第一章 夢から覚めても夢心地
3話 夜も早くて朝も早い
 それがなんだったのか、はっきりとはわからないけれど。
 何か、声が聞こえたような気がした。




「ねぇ起きて、起きてってば!」

 ぐらぐらと揺さぶられて、レントは重い瞼を布一枚分だけ開く。ぼんやりとした視界には、緑っぽい藍色っぽい色が混ざっていた。その正体がはっきりと見える前に、音として彼の正体を知る。

「いつまで寝てるんだよ!! 待ちくたびれたんだけど!?」

「そっか、ごめんね、あと少し……」

「待たない! 日の出からどのくらい時間経ったと思ってるの? オレ日が昇る前から玄関で待ってたのにさぁ!」

 やがて焦点が合ってくると、ぷんすかと不機嫌なヒノアラシの姿が伺えた。彼こそが、昨日レントを救助隊に誘った張本人、シルムである。

「……眠いなぁ」

「昨日夜更かしした? それとも眠れなかったの?」

「んー、でも暗くなる前には寝たと思うんだけど……」

「本気で言ってるの……? なんでそんなに寝れるのかも、それで眠いのかもわからないよ」

 シルムが呆れ顔をする横で、レントはぼんやりと考え込んでいた。昨夜夢を見たような記憶の残像はあるのに、それが何だったのか、そもそも本当に見たのかさえおぼつかなかった。気のせいかもしれない、なんて首を横に振ってみても、それはもやとして残ったままである。

「あ、そうだ。これ、ポストに入っていたんだ」

 薄らいだ夢の残響に気を取られていたレントは、その一言ではっと現実に帰ってくる。確かに、シルムの横には見慣れない包みが二つ置いてあった。

「救助隊スターターセット。その名の通りで、救助隊を始めると協会がくれるんだ」

 中身を確認すべく、シルムはひとつひとつ間隔をあけて並べる。ダンジョンの位置まで記された大陸の地図、見た目に反してレントが頭を突っ込めそうなほどに大容量な道具箱、読めない字で書いてある何かの紙と、最後には卵型の小さな道具。

「地図と道具箱はまぁそのままだね。この紙はポケモンニュースっていって、最近起きていることとかダンジョンの情報が掲載されるの」

「この小さいのは?」

「それは救助隊バッジ。救助隊の証だよ」

 レントはバッジの一つを手にとってまじまじと眺めた。卵型に羽が生えたようなデザインをしていて、裏には文字が刻まれていた。

「これ? これはララバイでチーム名、こっちはレント・エコンモート、だからレントの名前だね。……ってあの、もしかしてだけど」

「うん。ポケモンの文字わからない」

「つまりこのニュースも」

「一文字も読めない」

「ねえええぇぇ!! そっか昨日からゼニガメって言ってたもんね、当たり前か……。わかったよ、救助活動の合間に教えてあげるから!」

 頼んでもいないのにそう提案してくれる辺り、シルムは優しい。レントもうすうす感じてはいたが、世話焼きな性格なのだろう。あれこれ独り言で予定を呟きながらも、そこには誰かの名前のような単語も聞き取れた。

「まぁ入っていたのはこんなところ。有名になればポストに直接依頼が届くこともあるんだけど……結成したばかりだからね」

 シルムはため息をつくと、道具箱を背負い、バッジをそこに取り付けた。

「今日はどうするの?」

「掲示板に行くよ。この近くの街を抜けた先にあるんだ」

 どうやら、そこには全国からの救助依頼が集まっているらしく、自分たちの実力に合う依頼を選んで受けられるらしい。だから、ララバイもそれで経験を積み、実力をつけていけばいい、とシルムは述べた。
 二人一緒にレントの家、もとい救助基地の扉を開ける。シルムがあっと声を上げるのはそれとほぼ同時だった。

「カル! プレスト!」

 それに気が付いた二匹のポケモンは、こちらの姿を見るとあいさつ代わりに前足を上げた。そのうちの一匹、ヘルガーの方はにっと笑んで声をかけてきた。

「おーシルムじゃん。そっちが噂のレントくんかい?」

「うん。レントです。……噂の?」

「はは、あんま拾わなくていいぜそこ。シルムがようやく仲間見つけて救助隊作ったーっていうもんだからさ、俺たちが勝手に気になってたってだけさ」

 そう黄色と水色の体をしたポケモンが笑う。彼も先ほどレントが受け取ったものと色違いのバッジをつけているから救助隊なのだろう。

「どうも、俺はプレスト・サンテ。種族はライボルトさ。シルムとは顔なじみなんだ。よろしくな、レントくん」

「あー俺はカル。カル・オングルゥだぜ。プレストと一緒に救助隊“シンティラ”をやってんだ」

 カルの下でシルムが何やら文句を言っていたが、本人は悪びれもせず流していた。その様子を微笑まし気に、なのか、とにかく笑顔で見守っていたプレストは、やがて何か思い出したようにレントの方に振り返った。

「あ、レントくん。今日ってもう受ける依頼決まっていたりする?」

「ううん。今から掲示板? に行こう、ってシルムが」

 そういえば自己紹介するタイミングを逃したな、なんてレントは思い出す。が顔と名前がすでに一致されている以上、わざわざ名乗るだけ蛇足なので、気にせずに流すことにする。レント自身も、名乗ることに特にこだわってはいなかった。
 レントの反応を見て、プレストは道具箱の中から一枚の紙を取り出す。まだ折り目が新しいものだった。

「これ俺たちのところに入っていたんだけど、どうせならふたりでやってみたらどう? こっちは他の依頼受けるつもりでさ」

「あ、さっき言ってた指名依頼だ。そっち、えっと……すごい救助隊なんだね」

「“シンティラ”な、シンティラ。ありがとね、まぁうちにご指名ってよりかは、一定以上のランクでこの辺拠点の救助隊みんなに出してるとは思うけどね」

「一個の救助隊を指名したって、それがすぐに確実に受けてくれるとも限らんからなー。直接来たからって肩肘張るようなもんじゃないし、そっちにもすぐ来るようになると思うぜ」

 カルが横からそう口を挟む中、依頼と聞いて飛んできたシルムが、レントから紙を奪い取る。

「救助依頼、場所は小さな森、地図だと……あっ昨日の場所だ」

 手書きの地図や説明文は、確かに昨日の記憶とよく一致した。どうやらあれ以降にも、取り残されたままのポケモンや、興味本位で飛び込んだポケモンがいるらしく、彼らの救助をダンジョンの調査を兼ねて行ってくれ、という指令だった。
 二人がふんふんとうなずくのを見て、ライボルトのプレストは肩をなでおろした。

「なんだ行ったことあったのか。昨日確認されたダンジョンみたいでさ、俺たちも行ったことなかったんだよ」

「ここならオレたちでも大丈夫だったよ。じゃあこの依頼受け取るね」

「おうおう。こっちも他の依頼あったからちょうどいいわ。あんがとな、新米さん」

「ララバイ、です」

「新米くん」

「シルムです!!」

「いやー、別にシルムのこととは言ってねーんだよなー。な、レントくん」

 突然話を振られて困惑するレントに、シルムは「レントを巻き込まないでよ!」と抗議、プレストは「あぁいう振り大丈夫?」と半笑いで問いかけてきた。

「まーまー、リーダーどっちかは知らねーけど頑張ってこいよ、ララバイ」

「……あれ」

「お?」

「ん?」

 シルムがぴたり、と動きを止めたのに、残り三名は首を傾げた。しばしの沈黙の後、シルムは勢いよく自分のバッジをもぎ取って入念に確認する。

「まって、えっ、リーダーどっちこれ!?」

「裏に星マークついてんのがリーダー用だぜー」

 シルムはバッジを取り落としそうになっていた。状況を察して、全員がそろってレント用のバッジを確認する。確かにそこにはきらめく星がひとつ、自慢げに居座っていたから。

「「なんで?」」

 思わず二人が声を揃え、それにカルは吹き出して、プレストは半笑いで呆れる。

「一応聞くけど、レントくんってリーダー立候補したの?」

「ううん。僕、まだ戦えないし、シルムが誘ってきたから、シルムがやるものだと」

「一日しか付き合ってないけどすんごい朝寝坊心配だしマイペースで心配だし文字読めないのも心配だからオレがやるつもりでいたよ!」

「ちゃんとリーダー欄確認して申請書書いた?」

 カルが核心を突く質問をして、シルムは固まる。図星のようである。

「してなかった、かも……。救助隊できる仲間見つかったのが嬉しくて……」

「らしくないね、シルム」

 プレストは、笑いをこらえた震え声でそう言った。カルの方はというと、完全にツボにはまったらしく、ひぃひぃと言いながら笑い始めた。

「うああああぁ!! レント、リーダーで大丈夫!?」

「んー、無理だと思うよ?」

「知ってた!!!!」

 カルの笑いのツボは深化し、プレストも声を押さえつつ笑うものだから発言不可に、シルムは頭を抱えて、レントはひとり自分のバッジを再三眺める。

「リーダーって変えれないの?」

「最低、いちねんにっ、一回まで、だぜ、っくく。くははははっ、ララバイ面白れーな!! 最高だ、いい滑り出しじゃないかよ」

「笑い事じゃないんだけど!?」

「ま、リーダーだからなんでもやらなきゃいけない、ってこともないし気にしすぎるなよ、ふたりとも。すんごい面白いけどさ」

「笑い事じゃないんだけど!!」

 笑い転げる大人二人に、シルムはせめてもの抵抗として叫ぶ。当然状況は変化しない。
 結局、二人の笑いが比較的落ち着くのも、そこからそれぞれの依頼へ向かうまでも、砂時計が二、三回は回せそうなくらいの時間を要した。






 さて、レントとシルム、改め救助隊ララバイは、昨日と同じ森に来ていた。昨日レントが倒れていた場所も通って、その時の話に花を咲かせたり、落とし物を拾ったり。レントは拾ったそれを胸に抱くと、道具箱の隅に大切そうにしまった。
 そして件の地割れに到達すると、同じように地割れに飛び込み、ダンジョンに突入していく。昨日と違うのは、ダンジョン内に取り残されているポケモンがいないかを確認すべく、念入りに探索していたことくらいだ。

 時は一匹のコラッタを救出した直後。救出といっても、バッジをかざすことで相手のポケモンが安全な場所に転送されるのを利用した救出だった。もっとも、その際にポケモンが光に包まれて消失するものだから、レントは無事に彼が帰ることができたのか気が気でないのだが。
 シルムはバッジを戻すと、怪訝な顔で茂る木々を睨んだ。

「……おかしくない?」

 シルムは視界に薄紫色のポケモンを見据える。マユルドだった。木の上にいるそれは攻撃してくる様子はないものの、こちらを血走った目で睨んでいたし、隣にいたケムッソは叫びながら飛びかかってきた。

「あわ! ……うまくいかない、っ」

「オレがやるよ! 火の粉!」

 シルムの一撃でケムッソは涙を流し、それにマユルドが威圧するように唸る。さなぎポケモンだから攻撃してこないだけで、確実に相手の怒りを買っているのは確かだから、二人は謝りながらその場を去った。

「昨日は進化系のポケモンなんて見かけなかった。それに、こんなにダンジョン長かったっけ……?」

 言われてみればその通りであった。昨日は3階層ほど降りればすぐに最深部らしきところについたのだが、今、少なくとも5階より深くにいることは確かだ。

「それに、昨日はすぐ階段見つかったのに」

「ダンジョンって入るたびに地形が変わるから、それはそういうもんだよ」

 本当に終わりがあるのか。不安が募り始めたレントたちの耳を、鋭い音が切り裂いた。
 振り向けば、瞬きのたびに大きさが倍になる勢いで迫って来るポケモン。

「ドクケイル!? 聞いてないよそんなの!」

「もしかして、さっきのマユルド……」

 ふたりの顔がさっと青ざめる。レントとシルムに迷いなく飛びかかってくるあたり、その可能性は否めない。
 ドクケイルが巻き起こした風――かぜおこしが、レントを軽々と吹き飛ばす。

「レントっ! ……火の粉!」

 まだ距離があるのを活かして、得意の炎技に神経を注ぐ。それは確かにドクケイルの翼を焦がしたものの、むしろ相手の戦意を駆り立てるに終わる。
 ドクケイルは雄たけびを上げると、紫色に染まった針を立て続けに放ってきた。レントはかわし切れず、そのうちの3本を身に受ける。

「たいあたり!」

 シルムが全身で当たってレントとドクケイルとの距離をわずかながら引き離す。同時に、彼は後ろ手に桃色の木の実を投げてきた。拾おう、と思ったが、ぐらりとゆれる足元と視界のせいでうまく近づけない。

「オレが時間稼ぐ間にそれ食べて解毒して!」

 這うようにしてそれを手に取ると、震え始めた手でそれを口に運んだ。甘い香りが広がるにつれて、それまでの不調が嘘のように薄らいでいった。

「僕も参戦するべきかな。もう一回、あわ!」

 先程は失敗した技を、今度は全集中力を使って挑戦する。水を操る感覚、口から泡を吐く感覚。慣れないなりにイメージしていると、徐々にそれが形になっていった。
 レントはそのまま「あわ」を繰り出した。威力としても随分と心もとないが、ドクケイルの意識をシルムから逸らすには十分だった。

「いいじゃん! いくよ、火の粉!」

 シルムも追撃で火を噴く。急所を焼かれたドクケイルは飛ぶ力を失ってぱたり、と地面に倒れこんだ。

「お疲れ様。はいこれ、オレンの実」

 体力が回復すると言う青い木の実を、ふたりそれぞれ口にする。

「想像以上に強かったね。勝てたからいいけど、ちょっと危険かも」

 幸い、次の階段はすぐに見つかったし、その先は最深部になっていたから、無事攻略とはなった。
 しかし、昨日の体感と異なる難易度に疲弊して、ふたり最深部でころりと寝ころんだ。明日になったらもっと強くなっているかもしれない、と思うと背筋が冷える。

「とりあえず帰ろうか。カルとプレストに相談してみよう」

 シルムがそう言ってもなお、レントはなかなか起き上がれないでいた。


■筆者メッセージ
シンティラのイントネーションがわからない

今作のメッセージ欄でははじめまして、音々と申します。
こちら、通称「子守唄」はポケダン救助隊ベースの小説となります。原作プレイ済み推奨ですが、未プレイでも読めるようにはなっています。でも救助隊素敵な作品なので、リメイク版はswitchでもできるのでぜひ遊んでみてください。
あと、オリキャラ勢はキャラ紹介ページに登場次第まとめますので、種族確認にでも使ってくださいな。
そんなで、こちらでもよろしくお願いします。
音々 ( 2020/08/29(土) 11:49 )