12話 妖精は甘い香りに釣られる
「本当にごめん!! まさか救助隊とか思わなくて……! しかもほうでんって攻撃範囲が広い技だからいるの気づかず攻撃して、本当ごめん!」
モココはぺこぺこと頭を下げていた。それをひときわ不機嫌に聞いているのが、尻尾の炎が消えそうになっているスフォル。手になんの変哲のないタネを持ち、今にも握りつぶさんとしていた。
「死ぬかと思った」
「わああっぁ本当にごめんなさい……。ふっかつのタネはあげたので、それで」
「許せると思うかよ?」
「ですよねぇ!! これはいくら怒られても受け入れます、責任重いよ……」
モココは完全に落ち込んでしまっている。が、誰もそれのフォローはできなかった。
スフォルは彼女から受け取ったふっかつのタネで無事回復、ダメージは消えた代わりとして、ゴースも飛びのくほどの恨みを彼女にぶつけていた。
そこの険悪ムードに対しては下手に声をかけられない。シルムは諦めて、モココと一緒にいたカゲボウズに声をかけた。
「ふたりは何者なの……? まさか、お尋ね者とかではないよね」
「違う。ほら、これがバッジ――探検隊の、な」
「た、探検隊?」
救助隊に似た組織が他にもあるのか、とレントは思わず聞き返した。アルペジオは胸についた、羽根飾り付きのバッジを見下ろしていた。
「そう。新しいダンジョンってことで、出現ポケモンの調査と、どこかにしかけが隠されていないかの調査をしているってわけだ。一回じゃ見つけられないことも多いからな」
つまりは本職というわけか。ほかにこの付近に用事があったからと引き受けたそうだが、拠点はだいぶん遠くのようだった。といっても、この世界の地理を一切知らないレントにはさっぱりイメージできなかったのだが。
「俺はアルペジオ・マエストーソ。まぁアルペジオって覚えてもらえればいい。そこのモココ、スコアと一緒に『ミュジカ』って探検隊を組んでいるんだ」
カゲボウズの体の一部である、ひらひらとたなびく布の裾には、カラフルなまち針やピンが留めてあった。
名乗るアルペジオに、レントとシルムも自己紹介をしようとしたのだが、溜め息混じりの声に遮られた。
「解散したほうがいいんじゃね」
「スフォル言いすぎだよぉ!」
「ごめんってばあああぁ!!」
いくらルーフが止めようとスコアが頭を下げようと、スフォルの機嫌が直る気配は一向にない。
当然ではあった。スコアたちは探検隊としてはそこそこの実力を持つチーム、当然戦闘力も兼ね備えているから、駆け出し救助隊であるスフォルに対しては過剰なまでの威力だったのだ。
「知るかよ、やっぱ俺来る必要なかったじゃん」
「拗ねないでよスフォルぅ! スフォルがいないとボクは」
「ララバイと行っとけっつったよな? あとお前はなんでそこまで俺に張り付くんだ泥人形」
「同じチームなんだからさ〜」
迷惑そうなスフォルとは裏腹に、ルーフはにこにこと彼の肩を持っている。ミズゴロウの愛らしさを前面に押し出したような顔だ。振り払われても垂れ気味の目をほわっと綻ばせるばかりで、結果的にスフォルの不機嫌な顔が加速する。というのを3周は繰り返している。
「あのふたり、いつもあんな感じなの?」
「さぁ……。会ったばかりなので何とも」
シルムは横目で言い争いを眺めつつ適当に答えた。が、本音ではこれがスフォルとルーフの、チーム「レナトゥス」の日常なのだと確信していた。
その後、スコアとアルペジオもポケモン広場に行きたいということで、ララバイ、レナトゥスの探索に同行することになった。というのは、スフォルが投げやりに提案した話ではあったのだが。
「じゃあ俺の代わりに全部戦って」
「あ、戦闘はそこそこできるんだ! えいや」
スコアはイワークを見つけると、一目散に駆けていく。それに対してシルムが、小さく首を傾げながら、
「ん、イワークってじめんタイプだよね……?」
「まぁ見てろって」
アルペジオは壁からすり抜けてきたばかりのゴースを一撃で沈めながら答えた。
「アイアンテール!」
桃色と黒色の縞模様が飾る尻尾は、瞬く間に銀色に染まり輝き、イワークの首筋を打つ。鈍い音がした。かと思いきや、打たれた場所から折れるかのようにイワークの身体は曲がり、その場に伏す。
一撃だった。特に先程イワークと戦ったばかりのレントとルーフは、自分たちとの歴然たる力の差に唖然とする。
「え、強い……」
「そりゃあ、このくらい戦えないとランク負けだからな」
そう告げるアルペジオのバッジには、透き通った宝石が輝いていた。戦闘を終え、戻ってきたスコアが、その話を笑顔で引き継ぐ。
「私は祖母が運営している探検隊のギルド、『モルト・ビバーチェ』を継ぎたくて。今はギルドマスターになるためにも、探検隊のランクを上げているところなんだよ」
――なんか、とんでもないポケモンに出会った気がする。
その場にいた全員、とはいかずに、話を分かっているシルムとルーフだけが、その重みに舌を巻いていた。
異変の洞窟の探索は簡単に終わった。スコアとアルペジオの戦闘力ならば一撃で戦い終わるレベルなので苦戦の一切がなかった。邪魔にならないようにと彼らがバトルを遠慮する場面もあったが、それでもいるといないとでは進みやすさが段違いだった。
影が伸び行くポケモン広場を、涼しい風が吹き抜ける。救助、というよりは探検終わりの体は心地よく冷やされていった。
スコアは出会ったポケモンや拾った道具のメモを読み直しながら体を伸ばす。
「なるほどねー、バリヤードがいたのは初耳だったよ」
「宝箱を落とすポケモンもいるとはな」
時折、倒れた敵ポケモンが宝箱を置いていく場面があった。入手したのは計ふたつ。それはララバイとレナトゥスでひとつずつ分け合った。
さっさと解散してしまった、もといスフォルが即座に撤収したのをルーフが追いかけていったレナトゥスの代わりに、シルムが広場の案内をしていた。彼らはここに来るのははじめてのようで、物珍しそうに広場に軒を連ねる店を眺めていた。
「それで、用事……っていうか、会いたいポケモンがいるんだっけ?」
箱から得た青いグミをもちもちと頬張るレントを横目に、シルムは問いかけた。広場に備え付けてあるベンチにちょこんと座りながらの歓談である。
「うん。マルスっていうプクリンなんだけど」
「ん、知ってる」
「レント、口に物入れたまま喋らないの」
「わぁお母さんみたい」
「本っ当になんなの!? なんで最近みんな揃ってそう言うの?」
スコアの何気ないつもりの一言も、ここしばらくのシルムからすれば、だ。スコアはきょとんとしていたが、レントはこらえきれずにふふっと笑っていた。
「狙ったの、レント?」
「う、うーん、ううん……。無意識だったけどそうだったかも」
悪びれない笑顔に、シルムは呆れ顔でため息をついた。カスピド辺りまでならまだしも、初対面にこうも連続で言われると気になってもしまうのだ。自覚しかないし、悪い気はしないのだが。
シルムは咳ばらいをすると、話を元に戻す。
「マルスは、こっちも探しているところなんだ。あのポケモンがやってるお店、なかなか店主に会えなくて困ってるんだよ」
「あー……そういうポケモンだ、あれは」
アルペジオは目を逸らしつつそう答えた。それにレントはひっかかって、青いグミを飲み込むとふたりに問いかけた。
「ん、あれっ、普通に知り合い?」
「探検隊仲間としてね。マルスはあれでもすごい探検家なんだよ。……マルスもいつかギルド運営するのかなぁ」
したら行ってみたいな、とスコアは冗談めかして笑った。
が、その前の「すごい探検家」という文字列の方が気にかかってしまい、レントとシルムは揃って頭を悩ませた。なにせ、想像ができないのだ。レントは与えられた情報同士がうまく結びつかず、シルムは見かけたことのある彼の様子から疑心がある様子で。
そんなふたりに、スコアとアルペジオは「仕方ないね」なんて肩をすくめた。
「アイツのことだ、セカイイチでも置いておけば店に来てくれるだろう」
「店主を餌でおびき出すの……?」
「そういうヤツだ。ほら、ちょうど持ってたからやってみろ」
アルペジオのカバンから出てきたのは、レントが両手で抱えるのがやっとなほどに巨大なリンゴだった。甘酸っぱい香りがふんわりと鼻腔をついた。これがセカイイチという品種で、その絶妙な味わいとひとつで満腹になれるほどのビッグサイズから人気の高いリンゴなのである。
それをよろけそうになりながらも店のカウンターに置く。そこからはずいぶんと早かった。「本当にこれでいいの?」なんてシルムが言い終わる前に話が動いたのだから。
「ああ〜〜!! セカイイチが置いてある! やった〜!」
瞬間、振り返る。シルムは固まる。なぜなら、本当に現れたからだ。桃色の、風船のようにもっちりと軽そうな体躯のポケモン、プクリンが。
唖然とするララバイをよそに、そのプクリンことマルスはセカイイチをひょいと抱え上げたかと思えば、頭の上に乗せて踊り始めた。彼がくるくるまわり、セカイイチはぴょんぴょんと跳ねる。
「え、えぇ……?」
シルムは本題を切り出せもしないまま、スコアとアルペジオに視線で助けを求めた。
「まぁ仕方ないね。やぁマルス」
「あっ、スコアにアルペジオじゃーん! それからえっと」
それさえもセカイイチを頭で体で回したまま言うものだから、音が透き通ったりくぐもったり、ヘンな抑揚がついて聞こえた。シルムは二歩ほど後ずさっていた。
「えっと、救助隊『ララバイ』です。オレはシルム」
「レントです、ゼニガメです」
「レントとシルムね、ともだちともだち〜!」
「わーい♪」と子供のようにはしゃぎながら、今なお回っている。むしろステップがついて技として高度化していた。話すのが無理なのでは、というのがシルムの本音だったし、顔にも出ていたから、アルペジオがため息交じりに助け舟を出した。
「マルス、それは俺のセカイイチだけどくれてやる。だからララバイの頼みを聞いてやってくれ」
「いいよー! ともだちエリアがほしいの?」
「あ、うん。実は救助隊の仲間になりたいっていう子がいるんだけど」
「ともだちエリア」というのは、各地で活動する救助隊たちが作った共同の居住地の総称だった。救助隊に所属するポケモンたちは、ともだちエリアで共同生活をしつつ救助活動にいそしむ。
ここ、ともだちサークルで登録をすれば、チームの仲間がそこに暮らすことが許可される、という仕組みである。
「ふんふん。コイルだったら、『無人発電所』がいいんじゃないかな」
「なるほど……えっと、その権利でも買えばいいの?」
「普段はそうやって買って登録してね♪ でも今回はサービス! あげるよ!」
「くれるの!? え、えっ?」
シルムの動揺を拾いもせず、マルスはセカイイチを頭に置いたまま、両腕をめいっぱい広げた。
「いくよ! プクリンプクリンみんなともだち……」
「あ、耳塞いでね」
「えええっ!? 待って」
「わかっ、あれ、耳どこ、あっ」
シルムが止めようと、レントがゼニガメの体に困惑していようと、お構いなく。
「たああああぁぁぁぁーーーーっ!!!!」
広場全体を元気いっぱいの叫びが揺らした。
明らかに間に合っていなかったふたり、そのハイパーボイスにめまいをプレゼントされる。シルムは眉間をおさえて、チカチカとする視界を治すのに必死である。
「うん。これでララバイも無人発電所を使って大丈夫! 他にも使いたいエリアがあったら言ってね♪」
「あ、あぁぁ聞こえづらいけど、わかった……」
耳の奥でぐあんぐあんと鳴る残響が収まらなった。これも「すごい探検隊」の実力が関係しているのだろうか。
レントもまた、体のあちこちに不調を抱えながら、自分の頭をぺたぺたと触っていた。耳の位置はそうわかりやすいところにないが、どうしても気になってしまうのだ。
「ビビビ! 『ララバイ』ダッタカ!」
小さくなってきた耳鳴りの隙間を、そんな電子音が通り抜けた。見れば、二匹のコイルがこちらに向かってふよふよと浮いてきていた。
「あ、コイル……。ともだちエリア、買え、たん、だけど」
シルムの力ない声とはうって変わって、コイルたちは両手、もとい両磁石を上げて喜び合った。
「オ! ジャア『ララバイ』ニ入レルゾ! 良カッタナ!!」
「ワーイ、ビビビ!」
「わーい! ともだちともだち〜!」
コイルたちに感化されたか、マルスは再び踊りだしてしまった。レントは「目が回らないのかなぁ」などとのんきに考えながら、自分もその場で一回転してみた。転んだ。シルムに怒られた。
「スマン、一旦仲間ニナルノハ断ッタノダガ……。コイツ、一晩考エルウチニ、『ララバイ』ノ仲間ニナリタイトイウ気持チデ盛リ上ガッテシマッタヨウナノダ」
「ナノデ、仲間ニ入レテモラエナイダロウカ?」
片方のコイルがぺこりと頭を下げた。シルムは首を横に振り、にっと笑う。
「もともと仲間になってほしいって頼んだのはこっちなんだ! こちらこそ、ぜひよろしくだよ!」
「ヨカッタナ、オマエ! 救助隊頑張ルンダゾ、ビビビ!」
「オウ! ビビビ!」
「よろしくね、びびび」
「ワーイ、ビビビ!」
「……オレはやらないからね、やらないからね」
レントに物欲しげな目を向けられたシルムは、そう言って流れを断ち切る。レントはさみしそうにしたが、それ以上は振らず、コイルとビビビと言い合って遊び始めた。
「そうだ。キミ、名前を教えてもらってもいい?」
「ファレンツ・ソレノイド、ダ。ヨロシクナ!」
「ファレンツ、ね。こちらこそ!」
「……びびび」
「小声で言っても聞こえてるからね、レント」
「シルムがノってくれないんだもん」
「なんでそうオレのせいにするの? やらないからね、ほらこれで三回目!」
そんなやり取りに、その場にいた全員が笑いに包まれる。
傾き始めた夕陽の中、シルムだけが顔を赤くして抗議していた。