第二章 目覚めた朝には夢もおぼろげ
10話 綿毛は淡き期待に溺れる
「カル。俺と……レントくんにも、酒が入るようにしたのってわざとだったよね」

 翌朝、プレストは頭を押さえながらそう問いかけた。机にはシルムが作って置いていってくれた朝ごはんが並んでいたが、酔いが回ったままの寝起きで食べるのは苦しくて、手付かずのままになっている。
 カルは寝ころんだままきのみスムージーを煽った。これもシルムの手作りである。

「気づいたか。ま、いつもわざとではあるけどなー、面白いから」

「知ってるし俺もそれを楽しんでるからいいよ。怒ってるわけじゃない」

「わーってるっての。手癖悪くてすまんねー」

 けらけらとひととおり笑ったカルは、スムージーのカップを机に置いた。ことん、とした音が、朝の風音に紛れ込んだ。

「で、俺はいいとしてなんでレントくん巻き込んだの?」

 改めてプレストは聞き直した。自分たちより年下らしい、未成年らしいレントをわざわざ巻き込む必要性が感じられなかったのだ。
 カルは「はーっ」と呆れたようにため息をつく。

「お前がやけにノってたから妬いた」

「妬いた」

「冗談だけどな。お前にしてはほぼ初対面のアイツにずいぶんと口が軽いもんだなって思った。自分の話すんの嫌いなくせによ」

 プレストは静かに目を伏せた。厳密には自分の話をするのが嫌いなわけではないのだが、カルに子細に語ったのなんて出会ってすぐの一回きりくらいだ。それだって口が滑ったついでのようなもので、元々話すつもりはなかった。それは単にその必要性の薄さも大いに関係するわけなのだが。

「あんま期待しすぎんなよ」

 ――なんて言葉にむっとしてしまうあたり、やっぱり自分の話は嫌いなのかもしれない。







 そして朝は巡り、ララバイの元にも訪れる。

「……あれ」

 シルムにたたき起こされたレントは、頭のぼんやり具合がいつもと違うことに気が付いた。それが、鈍い頭痛によるものだと判断するころには、目の前に朝ごはんと飲み物が置かれた。

「おはよ。昨日のレント、お酒入って寝落ちてたんだけどさ……大丈夫だった?」

 記憶が途中からぱたりと途絶えていたのはそういうことか。レントは形容しがたい中に苦みを感じる液体をちびちびと飲みながら、昨日の記憶を整理していた。が、ごはんが美味しかった以上の記憶がなにもない。

 ――「俺と同じ境遇のキミなら、聞いたことくらいはあるのかもしれないね」。

 ひとこと、フラッシュバックして、レントの喉は活動を止める。行き場を失った飲み物が気管に迷い込んで、レントは何度かせき込んだ。喉がひりひりと痛む。
 あぁなんとなく思い出してきた。文字の話から発展して、出身の話へ。そこで冗談めかして言われたのがこれだった。
 別にニンゲンの話が出てきたわけではないから、彼がレントとそっくりそのまま同じと断言はできないのだが、それでも「もしかしたら」と淡い期待がうずいてしまう。また会ったときに聞けば、何か言ってもらえるのだろうか。レントは底が透けて見えるほどに減った液体が揺れるのを、時間を忘れて眺めていた。

 何はともあれ、今日も救助活動をしなければならない。レントはうんと伸びをすると、残っていた液体を全部飲んだ。そのころには、鈍く続いていた頭痛もおさまっていた。

 広場へ行き、買い物を済ませてから、ペルシアンの経営している銀行へと足を運んだ。ヒト当たりの良い店主で、お金を預けたらサービスとしてリンゴをひとつ渡してくれた。
 それを道具箱に入れて、依頼を選びに行こうかと歩き出したときだった。

「お願いです! 仲間を助けてください!」

「ダメだ、そんなんで引き受けられるか!」

「でも、どうしても風が必要なんです! お願いします!!」

 雷のように低く響く声が聞こえてきて、レントもシルムも思わず振り返った。言い争いが起きているのは広場の中央のあたり。多くのポケモンたちがそれを囲んでいるせいで何が起きているかは見えない。

「ねぇどうしたの?」

 シルムはちょうど近くにいたハスブレロ、キュカンバに声をかけた。頭の蓮の葉と、長い腕が特徴のポケモンだ。

「あぁあれか? ワタッコが救助の依頼を断られているところだな。なんでも依頼の報酬が少ないってことでさ」

「なんだよそれ!」

 キュカンバはララバイに前を譲ってくれた。
 青い身体から、とろけそうなほどふわふわとした綿毛を生やしたポケモンが、目に涙を浮かべて小さくなっていた。それに対して声を張り上げていたのは、長い毛と木の枝のように伸びた鼻を持つポケモン、ダーテングだった。そのわきには二匹の頭から葉っぱをはやしたポケモン、コノハナが控えている。

「あれは救助隊『テングズ』。中央にいるダーテングがリーダーのカザカミだ。ただ、がめつくてお金をたくさんもらわないと引き受けないんだ。それでトラブってるってワケ」

「ワタッコがあんなに頼み込んでいるのに……!」

 シルムはキッとダーテングを睨んだ。自分も仲裁して頼み込みに行こう。シルムが雑踏から飛び出そうとした時だった。


「――待てっ!」


 凛と通る声が響いて、シルムは思わず足を止めた。その場にいたポケモンたち、もちろんテングズやワタッコも、その声の主を注視した。相手の顔を見るや否や、カザカミは慌てたように一歩後ろに飛びのいた。

「お、お前たちは!?」

「もしかしてあのフレデリックさんでは!?」

 見ていたポケモンたちの間からそんな喜声が聞こえてきた。一部のポケモンは、現れた救助隊に興奮気味、黄色い歓声すら場に弾け始めた。
 フレデリック、そう誰かが述べたポケモンは、黄色い体に長いひげを持っていた。フーディンという種族である。胸には体と同じ、いやもっと光り輝く色のバッジが光った。

「おい、かわいそうじゃないか。ワタッコの仲間を助けるには風が必要なのだ。お前の葉っぱのうちわなら簡単に風を巻き起こせるんだ。頼みを聞いてやれ」

 カザカミは逃げるように周囲を見渡したが、一部始終を見ていたポケモンたちの目は完全にフーディンに賛成するものだった。

「うっ……チッ、わかったよ」

 カザカミは風のように広場を抜けてどこかへと駆けていく。取り巻きのコノハナたちも慌ててその後を追っていった。
 去り行く後ろ姿を見ながら、観衆たちはざわめきはじめた。

「すげぇ……あのカザカミがおとなしく言うことを聞いたぞ」

「かっこいいー! サイン欲しいー!!」

 レントは熱気に包まれる観衆をきょろきょろと見渡すと、隣にいたシルムとキュカンバに問いかけた。

「ねぇ、あのポケモンたちはなんなの?」

「お、お前!! まさかあの有名な『FLB』を知らないのか!? ここらじゃ一番有名な救助隊だぞ!?」

 レントの純粋な問いかけに、キュカンバは飛び上がって驚いた。大げさだなぁとシルムが呆れるのも、彼は気に留めない。

「あのオレンジ色のがリザードンのリザベール。火炎放射で山をも融かす。緑色のがバンギラスのバラン。鎧の体とパワーが自慢。そして中央にいる黄色いのがフーディンのフレデリックだ。フレデリックは力技を好まず、超能力で勝負する。知能指数がとんでもなく高くて、世の中の出来事は全部記憶しているそうだ。チームの司令塔でもある」

 この間、9.8秒。早口の解説はレントには少々難易度が高く、そーっとシルムに視線を送ると「あとでね」と口の動きだけで伝えられた。
 名前を一切覚えないまま、レントはぼやっと救助隊『FLB』を眺めた。屈強な二匹と、見るからに頭脳明晰な一匹。それだけですでに強そうだった。

「ん、今司令塔って言ったよね……。シルム、僕も司令塔やってみたい」

「できると思って言ってる?」

「ううん。やってみたいだけ」

「レント、そう言っているうちは一生無理だよ。あと指示出す相手オレだけじゃん。意味ないよ」

 レントがシルムに容赦ないダメ出しをくらっている最中、ワタッコはフレデリックに、もとい『FLB』に頭を下げていた。

「ありがとうございます! 助かりました!」

「いや、当然のこと。また断られるようならワシに言え。では」

 さきほどの厳しい口調とは変わり、優しい声色になっていた。観衆たちの目は既にフレデリックに釘付けだった。

「かっこいい……」

「さすがゴールドランクの救助隊だな……あこがれるぜ」

 歓声の中を表情を変えずに通り過ぎるフレデリックと、たまにファンサービスをしては歓声をひときわ大きくしていくリザベールとバラン。
 彼らの影は、レントをすっぽりと覆ってしまうほどに大きかった。わくわくする、とでもいえばいいのだろうか。湧き出る高揚感に、思わず頬が緩んだ。
 フレデリックは、ララバイの隣を通り過ぎて数歩歩くと、ぴたりと足を止めた。

「……む」

「ひゃい! ど、どどどうしました……!?」

 振り返ったフレデリックと、背中を見上げていたレントとの視線が交錯する。キュカンバはパニック状態でシルムの後ろに隠れ、彼に怒られていた。
 きょとんとしているレントを見ていたフレデリックは、やがて目を伏せると、再び前を向いた。

「いや、何でもない。行くぞ」

 フレデリックたちは岬の方へと去って行った。依頼を受けに行くのだろう。
 キュカンバは倒れこむような勢いでシルムの背中から出てきた。シルムが「うげぇ」とぼやくのも彼は気にしていない。

「ひゃ〜! びっくりしたなぁもう!」

「カッコいいなぁ……」

 『FLB』に憧れのまなざしを向けるふたりに、シルムは笑みをこぼした。救助隊を志したのも、なりたい救助隊像も、もちろん忘れてはいないから。

「オレたちもはやく一流の救助隊になろうね!」

 シルムはレントの手を取ると、依頼を選びに岬の方へ走っていく。足がもつれて転びそうになりながらも、レントは高揚感に包まれたままついていく。眼前いっぱいにひろがる快晴の中に、ペリッパ―を模した建物と、掲示板の前に立つ救助隊が見えた。




「ケケッ、そうはさせるかよ!」

 木陰で様子をうかがっていた一匹のポケモンは、そう吐き捨てた。まぶしいララバイに、胸の奥をまさぐられるような不快感を覚えた。
 べろ、と長い舌を出すと、そのポケモンは静かにその場を去った。

音々 ( 2020/10/13(火) 09:42 )