ポケモン不思議のダンジョン ――青む夜明けの子守唄―― - 第二章 目覚めた朝には夢もおぼろげ
14話 波乱は救助隊を呼ぶ
「これとかどうお?」

「……レントがやりたいやつでいいよ」

 掲示板に辿り着いてもなお、シルムの顔は晴れなかった。いつもなら率先して依頼を選ぶのに、今日に限っては掲示板にすら目を向けない。
 レントは指さしていた紙から手を離すと、困り顔で依頼群を眺めた。まだ文字を読む速度が遅いから、行けるダンジョン、もとい知っている場所を探すのさえ一苦労なのだ。

(これは電磁波の洞窟? で、依頼の内容は、えっと……)

「あっ、ララバイだ〜!」

 ゆったりかつ元気な声に呼ばれ、レントはそちらに手を振った。
 にこにこと駆け寄るミズゴロウと、ついていくだけでも気だるそうなヒトカゲのコンビ。チーム「レナトゥス」である。
 後者ことスフォルは、土に濡れた封筒をぐいとレントに押し付けた。

「落ちてたんだけど、お前らのだよな? ってルーフが」

「これ、協会からだ……」

 横から覗き込んだシルムがぽつりと呟く。
 差出者欄に重なるように押された装飾の細かいスタンプが、そこ――救助隊協会からの手紙であると確定づけていた。既に封が切られていたそれから一枚の紙を取り出すのに、時間はかからなかった。

「昇格通知……正式な救助隊と認めます?」

「おめでとう〜! おんなじだね!」

 ルーフはにこにこと自分のバッジを見せつけてきた。レントも自分のバッジを手に置き、今までと変わらないピンクと白のツートーンに首をかしげる。

「あれ、今までは?」

「見習いだよ。ノーマルランクはノーマルランクなんだけど」

 シルムもバッジに目を落としながら答える。
 受けられる依頼の制限や、施設の利用にちょっとした制限があるのが見習い救助隊だ。最近は見習いに代わるルーキーランクができるとかできたとか、そんな噂も耳にする。
 ともあれ、救助隊として一歩前進したことは確かだ。レントはバッジを付け直して、ルーフと笑い合う。
 そんな、にこにこと和やかな水タイプふたりを冷ややかに睨むのは、一歩引いたところから眺めていたスフォルだ。

「しかしなんでそんなもん捨ててたんだ。それダンジョン行く途中の道に落ちてたんだよ。水路がある家の南の方」

「あ、それ僕の家……」

 レントとシルムは目を合わせると、素直に白状するという意思決定を共有した。
 ポストの中身が盗られたこと、おそらくこれは、依頼ではないからと街道に捨てられたこと。

「うわぁ、ひどいねぇ……。それでシルムは元気なかったんだ」

「うん。見習い卒業は嬉しいけどね、やっぱり依頼選ぶ気になれなくて」

 シルムの俯き顔を見て、ルーフは「ねぇ」と声をかける。

「じゃあ今日は休んじゃおうよ! たまには大事だよ?」

「おっしゃ帰る」

「スフォルには言ってないよぉ!! 隙あらばサボろうとするんだから〜スフォルはダメ!」

 一瞬でレナトゥスのペースに持っていかれた。ぴしっと踵を返したスフォルの尻尾は釣り竿のようにルーフをぶら下げている。ぴったりとしがみついているのは、万一にでも尻尾の先の炎に触れないようにするため、なのだろうけども。
 尻尾を振って落とそうとするも、ルーフの体重のせいで思うように振れはせず。スフォルはイラっとした顔で「はじけるほのお」のデコピン、ルーフの頭を揺らした。

「あうぅ……。で、どうかな、シルム?」

「でも、まだ知名度低いし、休むのは」

 低い声でぼそっと言ったのに、スフォルは「真面目すぎんだろ」と呆れ顔。

「そう毎日頑張りすぎてたらいつかぶっ倒れんだろ」

「いい言葉だけど、さっきのルーフの言葉聞いてからだと言い訳に聞こえる……」

「なぁルーフ」

「ボクのせいにするの!? スフォルがいつだって逃げるからじゃんかよ〜!」

 再びスフォルの尻尾にぴったりとしがみつき、デコピンを食らい、手が緩んだ隙にするりと逃げられて。更に今度はおなかにてしっとしがみついた。

「今日のところは休んで、明日から……じゃなくても、元気が戻ったらまた頑張る! それでいいと思うよ〜……スフォル、何も言わないでね」

「そっか、ありがとう」

 シルムに視線を向けられて、レントは頭の上で丸を作る。つもりが手は届かなくて。仕方なく指で作ったら、小さすぎて視認性が悪い。なんてあれこれ試し始めるものだから、側から見たら謎の行動極まりないし、結局口で「いいよ」という羽目になった。

「離れろ泥人形、地面に埋めてやる」

 レナトゥス側の攻防は、主にスフォルの発言が物騒すぎて口を挟むのもためらわれた。がレントはにこっと笑ってふたりに手を振った。

「ありがとう。ふたりも頑張ってね」

「うん〜! また今度遊ぼうね!」

 去って行くララバイにルーフはにこにこと前足を振っていた。その隙にスフォルはすすっと距離を取って、彼を見下ろす。

「ルーフ、まじで今日休まねぇ? ララバイ見てたら」

「だからいつもじゃん〜! スフォルはそうまでして何がしたいのさ!」

「決まってんだろ、帰る。帰りてぇ」

 沈黙、あらうんど、レナトゥス。ルーフは崖の向こう遠くに臨む海と空の青さを目に焼き付けるように見せかけて、返答を真剣に考えた。

「……じゃあボクと一緒にやろうよ! ほら、救助やらないんだったらボクも暇だし」

「うっっっとうしいぃぃぃこの泥人形……いらねぇ俺ひとりでいいわお前がひとりで救助行ってろ」

「ひとりだと危険だからって規則で、ボクはスフォルと出会うまで救助隊になれなかったんだよぅ! キミがいなきゃダメなの!」

「結成するときだけの話だから今はひとりで救助行っていいんじゃねーの?」

「えっ。え、それ、実力ついてきてからだから……たぶん、今は、ダメだよ」

「はぁ? 鬱陶しい。じゃあ他の奴を仲間に誘え、そしたら俺は救助隊抜けれるから。じゃあな」

「スフォル〜〜!! お願いだよぉ、スフォルじゃないとダメなんだよ〜!」

 逃げる橙を青は追い、街を駆け、ララバイの横を通り過ぎれば「何してんの」とぼやかれるが反応する暇もなく。
 ただ、町のポケモンたちは、「すっかりおなじみになってきたね」なんて言って微笑ましく見守っていた。





 遠ざかるレナトゥスの騒がしさもすっかり街の喧騒よりも小さくなって。日当たりのよい小さめのベンチに座って、シルムはぼんやりと空を仰いだ。

「といったってやることがなぁ……。いつもと違うことって言ったって」

「本読みたいし、ポケモンの料理も作ってみたいし、泳ぐのも楽しいし、普段できないこといっぱいあるよ」

 既に退屈そうなシルムとは反対に、レントの目はきらきらと輝いていた。彼らの間の睡眠時間の差は、当然活動時間にも影響するわけで。普段シルムの倍の睡眠を取っているようなレントには、様々なことに挑戦する良い機会だった。

「だから今日は色々やってみる日にする」

「わかったよ……。オレも一緒にいていい?」

「もちろん。あ、はい、お昼ご飯一緒に食べたいです」

「はいじゃあそれ一緒に作るね!! でも、それまでやることがなぁ」

 シルムは退屈に耐えかねてぴょんとベンチから飛び降り、周囲をきょろきょろと見渡した。すると、ベンチと後ろの方からとたたっと軽快な足音が近づいて来た。

「レントくんとシルムくんじゃん! よっ」

「カスピド! おはよう。今日は何か予定あるの?」

 今日もトレードマークたる大きな黒いフードは健在だった。カスピドはまだふたりは座れそうなほどに広いベンチにちょこんと乗ると、まっすぐ前の方を指さした。

「あっちにある訓練所に行こうと思ってたんだ! そっちは今日も救助?」

「今日は救助はお休みになったの。……訓練所?」

「うん。バトルの練習したくて! ふたりも休みなら一緒に来る?」

 訓練所というのは、街の南のはずれにある新しい施設だった。なんでも救助隊を支援するためのボランティアが運営しているようで、手軽に手合わせをして実力を高めることができる。とカスピドが解説してくれた。

「行ってみたい。ね、シルムも行こうよ」

「いいよ。どうせ暇だったからね。レントももう少し技使うの慣れた方がいいだろうし、オレも手伝うよ」

 すっかり乗り気な二人の前に立ち、カスピドは「こっちだよ!」と手を振って歩いていく。といっても遠くはなくて、倉庫の横を抜け、レストランの前を通ったと思ったらすぐそこにあった。

「たのもー」

「道場じゃないからね?」

「俺は救助隊志望ってわけじゃないんだけど……大丈夫かな?」

「構わないぞ。強くなりたいんならどんどん利用するんだぞ」

 入り口で待っていた施設主たるマクノシタは、不安げなカスピドの背中をそう言って押した。ありがと、とカスピドは手を振り、訓練所の門をくぐった。

 選んだのは飛行タイプの間。ダンジョンを模したフロアが、三階まで続いている。入ってすぐにドードーと出会ったカスピドは、地面に四つ足をついて部屋を駆ける。

「スパーク!」

 ドードーは持ち前の脚力で大きく飛びあがりかわす。カスピドは止まることなく走り、壁が迫るとそれを蹴って方向転換。空中からの追撃をかわし、再び電気をまとう。

「もう一回、これで倒れてね!」

 宣言通り、ドードーはぱたりとその場に倒れこんだ。カスピドは持っていたオレンの実を彼のそばに置いて、次の部屋を目指す。

「メロメロは使わないの?」

「んー、今日は他の技と、スピード勝負の練習したかったから。あとほら、あのドードーはオスだからね」

 青い木の実を仲良く交互に食べているドードーの首は黒い。メスであればクリーム色になる、というシルムの解説を聞いても、レントはピンと来ていなかった。あまり意識したことがなかったためだ。

「あ、レントくんたちも戦っていいからね! もし俺がいたらやりづらいんだったら、別行動で後で合流、でもいいよ」

 確かに、せっかく訓練するのであれば、みんなでいるよりは個別の方が技や立ち回りの練習機会に恵まれる。ダンジョン形式の訓練の間も各タイプ揃えてあるため、部屋数が足りなくなることもない。シルムとカスピドの間ではすぐに合意が生まれた。

「ペースは各自違うだろうから、そうだなぁ……。俺はこの後で三周したらロビーで待ってるね!」

「結構行くね……」

「あははっ、スピードとスタミナ付ける練習だとこんなもんだよ。たぶんお昼ぐらいには終われそうだから、ふたりも適当なタイミングでロビーに来てもらえる?」

「うん。シルム、僕たちは何周くらいいけそうかな」

「二回くらいがせいぜいだと思うよ。……ひのこ!」

 話しながらも、不意を突いてきたカモネギへの対応は忘れない。カモネギの振るうネギに翻弄されながらも、シルムは勢いよくネギを焦がし、香ばしさをフロアに広げた。

 飛行の間を難なく抜け、カスピドは「またあとでね」と手を振った。レントとシルムもまた、他の間の暖簾をくぐる。
 それぞれノルマを達成し、ロビーに戻ってきたのは、カスピドの宣言通りお昼頃だった。

「おっつかれー!」

 水飲み場からカスピドが持ってきてくれた冷水を手に、三名がコップ触れさせ合う。カスピドはぷはーといい笑顔で一気に飲み切って、二杯目を汲みに行った。
 レントは半分を一気に、残りをちまちまと飲みながら、涼しい顔のシルムの方にぺたんと手を伸ばした。

「ひとりで戦うの、大変だった……」

 ララバイは、ふたりで一回、各自で一回、の計二回をノルマとしていた。
 が、これが予想以上に大変なのである。先日スフォルに教えてもらいかけたかみつくの練習でも、とエスパーの間の戸を叩けば、高耐久、そしてカウンターで畳みかけてくるソーナンスの群れ。それをひとりで複数体の相手をしなければならず、回復もままならなかった。
 救いだったのは、敵役ボランティアのひとりが、「一旦オレンの実を食べるか、ハードな練習として続けるかどうしましょう?」と聞いてくれたことか。

「午後も練習でもいいけど、だいぶ疲れてそうだね」

「今日はもう疲れた……」

「ようやくお昼だけど? じゃあ午後は勉強ね」

「わかった……。でもお昼寝はさせて、眠い」

 言いながら、既に眠たそうに瞼を下ろしていた。カスピドは二杯目の水を飲み干すと、

「ねぇ! 俺も午後は勉強しようとしてたんだけど、それも一緒にやっていい?」

「いいよ。試験勉強?」

「そうだよ! 今日はねー、法律と、バトル理論の勉強の予定なんだ!」

 嬉々として語るのは、夢である保安官になるための関門。
 保安官試験は、筆記と実技、要は戦闘の試験がある。筆記も科目数が多くて、何年も勉強したって、合格するのはなかなか厳しいのだ。
 少しの雑談をして体を休めてから、三名は道場を出て、真昼の眩しい太陽をめいっぱい浴びた。





「おー! 美味しそう!」

 カスピドは並べられた料理の数々にきらきらと目を輝かせた。どうせなら、とお昼ご飯も一緒に食べる運びとなったからだ。

「カスピドも手伝ってくれてありがとね」

「ううん、俺なんか全然だよ! シルムくんもレントくんもありがとう」

 三名での料理はとても賑やかだった、中でも、木の実を切るときの、材料を支える手の形を何と言うかという話題ではかなり盛り上がった。
 「エネコの手」派のレント、「ニャースの手」派のシルム、そして「寝てるイーブイ」派のカスピド。

「寝てるイーブイなんて初めて聞いた」

 きょとんとするレントの言葉に、シルムも同意としてうなずいた。

「あれっ、うちだけかな? ほら、丸まって寝ている、ってことから」

「それこそエネコっぽくない? なんでイーブイなの……?」

「なんでだろうねー。他に言ってるポケモンいないかな」

「絶対カスピドの家だけだと思うよ、そんな抽象的な比喩」

「あははっ! でも可愛くていいな、って思ってるよ」

 みんなで作った甲斐あって、料理は予定より早く完成した。一運動しておなかぺこぺこだった三名は、はやる気持ちで「いただきます」と手を合わせる。





 ご飯を食べ終わると、レントはシエスタ、要はお昼寝に直行した。シルムとカスピドはそれぞれ、一旦家に帰っていくらかの本を持ってレントの家に再集合。会話はそこそこに、ふたり目の前の本に集中する。

 集中しすぎたせいか。差し込む日が赤くなってから、ふたりはようやく本以外に意識を向けた。

「あ、もうこんな時間だ」

「……レント起こすの忘れてた。レントの勉強は晩御飯の後でいっか」

 シルムは押し花の栞を挟んで本を閉じ、レントを起こそうと腰を上げた。

「レントくんって何勉強してるの?」

「え? えっと……歴史とか。興味あるって言ってたから本貸してるの。あとほら、救助隊やるのに必要な道具のこととか、こう、色々」

「へー! 頑張ってるんだね!」

 カスピドの屈託のない笑顔がまぶしかった。
 嘘は言ってなかった。読み書きは一般教養とされている以上、そしてレントの身の上をあまり口外したくなかったシルムは、この程度の説明で乗り切るほかなかった。

「んぅ、おはよう」

「おはようレントくん! 俺はそろそろ帰るね、今日はありがとっ!」

「んー、……あ、そっか、まだ今日だったんだ。こっちもありがとう」

 仲良く手を振ってから、カスピドは家を後にしていった。

「ウタちゃーん! いたんだ! 一緒に帰る? ……うん、今日は俺ね、レントくんとシルムくんとー」

 外からのそんな会話が遠くに消えていくのを聞きながら、レントは眠い目をこすった。だんだんと覚醒してきて、夜も少しは勉強できそうなくらいには目も頭も冴えてきていた。

「シルム、明日は何しよっか」

「もう明日の話? 明日は救助、当然でしょ」

 あきれたような口ぶりとは反対に、その顔は自慢げだった。今日の休日はいい気分転換になったようだ。

「かみつく、練習したけどなかなかうまくいかなかったから、明日ダンジョンでも練習したいな」

「うん、いいと思う。技は練習あるのみ、だからね」

 シルムは本を片付けると、晩御飯の準備に取り掛かり始めた。彼のカバンからは、まだレントが見たことのない木の実が出てきた。

「それに、その技だったら、またカルなんかに教えてもらっても参考になるかもね。……あーでも」

「ん?」

「『かみくだくに慣れすぎたからかみつくとかもうわっかんねーや』とか言いそう」

「ふふ、似てた」

「似てた!? ……それ、基準は自分がやったときの、だよね?」

 なんていいながら、シルムは手早く様々な材料を食べやすい大きさに切っていく。レントは横でグミを一個ほおばってから、料理の手伝いとして加勢しに行った。
 





 それは、翌朝のことだった。シルムがレントの家に行くと、一匹のポケモンがその戸を前にしていた。
 見覚えのある背中だった。シルムは迷わず声をかけた。

「ツマミちゃん? どうしたの?」

「シルムさん! あ、あの」

 そのキャタピー、ツマミは震えるか細い声で、こう訴えかけた。

「友達を助けてほしいんです……!」


「――それじゃあ俺たちが引き受けてやろうか、ケケッ」


 シルムは咄嗟にツマミの前に立ち、声をかけてきた相手を睨む。
 久しぶりにはずいぶんと早い、「イジワルズ」の三匹は、今日も皆笑顔だった。

音々 ( 2020/11/10(火) 00:00 )