82話 遺跡の欠片
弾け出したざわめきが収束し始めたのを見計らい、チャトは自身に注目を集めるべく一度羽ばたいた。
「とにかく、朝礼を始めるから一旦静かにするように!」
既に朝は過ぎ去っているが、それはこの際置いておく。
ただまぁ、チャトの一言だけですっかり静かになる、などというわけは残念ながら無くって。エルファはアルトの方にくるりと振り返ると、満面の笑みに得意げな顔。
「だってー?」
「ホントお前こういうのだけ」
「だからいつもそういうの怒られてるのねぇわかる!?」
シイナからの助太刀、もちろん彼女はそんなつもりではないが、それを得たエルファは組んでいた腕を下ろした。一言物申してやろうというアルトの心意気は、やっぱりどうしてチャトに封じられるらしく。
「コホン! 毎度のことだがお前たちは静かにしてくれ……」
茶々を入れられぬよう、チャトは即座に次の句を繋げた。
「ひとまずは今各自で決めた分担で頼む。特に番人たちと戦いになると困るから……湖に行く皆はその辺りもよろしくな♪」
それぞれの元気な返事が飛び交い、つられるようにしてリィもこくりと頷いた。
大まかには二陣営、事実を伝える方と幻の大地を調査する方だ。すでに皆どちらかを決めているらしく、今にも準備を始めたいという様子だった。
「それじゃあ私たちは長老に会わなきゃだし……温泉に行ってこよっか」
リィの提案自体は、ギルドに来る前から決まっていたものなので、アルトも迷いなく賛同する。
「ああ。ってことで滝つぼのどうく、つ……」
「なんでこっちを睨むのかってのはわかるからいいとして……俺が今まで聞いた中で一番ぶっ飛んだ発言だね?」
「お前よりはまともだろ!?」
「だってー、どう思いますリィせーんぱい?」
華麗に周囲を巻き込み、自身のペースへ落とし込むこの技術は果たしてどこから得たものか。
突然話を振られ、リィは「ええ……」と困惑しながらの苦笑い。
「ま、まぁ、うん……そうかな」
「即答じゃなかったから俺はまともってことで」
「なんで即答にこだわってんだよ!!」
「はいっ、もうどっちもおかしいから静かにして!?」
「コイツと一緒にされんのだけは嫌なんだよ!」
「仲良くしましょうよとか言いたいところだけど、話の内容的にそうは言えないよねー。ほらあれだよ、バカって言った奴がバカ理論でシイナが」
「なんで!? うち巻き添えだよね!?」
わかりやすくからかわれているシイナは、その事実に気がつきながら反応しているのか否か。
ヒートアップしていく二人を横目に、アルトはとあるポケモンを想起する。それが誰か、という点は案外簡単で。
「ラピスに教えてやりたいなその言葉……!」
「たくさん言ってるもんねぇ……あっ」
「言い出したのはエルファだから、って言っておけばアルトが教えてもいいんじゃないかな……?」
「えっこれ俺が悪い流れ? 教えるって言い出したのアルト先輩なんですけど」
「最初にその言葉出したのお前だからな!?」
「いーいーかーらーぁっ!! お願いだから止まって!?」
アルトとエルファとの間ですちゃっと両手を広げたシイナにより、 ようやく話に軌道修正が入る。
呆れればいいのか、はたまた楽しめばいいのか。反応に困っていたギルドメンバーだったが、シイナの静止が効いている間しか発言タイムが存在しないことは経験則で。カティはハサミをあげると、自身に注目を集めた。
「ヘイヘイ! そもそも……なんで滝壺の洞窟が出てきたんだ?」
「最初そこから行ったからだぞ?」
「……それがわからないね?」
「不思議だねぇ」
「ごめんアルト、うちも」
「あっ……私もで」
「なんでだよ!! フリューデルはもういいけどリィもかよ!?」
流れるように先ほどまでのやり取りに戻ったが、アルトにそれを気にする余裕はなく。
残る記憶の中では始めに感じた命の危険。そんな生死の境、はさすがに誇張だが、リィにそれを忘れたとは言わせない。
そんな彼の心情だったが、パートナーはちゃんと読み取ってくれていた。リィは申し訳なさそうに目を逸らすと、声のボリュームを小さくする。
「だってあそこ、滝からは結構離れているし……普通に行けるみたいなんだもん」
「それ今始めて知ったよ!!」
「言う機会なかったから……ごめんね?」
「エルファ以外なら許せる」
「うっわぁ俺に対してだけすごい辛辣」
それすら面白がられているようで、アルトは不機嫌を隠す気のない舌打ちを一つ。それを見たエルファは、名案発見とばかりに手を叩き合わせた。
「なんなら俺と二人で行く? もちろん滝からでさ」
「お前とだけは嫌だ! だったら一人で行かせろ……!」
「そ、残念」
ふっと息をつくと、エルファは目を伏せた。……ように見せかけて、やっぱり普段どおりの、どこか見下ろすような表情のままスカーフをたなびかせた。
「ま、地図に描いてあるはずだし道には迷わず行けると思うから頑張ってね?」
「関係無いけど、エルファの頑張ってってさぁー! なんかすっごい威圧感ない!?」
「すごい本当に全く関係無い……!」
そんなやり取りに時間を使ってしまったせいもあり、いつもからしてみればかなり遅めの1日のスタートだ。
それでも、温泉に行って話を聞くだけなら夕飯には待ち合うだろう。帰りはバッジを使うと想定すれば余裕があるはずだ。
解散の指示に、リィは「おーっ!」と元気よく合わせる。アルト自身もそれに乗りながら、
「一応、二人に伝えに行った方がいいよな?」
「そうだね。報告して……それから温泉って感じにしよっか!」
返事が弾んでいたのは、たぶん単に温泉に入りたいから。
まずは協力してもらえるところだけでも伝えねば。そのついでに、ラスフィアへの頼みごともしてしまえばよいだろう。
時間は限られている。だからこそ、それをどう使うべきか。彼はすでに考えていたのだった。
「ほぅ、相談事か」
「そうなの。幻の大地のことなんだけど、そこに行くために必要な証っていうのがわからなくて。長老なら何か知っているかなぁって」
立ち込める湯けむりを見ていると、熱水の洞窟を思い出す。あまり熱いのは得意でないアルトだったが、自身の過去を知ればそれも頷ける。
「以前にもそんなことを聞いてきた若いのがいたのぅ」
「たぶんラスフィア、だよね。ほら、私たちが最初に来た時にいたブラッキーの子」
岩盤に立つコータスこと長老、グレン・ファレル。
正直なところ、二人とも彼の名前を思い出せず、しかし向こうは空から降って来た二人を覚えていて。ピカチュウの子はなんて聞かれたときには、なんて言い訳したらいいかわからなかったために適当に誤魔化した。
「確かそうじゃったが……。そういえば、近ごろ時の歯車で有名になったやつと似ていた気もするの」
「それはおんなじ子だからそうなんだけど……でもね、本当は悪い子じゃなかったんだよ」
なるべく話を広めねば。リィは深呼吸をすると、真実についてを語り始めた。ラスフィアたちが息を潜めていなければならない現状を、そして彼らを追う風潮を、少しずつでいいから消していこう。
ちょうど温泉に居合わせていたマンキーやオコリザルも、気付いたらその話に聞き入っていた。
「そう、だったのか……今までと真逆の話でびっくりだぜ」
「俺も最初はそう思ったけど、でも本当のことなんだよな。……すっげぇラスフィアたちに申し訳ねぇ」
「しかしまぁそんなに世界が大変なことになってるんだなー」
彼らもおよそ温泉で見せるとは考え難いほど、真剣な顔で耳を傾けてくれていた。それが少し嬉しくて、アルトとリィは顔を見合わせるとお互い微笑んだ。
「そんなわけだから、私たちは証について調べてるの。……どうお、長老?」
「と言われてものぅ……。わしの知っている情報はおよそ知っているようだしの」
「あー、じゃあその証の模様とかは聞いたことないのか?」
聞くと同時に、ラスフィアに口頭じゃ無理だなんて告げられたのを思い出してちょっと後悔した。が、ダメで元々だと自身に言い聞かせて、頭を悩ませる長老の二の句を待つ。
もし資料があるなら借りればいい、もしダンジョンで見たというならば行けばいい。とにかくカケラで構わないから手がかりが欲しかった。
が、そんなアルトの期待虚しく、長老の顔は一向に晴れない。
「すまんの。さっぱり思い出せん」
「うーん、やっぱりそうかぁ。こっちこそ無理言ってごめんね」
ラスフィア辺りなら笑顔で大丈夫だと答える場面なのだろうが、そこで落胆した本心を隠さない辺りリィの素直さが垣間見える。
そんな彼女は遺跡の欠片を取り出すと、お守りのようにぎゅっと握ってから顔を上げた。
「念のためなんだけど、こういう模様って見たことある?」
リィとしては、幻の大地と関係なくても構わない、元々気になっていたのだからついでに知れたら、くらいの気持ちである。
長老はその模様に細い目を僅かに見開いた。そしてしげしげと眺めた後、眉尻を下げた。
「ふーむ、どこかで見たことがあるんじゃが」
「本当に!? いつ頃とか、どこで、とかって……」
「そこまではすまん。ちと思い出せんのじゃ」
「最初にどこかって言ってたもんな」
「うぅ、まぁ難しいよね……」
目に見えて落ち込むリィを見かねてか、長老はなだめるような声で続けた。
「何か思い出したら知らせるからの。元気を出すのじゃ」
「あ、ありがとう……よろしくね」
収穫は無し。もっとも、長老には以前ラスフィアが聞き込みに行っていた上、幻に即辿り着けるなら幻を ではないだろ、と自身に言い聞かせて心を誤魔化す。いやほんと、がっかりなどしていないから、本当に。
温泉を後にしかけた二人に、「せっかくだから温泉に入ったらどうじゃ」と長老が呼びかけるまでの間。アルトはそんなことを考えていたし、リィは温泉を楽しみたいという気持ちを忘れていた。
「じゃあ特に行った意味なかったの!? ちょっと寂しいね!?」
「ま、まぁ元々ラスフィアが聞き込み行ってたから仕方ないかなぁとは思ってたし」
「いや何それ初耳なんだけど!! 今日行った意味あった!?」
「なかったよ!! 何かあったら教えるって約束以外はな!」
ラスフィアが既に行っていたことがイマイチ信じられない、という風なシイナに、アルトとリィは簡潔に出会いの話をし始める。
戻ってきた二人は、各方面に成果についての報告をして回っていた。といっても主にはラスフィアとチャトなので、大した時間はかからなかったのだが。
夕飯までの時間に何をしようかと相談していたところにちょうど現れたシイナは、今日もやっぱり元気いっぱいだ。
一緒にいたリズムも、彼らしさは変わらずに。話にふむふむと相槌を打つと、気の抜けたような笑みで一言。
「ラスフィアいなかったら生きてるか怪しいって……どんな出会いなんだろうねぇ」
「お前らよりは平和だったよ!!」
「それエルファに言ってくれないっ!?」
前までなら何かしら反論していたが、エルファとシイナの関係がわかるにつれてそうも言いづらくなってきた。
戦友よ、アイツに振り回されるのお疲れ様。
「……で、そのエルファはいないのかよ?」
既視感により、ふわりとタイムリープしたような感覚に陥ったのはギルドの広間を見回したとき。
話があらぬ方向に飛躍していないのはそのせいもあるのか。アルトが喋りやすいなどと感じていたところへ、リズムがあぁと繋げた。
「なんか、『もしかしたら幻の大地のこと知ってるかもって奴が思い浮かんだから会いに行ってみる』って」
「だから今日はずっと別行動だったんだぁ」
リズムがそう答えた直後、透明感のある音が駆け抜けた。懐かしい音の正体は、夕飯準備完了の合図。
リィは梯子の方に目をやると、気配の無さに「うーん」と首をかしげる。
「まだ戻ってきてないけど、大丈夫かな?」
「迷子になってたりねぇ〜……って、エルくんに限ってそれはないかぁ」
「誰ならあるんだよ?」
「ん〜? 僕とシイちゃんと、あとアルトかなぁ」
「「どういうラインナップ!?」」
ひとまずは食堂へ向かおうという提案の元、四人はいつもの席に着き、談話を続ける。
アルト達以外のメンバーが揃ったところで、チャトは顔ぶれを眺めて一言。
「こほん。えー、エルファが戻ってきてないようだが……」
「あーごめんなさい。今戻りました」
ベストタイミングで颯爽と登場する辺りはさすがエルファ。簡素に帰還を伝えた声は僅かに弾んでいた。
そしてその場でひとつ深呼吸をすると、すたすたとアルト達のいる方――食堂入り口の反対側へと歩いてきた。
「お疲れエルくんー。どうだった〜?」
「やー、全っ然ダメでさ? 思いついた場所回ってたら意外と時間かかっちゃったんだよね」
声が弾んでいたのは急いで戻ってきたからか。それもまぁ、既に落ち着いていつも通りになっていたのだけれども。
「ま、明日もこんな感じでよろしく。リズムリーダー?」
「りょーかいだよ、エルファリーダーリーダー!」
「それ増やせばいいってもんじゃないよねぇ!?」
勢い余って机を叩きかけたシイナは、寸前で用意された食事に目を留めて自制。それでもアルトが思ったことを見事代弁してくれた彼女に、エルファは愉しむように目を細める。
「リーダー引くリーダーはゼロだからシイナは何も無しね?」
「せめて副リーダーとか言ってやれよ!?」
「あっ、その呼び方いいな……!」
この談話は聞く専門のつもりだったリィも、それにぱっと目を輝かせた。
「リーダーじゃなくてあくまで副リーダーでいいんだ?」
「うん。実際にそうだもん」
彼女のこと、いつかそうやって呼んでみようかと。ちょっとわくわくした様子のリィを横目に、アルトはそんなことを心に書き残しておいて。
ようやく談話がひと段落したのを見て、チャトは頭に羽を当てた。まったく、どうしてコイツらはこうも脱線したがるのか。
そんなチャトの思いは一応本人たちにも届いてはいたのだけど、でもそれで簡単に曲がるメンバーではなくて。きっとまた明日も明後日も、同じようなやり取りは繰り返されるんだろうけど。
とにかく、ひとまずは。
「「「いただきまーす!!」」」
ぺこぺこに空いたお腹を、心ゆくまで満たそうじゃないか!