5話 コイル・ココイル・ココニイル
ゆらり、と音は不規則に。
「声を聴かせて」なんて言の葉も、届きはしないようだった。
――こんな夢を見て、どうしたらいいのかも、何もわからないまま。今日も朝は訪れる。
「今日もポストは空かー……」
シルムは救助基地のポストを開けると肩を落とした。まだ太陽の位置は低い。レントがまだ起きていないことは予想済みだったのだが、やはり待ちきれず、家まで来てしまった。
といっても、外で待ちぼうけをしているのも暇だ。レント用にと持ってきた朝ごはんも、彼が起きなければ使われることはないわけで。意を決して彼を起こしに行こうと扉を開けた矢先に。
――スコン。
軽やかな羽音と一緒にそんな音が聞こえて、シルムは思わずポストに飛びついた。
「レントーーー!! 起きて! ねぇ起きて! 見て!!」
そんな声にたたき起こされたレントは、朦朧とした意識のままシルムの話を聞いていた。まぶたが落ちかかっているのに、興奮気味のシルムは気が付かない。
「はじめての指名依頼だよ! この前のキャタピーちゃん、ツマミくんから聞いての依頼だって!」
送り主はコイル。とある洞窟で、不思議な電磁波が流れた拍子にコイル同士がくっついてしまったらしい。二匹が引っ付いてしまったせいで、レアコイルとしても生きていけず困っている、とのこと。
依頼の紙の文字も、カクカクと暗号のようで、種族らしさがにじみ出ていた。が、初めてのご指名にご機嫌なシルムも、寝ぼけて一切話を聞いていないレントも、そこには言及しなかった。
「今日はこの子たちを助けに行くよ、レント!」
「ん……。おー」
気の抜けまくりな掛け声とともに、ベッド代わりの石にこてんと横になった。そんなレントの口に、シルムは一口サイズに切ったカゴの実を押し込んだ。
そんなわけで、ふたりは指定された洞窟、「電磁波の洞窟」を訪れた。
途中、ようやく覚醒してきたレントとともに朝ごはんを食べ、その間にもう一度依頼内容を聞くという一幕も挟みつつ。歩きながら食べようとしたせいでシルムに怒られるレント、なんて場面も挟みつつ。ふたりは洞窟の入り口に控えていたコイルの二匹に声をかけた。
「キミたちが依頼主のコイル? 僕たちは救助隊ララバイ、助けに来たよ」
シルムは依頼相手などに話す際には普段と一人称を変えている。仕事モードの彼の声は、いつもよりもきりっとして聞こえた。
「オオ! キテクレタカ!」
「仲間タチハ コノ洞窟ノ一番奥ニイルンダ。助ケテヤッテクレ」
二匹のコイルが交互にそう語る。洞窟は外から見れば何の変哲もないが、こんな名前を冠している以上、中には電気タイプも多そうだ。
(レントはちょっと不利だよねー……。頑張ろ)
相性その他の心配から彼に目をやるが、レントはどんなポケモンに出会えるかという期待から尻尾を振って洞窟の中を覗き込んでいた。
こちらの気を知ってくれなんて言えずに、シルムは洞窟に足を踏み入れた。少し歩けばそこは洞窟の中とは思えないほどに明るくなる、それこそが不思議のダンジョンの始まりの合図である。
案の定、お出迎えは紅白の球体ポケモン、ビリリダマが行ってくれた。
「たいあたり!」
「あ、レント……」
シルムが声をかけるのも遅く、レントのたいあたりは命中する。それにレントが首をかしげると、すぐにシルムの意図が汲めた。
「いっ、しびれる……」
「はいこれ、クラボの実。特性がせいでんきのポケモンも多いから、たいあたりは気を付けてね、っと!」
触れると相手を痺れさせる、すなわちまだ不安定な「あわ」を完璧にしろということか。レントはシルムが投げてくれた赤い木の実をかじりながら技のイメージをする。辛い、と思わず舌を出しそうになったせいでままならなかった。
そんな間にシルムはビリリダマを倒しており、周囲の安全を確認していた。
「さ、食べ終わったら行くよ」
「うん、辛い……」
「はいはい。これ水ね。レントって辛いのダメだったりする?」
涙目のレントは、シルムから受け取った水筒を両手で抱えて辛さを流した。ゼニガメの手のひらにちょんと乗る程度の小ささだったからその場で完食できたが、これが倍の大きさだったら食べきれなかったかもしれない。そういった意味でも、もちろんタイプ相性的な意味でも、電気タイプは相手にしたくないとレントは嘆息した。
通路を曲がると黄色のポケモンと目が合った。一瞬お互いに固まったが、すぐに敵と認識。戦闘態勢に入る。
「じゃあ今度は、あわ!」
レントの放ったシャボン玉を腕で薙ぎ払うと、エレキッドは地面を蹴った。瞬間、速度が上がり、レントは避ける余裕なく直撃を食らう。――でんこうせっかだった。
ゼニガメの体に慣れていないことを抜いても、あの速度を避けるのは厳しい、とレントは苦い顔をする。シルムは後ろから来たコラッタとの戦闘を始めてしまったから、自分一人でこれを倒さなければいけないというのに。
「えっと……うーん、他に使えそうな技あんまり思い浮かばないし、やっぱりあわだなぁ」
エレキッドの正面に立って、口から泡を吐く。先程よりは泡の数が増えており、エレキッドも弾けていく泡に顔をしかめていた。
「もう一回練習させてね、あわ!」
今度は一歩後ろに飛んでからの攻撃。それでも勢いは衰えることなく相手に立ち向かっていった。それでエレキッドは降参を選び、ふらりと揺れつつどこかへ撤収していった。
「あ、レント戦えた?」
「うん。あわの使い方だいぶ慣れてきたよ」
見て、と空中に泡を吐いて、今はいいよと呆れられる。岩々しい景色を映しては消える泡を眺めながら、レントは「でも」とつなげる。
「せっかく甲羅あるんだし、たいあたりって結構威力あると思うんだよなぁ」
「まぁ、オレのよりかはそうかも?」
シルムは落ちていたクラボの実を道具箱にしまいこんだ。ダンジョンで落ちている道具や木の実は遠慮なく使う、というのが暗黙の了解らしい。
ふたりはダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。最奥に到着するころには、レントはすっかり泡を得意技にしていた。
最奥部は水路に囲まれた涼しい空間だった。吹き抜けになっているおかげで真昼の日光が注ぎ込み、その水面はきらきらと光った。それに対抗するように、高い岩壁は時折ぱちりと火花を散らした。これが電磁波の洞窟なんて呼ばれる所以なのだろうか。
シルムはポケモンの影を見つけると、大きく手を振った。二匹背中合わせにくっついているコイルたち、見間違う由などなかった。
「キミたちが依頼主のコイルたちだね?」
「アア! 早ク引キ離シテクレナイカ!」
ふたり、ぎゅっと目を閉じて力を込めているものの、彼らが離れる様子はない。相当強い引力があるのだろうか。
レントとシルムは目を合わせてうなずくと、コイルたちに近寄った。
「イヤー、助カッタ! アリガトウ、ビビビ!」
「ワーイ、ビビビ!」
「ビビビ! 自由ダ!!」
「ヨカッタナ、オ前タチ!」
入り口で待っていたコイル二匹と合わせて、計四匹のコイルが両手、もとい両U字磁石を掲げて喜びをあらわにしていた。レントとシルムからしてみれば、この拍子にまたくっつくのではと気が気でなかったのだが。
((だって引きはがすの大変だったし……!!))
簡単に離れるようなら依頼など出さない、ともいうので文句は言えないのだが。
まずサイズが大きい。加えて重い。ゼニガメやヒノアラシよりは軽いといっても、自分たちの体重の半分は優に超える重さなのだ。艶やかな鋼の体を支えるだけで骨が折れそうだった。
「結局引っ張るだけじゃ離せなかったしねー……」
「うん。カメックスなら引っ張るだけでも離せそうだから、もし進化したらリベンジしたいね」
「二度目はいいよ。オレは遠慮するからね」
想像以上の重労働のせいで、シルムのそんな返答はかなり真剣なトーンだった。
「コレハホンノ気持チダガ」
「アリガトウナ、ビビビ!」
お礼に、といくらかのお金と木の実を渡して、コイルたちは去って行った。にぎやかな会話に弾む後ろ姿は見ているだけで楽しかった。
見送りもそこそこに、レントはくるりとシルムに向き直った。
「ねぇシルム。少しだけ相談なんだけど……」
シルムは首をかしげると、「何?」と聞き返した。