96話 時が奏でる音の色
ヴァイスは話の最中、耳をぴんと立てた。明らかなる異音を、一拍遅れてエルファとリズムも認知する。
音の発生源は盛り上がる海面だった。大きなポケモンであることは間違いなさそうだ。3名は咄嗟に一歩下がって、技をすぐ出せるように構える。
やがて、膨大な飛沫をまとい、そのポケモンは全貌を露わにした。空を覆い尽くすように広げられた両の翼、逆光となれど鋭く光を放つ瞳。その種族を実際に目で見るのは、全員が初めてのことだった。
「ルギア……!?」
雄叫びを上げる伝説のポケモンに、一行は苦い顔をする。実物を目の前にして、そう謳われるに値するだけの威厳を肌で感じる。
「さすがに戦えないんだけど……?」
二人に関しては言わずもがな、じゃあヴァイスひとりで立ち回れる相手か、答えは否。
再び海面に降り立つルギアを見据える彼らを、しかし一匹のポケモンが優しく制する。
「いえ、戦うつもりはございませんよ」
落ち着いた声にはっとして、見れば海面には2匹のチョンチーがひょこんと顔を出していた。彼女たちはどうやらお仕えの者らしい。降り立ったルギアの横にぴたりとくっつくと、揃ってうやうやしく頭、もといランプ付きの触覚を下げた。
「そっかぁ。ならよかったよ〜」
リズムはぱっと構えを解くと、にこにこと彼らに歩み寄った。ルギアともにこやかに挨拶を交わす。その様子を見て、エルファとヴァイスも張っていた警戒を緩めた。
「やっほ、みんな」
そして、ルギアの背中から橙色が覗いた。 それはにかっと笑うと、その手をこちらに差し伸べる。
「時の歯車、回収できたよっ」
「シイナ!」
「シイちゃん!」
シイナはルギアの背から降ろしてもらうと、右手に持った「それ」を自慢げに見せた。
「え、本当に、あの海の中で見つけ出したの……?」
「実際見つけてくれたのはルギアなんだけどね! すごい助かったんだよ」
途中で話を聞いたチョンチーたちが、ルギアと共に力を尽くしてくれたというわけだ。結果それで見つかったのだから、彼らの功績は大きい。
それでも、だ。
「……なんで、戻って来ちゃうのかな」
つい、口をついて出たそれは、賞賛など与えはしなかった。
「え、何が……?」
エルファは黙り込む。今度こそ、聞き間違いだとは主張できない。周りに聞いているポケモンも多いし、随分はっきりと口にしてしまった自覚があったからだ。
だから彼は口を結んだまま、シイナの手にある蒼い歯車を睨んでいた。
「えっ、本当に何のことなの!? わかんないよ、キミみたいな頭いいヤツの言うことなんか!」
「隣にいれば何でも教えてもらえるだなんてずいぶんと勝手だね、シイナ?」
瞬間、周囲に緊迫感が張り詰める。言い過ぎだとは思っていない。ここで仲良く帰還するか否かで、星の停止の未来はいともたやすく変わるのだから。
そう、変えられるのだから。
「全部こっちに隠し通して、教えてなんかあげないって、そっちこそ勝手じゃんか!」
「まぁね。でも結果的には知らなくてよかったんじゃない? それでも俺を助ける決断に踏み切れたならさ。……あぁでも結局時の歯車回収できたから関係ないか」
「何が、全っ然わかんないけど! 時の歯車回収しちゃいけなかったの!?」
「そうだよ。だから俺は、」
「違うよね――え?」
からん、と涼しい音が鳴った。それはシイナが思わず取り落とした時の歯車が、足元の岩場と奏でたデュエットだった。
「えっ、待って、本当にどういうこと。ねぇリズム、え、初耳だよ、ね」
「僕は全部聞いているよ。ん、もしかしたら全部じゃないかもなぁ、でもだいたいは知ってるよ」
リズムは迷いなくそう言い切った。
実際リズムには全て話してあるのだから、ひどく落差があることは事実である。
「ごめんね〜。これはちょっと、シイちゃんに言うほうが意地悪だからなぁ」
「何それ!」
「そういう話もあるんだよねぇ。……悪いなとは、思っていたんだよ」
いくら事実がどうあれど、リズムが言葉を尽くそうと、シイナの心を融かすには至らない。だってシイナはその二律背反の中身を知る由はないのだから、伝わるわけもないのだ。
「ほんと、さ。うちがチームメイトとして頼りないのも、知ってるから、全部わかってるから。でももうただの幼馴染じゃないんだよ。そうやってふたりで大事なとこ共有して、こっちに何も教えてくれないのが!」
シイナはエルファの首元ではためく青色を捕まえて、ぐいと引き寄せる。
「すんごい、腹立つ」
「……自分の力不足って今自分で言ったよね?」
「言ったよ! 知ってるよ。全部、絶対、もうふたりに追いつけないって! でも、それでも、そんなに、壁を作られたらこっちだって!!」
「じゃあシイナはアルト達と敵対しろって言われたら」
――出来るわけ?
その言葉は、喉の途中で振動を止めた。音の形を為さなかった声は、溶けて、違和感となって胸に落ちる。
「……違うよ」
生じた違和感を、そう形容した。それは歪から整へ形を成して、その真髄を露わにする。
「違う、違うんだって。だって俺、時の歯車追って崖から飛び降りて、でも、だから」
無意識だった。だからこそそれは、時の歯車を失いたくないという、本心の現れ。単に彼に一矢報いれたならそれでいい、だなんて虚言だった。
「あ、そっか……俺、そっち側、だったんだ」
すとんと腑に落ちた。胸の内で渦巻いていた靄が、音もなくほどけて薄れていく。
「ごめんね、シイナ。ちょっと混乱してて、ほら、色々あったからさ」
「ならいいけど……やっぱりよくないけど! 後でちゃんと教えてくれるならいいよ」
「教えられる範囲ならね?」
エルファは目を逸らしたままにそう零した。そういうとこだ、とシイナは彼を睨む。強がってはぐらかして、そういう態度を取られる時点でチームメイトとして信頼されてもいないと否が応でも知ってしまう。
「あー、でももう時効かな。そうだね、じゃあ磯の洞窟の攻略終わったら全部話す、それならいい?」
「……じゃあそれでいいよ。すっごく気になるけど!」
「そう軽い話じゃないから気楽に言えないんだけどね」
エルファはシイナが取り落とした歯車を拾い上げた。胸に抱いて、ルギアとチョンチーたちへ頭を下げる。
「先ほどはごめんなさい。……見つけてくださって、ありがとうございました」
「それならよいのですが……。いえ、わたしたちが口を挟む幕でもないですね」
そう答えたのとは別のチョンチーが、岩場にぴょんと上がってゆっくりと頭を下げた。
「これはルギア様からの餞別にございます。よろしければいずれ、お会いしに来てくださいまし。その羽が導いてくださいますので」
そう言って差し出したのは、きらきらと輝く一枚の羽だった。シイナはそっとそれを受け取る。手のひらに乗せてあるのに、その手が色彩を保って見えるほどに透き通っていた。
「ルギアもチョンチーたちも、いつかまた、ちゃんとお礼しに行くね!」
「待っている。……さて、そろそろ帰還すべきだと思うぞ」
空が唸るような独特の低い音に気が付く。当然海の音ではない。それはまさしく、時間停止の波がすぐそこまで迫っているときの、大地の断末魔のような響き。
「本当にありがとう!」
四名はバッジの光に包まれて、その場から姿を消す。その場を、黒い靄が通り抜け、グレーの世界に塗りつぶしていく。当然、海も例外ではなくて。深い青色も、乱反射するさざ波さえも凍り付かせて、――そこにいた、ポケモンたちさえも飲み込んでいった。
一通りの報告を終え、マリーネオはギルドに待機していた。まだギルドに戻ってきていない探検隊も多い。今日中にと限る以前に、そもそも全員が戻って来るかもわからないが。
そろそろ日も傾いてきたが、彼らは大丈夫なのだろうか、と窓辺を眺めて思いふける。時の歯車自体も単独で光を放つものではないから、夜間の捜索は想像を超える難易度と危険性を伴う。
マリーネオは最後、スイとヴァイスと交わした会話を想起する。
『――それはそれとして、あなたの約束は果たしますから』
『場所は変われど、リサウンドは変わりません。また、お待ちしていますっ』
故郷で崇め信仰される聖域、"リフトラシール"の名を冠したそのメニューを、故郷でのカフェ:リサウンドで絶大な人気を博したそれを、また楽しみたいとリクエストしてくれたのを彼らは忘れてはいない。
「――ただいま戻りました。フリューデル、リサウンド合同班です」
「ヴァイス! 早かったね」
マリーネオはその声を聞くと、弾かれたように振り返って手を振った。
流石に早いから、安全のための帰還だろう。そう思った瞬間に彼の目にひとりの少女が映った。彼女がいることこそが何よりの証明だった。
「シイナさん。……お疲れ様です、で大丈夫ですか?」
「うん。って言っても他のポケモンには手伝ってもらったんだけどね!」
マリーネオは柔らかく微笑んだ。とかく、全員が無事に戻ってきた安堵感は大きかった。
エルファはただ一人に目を留めた。向こうも同じようにして、しばらく視線が交錯する。やがてエルファは彼に歩み寄ると、手に持っていた時の歯車を差し出した。
「『それでよかった』んだよね?」
「……あぁ。お前こそそれでいいのかよ」
「あー、うん……まぁいいよ。今は話すことじゃないから」
アルトは時の歯車を手に取る。澄んだ深い青緑色は、湖で見たときのように光は放たずとも、やはり見惚れるほどにきれいな色彩だった。それをじっと見つめるアルトを、エルファは静かに見下ろしていた。
「ただそれが本物である保証は俺はできないよ」
「海に捨ててたくらいだから大丈夫だとは思うけど、本物が別の場所にあるってのも否定できないからねぇ……」
「――貸して」
リズムがそう言い切る前に動いたのはラピスだった。アルトの手から時の歯車を奪い取る。彼に睨まれるのも、エルファに唖然とされるのも気に留めず、彼女はそれを「耳に近づけた」。
「えっ、何してるの?」
「うるさい」
ラピスは鋭く言い放つと、深い瑠璃色の瞳を瞼の裏に隠し、耳を傾けていた。誰も何も口を利かず、彼女のその様子を息を詰めて見守ることしかできない。
やがて、誰かがごくりと唾を飲んだ頃。ラピスは目を開いた。ぐい、と乱暴に目元をぬぐうと、彼女は一度時の歯車を抱いて深呼吸をした。
「ん」
ラピスはぴょんと飛んで、アルトの耳に時の歯車を押し付けようとする。当然、リオルとピカチュウの身長差では届きもしないので、ラピスは「ピチューになればいいのに」と小声でぼやくなどしたのだが。
「いいから、聴いて」
「聴くったって……」
無理やり手に持たされたそれを、アルトはまるで割れ物を扱うかのように慎重に耳に近づける。
それは、とても綺麗な音だった。
耳を打つのは、涼しげな音が奏でるさざなみのようなリズム。その下では、歌うような旋律が次々紡がれる。
少しずつ、音が重なっていく。その中でもなお、透明感のある拍はきらめいて調べを彩り、聴者をメインテーマへと導く。
光が溢れるように形を成した、優しくも力強い主旋律。
(この旋律、聴いたことある)
自然と、頬を涙が伝っていた。
渦巻いていた負の感情を溶かすような音色。そして、心震えるようなこの旋律を、アルトは知っていた。
「お前がよく演奏してるヤツ、だよな」
「そ。……『ときのはぐるま』、って、あたしは呼んでる」
そしてアルト自身も、ラピスに教わっていたからこの曲を知っていた。普段から奏でていた。
ラピスはフルートを取り出すと、そっと口を付けた。同じ調べが、今度は氷のように透き通ったソロによりギルド中に響き渡る。
その場にいたポケモンたちが息をのむ。『ときのはぐるま』と名付けられたその旋律に、心を奪われる。
「ニセモノなんかじゃ、こんな綺麗な音、入ってないから。だから……大丈夫」
ラピスはぎゅっとフルートを抱いて続ける。
「本当は、いつもある場所の、緑の紋章の中にあれば、もっと響くから。耳に近づけなくても、聴こえるんだけど……たぶん、時間狂い始めちゃったせいで、響かなくなってて。霧の湖でも、地底湖でも、聴けなかった」
細められたラピスの目は確かに輝いていた。いつも比較してずいぶんと饒舌なのも無理はなかった。
歯車を取り囲むように光る翠色は、きっと時の歯車にとってのコンサートホールなのだろう。時限の塔に時の歯車を納めて、時を正常に戻せば、湖にはこの旋律が響き渡るに違いない。
「楽譜でしか知らなかった。でも、あたしたちだけじゃパート足りなくて、ずっと、不完全な『ときのはぐるま』しか演奏できなくて」
目を伏せて、ラピスは小さく、顔をほころばせた。
「本当の音、聴けて嬉しい」
時のない世界を、音を殺した世界を。愛用の楽器と共に駆け抜けてきた彼女だからこそ、その一言は特別な色を持っていた。たとえ、世界中の言葉を厳選したとしても、他人が放っては彼女のその一言には到底肩を並べられない。
アルトは時の歯車を手にしたまま、その言葉を噛みしめていた。
「ねぇ、あとで私も聴きたい……! んだけど、とりあえず……これで、幻の大地には行けるの?」
「ん。……シュトラとラス、ここにいないけど」
「あっ」
そう、ギルドに戻ってきていない班もいくつかあるのだ。その一つが件の二人のところ。
残り四つの時の歯車はシュトラが持っているはずだし、当然彼ら抜きに磯の洞窟へは行けない。
「でもどこにいるかなんてわかんないよ……。どうやって連絡取ればいいんだろう」
リィの頭の大きな葉がぺたりとしおれる。でも、彼女の前でにっこりと手を挙げた彼を見て、それは立ち上がる。
「じゃあ僕が呼んでくるよ♪」
「……場所わかるのかよ?」
「ううん♪ でも大丈夫だよ、友達だもん!」
「適当じゃねぇか!」
「失礼な! 親方様の“ともだち”は真剣な証拠だぞ!」
「最初に会った時から連呼された気がすんだが!」
ただの口癖だろ、とアルトは吐き捨てる。たしかに親方様は底知れぬ能力と不思議な雰囲気を持つ。任せるには値するものの、いかんせんこのテンションだ。素直に頷くのは少し厳しい。
そんな彼の訝しむような表情を見兼ねて、マルスは柔らかく微笑む。
「本当に大丈夫だよ、アルト。僕が二人を探して、一緒に磯の洞窟へ行く。だからアルトたちは先に、チャトと一緒に磯の洞窟へ向かっててもらえる?」
「あぁ……あ?」
『チャトと一緒』、その言葉が引っかかって、アルトは首を傾げた。初耳だった。
「いやなんでだよ!! ダンジョンも一緒に攻略しろってことかよ?」
「そうだよ♪ 仲良くしてね〜!」
「……やだ」
「え、えっと……突然言われても、かな……」
この反応である。あらかじめマルスとチャトの間で交わされていたその会話を、当のメロディたちは聞いていなかったのもあって、残されたのは見事な満場一致の反対だった。
「おだまり! 私で何が不満なんだ! 洞窟のどこに紋章があったのかも知っているんだぞ!! 案内役にはもってこいではないか!」
羽を振るって熱弁しても、肝心のメロディからの反応は芳しくないままだ。マルスにたしなめられて、チャトは釈然としない顔で咳払いをして話を変える。
「あと、本当は皆で磯の洞窟に行く予定だったんだが……。時の歯車取り返すのに全力を割いていた上に、時間の停止が広がっているせいで依頼が急増していてな」
それぞれ、ギルド地下一階、掲示板ゾーンの惨状を思い浮かべる。
掲示板には依頼の紙が溢れ、剥がれ落ちたポスターが何十枚も床に散らばっていた。加えて掲示板更新もまともに行われなかったせいで、ギルドに届いている依頼自体はさらに多くある。
遠い目をする弟子たちと同じ表情をしながら、チャトは続ける。
「その対応もあるから、磯の洞窟には決めてあったチームのうちひとつだけが来てほしい。というのも、手ごわい敵に対抗するのにメロディだけじゃ不安だからな」
「おい」
「今のは語弊だと思うけどぉ……。このあと、幻の大地に行くのに大けがしても困るよねぇってことだと思うよ〜」
「さすがはリズム! わかっているではないか!」
「……凍らせて、いい?」
「ダメダメダメ! 明日一緒にダンジョン攻略するんだよ!? 仲良くしよう!?」
シイナの必死の制止にもラピスは不満げな顔だ。うるさいと一蹴して、出したままだったフルートを抱え直した。
「ねぇチャト、どのチームが私たちと一緒に来るか、ってのはもう決めてあるの?」
「あぁ、それなんだが……。思い返してみれば、やつらに一斉に襲われて、もうずぶぬれーっ! って感じだったと思うんだ」
つまりは水タイプ、それも複数の敵ということか。リィとラピスでよくねぇか、とアルトは思ったが、リズムの言うこともあるのでひとまずは話の続きを待つ。
「ダンジョン自体も水タイプや地面タイプがいたと思うから、草タイプの二人――ソラのところか、エルファのところを推薦したい。だが……」
チャトはフリューデルの様相を今一度確認する。今日のスイ戦で負った傷は当然癒えきっていない。それを明日出撃させるのも酷ではあるし、危険に晒すことになる。それはギルド側としても避けるべき事案だし、彼らが全体として有利になるダンジョン条件ではない。
でも、返答は一瞬だった。
「じゃあ俺達が行きます、行かせてください」
迷いはなかった。リズムも得意げな顔で、シイナも当然そのつもり、と言いたげに口角を上げた。
だからこそアルトは、声のトーンを落として彼を睨んだ。
「お前どういうつもりだよ」
「どうも何も、俺たちが『それ』を回収して帰ってきたのが証明だよ?」
「……でもお前さ、」
「はいはいわかってるって、反逆しないかってことでしょ? それに対しての証明が今アルトが手に持ってるそれだってこと」
内にある事情の全てをギルドのメンバーに聞かせないようにするという狙いもあるのか、エルファは即座に言葉をアルトの声に重ねてきた。
「ま、拒否されるならそれでもいいよ。そこまでこのダンジョンに執心してるわけじゃないから。あとはまぁ、万全じゃないことくらい? そこまで気遣ってくれてるんならすんごい嬉しいんだけどさ」
早口で一気に述べてから、彼はくすりと笑ってみせた。
「ただ……そうでもしないと俺と仲直りも再演もないよね?」
どっちを選ぶにしてもさ、と彼は笑う。選びようがないと、アルトは知っている。
俯いてスカーフを握ったアルトを眺めながら、エルファはくるりと振り返ってスカーフを揺らす。
「で、まぁソラさんの意見一切無視して立候補しちゃったけど」
「エルファがそれだけやる気なら譲りますわ。ただ、傷が心配ではありますけれども……」
「あー、ありがとうございます。まぁ一番ネックなのそこですよねー」
端から見れば、とエルファはアルトにしか聞こえないように付け加える。
「結局さ、アンタに拒否されたら俺たちが出撃するわけにはいかないんだよ。どうするの、リーダー様?」
差し伸べられた手をアルトはじっと見つめる。
言うべき答えはわかっているし、決まっている。ただ一つだけ引っ掛かりがあって、言葉にするのが躊躇われるだけで。
「……お前さ、もう一回言ってほしくてそんな言い方してる?」
「あははっ、気づいた?」
高く笑うその顔は、アルトが勘付いたその事柄が正解であると示していた。
「そんな気がしたよ、本当お前性格悪ぃな!! 二度と言わねぇ。来んな」
「それでいいんだ? じゃあばいばい、また会えたらいいね」
「あークソほんとそういうところが嫌いなんだっつーの!!」
目を逸らしたい気持ちを抑えながら、アルトは不機嫌な顔で彼に向き直った。
言いたくない。けれど、言わなきゃ、答えは答えにならないから。
「頼んだよ、フリューデル」
「頼まれたよ、メロディ様」
交渉成立。リーダーたちは互いの目を見据えて、片方はいらだった風に睨んで、片方は楽しげに目を細めた。
「……なんで様付けた?」
「えー? ご不満ですか、アルト様?」
「あ!? お前ら絶対許さねぇからな!」
「しれっと巻き添えにするのやめて!?」
「じゃあ僕がもっと気に入りそうなの考えてあげようか〜?」
「えええぇ……ら、ラピス、どうしたらいい?」
「知らん。全員、倒せばいい、と思う」
ラピスがばちっと頬から火花を飛ばして牽制、フルートに口を付ける。さすがに今はやめろとアルトが叫んで、その様子にエルファは笑いリズムは鼻歌を奏でる。シイナがお開きにしようと声を張るがむしろ過熱、リィは口を挟む隙を見失って先輩たちに困り顔を向ける。そこで見たのは、「久しぶりに微笑ましい」とでも言いたげな温かい視線。例外なのは頭を抱えたチャトと、いつの間にかセカイイチを頭に踊っているマルスのみ。
一時だけ、緊張感も、息苦しさも、忘れられて日常に戻れた。
それは、きっともう、二度と手にできない。かつての日々の、最後の喧騒。