85話 掴んだきっかけ
「そうそう。あのね、証探しなんだけど、どの辺り行こうかっていうのすごく悩んでて……」
翌朝、朝礼後にそう切り出したのはリィだった。
話を振られたアルト、そしてフリューデルは、それぞれの目的地へ向かおうとする足を止めた。のだけれど、後者がいたらどうなるか。普通の全てを捻じ曲げる彼らが、ただ相談に乗るだけなわけがないのだ。
「ねぇリィ昨日も言ったけどすごいって口癖になってるない!? ヴェレの影響受けてる? 大丈夫っ!?」
「たぶん大丈夫だよ……。うん、やっぱりヴェレちゃん、ギルドにいたらすごく大変になりそうだなぁって」
「……ダメだねこれ?」
「めんどくなるだけだからお前本当黙ってろ!?」
どうしよう、話戻せない。アルトは歯がゆさを覚え、しかし解決に切れる手札の無さも同時に自覚する。フリューデルの異次元さの程は十分すぎるほどに理解しているけれど、したところで手の打ちようがないのだ。
唯一出せる解決策は、それはまぁアルトが出したものではないのだけども。
「とりあえずエルファは無視でいいから! えっと、なんだっけ?」
シイナ。彼女を頼ること、彼女が道を開くのを待つことなのだ。最もこれは、いろいろと弊害の伴うものではある、という点は無視して通れない。
「えー、そこは皆さんご一緒にで」
「全員で無視し合うって斬新だねぇ」
「っあー!! だからほんと黙ってろって!」
もれなくそれ以上の脱線がついてくるわけだから、本当、アルトにはどうにもできない。
アルトは手始めにエルファを力づくで止めようとしたけれど、ひらりとかわされた上で嘲笑われた。イラついた。
何を言われようと無視する精神でなきゃ前には進めないのだ。どんな壁も障害も、乗り越えなきゃいけないわけで。
「で、証探しの場所、だったか?」
「うん。結構皆色んなところに行っているし、どういうところ行けばいいのかわからなくて……アルトはどうお?」
「って言われてもな……。思い浮かぶのが今まで行ってきた場所くらいしか」
海岸の洞窟、湿った岩場、トゲトゲ山に……。
懐かしみながら挙げるダンジョンの数々は、いずれも大したことはない。幻の大地への鍵など、そんな荘厳なものがあるんだったら、もっと強そうなポケモンや番人がいてもおかしくはなさそうである。
と言いながらあれこれダンジョン名を上げていくアルトに、エルファは真剣そうな表情で制止をかける。
「でもさ、北の砂漠だって一見ただの流砂だったんでしょ? そしてそれこそが時の歯車へ続くゲート……。一回行った場所も可能性がゼロとは言えないって俺は思うよ」
「もうエルファは無視でいいから!」
「いや今のはよくないだろ!?」
「ま、突飛な解答になるかもしれないけど。これはないって切り捨ててちゃ永遠に正解に辿り着けない場合もあるよって話をしてるわけでシイナさん聞いてました?」
「き、聞いてたから! さすがお師匠だねすごいね!?」
エルファは嘲笑うような笑みを浮かべると、口元だけで「聞いてた?」とアルトに問いかけた。
そういえばさっき、何言われても反応しないようになどと決意していたのは、この間にあっさりと砕かれていた。そこまで見透かしてるのか否か。エルファはひらりと体の向きを変えると、アルトを横目で捉え直した。
「そんなでリーダーさん。俺としてはこういう提案をするけど、参考にするならそれでいいよ?」
「その言い方されるとしたくねぇよ!!」
差し伸べられた手を振り払うと、アルトはリィの名を呼んだ。彼女は、先程からもにょりんと呟きながら何か考えているようだったが、呼ばれたのに気が付くと小首を傾げた。
「どうかしたの?」
「なんか、どうでもよさそうだけど重要そうな場所とか行けば、ってエルファが」
「えっと、ごめんね。エルファの話全然聞いてなかったんだ……」
「……結構真面目に喋ったつもりだったんだけどさー」
「意外だねぇ。何考えてたの〜?」
普段関わるメンバーの中では話を聞く方であるリィだから、リズムの意見に皆が心内で賛同していた。
ただ、聞いてはいなくとも、結果的に考えていたことは近かったらしい。リィは一つ頷いてから、アルトと目を合わせた。
「あのね、トゲトゲ山ってあったの、わかるよね?」
「……なぁ、最近ラスフィアとその話してたの聞いてたのか?」
「えっ、それは知らない……。あはは、ぴったりなタイミングだね」
ラスフィアに技を教えてもらうことを思いついたのは、あそこでの時空の叫びがあったから。
その他に何があるのか。予想を組み立てられないアルトに対し、リィは少し自信なさげなトーンで話を続けた。
「確かすごく小さな洞窟みたいなのがあって、それで体の小さいシアンくんに探索してもらおうーっていう感じで、シルヴィはあそこに向かって、た……んだよね?」
「いやそこは自信持とうよ!?」
シイナの華麗なツッコミは、今は置いておいて。動機についても、あの事件の後で保安官づてに聞いたことだからイマイチ曖昧なのもひとまず置いておき。
そういうことか。合点が行ったアルトは、思わず笑みを零した。
「その洞窟的なやつを調べれば何かあるかもしれねぇ、ってことか!」
「うん! でも、どうやって調べればいいのかなぁって。シャン君たちに手伝ってもらうのはさすがに、ね……」
彼らのことだ。引き受けてはくれそうだが、それでは間違いなく彼らの苦い記憶を引きずり出してしまう。
それは避けたい、という思いはアルトとリィの中でずれ無しに重なる。彼らを傷つけたいわけではないのだ。自分たちでできる方法を用いなければ。それなら、次に思い浮かぶ手立ては、というと。
「んー、入り口壊しちゃえばいいんじゃないかなぁ〜?」
「……あ?」
何言ってんだこいつ、というアルトの目には、普段通りのほほんとした顔のリズムがさかさまに映り込む。
休符一つおいて、理解。あぁなんだ、単純じゃないか。リィもリズムの意見に賛成のようで、ぴょんと飛び跳ねる勢いでうなずいた。
「そっか! それなら私たちだけでも大丈夫だよ」
「ほのぼのした雰囲気の割に内容が物騒すぎるよねー。リィも意外とそういうとこあるの?」
「アルトの影響とかあるんじゃないのってウチは思うよ……」
呆れたように独り言をこぼしたエルファをよそに、話は物騒なまま結論に向かう。
壁自体がどれほどの強度かは不明だ。でも、ダンジョン内で拾えるであろう爆裂の種なども用いれば不可能ではない、と思いたい。
「じゃ、そっちはトゲトゲ山で、俺は……どうしようかな」
「幻の大地について知ってるかもしれない子、だっけ。まだ見つからないの?」
「子、って言い方似合うヤツじゃないけどねー。ほんっと、神出鬼没も大概にしてほしいんだけど」
俯いたエルファから放たれた声色に、リィはわずかに目を見開いた。
普段の彼なら、冗談めかしたり煽るような口調だったり。そんな言いぶりをするはずで、ここまで苛立ちを全面に出すとは思いもしなかったのだ。
アルトも同じことを思ったようで、エルファの様子を今一度よく見てみる。けれど、一瞬のうちに普段の彼は戻ってきて。
「ま、俺は俺でふらっと探してみることにするよ。それよりそろそろ出発しなきゃね?」
言われてから、時間の経過を実感して一同がそれぞれの反応を示す。
もう少し詳しく述べると、口を挟もうとしていたのだろうか。チャトがようやく時間に気づいたかとでも言いたげな顔をしている感じで。
「行き先が決まったなら早く行った! まったく、もう少し話を短くできないのか」
「……それは思いますねー」
「お前のことだよエルファ!」
「だからそういうところだってば、ねぇ!?」
その後数言言い合うと、リズムとシイナは先にとギルドを後にして。続いてアルトとリィも、何やら話しながら梯子を上っていった。
途端静まり返った広間を、エルファは目を細めて眺めた。そして目を伏せると、チャトの方に向きなおる。
「あー、ごめんなさい、今日明日辺りは時間通り戻ってこれるかわからないです」
「そんなに遠くに行くのか?」
「そうですねー。あまりに会えなさすぎるんでもう少し足伸ばします。入れ違ってるだけならいいんですけど、ね」
単に行くだけならまだしも、探しながらとなると日帰りで辿れる範囲は限られてくる。
そんなこんなで許可を得ると、エルファもようやくギルドを出た。長い階段を降りるのがちょっと気だるくて、あくび混じりにトレジャータウンを見下ろす。
あの四人はどうやら街の中で合流したらしい。小さく見える彼らからの声、といっても主にはシイナのだが。エルファにも、内容がわかるほどではないけれど届いていた。
楽しそうで何よりだと笑みを浮かべながら、エルファは最初の段に足を下ろした。そして階段の下を見据え――足を止めた。
「……やー、ほんっと。ここ数日ずっと探してたんだよ」
整った顔立ちも、光を跳ね返す銀毛も。遠くからでもはっきりとわかる。
エルファは足を引きずるようにして降り、最下段から十ほど上に来たところで足を止めた。そこでようやく、アブソルはエルファに気がついて顔を上げる。
彼はちょうど、トレジャータウンを出ようとしていたところだったようで。もう少し遅かったら危なかったとエルファは安堵しつつ。
「会えてよかったよ、スイちゃん?」
「……これだから貴様は、いちいち癪に触る」
澄んだ萌黄色の目は、彼の内に渦巻いている感情を素直に映し出していた。スイにそれを向けられることなど慣れっこなエルファは、特に気にする様子もなく、いや内心では少し楽しんでいたが。
嘲るように口元をゆるめると、予想通りに反応してくれてありがとね、と目だけで伝えておいた。
「普段アンタの名前なんか呼ばないからさ、わざとやってみただけだってば。……あのさぁ、神出鬼没すぎでどこにいるかさっぱりわからなかったんだんだけど」
「貴様に居場所など教えるわけがないだろう」
「……え、それ不公平すぎない? そもそもアンタが今ここにいるのって俺に会いたかったからでしょー?」
「……言い方を変えろ」
「肯定として受け取っておくね?」
階段に沿って見下してみると、スイに鋭く睨み返された。
彼にはスルーされてしまうことも多いのだが、今日は案外上手くいった。普段いじってる数名を思い浮かべながら、エルファはそんなことを意識的に考えていた。
「ま、たぶん俺が聞きたいことも、アンタが言いたいことも同じなんだよね。癪だけど」
「貴様が言うな」
「まぁまぁ、俺との質疑応答タイムならちゃんと確保してあげるから」
「……今日はいつも以上に気にくわないな」
「こう見えて俺も焦ってるからさー?」
「なら質疑応答もいらないだろう」
「えー、アンタが欲しいんでしょ?」
階段に腰を下ろしてため息をついたエルファに、スイは早口になりながら問う。
「本題に入ろうとしないのはわざとなのか?」
「……今回は意図的に逸らしてたよ。けどさ、ま、逃げられないよ、ね」
俯きながらそういうエルファの音は、それまでとは一線を画した真剣さ。胸に手を当て深呼吸、探す間に何度もシミュレートした文言を、今一度心に呼び起こす。
「幻の大地。アンタなら何か知っているかも……いや、知っているはず、だよね?」
スイの目の色が変わる。エルファは顔を上げる。
それらとともに吹き抜けた風は、夕焼け色のメッシュが入った前髪を、蒼穹色のスカーフをたなびかせた。
「俺とお兄ちゃんの解答の丸付けをしたのはそっちなんだ。……知らないだなんて言わせないよ」
こちらへ駆けてきたドードーには電光石火で対応し、上空から迫ってきたムックルには波動弾を撃った。
一撃でも容易く戦意を奪うことに成功し、そそくさと逃げ出す彼らを見たアルトは一言。
「思ってた以上に余裕だな……」
「あはは、それだけ私たちも強くなったってことだね」
雑談を交わしながらでも困ることはない。ラピスがいたら油断するななどと怒られそうな場面ではあったのだが。
それでも純粋に、自分たちの成長が実感できれば嬉しいものだ。最初に来た時の記憶は、とにかく救出に必死だったことばかりなのだけど、ダンジョンに苦戦したことだってあるのだから。
そうして、体力のほとんどを残したまま、至って順調に最上階まで来た。
地面に薄く残っている抉られた痕跡は、たぶんシルヴィ戦の爪痕だろう。懐かしいね。そう笑いあって、奥に残された穴に目を向ける。相変わらず小さくて、アルトたちが通れるようには見えない。唯一、ピカチュウの中でも小柄なラピスなら、という思いもよぎった。が、本人はそこにいない上に、万一でも聞かれたら氷漬けにされる図しか想像できなくて思考に手を振った。
アルトはぐっと腕を前に伸ばして、小さな空洞をにらんだ。
「やっぱり壊すしかねぇよな」
最初からそのつもりだったのもあって、淡々とそう言って、空洞との距離を確かめた。穴は足元ほどの高さに開いているため、はっけいは適さない。はどうだんもピンポイントで狙える自信はないし、アルト自身は物理技の方が得意だ。
それなら、と一歩後ろに下がる。リィも次の行動を察して二歩ほど離れる。十分な距離を確保したのを横目で確認してから、アルトは手を前にかざした。
「しんくうは!」
放たれた波導は青い光を帯びて空洞の縁を砕く。重たい音がして、その場に小さなスモークを演出する。けれども裾野を広げるまでは至らず、さらさらとした砂が舞ったのみであった。
リィは口元にツルを当てながら、その現場に目を凝らす。
「けほっ、結構硬いのかな……?」
「かもな。何回もやってもいいんだが、あの位置すげぇ狙いにくいんだよ」
手についた砂を払いつつ、アルトはその微妙な位置にイラっとした舌打ちをきめた。そもそもこれ、無理に普段通り技を使うよりも、単に蹴飛ばしたほうが早いのでは、とさえ思えてしまう。
「なぁリィ、足使う感じの格闘技って知らねぇ?」
「えぇ……。あんまりそういう戦い方見ないから、ちょっと待ってね。考えるよ」
リィに聞くな、ということにアルトだけが気づかない。なのにふたりして真面目に考え始めるから、その場に沈黙が流れた。
それが破られるまでは一瞬で。様子を眺めていた影がこらえきれず笑みをこぼし、呆れた声をふたりに届けた。
「――大胆なことしているね」
アルトとリィは反射的に顔を見合わせて、聞き間違えじゃないことを目のみで確認する。そして振り向くと、登ってきた道のあたりに影が見えた。誰か、種族は、と目を凝らすと同時に、その影は一歩一歩ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
やがて顔が見える位置になって、目を合わせて、その影はきゅっと口を結んだ。そして唇を一舐めして、涼しげな声を奏でた。
「少しだけいいかな、旋律さん」