはうつむきがちなままだった。

「……トランセルの子です。ふたりで遊んでいたら、その子が森に迷って出られなくなったです」

 ツマミは素直だった。だから、シルムはそれを咎められなかった。結果としては、相手に依頼の詳細を渡すことにも繋がるのだが。
 向こうはにやりと笑うと、短い指をぱちんと鳴らした。

「じゃあこうしようぜ。俺たちとお前ひとり、どっちか早く救助できた方に報酬をあげる! どうだい?」

「待って、だからこっちはオレひとりじゃ――」

「アラ、あなたには聞いていないわよん」

 キャサリンに遮られ、シルムの言い訳は届かないまま。ゲンガーはにやにやとツマミを見下ろしていた。ツマミはすっかり委縮してしまい、終始うつむいている。

「でもボク、お金持ってないです……」

「そんなの心配しなくていいよ。お礼なら後で、キミのお母さんからたんっまりともらうからね。ケケッ! ……ああそうだ、ついでに仲間にもしてやろう」

「えっ……!?」

 シルムもツマミも揃って絶句する。冗談と割り切るには随分とまっすぐに目を合わせていたからだ。

「仲間になったらイジワルズの幹部にしてあげるからね。ケケケッ! 悪い話じゃあないだろう?」

「そうと決まれば早く行くわよ、シック!」

 去って行くイジワルズの見送りさえせず、シルムは勢いよく扉を開け、ベッドに直行する。騒ぎのせいもあったのか、レントの目が覚めていたのは幸いだった。

「レント、今すぐに行くよ」

「え、えっ、シルム?」

「……オレたちには『もうひとり』いるんだ、余裕そうな顔もそれまでだよ」

 突然手を引かれ、準備させられたことも、入り口から不安そうにこちらを覗き込むツマミの顔も、何も話を理解していなかったレントは質問の山に埋もれた。






 そんなわけで、訪れたのは「怪しい森」というダンジョンだった。競うように伸びた枝からは無尽蔵に葉が伸びて、時折雨粒を落としていく。
 見るからに暗いし、敵ポケモンだって多く出てきそうだ。なぜ彼がこんなところに迷い込む運びとなったのか、疑問でならないが、今は追及する暇はない。

「ビビ、トランセル ヲ見ツケレバヨイノダナ?」

「そう。どこにいるかわからないから、ダンジョンの中でも気を張っててね」

「了解シタ」

 『もうひとり』として参戦してくれた仲間は、敬礼代わりに手代わりのそれを挙げた。
 かのポケモンの種族はコイル。先日仲間になってくれたファレンツ・ソレノイド本人だった。シルムの要請を聞いて、無人発電所から駆け付けてくれたのだ。
 シルムは被っていたフードを脱いで、首を左右に振った。

「ダンジョンの中の天気は外に左右されない、っていうのに初めて助けられたかも……」

 彼が歩くたびにかさりと鳴るのは黄緑色のレインコート。
 彼らが目的地に着くまでの間に雨は降りだしていた。雲模様をきちんと見ていて、かつ濡れるのが苦手な炎タイプであるシルムは、抜かりなく対策をしていたのだ。

「普段は傘だから慣れないなぁ、動きづらいし」

 ダンジョンで動き回る上ではレインコートに軍配が上がるのだが、ヒノアラシの体である以上鼻の部分が濡れてしまうのが欠点ではあった。
 対してのレントは、なんの対策もせずに外に出て来ていた。

「僕雨具一個も持ってないからずぶぬれになっちゃった」

「いいんじゃない? 水タイプなんだし。……って自分で言いながら楽しんでたよね」

「うん。それに、スカーフはびちょびちょになっちゃったけど、それ以外は濡れても全然平気で気持ち良かった」

 これがニンゲンであれば、髪に服にと、一度濡れれば夜まで付きまとうような勢いで水が残ってしまうし、風邪もひきかねない。その点、ゼニガメである身体はよく水に馴染み、全身で雨を楽しめた。

「雨だったら水タイプの技強くなるんだよね?」

 レントは木とにらめっこしながら問いかけた。微動だにせずに、こちらをまばたきひとつせずに見つめている木、木のようなポケモン。

「そうだけど、炎タイプからしたら不利になるし……レント、向こうが仕掛けてこないなら戦わなくていいからね」

「戦うつもりはないよ。でもウソッキーとにらめっこってやりたくなるじゃん」

「ならないよ。レントってポケモンあんまり見たことなかったの?」

 どうだろう、と首をかしげながら、レントはウソッキーに手を振ってその場を後にする。相変わらず木になりきったままなので一切動かない。ダンジョンのポケモンであっても、これだけ穏便に事が済むのならば気楽でよい。

「……にどげり!!」

 なんて気を抜いた途端、これだ。レントの背後でぶつかり合う音が高らかに響き、シルムが足で砕いた岩が礫となって降る。
 シルムと入れ替わるようにとどろいたのはキンと耳を突く「金属音」。そして閃光、もといファレンツによる電気ショックが弾けた。ウソッキーが両手を交差させて耐えている間に、シルムは再び地面を蹴る、が。

「あぁもう、厄介だなぁ……!」

 足がその場に縫い付けられたかのように移動できなかった。「とおせんぼう」を使われてたようで、回復までには時間を要す。

「シルム、頭下げててね。あわ!」

 そんな彼の後ろから、泡の散弾が生まれ踊ってウソッキーの顔を覆う。想像以上に大げさな叫びをあげながら、ウソッキーはその場に伏した。
 単純に苦手なタイプの技だったから、だけではなく、ファレンツの放った「金属音」により向こうが受けるダメージは普段の倍近くまで跳ね上がっていた。それが、戦闘を有利に進められたトリック。

「あー、ようやく動けるようになった……。行くよ、みんな」

 いつもより足早なのは、依頼主への心配と、イジワルズを追い抜かねばならない責任感のせい。
 もちろん、そんなこと知る由もないダンジョンのポケモンは、容赦なく襲い来る。例えば、今エンカウントしたのは、草むらから頭だけ出していて、無意識に近づくや否や猛毒の胞子をまき散らすキノココ。

「きょーーっ!!」

「うぇ、気持ち悪っ」

 シルムは顔をしかめながらも火の粉を放つ。が、ぐらりと揺れた視界では、元気いっぱいのキノココを正確にとらえることはかなわない。むしろ向こうの警戒心を煽る結果となり、再び胞子の雨に濡れる。
 キノココの胞子は、浴びた敵に数々の不調をもたらす。体を縛るような麻痺、蝕むような毒。そのおかげで、小さくか弱い種族ながらも力強く戦えるのだ。
 もっとも、それも万能とはいかないのだが。

「タイアタリ!」

 胞子を浴び、戦線から離脱したレントとシルムに代わって、ファレンツはそのハガネの体で立ち向かう。
 麻痺をものともしない電気タイプと、毒を無効にし得る鋼の体。キノココの武器を完全に封じることが可能となっていたのだ。
 自慢の胞子が効かないと見たキノココの顔はさっと青ざめる。パニックになってがむしゃらに胞子をまき散らすも、目の前のコイルはものともせずに技を連発してくる。

「き、きょ……きょーーーっ!!」

 やがて、目よりも大きな涙を流しながら、草むらにばしゃりと身を沈めた。がさがさと、ある意味では不用心に去って行く音は、まもなく遠ざかって消えた。
 シルムは霞んだ視界でなんとか木の実を取り出すと、その場に座ったまま咀嚼した。

「ありがとね、助かった……」

「イヤ、オ互イ様ダ」

 レントも一口モモンのみを食べ、クラボの実を食べ、辛さに耐えかねたなら再びモモンの実……というようにして体を癒していた。口の中は二種類の味が喧嘩しては引き立てあって、舌が忙しかった。

「シルム、モモンの実がもうないかも」

「えっ。……あ、オレはまだたくさんあるからひとつ渡しておくよ」

 街で準備する間も与えずに飛び出して来たのは自分だったから、シルムはそのことを責められなかった。ダンジョンのおやつ用にとモモンの実のクッキーも持っていたし、シルム個人は残量は気にせずとも平気だったのだが。

「でもクラボの実が、まだ先が長そうって思うと」

 冷静に持ち物を眺めると、その厳しさが伺えた。必須アイテムであるオレンの実も、いつもより少ないくらいしか持ってなかったのだ。
 とにかく早く見つけるしかない。道具箱を閉じ、階段を探して迷路を潜る。

 こういうときに限って、ダンジョンはいつもより長いものだった。階段を下りる度、まだあるのかとぼやきたくもなる。

 短い草がひしめく階段をいくつか降りると、そこは草原のようになっていた。これまでうっそうとした暗い森をくぐってきたから、一旦は解放感に身を任せた。

「ビビ、気配ハナイナ……」

「もっと奥か、トランセルだから木の上……? あ、でも登れないのかなぁ」

「どうだろうね。草むらの中に隠れているかもしれない」

 なんて言いながら、雨に濡れた草を踏みしめる。声を出して呼びかけてみても、特に反応はない。

「仕方ない、もう少し奥に行ってみようか」

「おーっと待ちなぁ! トランセルくんを先に見つけるのは俺たちだ!!」

「うげっ」

 背後から足音がしたと思えば、彼らはララバイの行く手を素早く阻んでくれた。出会う前にトランセルを見つけたかったのが本音ではあるが。

「シック、でよかったっけ? なんでそうオレたちの邪魔ばっかりするんだよ!!」

「そうさ、俺はシック・モリアルだ。そしてその質問の答えは簡単、お前たちが邪魔だからさ」

「邪魔って……僕たち何かしたっけ?」

 レントにもシルムにも、もちろんファレンツにも心当たりはなかった。強いて言えば、ポストから依頼を横取りされたという、邪魔「された」ことくらいしか、彼らと関わったことはないのだ。

「ワタシたちが世界征服を企んでいるってのは言ったわよねん」

「キャタピーちゃんのママからたんまりお金をいただいて、あの子も仲間にできれば、また野望に一歩近づくってものよ」

「そのためにお前たちは邪魔、それだけさ。悪いがここでくたばってもらうぜ!」

 シルムはため息をついた。背後にいたふたりに小声で「いける?」と問いかけながらも、その顔は険しかった。

「覚悟しな、ララバイ!」

「あぁもうこっちは早くトランセルくん助けたいのにさぁ!!」

 そんな叫びも虚しく、戦いの火蓋は切って落とされた。

■筆者メッセージ
救助隊15周年おめでとう〜〜!!!!
音々 ( 2020/11/17(火) 00:07 )